学位論文要旨



No 123572
著者(漢字) 塚原,淳
著者(英字)
著者(カナ) ツカハラ,ジュン
標題(和) 大腸菌リポ蛋白質の外膜受容体LolBの機能解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 123572
報告番号 甲23572
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3276号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田,元
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 有岡,学
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 准教授 西山,賢一
内容要旨 要旨を表示する

大腸菌をはじめとするグラム陰性細菌の細胞表層は、外膜、ペリプラズム、内膜で成り立っている。リポ蛋白質は、N末端のシステイン残基が脂質で修飾された蛋白質で、脂質部分で膜にアンカーし、蛋白質部分を親水的な環境に露出している。リポ蛋白質は細菌に広く存在しており、形態維持、薬剤排出、細胞分裂など重要な役割を担っている。

大腸菌では、リポ蛋白質の局在化に5種類のLol (Localization of lipoproteins)因子が関与している。リポ蛋白質はシグナルペプチドを持つ前駆体として細胞質で合成され、内膜を透過した後、内膜のペリプラズム側でシグナルペプチドの切断および脂質修飾を受けて成熟体となる。N末端システイン残基の次のアミノ酸がアスパラギン酸であるリポ蛋白質は内膜に留まる。一方、それ以外のものは、ABCトランスポーターLolCDEの作用で、ペリプラズムに局在する蛋白質LolAと1:1の水溶性複合体を形成し内膜から遊離する。LolAと複合体を形成しペリプラズムを横断したリポ蛋白質は、外膜に局在する受容体蛋白質LolBにエネルギー非依存的に受け渡され外膜へと組み込まれる。

LolBはリポ蛋白質の局在化における最終段階を担う蛋白質であり、機能としてLolAからリポ蛋白質を受け取る活性とリポ蛋白質を外膜へと組み込む活性が想定されている。しかし、LolB自身もリポ蛋白質で外膜に結合しているため、この2つの機能を区別して解析することは困難であった。今までに、N末端のシステインをアラニンに置換して、可溶性のペリプラズム蛋白質とした変異体(mLolB)は、ペリプラズムに蓄積しLolAからリポ蛋白質を受け取ることがわかっている。本研究では、mLolBが野生型LolBの機能を代替することを示し、リポ蛋白質が外膜に組み込まれる機構を詳細に解析した。さらに、表面プラズモン共鳴(Surface plasmon resonance; SPR)法を用いて、LolA、mLolB、リポ蛋白質、脂質二重層間の相互作用を解析した。

mLolBはLolBの機能を代替する。

lolB遺伝子の条件欠損変異株にmLolBをプラスミドから供給し生育を調べたところ、野生株と同様に生育した。この時、生育に必要なmLolBの発現量は、野生型LolBと同程度であった。また、リポ蛋白質の外膜への輸送は正常であった。

mLolBのリポ蛋白質組み込み能をin vitroで解析した。まず、大腸菌スフェロプラストにLolAを加え主要外膜リポ蛋白質(Lpp)をLolAとの複合体として遊離させ、Lpp-LolA複合体を調製した。この複合体にLolBを含まない外膜と精製したmLolBを加えてLppの外膜への組み込み反応を行ったところ、LolBを含む外膜と同様にmLolBに依存してLppが外膜へ移行した。これらの結果からmLolBはin vitroにおいてもLolBと同様、リポ蛋白質の外膜への組み込み活性を持つことがわかった。

リポ蛋白質の外膜局在化には、LolB以外に必須の因子はない。

外膜にアンカーしないmlolBがリポ蛋白質を外膜に組み込んだことから、リポ蛋白質の受容体が外膜にさらにもう1つ存在する可能性が考えられた。Lpp-LolA複合体にmLolBと内膜を加えて組み込み反応を行ったところ、mLolBはLppを内膜へも組み込んだ。さらに、Lpp-LolA複合体にmLolBとリポソームを加えると、リポソームにもリポ蛋白質を組み込んだ。以上の結果から、リポ蛋白質の膜組み込みに必須な因子はLolB以外にはないことと、LolBには膜特異性を決定する機能がないことがわかった。

さらに、mLolBのみを発現した株では、一過的に内膜にリポ蛋白質が蓄積することがわかった。このことから、LolBの脂質修飾および外膜局在化は機能に必須ではないが、リポ蛋白質を確実に外膜に組み込むのに必要であると考えられる。

