学位論文要旨



No 123599
著者(漢字) 渡辺,憲
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ケン
標題(和) スギ材の割れ発生および進展に関する研究
標題(洋)
報告番号 123599
報告番号 甲23599
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3303号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

木材の表面割れは木材の損傷の中でも最も大きな欠点の一つである。製材時には歩留まり低下の原因に、屋外で使用する際には腐朽の原因となる。この表面割れの中でも木口面から材面に伸びる割れは容易に成長するのにも関わらず、その発生条件やメカニズムについて未解明な点が非常に多い。

本研究は木口面から材面に伸びる割れを中心に、木口付近の割れ発生条件、発生と進展のメカニズム、科学的に解明し、さらに割れの抑制方法を検討することを目的とした。

【第2章】 慣習的に「柾目木取りは割れにくい、板目は割れる」と言われているが、どの程度の木取りにすれば割れないのかは明らかにされていない。そこで実際に施設されているデッキ板材面と木口割れとのなす角度(年輪傾角θ)の測定を行った。その結果、θが40°以上の木取り(追柾)は木口面から材面に伸びる割れがほとんど発生せず、θを40°以上の木取りにすれば木口面から材面に伸びる割れを抑制できることが明らかとなった(図1)。年輪傾角が増加すると材面幅方向の収縮率が低下し、それによって木口面から材面に伸びる割れが抑制されるのではないかという仮説を立て、スギ材の屋外暴露試験を行った。スギ材において材面幅方向収縮率が3%以下の範囲では、木口面から材面に伸びる割れはほとんど認められなかった。このことから、材面幅方向収縮率3%を割れ発生の限界値とした。材面幅方向の収縮率が低下することで木口面から材面に伸びる割れが抑制されることが示唆された。

【第3章】においては、面取り加工(図2、木口の辺を切り落とす加工)を施した板目板を乾燥させ、木口付近の割れの発生・進展の観察を行った。その結果、面取りの有無によらず木口割れは発生したが、面取りを施すと面取り面には割れが発生するものの、割れが進展しにくい現象が観察されたことから、割れの発生と進展は、割れの方向によって難易があることが示唆された。さらに、木口から材面に伸びる割れを抑制する手段として面取り加工を提案した。面取り加工を施した板目板を乾燥・吸水・乾燥させて割れの促進試験を行った。その結果、面取りを施さない材は全て木口面から材面に伸びる割れが発生したのに対し、木口面から5 mm、傾斜30°の面取りを行った面取り加工材はこの割れが全く発生しなかった。異常から、面取り加工は割れを抑制する効果があることが明らかとなった。

【第4章】前章の現象から、割れの進展方向によって、割れの発生・進展の難易が異なるという仮説を立てた。そこで、き裂の角度を変化させた片側クラック3点曲げ試験片の破壊靭性評価を行い、割れの発生と進展の難易を評価した。その結果、割れの発生しにくさを表す破壊靭性値は放射方向が最も低く、繊維方向になるにつれて次第に増加したのに対して、荷重-変位曲線からは、放射方向のき裂は最も安定に進展し、繊維方向のき裂は最も不安定に進展して脆性的な挙動を示した。つまり、木口割れは発生しても進展しにくいのに対して、材面割れは一度発生すると進展しやすいことが明らかとなった。以上から、これまで未解明であった木口付近の割れの発生と進展のプロセスを破壊力学的な視点から解明することに成功した。さらに、木口面が割れやすい原因は従来言われているような曖昧なものではなく、破壊靭性値が低いために割れが発生しやすくなることがわかった。

【第5章】3章で面取りは割れの抑制に効果があることが明らかとなった。この原因について、面取りによって乾燥過程の水分傾斜・引張応力が低下し、割れの発生が抑制されたという仮説を立てた。そこで3次元有限要素法を用いて乾燥中の含水率と応力分布の推定を行った結果、板目部表層の含水率傾斜、引張応力ともに、面取りを施した方が低下することがわかった。つまり、面取りを施すことで水分が抜けやすくなり材表層部の含水率傾斜が減少し、応力が緩和したことが検証できた。また、面取りが割れを抑制する要因であることが示唆された。

第6章においては、デジタルX線マイクロスコープによる乾燥中の含水率分布非破壊計測を試みた。この目的の一つ目は、前章の含水率推定結果の妥当性を評価するために非破壊で高精度の含水率測定方法が必要なこと、そして二つ目の目的は、前章の含水率推定で必要な水分移動係数の値を実験的に算出するためである。その結果、2次元では数ピクセル(0.1mm未満)単位で含水率を2%以内の誤差範囲で計測することに成功した。また、画像相関法と併用した新しい含水率計測手法を考案し、その可能性を示唆するに至った。

図1 年輪傾角θと割れ本数との関係

図2 面取り加工材

図3 含水率傾斜の経時変化

図4 応力の経時変化

審査要旨 要旨を表示する

【第1章】本章は緒言に当たる。木材の表面割れは木材の損傷の中でも最も大きな欠点の一つである。製材時には歩留まり低下の原因に、屋外で使用する際には腐朽の原因となる。この表面割れの中でも木口面から材面(とくに板目面)に伸びる割れは容易に成長するのにも関わらず、その発生条件やメカニズムについて未解明な点が非常に多い。

