学位論文要旨



No 123595
著者(漢字) 細井,文樹
著者(英字)
著者(カナ) ホソイ,フミキ
標題(和) 可搬型スキャニングライダーを用いた樹木及び作物の垂直構造の計測
標題(洋)
報告番号 123595
報告番号 甲23595
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3299号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 准教授 芋生,憲司
 東京大学 准教授 露木,聡
内容要旨 要旨を表示する

植物のもつ3次元構造はその機能と密接に関わっており、その生命活動の維持にきわめて重要な役割を果たしている。植物の3次元構造を表す指標として、その垂直構造の指標が以前からよく用いられてきた。具体的には葉面積密度(Leaf Area Density : LAD)の垂直分布がそれに相当し、これは植物を高さ方向に複数の層に分割し、その層の単位体積あたりに含まれる葉の片側面積であるLADを算出し、それを高さ順に並べて垂直分布を得、垂直構造を表現するというものである。また葉だけでなく、葉を含む全ての地上部器官の面積を取り扱う場合、植物面積密度(Plant area density: PAD)の垂直分布という指標も使われる。現在に至るまで、様々な方法でLAD垂直分布の計測が行われてきた。層別刈り取り法やGap-fraction法、3次元デジタイザーの使用やポイントコドラート法といった方法があるが、いずれの方法も計測効率の問題や計測精度の問題を有している。一方、可搬型スキャニングライダーによる森林計測が近年活発に行われるようになってきた。可搬型スキャニングライダーとは、レーザービームを対象にスキャン照射し、散乱して戻ってくる光を受光して対象までの距離を算出、対象の3次元点群画像を得るという可搬型の装置である。可搬型スキャニングライダーは非破壊であり、アクティブセンサーであるため計測時の光環境に影響を受けない、数100μm~cmオーダーの極めて高い距離精度及び空間分解能を有する、自動化されたスピーディーなデータ取得が可能といった利点を有する。この装置をLAD計測に使用した場合、従来のLAD計測法の問題点である計測効率及び計測精度の両面にわたってその問題を解決できる可能性があるものと考えられる。そこで本論では、可搬型スキャニングライダーを用い、樹木及び作物のLAD(又はPAD) 垂直分布計測法 を考案し、その実効性及び誤差の要因について、実測との比較から検証を行うということを目的として研究を行った。

最初のステップとして、取り扱いが容易でライダーの計測及び実測が行いやすい孤立木(サザンカ:樹高約1.6m)を対象とし、可搬型スキャニングライダーによるLAD垂直分布計測の基本的な方法の確立を試みた。ここでは三角測量を測距原理とし、距離精度及び空間分解能がそれぞれ1mmと2mm(対象との距離5mで)という高精度可搬型スキャニングライダーを使用した。考案した計測法の要点を列挙すると、(1)対象を取り囲む計測位置の設定 (2)レーザービーム中心入射角の最適化 (3)得られた点群データのボクセル化とレーザービームの葉に対する接触頻度の計算 (4)非同化器官及び葉傾斜角の補正 の4点となる。(1)(2)の目的は、樹冠全体にわたってその内部まで十分にレーザービームを照射し、樹冠の正確な3次元情報を得ることである。 (3)ではライダーデータからレーザービームの光跡に関する情報をボクセル(3次元格子点上の立方体で、2次元のピクセルを3次元に拡張したものに相当)の属性値として計算機上で表現し、この属性値に基づいてLAD算出に必要なレーザービームの葉に対する接触頻度の計算を行う。(4)の非同化器官の補正に関しては、葉のある状態のデータから葉のない状態のデータを差し引くことにより行う。また葉傾斜角の補正は、葉傾斜角分布データを取得し、G(θ)(θはレーザービーム入射角、G(θ)はレーザービームの方向と直交する平面への葉の投影面積の平均値)を算出する、もしくはcos(θ)/G(θ) 〓1.1という近似が可能な57.5°をレーザーの入射角として使用するといった方法により行う。こうした方法を適用した結果、レーザービーム中心入射角の最適値は今回用いた対象については59.8°であることが確認され、この角度のライダーデータより算出されたLAD垂直分布は実測とよく一致していることが確認された(平均絶対誤差率=17.2%)。また非同化器官、葉傾斜角の補正も誤差の低減に寄与していることが確認された。さらに最適中心入射角は57.5°と近い値であり、cos(θ)/G(θ)〓 1.1という近似による葉傾斜角の補正も有効であることが確認された。

