学位論文要旨



No 123594
著者(漢字) 佐賀,清崇
著者(英字)
著者(カナ) サガ,キヨタカ
標題(和) 地域バイオマスを原料とするエタノール生産システムの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 123594
報告番号 甲23594
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3298号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,伸也
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 准教授 仁多見,俊夫
 東京大学 准教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

現在,国内における1人あたりの米の年間消費量はピーク時(1962年)の約半分である60kgを切りつつある.このような米消費量の低下に加え,人口の減少や反収の増加も合間って,38万haに及ぶ耕作放棄地はさらに増加する恐れがある.主食用の米だけを前提にした水田稲作から水田の多角的な利用へシフトするべきではないだろうか.本研究では,未利用バイオマス及び資源作物からバイオエタノールを生産するシステムを構築し,その可能性についてエネルギー収支,GHG削減量及び経済性の面から評価することにより,我が国における水田を活用したバイオエタノール生産の実現に資することを目的とする.

まず第1章では,国内外におけるバイオエタノール生産の現状と問題点を整理することにより,本研究の位置づけを行った.

第2章では,我が国における水田稲作の産出・投入エネルギーを明らかにし,エネルギー生産としての稲作に向けた改善すべきプロセスを抽出した.本章では食用イネ生産に投入されているエネルギーをもれなく把握するために,農水省統計データ「米及び麦類の生産費」と産業連関表とエネルギーバランス表から推計されたエネルギー消費原単位を用いてエネルギー投入量を把握する手法を採用した.

インベントリ分析の結果,10aあたりに農業生産で投入されるエネルギーは,4,800MJとなることが明らかとなった.一方,玄米及び稲わら・籾殻のエネルギー産出量はそれぞれ7,812MJ/10a,10,506MJ/10aである.日本における食用イネ生産のエネルギー産出投入比((産出エネルギー)/(投入エネルギー))は1.6であり,副産物である稲わら・籾殻を含めると3.8と算出された.投入エネルギーの中で多くの割合を占めるものとしては,農作業で消費される光熱動力(27.6%),農業機械(20.5%),肥料(13.6%),乾燥処理にかかる賃借料及び料金(13.0%),農薬(10.2%)などがあげられる.エネルギー生産としての稲作を成立させるためにはこれらのエネルギー消費を抑え産出投入比を向上させる必要がある.具体的には直播栽培による省エネルギー生産プロセスの導入,二毛作による機械利用率の向上,乾燥プロセスの省略,無農薬栽培,多収米の採用などの方策が考えられる.

第3章では,前章におけるイネ生産のエネルギー収支を向上させるための方策を考慮し,食用イネ生産と直播栽培・乾燥工程の省略・無農薬栽培・多収米の適用で実現する資源イネ生産とのエネルギー投入量を比較し,資源イネ生産システムの有意性を検討した.そして,資源イネからバイオエタノールを生産する3つのシステムのLCAを行い,バイオマスの最適な利用方法について検討する.3つのシステムとは玄米のみを利用(シナリオ(1)),玄米をエタノールに変換し,必要な電力・蒸気を稲わら・籾殻で賄う(シナリオ(2)),ホールクロップをエタノールに変換する(シナリオ(3))である.

食用イネ生産と資源イネ生産の10aあたりのエネルギー投入量を算出した結果,直播栽培・乾燥工程の省略・無農薬栽培の採用により716MJ/10aの省エネルギーが可能である.しかしながら,収量を増加させるために多施肥にしなければならないことから肥料の項目で387MJ/10a増加する.食用イネ生産と比較して資源イネ生産の投入エネルギーは10aあたり328MJ減少することが明らかとなった.次に上記の生産プロセスが改善された資源イネを原料とするバイオエタノール生産システムのエネルギー収支とGHG削減量の結果について述べる.エネルギー収支とはエネルギー産出量からエネルギー投入量を減じたものとして定義した.エネルギー産出量はエタノール収量を発熱量換算したものであり,エネルギー投入量はイネ生産・原料輸送・エタノール製造における投入エネルギーの合計である.エタノール生産量は玄米のみを利用とホールクロップ利用でそれぞれ384L/10a,742L/10aとなった.資源イネからバイオエタノールを生産する3つのシステムのLCAを行った結果,ホールクロップをエタノールに変換するシステムのエネルギー収支,GHG削減効果が最大となった.エネルギー収支はすべてのシステムにおいてプラスであったが,シナリオ(1)のGHG削減量はマイナスとなった.このことは玄米だけを利用するバイオエタノール生産システムはGHG削減効果がないことを意味する.資源イネを原料とするバイオエタノール生産システムにおいて,稲わら・籾殻を利用することは必須の条件である.