本研究では主に建築用の針葉樹製材(スギ)を対象として、その木口面から材面に伸びる割れを中心に、木口付近の割れ発生条件、発生と進展のメカニズム、科学的に解明し、さらに割れの抑制方法を検討することを目的とした。

【第2章】 慣習的に「柾目木取りは割れにくい、板目は割れる」と言われているが、どの程度の木取りにすれば割れないのかは明らかにされていない。そこで実際に設置されているデッキ板材面と木口割れとのなす角度(年輪傾角θ)の測定を行った。その結果、θが40°以上の木取り(追柾)は木口面から材面に伸びる割れがほとんど発生せず、θを40°以上の木取りにすれば木口面から材面に伸びる割れを抑制できることが明らかとなった(図1)。年輪傾角が増加すると材面幅方向の収縮率が低下し、それによって木口面から材面に伸びる割れが抑制されるのではないかという仮説を立て、さらにスギ材の屋外暴露試験を行った。スギ材において材面幅方向収縮率が3%以下の範囲では、木口面から材面に伸びる割れはほとんど認められなかった。このことから、材面幅方向収縮率3%を割れ発生の限界値とした。材面幅方向の収縮率が低下することで木口面から材面に伸びる割れが抑制されることが明らかとなった。

【第3章】においては、面取り加工(図2、木口の角を切り落とす加工)を施した板目板を乾燥させ、木口付近の割れの発生・進展の観察を行った。その結果、面取りの有無によらず木口割れは発生したが、面取りを施すと面取り面には割れが発生するものの、割れが進展しにくい現象が観察されたことから、割れの発生と進展は、割れの方向によって難易があることが示唆された。さらに、木口から材面に伸びる割れを抑制する手段として面取り加工を提案した。面取り加工を施した板目板を乾燥・吸水・乾燥させて割れの促進試験を行った。その結果、面取りを施さない材は全て木口面から材面に伸びる割れが発生したのに対し、木口面から5 mm、傾斜30°の面取りを行った面取り加工材はこの割れが全く発生しなかった。以上から、面取り加工は割れの進展を抑制する効果があることが明らかとなった。

【第4章】前章の現象から、割れの進展方向によって、割れの発生・進展の難易が異なるという仮説を立てた。そこで、あらかじめ木材にき裂を施し、その角度を変化させた片側クラック3点曲げ試験片の破壊靭性評価を行い、割れの発生と進展の難易を評価した。その結果、割れの発生しにくさを表す破壊靭性値は放射方向が最も低く、繊維方向になるにつれて次第に増加したのに対して、荷重-変位曲線からは、放射方向のき裂は最も安定に進展し、繊維方向のき裂は最も不安定に進展して脆性的な挙動を示した。つまり、木口割れは発生しても進展しにくいのに対して、材面割れは一度発生すると進展しやすいことが明らかとなった。以上から、これまで未解明であった木口付近の割れの発生と進展のプロセスを破壊力学的な視点から解明することに成功した。さらに、木口面が割れやすい原因は従来言われているような曖昧なものではなく、木材の方向の違いにより破壊靭性値が異なり、木口面における破壊靱性値が低いために割れが発生しやすくなることがわかった。

【第5章】3章で面取りは割れの抑制に効果があることが明らかとなった。この原因について、面取りによって乾燥過程において面取り面からの水分蒸発が、面取りがない場合と比べて多くなることにより、板の厚さ方向の水分傾斜・乾燥応力(引張応力)が低下し、割れの発生が抑制されたという仮説を立てた。そこで3次元有限要素法を用いて乾燥中の含水率と応力分布の推定(コンピュータシミュレーション)を行った結果、板目部表層の含水率傾斜、引張応力ともに、面取りを施した方が低下することがわかった。つまり、面取りを施すことで水分が抜けやすくなり材表層部の含水率傾斜が減少し、応力が緩和したことが検証できた。これらの結果から面取りが割れを抑制する要因であることが示唆された。

【第6章】デジタルX線マイクロスコープによる乾燥中の含水率分布非破壊計測を試みた。この目的の一つ目は、前章の含水率分布推定結果の妥当性を評価するために非破壊で高精度の含水率測定方法が必要なこと、そして二つ目の目的は、前章の含水率推定で必要な水分移動係数の値を実験的に算出するためである。その結果、2次元では数ピクセル(0.1mm未満)単位で含水率を2%以内の誤差範囲で計測することに成功した。また、画像相関法と併用した新しい含水率計測手法を考案した。

本研究は従来経験的に知られていたが科学的な解明がなされていなかった製材の割れについて、特に木口割れの発生しやすさ、およびそれに基づく板目面への割れ進展のメカニズムを明らかにした。その解明のために必要となる、乾燥中の木材水分分布ならびに乾燥応力分布に関する3次元有限要素法による解析、x線デンシトメトリーの含水率分布非破壊計測への適用という当該分野における新しい測定技術の開発を行なった。以上より、審査委員一同は、本論文が学術上、応用上貢献するところが大きく、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

図1 年輪傾角θと割れ本数との関係

図2 面取り加工材

図3 含水率傾斜の経時変化

図4 応力の経時変化

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