次に孤立木で検証されたLAD垂直分布計測方法を広葉樹(ケヤキ:樹高10~13m)群落に適用し、どのようなLAD垂直分布が得られるか実験を行った。同時に可搬型スキャニングライダーによるLAD計測方法の誤差要因について、検証を行った。まず林床に計測プロット(4×8m)を設置し、このプロットを取り囲む複数の地点をライダーの計測位置とした。各計測位置からレーザー中心入射角を4水準設定して計測を行った。その際、レーザー中心入射角90.0°の計測は高所作業車を用い、地上10mの位置から行った。非同化器官を補正する目的から落葉期の計測も行い、着葉期のデータから差し引くことでその補正を行った。また孤立木の実験で用いた高精度可搬型スキャニングライダーにて樹冠の計測を行い、そこから得た葉傾斜角分布をもとにその補正を行った。ライダーデータより算出されたLAD垂直分布の精度検証のため、計測プロットを8つのコドラートに分割し、さらにコドラート上5~13mまでの領域を一個当たり2m×2m×0.5mのセルでトータル128個に分割し、樹冠内の葉をセル単位で全てサンプルし、その葉面積を実測データとして計測した。こうして取得された実測及びライダーから算出されたLAD値をもとに、まず非同化器官と葉傾斜角分布に起因する誤差について検証した。非同化器官に起因する計測誤差については、レーザー入射角毎にその値が異なることが分かった。また葉傾斜角分布に起因する誤差については、特に水平に近いレーザー入射角ほどその誤差が大きくなることが分かった。次に、計測プロット全体と各コドラート単位のLAD垂直分布計測結果について検証した。計測プロット全体のLAD垂直分布については、樹冠上部でいずれのレーザー中心入射角でも過小評価が見られた。各コドラート単位のLAD垂直分布については、高い精度で計測ができているコドラートと、樹冠上部で過小評価しているコドラートとがあり、コドラートによってその精度に差があった。また、レーザービーム中心入射角90°では、他の入射角で過小評価が著しいコドラートにおいても、精度よくLADが算出できている場合があった。こうした結果を説明するLAD誤差の要素として、レーザービーム入射数密度 N(単位体積あたりに入射するレーザービーム数)及びG(θm)(θm:レーザービーム中心入射角)があることがわかった。この結果を考慮して群落レベルでのLAD計測をより高い精度で行う方策として、 レーザービーム入射角密度 N を増やす、より小さなG(θm)になるレーザー入射角を選定し、かつ葉傾斜角の分布データを取得する、 57.5°をレーザー中心入射角として選定し、レーザービーム入射数密度 N大きくする方策をとる、地上計測と高所計測のコンポジットを行うといった方法が考えられ、その提案を行った。

さらに本論の方法を作物の成長ステージ毎のPAD垂直分布の計測に適用した。計測プロットを取り囲む4箇所を計測位置とし、各器官の傾斜角の補正に利便性の高いレーザー中心入射角57.5°を採用した。その結果、成長ステージ毎の特徴的なPAD垂直分布を計測することができた。また節間伸張によって高さが増した成長ステージにおいて、畝の方向に対してアジマス方向に関して角度をつけた方向となるようレーザービームの方向を調整し、下層に十分にレーザービームを供給する方法を提案した。また実測から得た穂や葉と茎の乾燥重量と、ライダーデータより計算されたPADを基に得られた穂や葉と茎の面積との相関関係を求め、その回帰式から乾燥重量の推定が可能であることを示した。さらに乾燥重量の推定値をもとに、子実及び地上部残渣に含まれるカーボンストックを算出し、ライダーデータをもとにカーボンストックの推定が可能であることを示した。

以上まとめると、本研究では、可搬型スキャニングライダーを用いた樹木及び作物の葉面積密度(LAD)又は植物面積密度(PAD)の垂直分布を得るための方法を考案した。この方法の要点を列挙すると、(1)対象を取り囲む計測位置の設定 (2) レーザービーム入射角の最適化 (3)得られた点群データのボクセル化とレーザービームの葉に対する接触頻度の計算 (4) 非同化器官、葉傾斜角の補正 となる。この方法をまず孤立木に適用し、正確なLAD垂直分布を得ることができた。広葉樹群落に本方法を適用した場合、そのLADの精度が設置したコドラート毎に異なり、またレーザー入射角度によっても違いがあることが確認された。これを説明する誤差要因として、レーザービーム入射数密度NとG(θm)があることが明らかにされた。この結果をもとに、群落計測で精度よくLADの垂直分布を得るための方法を提案した。さらに本方法を作物(コムギ)に応用し、作物の各成長ステージ毎の特徴的なPADプロファイルを計測できることが確認され、また算出されたPADをもとに乾燥重量やカーボンストックの推定も可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