ホスファチジルエタノールアミンはリポ蛋白質の外膜組み込みに重要である。

野生型大腸菌のリン脂質はホスファチジルエタノールアミン(PE, 75%)、ホスファチジルグリセロール(PG, 20%)、そして、カルジオリピン(CL, 5%)から構成されている。このうち、PGとCLは、生理的条件下で脂質二重層を形成できるため、bilayer lipidと呼ばれている。一方、PEは極性基がアシル基より小さなコーン型の構造を取っているため、単独では脂質二重層を形成できずnon-bilayer lipid と呼ばれている。これら3種類のリン脂質を任意の割合で混合、リポソームを調製し、mLolBによるリポ蛋白質の組み込み活性を調べたところ、PE濃度の増加に伴いリポ蛋白質の組み込み活性が上昇した。このことから、リポ蛋白質の組み込み活性は、non-bilayer lipidによって促進される可能性が示唆された。non-bilayer lipidは、その形状から膜の極性基部分に隙間を作るため、リポ蛋白質のアシル基を膜に組み込むのに必要なエネルギーを減少させるのではないかと考えられる(図1)。

LolAからLolBへのリポ蛋白質の受け渡し反応の定量的評価

従来のスフェロプラストを用いたリポ蛋白質の受け渡し反応では、LolAとLolB間の相互作用の強さ、および速度論的解析を行うことはできなかった。そこで、SPRを用いて解析した。

センサーチップ表面にmLolBを固定しLolAとの相互作用を解析したところ、LolAは解離定数181 uMでmLolBと結合した(図2)。この相互作用はセンサーグラムが箱型となったため、親和性の低い相互作用(特に解離速度が速い)であると考えられる。しかし、LolAとLolBのpIは大きく異なるため、この相互作用は静電的な相互作用で生理的なものではないのかもしれない。

そこで、LolAからLolBへのリポ蛋白質の受け渡し反応を解析した。外膜リポ蛋白質であるPalとLolAの複合体を調製しセンサーチップに添加すると、Palはセンサーチップ表面のmLolBへと受け渡されシグナルの上昇が見られた(図3)。サンプルの添加終了後、LolAは速やかに解離するがPalはmLolBと結合したままのため、この時のシグナルを測定することでリポ蛋白質のLolAからmLolBへの受け渡し速度を求めた。Pal-LolA複合体の濃度が0.23uMの時、Pal のmLolBへの受け渡し速度は4.4 (pmol of Pal/min)であった。また、リポ蛋白質をLolBへと受け渡すことができない変異体LolA(R43L)では、野生型LolAに比べて著しく減少し0.17 (pmol of Pal/min)であった。SPRを用いたアッセイ系が生理学的現象と一致しており、リポ蛋白質のLolAからLolBへの受け渡し活性を定量的に評価するアッセイ系を構築することができたと言える。

LolBとリン脂質の相互作用解析

SPRを用いてLolBとリン脂質の相互作用を解析した。センサーチップ上にリン脂質を固定し、mLolBと脂質二重層の相互作用を解析したところ、mLolBは313 uMで脂質二重層と相互作用した。LolA-LolB間相互作用と同様にセンサーグラムが箱型となったため、解離速度が速い相互作用であると考えられる。さらに、68番目のロイシンをアスパラギン酸に置換した変異体mLolB(L68E)と脂質二重層の相互作用解析も行った。68番目のロイシンは、疎水性アミノ酸残基にもかかわらず、親水的な環境に露出したループ上に存在し、親水性残基に変異するとリポ蛋白質の組み込み活性が著しく低下する変異体で、mLolB(L68E)は脂質二重層との相互作用が弱くなっていると予想された。しかし、mLolB(L68E)は、解離定数400 uMで脂質二重層と相互作用し、野生型LolBとの間に有意な差は見られなかった。このことから、LolBは疎水性ループ以外の領域でリン脂質と相互作用し、68番目のロイシンはリポ蛋白質を外膜へ移行させる反応に重要であると考えられる。

