学位論文要旨



No 123616
著者(漢字) 亘,悠哉
著者(英字)
著者(カナ) ワタリ,ユウヤ
標題(和) 外来種ジャワマングースが奄美大島の在来生物群集に及ぼす影響とその機構の解明
標題(洋)
報告番号 123616
報告番号 甲23616
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3320号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宮下,直
 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 准教授 石田,健
 麻布大学 教授 高槻,成紀
 横浜国立大学 准教授 小池,文人
内容要旨 要旨を表示する

外来種の侵入は、生物多様性の低下の主要因のひとつとして認識されている。その中でも、高次捕食者が引き起こす影響は甚大で、外来種問題が社会問題として認識される大きなきっかけともなった。

各地域において、外来種問題への対策を講じるに際し、最も重要な取り組みは、影響予測に基づくリスクの高い外来種の侵入阻止と、既に発生した外来種の影響の復元の2つが挙げられる。この際、外来種による影響が生じる仕組みが理解されれば、より効果の高い取り組みが可能になるであろう。在来種に対する外来捕食者の影響は、在来種の形質や栄養段階の位置、食物網の構造によって決まってくると考えられる。例えば、高次外来捕食者が定着した際に、捕食される在来種の全てが負の影響を受けるわけではなく、内的自然増加率や、捕食者による発見率や捕獲成功率などに関与する形質の変異に応じて脆弱性が決まるであろう。さらに、在来種への影響は、直接効果だけでなく、間接効果によっても左右される。例えば、トップダウンカスケードのような間接効果が生じる場合には、在来種の栄養段階の位置によって、影響が正にも負にも変わる。また、外来捕食者が複数の餌を捕食する場合、保全対象種への影響の強度は、外来捕食者の個体数を支えている第三者の餌資源の存在によって大きく左右されるであろう。このような捕食者の密度変化を介した餌間の間接効果は見せかけの競争と呼ばれている。さらに、第三者の餌資源に変動がある場合、その動態を考慮した駆除計画を立てることによって、駆除の効果が向上する可能性がある。

本研究の調査地である奄美大島の森林は、アマミノクロウサギなど多くの希少種が生息する貴重な生態系である。これらの希少種にとって最大の脅威と考えられているのは、ハブ対策のために1979年に導入されたジャワマングースである。導入後マングースは希少種が生息する森林に分布域を拡大し、希少種を捕食していることも明らかになっており、在来種の衰退が危惧されている。本研究では、奄美大島においてマングースが引き起こす在来生物への影響の仕組みを解明するため、以下の研究に取り組んだ。

まず2章では、マングースおよび在来の捕食者であるカエル類の食性分析によって、マングースを頂点とするシンク食物網の構造を推定した。マングースの餌品目は、在来の捕食者であるカエル類と比べて、体サイズが大きく、栄養段階が高い点が特徴的であった。また、マングースの餌品目のうち、冬鳥のシロハラの出現頻度は、シーズンによって大きく変動し、それはシロハラの飛来数の変動と一致していた。また、シロハラが大量に飛来するシーズンはマングースの餌重量が通常の約2倍に増加し、冬期のマングースの餌条件を大きく向上させていることが明らかになった。

3章では、マングースの定着期間の地理的な勾配に沿って在来生物の生息状況を調査し、マングースが及ぼす在来生物へのトップダウン効果を推測した。野外調査の結果、13種の在来生物の生息状況が明らかになった。このうち、アマミノクロウサギやカエル類をはじめ、体サイズが大型の7種は、マングースが長期間定着した地域でほとんど生息が確認されず、マングースの捕食に対してきわめて脆弱性が高いことが明らかになった。一方で、昆虫類など体サイズが小型の3種はマングースの長期定着している地域でむしろ増加している傾向を示したが、これは2章の知見により、マングースがカエル類やトカゲなどの在来の捕食者を減少させたことに起因するトップダウンカスケードによるものだと考えられた。また、体サイズが中型の3種の生息パターンには、マングースの定着期間との関係が見られなかった。これはマングースの捕食圧の増加が在来捕食者の捕食圧の減少を相殺した結果だと考えられた。以上により、外来捕食者のインパクトを予測する際には、在来生物の形質と栄養段階構造を考慮することが重要であることが示唆された。

4章では、マングースが在来生物群集に強いインパクトを与えている理由として、減らない餌としての渡り鳥シロハラによるマングース個体群に対するボトムアップ効果に着目し、捕獲個体の繁殖状況の分析と個体群動態シミュレーションを行った。まず、捕獲個体の妊娠状況を分析した結果、シロハラの大量飛来があった場合は、繁殖開始の時期が通常の3月から2ヶ月ほど早まることがわかった。またこの結果を用いてシミュレーションを行ったところ、シロハラの大量飛来がマングースの個体群増加率を上昇させていることが明らかになった。このプロセスとしては、シロハラの大量飛来がマングースの繁殖開始を早めることにより、当歳児の繁殖参加や年複数回の繁殖を可能にしていることが考えられた。これらの結果により、マングースが在来生物群集に強いインパクトを与えている理由として、系外からの餌動物の流入が、マングースの個体数増加を通して、在来生物を減少させるという見せかけの競争が生じていることが考えられた。このことは、外来捕食者の影響を理解するためには、生態系の内部だけで完結する相互作用だけでなく、生態系の外からの影響も考慮することが重要であるという新たな視点を提供するものである。さらに、月ごとの駆除効果を計算した結果、シロハラの大量飛来の年と、そうでない年の間で、駆除効果の高い時期にずれが生じることが明らかになり、シロハラの飛来の変動を考慮して駆除を行うことの重要性が示唆された。