植物の3次元構造を表す指標である葉面積密度(LAD)又は植物面積密度(PAD)の垂直分布は、これまで様々な方法によりその計測がなされてきた。しかし、いずれの計測方法も計測効率や計測精度の点で問題を有していた。一方、森林計測で近年用いられるようになってきた可搬型スキャニングライダーは高い空間分解能と精度を有し、多量の点群データを効率よく取得可能であり、既往の計測法の問題点を解決できる可能性があった。しかしながら、可搬型スキャニングライダーによるLADやPAD垂直分布の計測方法は確立されていなかった。また、計測精度に及ぼす誤差要因についての検討はなされていなかった。本論文は、可搬型スキャニングライダーを用い、樹木及び作物のLAD又はPADの垂直分布を計測するための方法を新たに考案し、その実効性と誤差要因について検証を行ったものであり、5章で構成される。

序論の1章に続く2章では、樹高1.6mの孤立木(サザンカ)を対象とし、可搬型スキャニングライダーによるLAD垂直分布の計測方法について検討し、Voxel-based Canopy Profiling (VCP) method を考案した。この方法では、樹冠全体にわたってその内部まで十分にレーザービームが照射されるように、対象を取り囲む複数のライダー計測位置を設定し、また、レーザービーム中心入射角の最適化を行った。次に、計測された点群データからレーザービームの光跡に関する情報をボクセルの属性値として計算機上で表現し、この属性値からレーザービームの葉に対する接触頻度の計算を行い、さらに、非同化器官、葉傾斜角の補正を行うことでLADの垂直分布を算出した。その結果、算出されたLAD垂直分布が実測とよく一致していることが確認され、既往の計測法では困難であった孤立木の正確なLAD垂直分布を得ることができた。

続く第3章では、2章で示したLAD垂直分布計測法を樹高約10mの広葉樹(ケヤキ)群落に適用し、その実効性及び誤差要因について検証を行った。実際の群落は高さ方向だけでなく水平方向にも広がりを持っており、この両方向の検証を行うため、林床に設置した計測プロットを複数のコドラートに分割し、さらにコドラート上5~13mにある樹冠を一個当たり2m×2m×0.5mのセルでトータル128個に分割し、層別刈り取りにより、セル単位でのLADの実測を行った。一方、ライダー計測は、計測プロットを取り囲む複数の地点から行い、さらに、レーザービーム中心入射角を複数設定した。こうして取得されたライダーデータをもとに、2章同様レーザービームの光跡に関する情報をボクセルの属性値として表現し、非同化器官や葉傾斜角の補正を行い、LADの垂直分布を算出した。各コドラート単位のLAD垂直分布において、レーザービーム入射数密度Nの大きいコドラートでLAD垂直分布の精度が高くなることを示し、さらに、レーザービーム中心入射角が90.0°の場合、他の入射角に比べ高い精度の計測ができることがわかった。このことから、非同化器官や葉傾斜角の補正及びレーザービーム中心入射角の最適化を行うことにより、既往の方法では、その正確な計測が困難であった広葉樹群落のLAD垂直分布について、精度のよい計測が可能であることを示した。また、LAD計測の誤差要因として、レーザービーム入射数密度N とレーザービームの方向と直交する平面への葉の投影面積の平均値G(θ)が重要であることを明らかにした。

4章では2章の方法を作物の成長ステージ毎のPAD垂直分布の計測に適用した。計測プロットを取り囲む複数地点を計測位置とし、各器官の傾斜角の補正に利便性の高いレーザー中心入射角57.5°を採用した。その結果、既往の計測法では取得困難な成長ステージ毎の特徴的なPAD垂直分布を、本方法により精度よく計測可能であることを示した。また、節間伸張によって高さが増した成長ステージにおいて、下層の精度向上を可能とするライダーの配置についての提示も行った。さらに、実測から得た各器官の乾燥重量と、ライダーデータより計算されたPADから得られた各器官の面積との相関関係を求め、その回帰式からライダーデータをもとに乾燥重量及び炭素重量の推定が可能であることを示した。続く5章では、本論文の総括がなされている。

以上、本論文では可搬型スキャニングライダーを使用した樹木及び作物のLAD又はPAD垂直分布の新たな計測方法としてVCP method を考案し、既往の計測法と比較してより高い精度での計測を可能にした。また、ライダーを用いたLAD計測の誤差要因に関する新たな知見を得ており、学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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