次に、PalのmLolBから脂質二重層への組み込み速度を求めた。脂質二重層を形成させたセンサーチップにPal-mLolB複合体を添加すると、Palが脂質二重層に組み込まれた。サンプルの添加が終了し緩衝液にかわると、mLolBは速やかに脂質二重層から解離するため、この時のシグナルを測定しPalの組み込み速度を求めた。Pal-mLolB複合体の濃度が0.47 uMの時、野生型mLolBでは0.23 (pmol of Pal/min)の速度でPalは脂質二重層に組み込まれた。一方、mLolB(L68E)変異体では0.016 (pmol of Pal/min)であり、野生型の7 %であった。この結果は、これまでの変異体解析と一致しており、リポ蛋白質の脂質二重層への組み込みを定量的に解析するアッセイ系が確立できたと考えられる。

まとめ

本研究により、mLolBはLolBの機能を代替できることを示し、これを利用してLolBはLolAからリポ蛋白質を受け取り、外膜に組み込む機能を持っていることが確立した。また、リポ蛋白質の外膜受容体はLolB以外にはなく、LolBとリン脂質の相互作用がリポ蛋白質の組み込み反応に重要であると考えられる。さらに、リポ蛋白質の外膜への組み込みには、PEが重要な役割を果たしていることが示唆された。また、SPRを用いたアッセイ系により反応速度を解析することができただけでなく、LolBを中心とした各因子間の相互作用およびリポ蛋白質の受け渡しに重要なアミノ酸残基の同定や反応機構の解析が可能になったと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

N末端のシステイン残基が脂質で修飾されたリポ蛋白質は、細菌に広く存在し、脂質部分で膜にアンカー'している。大腸菌では、リポ蛋白質の局在化に5種類のLol(Localization of lipoproteins)因子が関与している。内膜のペリプラズム側で成熟体となったリポ蛋白質は、+2位のアミノ酸がアスパラギン酸であるリポ蛋白質以外は、ABCトランスポーターLolCDEの作用で、ペリプラズムに局在する蛋白質LolAと1:1の水溶性複合体を形成し内膜から遊離する。LolAと複合体を形成しペリプラズムを横断したリポ蛋白質は、外膜に局在する受容体蛋白質LolBにエネルギー非依存的に受け渡され外膜へと組み込まれる。LolB自身も外膜に結合したリポ蛋白質であるが、N末端のシステインをアラニンに置換して、可溶性のペリプラズム蛋白質とした変異体(mLolB)は、LolAからリポ蛋白質を受け取ることができる。本論文は、mLolBの機能解析と、表面プラズモン共鳴(Surface plasmon resonance;SPR)法を用いて、LolA、mLolB、リポ蛋白質、脂質二重層間の相互作用を解析したものである。

lolB遺伝子の条件欠損変異株にmLolBをプラスミドから供給し生育を調べたところ、野生株と同様に生育した。この時、生育に必要なmLolBの発現量は、野生型LolBと同程度であった。また、リポ蛋白質の外膜への輸送は正常であった。mLolBのリポ蛋白質組み込み能をin vitroで解析した。まず、大腸菌スフェロプラストにLolAを加え主要外膜リポ蛋白質(Lpp)をLolAとの複合体として遊離させ、Lpp-LolA複合体を調製した。この複合体にLolBを含まない外膜と精製したmLolBを加えてLppの外膜への組み込み反応を行ったところ、LolBを含む外膜と同様にmLolBに依存してLppが外膜へ移行した。これらの結果から血olBはin vivpにおいてもLolBと同様、リポ蛋白質の外膜への組み込み活性を持つことがわかった。

外膜にアンカーしないmlolBがリポ蛋白質を外膜に組み込んだことから、リポ蛋白質の受容体が外膜にさらにもう1つ存在する可能性が考えられた。Lpp-LolA複合体にmLolBと内膜を加えて組み込み反応を行ったところ、mLolBはLppを内膜へも組み込んだ。さらに、Lpp-LolA複合体にmLolBとリボソームを加えると、リボソームにもリポ蛋白質を組み込んだ。以上の結果から、リポ蛋白質の膜組み込みに必須な因子はLolB以外にはないことと、LolBには膜特異性を決定する機能がないことがわかった。

さらに、皿01Bのみを発現した株では、一過的に内膜にリポ蛋白質が蓄積することがわかった。このことから、LolBの脂質修飾および外膜局在化は機能に必須ではないが、リポ蛋白質を確実に外膜に組み込むのに必要であると考えられる。

