学位論文要旨



No 123593
著者(漢字) 城宝,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) ジョウホウ,ユキコ
標題(和) ギニア共和国におけるアフリカイネの冠水抵抗性に関する研究
標題(洋)
報告番号 123593
報告番号 甲23593
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3297号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 准教授 富士原,和宏
 国際農林水産業研究センター 主任研究員 坂上,潤一
内容要旨 要旨を表示する

アフリカでは1961年以降、人口の増加とコメ食文化の増加によりコメの消費量は毎年4.4%の割合で増加し続けている。一方でコメの生産量は年に4%の割合で増加を続け、2005年の生産量は1961年の4倍以上となっている。しかしながら高まり続ける需要に生産が追いつかず、アフリカ諸国のコメ輸入量は年々増加の一途をたどっている。従って安定的なコメの自給は食料安全保障上重要となる。コメ生産の中心は西アフリカであり、アフリカのコメ生産量の約6割が生産される。西アフリカにおける稲作地域の7割は水の供給を降雨にのみ依存する天水畑と天水田である。天水田は比較的生産性が高いが、降雨パターンにより水不足(乾燥)も水過剰(洪水)も起こりうるため、水ストレスが大きな問題となる。大型河川流域、内陸部集水域および海岸低湿地などで発生する水過剰問題は洪水をひきおこし、イネの生育に重大な影響を与えているが、アフリカ地域における洪水問題についての知見は極めて少ない。

アフリカでは約3500年前からアフリカイネと呼ばれる栽培種の一つOryza glaberrima Steud.が栽培されてきた。O. glaberrimaは病虫害、鉄過剰、低肥沃などアフリカの不良環境に耐性を持つと言われる。しかしながらその収量性の低さから、今から500年前頃にヨーロッパ地域などから収量性の高いアジアイネ(Oryza sativa L.)がアフリカ大陸に持ち込まれて以降、O. glaberrimaの栽培面積は急激な速度で減少してきた。近年はWARDA(アフリカライスセンター)が種間雑種NERICA(New Rice for Africa)の開発にO. glaberrimaを利用するなど、不良環境耐性としての遺伝資源的価値が見直されてきている。2000年には畑地における雑草競合性や耐乾性の向上を目標にして陸稲NERICAが開発され、また2005年には生産ポテンシャルの高い湿地や低地水田への導入を目指して水稲NERICAが開発されている。しかしながら、洪水地域に適応する品種が開発されるにはいたっていない。

O. glaberrimaはその起源が氾濫原であり、洪水に対する抵抗性を持つといわれており、洪水地域向け品種の開発に貴重な遺伝資源となることが予想されるが、その研究例はわずかしかなく詳細は不明である。よって本研究ではギニア共和国の国立農業研究所フラヤ農業研究センターにおいて様々な冠水処理下でO. glaberrimaを栽培し、冠水への抵抗性について知見を得ることを目的とした。

ギニア共和国は大西洋に面し降雨量が豊富な西アフリカの代表的な稲作国である。特に降雨量が多いのは海岸地域で、雨期の3ヶ月間に年間降雨量(2500~3500mm)の約7割が集中する。豊富な降雨量を確保できる点からコメ生産のポテンシャルは高いと考えられるが、局地的な豪雨によってしばしば洪水が発生し、苗代あるいは移植された直後の圃場において苗が枯死する被害にあう。農家は洪水による生育障害のリスクを回避するため、水位の上昇にあわせて地上部が伸長する特性を有するO.sativa品種を作付けする傾向があるが、降雨パターンは年次変動があり予測が大変困難であり、コメ生産量の不安定要因となっている。

まず始めに、試験プールにおいて期間(10日または40日)・水深(40 cmまたは60 cm)の異なる冠水処理を行い、様々な環境下でのO. glaberrimaの生育を調べた。O. glaberrimaの代表として陸稲NERICA 1~7の親であるCG 14(略称:CG)を用い、比較対象として深水処理に対して節間伸長することが知られているIR 62293-2B-18-2 -2-1-3-2-3(EL)と冠水耐性を持つIR 67520-B-14-1-3-2-2(ST)の2つのO. sativaを用いた。ポットに5個体を生育し、播種後17日目から処理を開始した。水深40 cmでは処理開始時に全ての品種が葉身の一部を水面上に展開しており、水深60 cmでは全ての品種が完全に冠水していたが、CG とELは草丈を伸長させ処理期間中に水面上に葉面を展開し、STは草丈の伸長を抑制し処理期間を通じて水面下にとどまった。その結果、10日間の処理では水深に関わらず全ての品種が100%の生存率を維持したが、40日間の処理では全ての品種の生存率は減少し、水深が深いほど生存率は減少する傾向にあった。40日間・水深60 cmの処理ではCGの生存率が最も高く、STは処理終了までに全ての個体が枯死した。10日間・水深60 cmの処理では伸長した2品種は退水後に倒伏し、伸長した葉が枯死することにより草丈は減少し乾物重の増加は小さかった。一方STは退水後に草丈の伸長を再開し乾物重を増加させた。40日間・水深60 cmの処理で生存を維持したELとCGでは、CGの伸長性と水面上への葉面展開力、乾物生産性はELに比べて大きく、生存率も高かった。以上のことから、短期間の処理では草丈の伸長を抑制する耐性型の性質が退水後の環境への適応が速やかである一方、長期間の処理では草丈の伸長が生存に必要不可欠であり、O. glaberrimaのCG 14は伸長型のO. sativaよりも高い伸長能力を持ち、より高い抵抗性を持つ可能性が示された。