第4章では,農業機械製造に関するエネルギー投入量が全体の20.5%を占めていることを受け(第2章),農業機械の利用率を向上させるための二毛作栽培体系について検討した.本章では,我が国で水田冬作物として広く栽培されている,オオムギ・エンバク・ライムギ・イタリアンライグラスの4種の作物からバイオエタノールを生産するシステムのLCAを行い,エタノール生産に適した水田冬作物を明らかにした.インベントリ分析の結果,水田冬作物4種の中でオオムギのエネルギー収支・GHG削減量がともに最大となった.乾物収量ではイタリアンライグラスの方が多いにもかかわらず,オオムギのエタノール生産量の方が大きい.これはエタノール原料となるデンプン・セルロース・ヘミセルロースの乾物中の含有率がイタリアンライグラスよりも多いためである.

第5章では,二毛作限界ラインに位置する栃木県を事例に,エタノールの最適生産規模について経済性の面から検討した.一般的にバイオマス変換プラントの設備容量を拡大させるにつれて,単位生成物あたりの設備費用は低減する.一方,設備容量の拡大に伴い必要とされるバイオマス資源量が増加し,輸送コストが上昇し単位生成物あたりの原料費用は増加する.この設備費用と原料費用を踏まえた最適な設備規模を決定することが重要である.エタノール製造コストは,原料調達費,設備費,人件費,運転費の4つの費用項目から構成される.エタノール製造コストは次の手順で算出した.まず,収集距離にバイオマス発生密度を乗じてエタノール生産規模を決定する.次に,収集距離から輸送コストを算出し,収集もしくは生産コストに加算して原料調達費を求めた.そして,その生産規模におけるプラント建設費を計算し,エタノール1Lあたりの設備費を求め,人件費・運転費を足し合わせエタノール製造コストを求めた.

最大収集距離を変化させた場合のエタノール製造コストを計算した結果,稲わらのみを原料とした場合,規模の経済のメリットを満たす量が集まらず,県内を越える50km以上でも製造コストは低減した.一方,稲わらと資源作物を原料とした場合,最大収集距離25kmで製造コストは最小(93.2円/L)となった.このときのエタノールの生産規模は年産約17万kLである.最大収集距離が25kmで稲わらのみを原料とする場合,1年間で2.6万kLのエタノールが生産可能で,製造コストは63.8円/Lであり,製油所出荷価格(64.5円/L)とほぼ等しい値となった.一方,資源作物を含めた原料では原料調達費,特に生産コストが高いため製油所出荷価格よりも製造コストが高くなる.しかしながら,バイオエタノールへの減免措置が実施されれば,製造コストはガソリン販売価格の121.8円/Lを下回り,価格競争力を持つ.税制優遇措置はバイオ燃料普及の政策手段として,これまで諸外国で大きな効果があった制度であり,日本でも早期の導入が望まれる.

以上の結果を踏まえ第6章では,本研究で構築した地域バイオマスを原料とするエタノール生産システムの我が国における可能性について,次の結論を述べた.1) 資源イネからバイオエタノールを生産する3つのシステムのLCAを行った結果,ホールクロップをエタノールに変換するシステムのエネルギー収支,GHG削減効果が最大となった.エネルギー収支はすべてのシステムにおいてプラスであったが,シナリオ(1)のGHG削減量はマイナスとなった.このことは玄米だけを利用するバイオエタノール生産システムはGHG削減効果がないことを意味する.資源イネを原料とするバイオエタノール生産システムにおいて,稲わら・籾殻を利用することは必須の条件である.2) 水田冬作物であるオオムギ・エンバク・ライムギ・イタリアンライグラスの4種の作物からバイオエタノールを生産するシステムのLCAを行った結果,オオムギのエネルギー収支・GHG削減量がともに最大となった.3) 稲わらと資源作物を原料とした場合,最大収集距離25kmで製造コストは最小(93.2円/L)となった.減免措置が実施されれば,製造コストはガソリン販売価格の121.8円/Lを下回り,価格競争力を持つことになる.

本研究は以上の結論をもって,我が国における地域バイオマスを原料とするエタノール生産システムの実現に資するものであると考える.

審査要旨 要旨を表示する

現在,国内における1人あたりの米の年間消費量はピーク時(1962年)の約半分である60kgを切りつつある.このような米消費量の低下に加え,人口の減少や反収の増加も合間って,38万haに及ぶ耕作放棄地はさらに増加する恐れがある.主食用の米だけを前提にした水田稲作から水田の多角的な利用へシフトするべきではなかろうか.本研究では,未利用バイオマス及び資源作物からバイオエタノールを生産するシステムを構築し,その可能性についてエネルギー収支,CO2削減量及び経済性の面から評価することにより,我が国における水田を活用したバイオエタノール生産の実現に資することを目的とする.

まず第1章では,国内外におけるバイオエタノール生産の現状と問題点を整理することにより,本研究の位置づけを行った.