野生型大腸菌のリン脂質はボスファチジルエタノールアミン(PE,75%〉、ホスファチジルグリセロール(PG,20%)、そして、カルジオリピン(CL,5%)から構成されている。このうち、PGとCLは、生理的条件下で脂質二重層を形成できるため、bilayer lipidと呼ばれている。一方、PEは極性基がアシル基より小さなコーン型の構造を取っているため、単独では脂質二重層を形成できずnon-bilayer lipidと呼ばれている。これら3種類のリン脂質を任意の割合で混合、リポソームを調製し、mLolBによるリポ蛋白質の組み込み活性を調べたところ、PE濃度の増加に伴いリポ蛋白質の組み込み活性が上昇した。このことから、リポ蛋白質の組み込み活性は、non-bilayer lipidによって促進される可能性が示唆された。

従来のスフェロプラストを用いたリポ蛋白質の受け渡し反応では、LolAとLolB間の相互作用の強さ、および速度論的解析を行うことはできなかった。そこで、SPRを用いて解析した。センサーチップ表面にmLolBを固定しLolAとの相互作用を解析したところ、LolAは解離定数181umでmLolBと結合した。この相互作用はセンサーグラムが箱型となったため、親和性の低い相互作用であると考えられる。次に、LolAからLolBへのリポ蛋白質の受け渡し反応を解析した。外膜リポ蛋白質であるPalとLolAの複合体を調製しセンサーチップに添加すると、Palはセンサーチップ表面のmLolBへと受け渡されシグナルの上昇が見られた。サンプルの添加終了後、LolAは速やかに解離するがPalはmLolBと結合したままのため、この時のシグナルを測定することでリポ蛋白質のLolAからmLolBへの受け渡し速度を求めた。Pal-LolA複合体の農度が0.23μMの時、PalのmLolBへの受け渡し速度は4.4(pmol Pal/min)であった。また、リポ蛋白質をLolBへと受け渡すことができない変異体LolA(R43Dでは、野生型LolAに比べて著しく減少し0.17(pmolPal/min)であった。SPRを用いて、リポ蛋白質のLolAからLolBへの受け渡し活性を定量.的に評価するアッセイ系を構築することができた。

SPRを用いてLolBとリン脂質の相互作用を解析した。センサーチップ上にリン脂質を固定し、mLolBと脂質二重層の相互作用を解析したところ、mLolBは313μMで脂質二重層と相互作用した。LolA-LolB間相互作用と同様にセンサーグラムが箱型となったため、解離速度が速い相互作用であると考えられる。さらに、68番目のロイシンをアスパラギン酸に置換した変異体mLolB(L68E)と脂質二重層の相互作用解析も行った。68番目のロイシンは、疎水性アミノ酸残基にもかかわらず、親水的な環境に露出したループ上に存在し、親水性残基に変異するとリポ蛋白質の組み込み活性が著しく低下する変異体であり、脂質二重層との相互作用が弱くなっていると予想された。しかし、mLolB(L68E)は、解離定数400μMで脂質二重層と相互作用し、野生型LolBとの問に有意な差は見られなかった。このことから、LolBは疎水性ループ以外の領域でリン脂質と相互作用し、68番目のロイシンはリポ蛋白質を外膜へ移行させる反応に重要であると考えられる。

次に、PalのmLolBから脂質二重層への組み込み速度を求めた。脂質二重層を形成させたセンサーチップにPal-mLolB複合体を添加すると、Palが脂質二重層に組み込まれた。サンプルの添加が終了し緩衝液にかわると、mLolBは速やかに脂質二重層から解離するため、この時のシグナルを測定しPalの組み込み速度を求めた。Pal-mLolB複合体の濃度が0.47umの時、野生型皿LolBでは0.23(pmol Pal/min)の速度でPalは脂質二重層に組み込まれた。一方、mLolB(L68E)変異体では0.016(pmol Pal/min)であり、野生型の7器であった。この結果は、これまでの変異体解析と一致しており、リポ蛋白質の脂質二重層への組み込みを定量的に解析するアッセイ系が確立できたと考えられる。

以上、本論文は、mLolBがLolBの機能を代替できることを見いだし、外膜へのリポ蛋白質組み込み活性を明らかにすると共に、各因子間の相互作用の解析にSPRを用いたアッセイ系を確立したものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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