次に圃場で短期間の冠水処理実験を行い、試験プールで得られた結果を圃場において検証した。上記の3品種に加えて合計15品種を用い、品種特性によりG(O. glaberrima)、AFS(アフリカ原産O. sativa)、ELS(伸長型O. sativa)、STS(冠水耐性O. sativa)の4つの品種群に分類した。苗齢17日で水田に移植し、移植後13日から水深45 cmで10日間の冠水処理を行った。全ての品種が処理開始時に完全冠水するように水深を定めた。その結果、G、AFS、ELSの3つの品種群は草丈を伸長させることで処理期間中に水面上に葉面を展開し、Gの伸長は最も大きかった。STSは処理期間中の草丈の伸長を抑制したが、処理中に分げつの発生を維持し乾物重を増加させ、退水後の生育も旺盛であった。以上の結果はプールで得られた結果と一致した。一方、プールでの10日間の処理ではいずれの品種も生存率に変化はなかったが、圃場実験では伸長が大きかった品種ほど倒伏し生存率を減少させた。その結果、冠水耐性O. sativaの生存率が品種群間で最も高く、O. glaberrimaの生存率は最も低かった。

さらに、冠水試験場で長期間の冠水処理実験を2回行った。実験には処理区と非処理区を設けた。1回目の実験では138品種・系統を供試し、苗齢15日で移植を行い、処理区では移植後13日から水深40 cmで30日間の処理を行った。処理開始時に全ての品種は完全に冠水していた。その結果、冠水下で草丈を伸長させより早く水面上へ葉面を展開させた品種ほど、高い生存が維持された。短期間の処理においては退水後の倒伏が生存を減少させる要因であったが、長期間の処理では退水後に倒伏しても節間伸長した節から起き上がるため、倒伏による生存率の減少は見られなかった。1回目の実験で生存率が50%を超えた18品種(O. glaberrima 6品種、O. sativa 12品種)を選出し、O. glaberrima 14品種、ギニア海岸地域で農民に選択的に栽培されている深水稲(O. sativa)6品種を追加し計38品種を用いて2回目の実験を行った。栽培される生態系によりO. glaberrimaは陸稲(省略:UG)と深水稲(DG)の2つに、O. sativaは深水稲(DS)、水稲(LS)、ギニアで選択的に栽培される深水稲(GuS)の3つに分類した。苗齢15日で移植を行い処理区では移植後15日から水深50 cmで30日間の処理を行った。その結果O. glaberrimaの2品種群は処理中に草丈を大きく伸長させて地上部乾物重を増加させ、高い生存を示した。O. glaberrimaはニジェール川流域の洪水地域で栽培化され、現在陸稲として栽培されている品種群であっても冠水下で草丈を大きく伸長させて生存を維持できることが確認された。O. sativa品種群の中ではDSが冠水下で最もよく生存したが、初期生育が大きく冠水下での草丈伸長力が高いことはDGと共通していた。GuSもまた深水稲であるが、冠水処理とその後の退水によりいずれの品種も生存率が激減し中には全く収量がない品種もあった。非処理区における収量は非常に多く、洪水被害がなければ多くの収量が見込まれるため農民に好まれているようであるが、今回の結果から洪水が長期に渡り、植物体が完全に冠水する危険がある地域での栽培には不向きであるといえる。O. glaberrimaは品種本来の収量性が低いだけでなく、脱粒性が高く収穫時のロスが大きいためO. sativaに比べて収量が低いと言われているが、今回の結果ではO. glaberrimaの単位面積あたり収量は全てのO. sativa品種群よりも大きくなった。これは非処理区よりむしろ処理区で個体あたりの収量が増加したことと、高い生存率を維持したことに起因した。

まとめとして、O. glaberrimaは冠水下で高い伸長能力を示すが、短期間の洪水が起こりうる地域では、伸長した草丈が退水後の倒伏を引き起こし生存を減少させるためこのような地域には不向きである。一方冠水期間が長い場合、高い伸長能力により速やかに水面上に葉面を展開することで処理中の生存を維持することができた。また高い伸長能力は分げつの発生や地上部乾物重の増加につながり、結果的に多くの収量が得られた。従って、O. glaberrimaは洪水が長期に渡るような地域で、かつ水深が深い場合にO. sativaと比較して非常に高い抵抗性を示し、このような地域への適応品種開発のための重要な遺伝資源となり得ることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