第2章では,我が国における水田稲作の産出・投入エネルギーを明らかにし,エネルギー生産としての稲作に向けた改善すべきプロセスを抽出した.本章では食用イネ生産に投入されているエネルギーをもれなく把握するために,農水省統計データ「米及び麦類の生産費」と産業連関表とエネルギーバランス表から推計されたエネルギー消費原単位を用いてエネルギー投入量を把握する手法を採用した.

インベントリ分析の結果,10aあたりに農業生産で投入されるエネルギーは,4,800MJとなることが明らかとなった.一方,玄米及び稲わら・籾殻のエネルギー産出量はそれぞれ7,812MJ/10a,10,506MJ/10aである.日本における食用イネ生産のエネルギー産出投入比((産出エネルギー)/(投入エネルギー))は1.6であり,副産物である稲わら・籾殻を含めると3.8と算出された.

第3章では,前章におけるイネ生産のエネルギー収支を向上させるための方策を考慮し,食用イネ生産と直播栽培・乾燥工程の省略・無農薬栽培・多収米の適用で実現する資源イネ生産とのエネルギー投入量を比較し,資源イネ生産システムの有意性を実証した.そして,資源イネからバイオエタノールを生産する3つのシステムのLCAを行い,バイオマスの最適な利用方法について検討する.3つのシステムとはシナリオ(1):玄米のみを利用,シナリオ(2):玄米をエタノールに変換し,必要な電力・蒸気を稲わら・籾殻で供給,シナリオ(3):ホールクロップをエタノールに変換である.

食用イネ生産と資源イネ生産の10aあたりのエネルギー投入量を算出した結果,直播栽培・乾燥工程の省略・無農薬栽培の採用により716MJ/10aの省エネルギーが可能である.しかしながら,収量を増加させるために多施肥にしなければならないことから肥料の項目で387MJ/10a増加する.食用イネ生産から資源イネ生産に変化することで328MJ/10aの省エネルギーが可能になることが明らかとなった.

第4章では,農業機械製造に関するエネルギー投入量が全体の20.5%を占めていることを受け(第2章),農業機械の利用率を向上させるための二毛作栽培体系について検討した.本章では,我が国で水田冬作物として広く栽培されている,オオムギ・エンバク・ライムギ・イタリアンライグラスの4種の作物からバイオエタノールを生産するシステムのLCAを行い,エタノール生産に適した水田冬作物を明らかにした.インベントリ分析の結果,水田冬作物4種の中でオオムギのエネルギー収支・CO2削減量がともに最大となった.

第5章では,二毛作限界ラインに位置する栃木県を事例に,エタノールの最適生産規模について経済性の面から検討した.一般的にバイオマスプラントの設備容量を拡大させるにつれて生産1単位における設備費用が低減する.一方,設備容量の拡大に伴い必要とされるバイオマス資源量が増加し,輸送コストが上昇し生産1単位あたりの原料費用は逓増する.この設備費用と原料費用を踏まえた最適な設備規模を決定することが重要である.エタノール製造コストは次の手順で算出した.まず,収集距離にバイオマス発生密度を乗じてエタノール生産規模を決定する.次に,収集距離から輸送コストを算出し,収集もしくは生産コストに加算して原料調達費を求めた.そして,その生産規模におけるプラント建設費を計算し,エタノール1Lあたりの設備費を求め,人件費・運転費を足し合わせエタノール製造コストを求めた.

最大収集距離が30kmで,稲わらのみを原料とする場合と資源作物も含めた場合のエタノール製造コストを求めた.稲わらを原料とする場合の製造コストは63.8円/Lであり,製油所出荷価格(64.5円/L)とほぼ等しい値となった.

以上の結果を踏まえ第6章では,本研究で構築した地域バイオマスを原料とするエタノール生産システムの我が国における可能性について,次の結論を述べた.1) エネルギー投入量を削減した資源イネからバイオエタノールを生産する3つのシステムのLCAを行った結果,すべてのシステムにおいてエネルギー収支はプラスであり,CO2削減効果があった.中でも,ホールクロップをエタノールに変換するシステムのエネルギー収支,CO2削減効果が最大となった.2) 水田冬作物であるオオムギ・エンバク・ライムギ・イタリアンライグラスの4種の作物からバイオエタノールを生産するシステムのLCAを行った結果,オオムギのエネルギー収支・CO2削減量がともに最大となった.3) 稲わらと資源作物を原料とした場合,最大収集距離30kmで製造コストは最小(94.4円/L)となった.減免措置が実施されれば,製造コストはガソリン販売価格の121.8円/Lを下回り,価格競争力を持つことになる.

以上、本論文では我が国における地域バイオマスであるイネからエタノール生産システムを検討し、エネルギー収支、二酸化炭素削減効果を明らかにした。同時に、経済性についてその可能性と課題を指摘した。この成果は学術上貢献するところが少なくないと考えられ、応用面でも有意義であると考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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