以上の結果より、奄美大島では、見せかけの競争とトロフィックカスケードが連結した「見せかけのトロフィックカスケード」が生じていると推測された。シロハラという減らない餌によりマングースが増加し、それがトップダウン効果を強め、その結果トロフィックカスケードを生じさせるというものである。本研究では、こうしたプロセスに在来種の形質に基づく脆弱性の変異や食物網構造が大きく関わっていることが示唆された。このような知見はマングースだけでなく、ノネコやオコジョなど、島嶼生態系で甚大な被害を及ぼしている多くの外来捕食者のリスク評価にも貢献するであろう。本研究の知見に基づき、外来捕食者が在来の生物群集に及ぼす影響予測を以下にまとめる。1) 系外からの餌生物の流入がある生態系に捕食者が導入された場合、強いインパクトが生じる。2) 在来生物の捕食に対する脆弱性を予測するには、捕食者と餌生物の両者の形質を考慮することが重要である。3) 同じ栄養段階の構成する生物間で捕食に対する脆弱性に変異が小さい場合、トロフィックカスケードによって、複数の栄養段階に影響が波及しやすい。

審査要旨 要旨を表示する

外来種の侵入は、生物多様性の低下の主要因のひとつとして認識されている。その中でも、高次捕食者が引き起こす影響は甚大で、外来種問題が社会問題として認識される大きなきっかけともなった。

各地域において、外来種問題への対策を講じるに際し、最も重要な取り組みは、影響予測に基づくリスクの高い外来種の侵入阻止と、駆除による既に発生した外来種の影響の復元の2つが挙げられる。この際、外来種の影響が生じる仕組みが理解されれば、より効果の高い取り組みが可能になるであろう。例えば、外来捕食者に捕食される在来種の全てが負の影響を受けるわけではなく、内的自然増加率や、捕食率などに関与する形質の変異に応じて脆弱性が決まるであろう。さらに、在来種への影響は、直接効果だけでなく、間接効果によっても左右される。例えば、トップダウンカスケードのような間接効果が生じる場合には、在来種の栄養段階の位置によって、影響が正にも負にも変わる。また、保全対象種への影響の強度は、外来捕食者の個体数を支えている第三者の餌資源の存在によって大きく左右されるであろう。さらに、第三者の餌資源に変動がある場合、その動態を考慮した駆除計画を立てることによって、駆除の効果が向上する可能性がある。

本研究の調査地である奄美大島の森林は、アマミノクロウサギなど多くの希少種が生息する貴重な生態系である。これらの希少種にとって最大の脅威と考えられているのは、ハブ対策のために1979年に導入されたジャワマングースである。導入後マングースは希少種が生息する森林に分布域を拡大し、在来種の衰退が危惧されている。本研究では、奄美大島においてマングースが引き起こす在来生物への影響の仕組みを解明するため、以下の研究に取り組んだ。

まず2章では、マングースおよび在来の捕食者であるカエル類の食性分析によって、マングースを頂点とするシンク食物網の構造を推定した。マングースの餌品目は、在来の捕食者であるカエル類と比べて、体サイズが大きく、栄養段階が高い点が特徴的であった。また、マングースの餌品目のうち、冬鳥のシロハラの出現頻度は、シーズンによって大きく変動し、それはシロハラの飛来数の変動と一致していた。また、シロハラが大量に飛来するシーズンはマングースの餌重量が通常の約2倍に増加し、冬期のマングースの餌条件を大きく向上させていることが明らかになった。

3章では、マングースの定着期間の地理的な勾配に沿って在来生物の生息状況を調査し、マングースが及ぼす在来生物へのトップダウン効果を推測した。野外調査の結果、13種の在来生物の生息状況が明らかになった。このうち、アマミノクロウサギやカエル類をはじめ、体サイズが大型の7種は、マングースが長期間定着した地域でほとんど生息が確認されず、マングースの捕食に対してきわめて脆弱性が高いことが明らかになった。一方で、昆虫類など体サイズが小型の3種はマングースの長期定着している地域でむしろ増加している傾向を示したが、これは2章の知見により、マングースが在来の捕食者を減少させたことに起因するトップダウンカスケードによるものだと考えられた。

4章では、マングースが在来生物群集に強いインパクトを与えている理由として、渡り鳥シロハラによるマングース個体群に対するボトムアップ効果に着目し、個体群動態シミュレーションを行った。まず、捕獲個体の妊娠状況を分析した結果、シロハラの大量飛来があった場合は、繁殖開始の時期が早まることがわかった。またこの結果を用いてシミュレーションを行ったところ、シロハラの大量飛来がマングースの個体群増加率を上昇させていることが明らかになった。さらに、月ごとの駆除効果を計算した結果、シロハラの大量飛来の年と、そうでない年の間で、駆除効果の高い時期にずれが生じることが明らかになり、シロハラの飛来の変動を考慮して駆除を行うことの重要性が示唆された。

以上の結果より、奄美大島では、見せかけの競争とトロフィックカスケードが連結した「見せかけのトロフィックカスケード」が生じていると推測された。シロハラという減らない餌によりマングースが増加し、それがトップダウン効果を強め、その結果トロフィックカスケードを生じさせるというものである。本研究では、こうしたプロセスに在来種の形質に基づく脆弱性の変異や食物網構造が大きく関わっていることが示唆された。このような知見はマングースだけでなく、ノネコやオコジョなど、島嶼生態系で甚大な被害を及ぼしている多くの外来捕食者のリスク評価にも貢献するであろう。

以上で述べたとおり、本研究は外来捕食者の影響を評価する上での新たな視点と実証例を提供しており、基礎的にも応用的にも価値の高いものである。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値があるものと認めた。

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