アフリカ地域ではコメの生産量を増加させるために、洪水危険地域においても稲作を行う必要がある。このため、イネの栽培における洪水時の影響を調べ、洪水危険地域に適したイネの品種を選定することが重要である。本論文は、西アフリカのギニア共和国において、洪水危険地域でのイネ栽培のために、アフリカイネと、冠水下での生育特性が明らかとなっているアジアイネとの冠水に対する抵抗性を比較検討した研究であり、6章で構成されている。

序論の第1章に続く第2章では、ギニア共和国の稲作の現状と問題点について述べられている。第3章では、17日間ポットで生育したアフリカイネ1品種を、実験用コンクリートプールにおいて水深・期間の異なる5つの冠水条件下におき、その生育を、2品種のアジアイネの生育特性と比較した。短期間(10日)の冠水処理では、水深に関わらず3品種とも全ての個体が生存したが、アフリカイネは草丈が大きく伸長したために、退水後の倒伏を引き起こし、乾物重の増加がアジアイネに比べて小さかった。一方、長期間(40日)の処理では、処理開始時に水面上に葉の一部が展開していた水深40 cm区の品種間に生存率の差は見られなかった。しかし、完全に冠水していた水深60 cm区のアフリカイネは草丈の伸長と水面上への葉面展開が大きくなり、生存率が最も高かった。この結果から、アフリカイネは長期間にわたる冠水条件に抵抗性をもっている可能性が示された。

続く第4及び5章では、第3章で得られた結果を圃場において確認した。まず、第4章では短期間の冠水処理実験を行った。実験には15品種を用い、品種特性により、G(アフリカイネ)、AFS(アフリカ産アジアイネ)、ELS(冠水回避性アジアイネ)、STS(冠水耐性アジアイネ)の4つの品種群に分類した。苗齢17日で水田に移植し、移植後13日から水深45 cmで10日間の冠水処理を行った。処理開始時には全ての品種が完全に冠水していた。その結果、STS は草丈の伸長が抑制され処理期間を通じて水面下に留まったが、G、AFS、ELSの3つの品種群は草丈の伸長により処理期間中に水面上に葉を展開し、その中でもGの伸長が最大であった。しかし、STSは処理期間中に分げつ数と乾物重の増加が品種群間で最大であり、退水後の生育も旺盛であった。プールでの短期間の処理ではいずれの品種も100%生存したが、圃場実験では伸長が大きかった品種ほど倒伏し生存率を減少させた。従って、冠水耐性アジアイネの生存率が品種群間で最も高く、アフリカイネの生存率は最も低かった。

第5章では長期間の冠水処理実験を行った。実験には処理区と非処理区を設けた。実験は2回行い、1回目の実験では138品種・系統を供試した。この実験では、苗齢15日で水田に移植し、移植後13日から水深40 cmで30日間の冠水処理を行った。処理開始時に全ての品種は完全に冠水していた。その結果、冠水下で草丈を伸長させ、より早く水面上へ葉を展開させた品種ほど、生存率が高かった。長期間の処理では退水後に倒伏しても節間伸長した節から起き上がるため、倒伏による生存率の減少は見られなかった。1回目の実験で生存率が50%を超えた18品種(アフリカイネ6品種、アジアイネ12品種)を選出し、アフリカイネ14品種、ギニア海岸地域で選択的に栽培されている深水稲(アジアイネ)6品種を追加し、計38品種を用いて2回目の実験を行った。栽培環境によりアフリカイネは陸稲(省略:UG)と深水稲(DG)に、アジアイネは深水稲(DS)水稲(LS)、ギニアで選択的に栽培される深水稲(GuS)の品種群に分類した。苗齢15日で移植を行い、移植後15日から水深50 cmで30日間の処理を行った。その結果、アフリカイネの2品種群は処理中に草丈を大きく伸長させて地上部乾物重を増加させ、生存率が高かった。アジアイネ品種群の中ではDSが冠水下で最もよく生存した。GuSもまた深水稲であるが、冠水処理とその後の退水により生存率が激減し、品種群間で最も低かった。従って、アフリカイネは長期間の冠水に最も抵抗性を示す品種群であるといえる。最後に第6章で本論文の総括がなされている。

以上、本論文では、アフリカイネと冠水下での生育特性のわかっているアジアイネの抵抗性を比較検討した。そして、アフリカイネが長期のより深い水深の洪水に対して高い抵抗性を持つことが示された。このことは、洪水危険地域におけるイネ栽培に関する重要な情報を提供しており、学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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