学位論文要旨



No 123580
著者(漢字) 中島,徹
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,トオル
標題(和) 持続的森林経営計画の策定に関する研究 : 伊勢神宮宮域林を対象として
標題(洋)
報告番号 123580
報告番号 甲23580
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3284号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 石橋,整司
 東京大学 准教授 龍原,哲
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,長期的・定量的に明確な施業目的を有する単一の林業経営体を事例として,持続的森林経営計画を策定することを目的とした。具体的には,三重県伊勢市に位置する神宮宮域林を対象に,歴史的な伝統行事たる式年遷宮に対して木材を安定供給するための長期計画を策定し,将来にわたって耐久性を備えた森林経営計画を実証的に検討することを試みた。

第一章では,古典的な人工林の成長予測ツールとして利用されてきた林分密度管理図と,コンピュータープログラムによって間伐計画に応じたシミュレーションを可能とするシステム収穫表について概説した。さらに,システム収穫表の一つとして取り上げたLocal Yield Table Construction System(以下LYCSと記す)を低密度・長伐期施業という神宮林の特別な森林施業に対して適用することを試みた。推定された成長パラメータによって,宮域林の間伐計画に応じた胸高直径,樹高の成長を適切に近似することが可能になった。また,大径木の育成という明確な施業目的に対し, LYCSはさまざまな間伐設計に適用可能であることを示した。さらに,御造営用材の供給の上で宮域林は量的に十分なポテンシャルを有していることを確認した。

第二章では,第一章で推定された成長パラメータを前提に,宮域林の施業計画の妥当性を検討するとともに,その結果を踏まえて200年間の収穫量を宮域林全体で予測した。その結果,現行の施業計画によって約100年後には供給率が98%まで高まる反面,140年以降は供給力に余力を残すことがわかった。他方,現在面積の豊富な13から16齢級の林分を中心に前倒しして主林木を収穫することで,式年遷宮への木材自給を40年早く到達できることが明らかになった。さらに,動的計画法によって式年遷宮に対する宮域材の安定供給に最適化した伐採計画を提案した。すなわち,宮域林では,今後200年生以上の予備林を設けることを視野に入れながら,当面は一部の林分で主伐時期を早め,木材の供給率を高めていくことが現実的な方策となる。

第三章では,第二章で最適化された伐採計画を前提に,収穫木の搬出距離や風害のリスクを考慮しながら,主伐林齢の前倒しを実施する対象林分をGIS上で特定した。このとき,木材収穫に要するコストや風害リスクの低減は,GISデータと風況モデルによって定量化した収穫木の搬出距離および風倒被害の発生確率によって考慮した。その結果,林分の地形要因に応じた風害のリスクや,異なる伐採計画によって変化する被害材積をシミュレートすることに成功した。具体的には,前章で最適化された伐採計画を実行することによって,風害によって見込まれる被害材積を50%以上減少し得ることが明らかになった。また,主伐林齢の前倒しによるリスク低減のうえでは,今後40年以内に,いかに林道の開設を進めてゆくかが重要な課題となることを示した

第一章から第三章からなる森林計画の特徴を,民有林で試みられてきた森林計画と比較しながらまとめると次のようになる。これまで民有林を対象に策定されてきた森林計画に対しては,(1)減反率をはじめとする確率的な方法論によって収穫量を予測せざるを得ないという点で資源予測に不確実性を伴うこと,(2)木材価格をはじめとする社会経済的因子の変化によって最適な木材の生産目標が変動するため計画が流動的であること,の二つの限界が指摘されてきた。これに対し,本研究では(1)資源予測の不確実性を克服するため,施業工程を統一的に実行している宮域林を対象に,現地の特別な施業に対してシステム収穫表LYCSを適用した。この過程で,低密度・長伐期施業という独特な施業体系に適合的な収穫予測を行うだけでなく,本数密度管理の違いによる立木本数や直径分布など,主間伐木の質的な推定も可能となった。このシステム収穫表による収穫予測を前提に動的計画法を適用することによって,(2)長期的な社会経済情勢の変化に左右されにくい耐久性を備えた伐採計画を実証的に策定することができた。木材生産の持続性を動的計画法の制約条件によって考慮したことは,森林資源の保続,木材の生産量の最適化,齢級構成の平準化の三点を同時に満たす伐採計画の策定を可能とした点でも意義深い。ここで,木材生産の生産目標を定期的・定量的に一定とみなすことができたのは,式年遷宮への木材自給という明確な経営目標を有する林業経営体を対象とすることで,社会経済的要因に伴う生産目標の変動という不確実性を排除した本論の特徴ともいえる。

以上,本研究によって定期的・定量的に明確な施業目的のもと,一元的に管理された神宮宮域林を対象に,(1)立地条件の違いや施業体系を反映した正確な資源予測を行い,(2)長期的な社会経済的諸条件にも容易に左右されない,耐久性を備えた持続的森林経営計画を実証的に策定し得ることが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

森林は植栽してから伐採されるまで,数十年以上の超長期間を要する。そしてこの間に水源かん養や山地災害防止などの多面的機能を発揮する一方で,森林自体が台風等による風害のリスクにさらされており,長期間にわたる森林資源の時間的・空間的管理は極めて重要かつ普遍的な課題である。

本研究は,20年に一度「式年遷宮」という神宮の建て替えを行う伊勢神宮が自ら所有する宮域林を対象として,持続的な森林経営を行うための理論と技術を考究したものである。当該森林は現時点で未だ十分成熟していないため式年遷宮への木材供給を行っていないが,将来は可能な限り自給することを目指している。定期的・定量的な木材需要を計画的生産によって満たすとともに,長期間にわたる経営の風害リスクを低減するという視点が盛り込まれている。

序章では,研究の目的と対象地域の森林の概要,そして式年遷宮に関する歴史的経緯が記されている。式年遷宮は約1300年前の七世紀末に始まり,以来神宮の権威の象徴と技術の継承のため20年ごとに繰り返されてきた。そのたびに膨大な量のヒノキ大径材を必要とし,当初は周辺の山林から調達したが,十八世紀以降は木曽国有林からの供給に頼ってきた。伊勢神宮は遷宮用材の自給を目指し,明治年間より周辺の山林に大規模なヒノキ人工造林を行い,いま最も高齢な林分では80~100年生になっている。齢級面積のピークは80年生付近と50年生付近にあり,齢級構成は非常に不法正(不均一)である。この森林から,将来遷宮用材を安定的に自給することが本研究の目的である。一定の需要量が定期的に生じること,計画が確実に実行されることが本対象地の特徴で,不確実要素が少なく理論的研究に相応しい経営体であるとしている。

第一章では,森林資源管理のベースとなる林分ごとの成長予測を正確に行うための成長モデルが論じられている。国有林などで今日普通に使われている林分密度管理図と,東大千葉演習林において開発され,著者が改良を加えてより汎用性を増したコンピュータプログラムであるシステム収穫表LYCS(Local Yield table Construction System)を取り上げ,後者が多様な密度管理の影響を予測結果に反映でき,直径階別の本数分布が得られる点で優位であることを指摘した。そして低密度,長伐期という宮域林の特殊な森林施業をよく近似できるシステム収穫表の成長パラメータセットを地域の成長データから得た。これらを用いて実際の宮域林の今後の成長量を推定した結果,式年遷宮の必要量に比べてかなりの余裕があり,森林が成熟すれば十分に自給可能であることが分かった。

第二章では,第一章で得られた成長パラメータを用いて,宮域林の施業計画の妥当性を検討するとともに,今後200年間の収穫量を宮域林全体で予測した。その結果,現行の施業計画により約100年後には自給率が98%まで高まり,さらにその40年後には供給力に余力を生じることがわかった。そこで動的計画法を適用し,自給率を早く高めるための最適化を行った結果,現在豊富な面積のある80年生前後の森林を前倒しして収穫することで,式年遷宮への自給を40年早く達成し,しかもその後の保続生産に支障ないことを示した。

第三章では,森林GIS を利用して収穫木の搬出距離や風害リスクを考慮した伐採林分の空間的配置を行った。GIS上の地形データに風況モデルを重ねて風害発生確率を予測し,これに林分ごとの蓄積を乗じて,風害が見込まれる被害材積を推定した。第二章で時間方向に最適化された生産計画は,一部の林分を前倒しして収穫するという内容が組み込まれているため,風害リスクの高い林地を優先して収穫することにより,風害が見込まれる被害材積を最適化する前の計画と比較して50%以上削減しうることを明らかにした。また収穫の前倒しによる風害リスク軽減の実現のためには,今後40年以内に,林道を効果的に開設することが重要であることを示した。

以上,本研究は一元的な森林計画が確実に実施できる経営体において,時間的・空間的計画を最適化することにより,木材自給の時期を早めるとともに風害リスクも大幅に軽減し,全体として持続的な森林管理計画の実現に寄与するもので,この成果は,多数の小規模な所有者からなる地域民有林の森林管理にもひとつの理想型として重要な示唆を与えるなど,学術上応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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