学位論文要旨



No 123620
著者(漢字) 久米,佐知
著者(英字)
著者(カナ) クメ, サチ
標題(和) ブタ卵の減数分裂に対するRINGOの機能解析
標題(洋)
報告番号 123620
報告番号 甲23620
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3324号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 准教授 高橋,伸一郎
 東京大学 准教授 山内,啓太郎
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵巣内の卵は第一減数分裂前期で細胞周期を停止しており、mRNAやタンパク質を合成・蓄積しながら大きく成長する。十分成長した卵は、ホルモン刺激を受けると減数分裂を再開し、多くの動物では第二減数分裂中期で再び停止する。この第一減数分裂前期脱出から第二減数分裂中期までを卵成熟と呼び、卵成熟が完了すると受精が可能となる。

卵成熟の制御にはCdc2の活性が重要であることが知られており、この制御にはCyclin Bをはじめとする種々の因子の関与が報告されているが、未だ全容は明らかではない。

近年、卵成熟の制御に関与するRINGO(Rapid inducer of G2/M progression in oocytes)が新規遺伝子としてXenopusで報告された。RINGOは、約300アミノ酸残基からなり、サイクリンなどの既知タンパク質と相同性が無いが、Cdc2と結合し、その活性を上昇させること、またその合成を阻害すると卵成熟が極端に遅れることからXenopusの卵成熟進行に重要であることが示唆されている。

哺乳類ではRINGOの存在は遺伝子レベルで報告されているものの、卵における機能解析は全く行なわれていない。そこで本研究では、哺乳類卵の減数分裂過程におけるRINGOの機能を調べることを目的とし、ブタ卵を用いて解析した。

【第1章】

第1章では、ブタ卵減数分裂過程にRINGOが関与する可能性を調べることを目的に、Xenopus RINGO(xRINGO)のcDNAの譲渡を受け、ブタ未成熟卵にxRINGOを強制発現させて作用があるか否かを調べた。

mRNAの注入と、それによるタンパク質発現を、RT-PCRおよび35Sメチオニン取り込みにより確認したところ、mRNAを注入した卵ではどちらも特異的なバンドが検出でき、mRNAの注入によりxRINGOが発現されることが確認できた。そこでxRINGO発現による影響を調べた結果、卵成熟開始の指標である卵核胞崩壊(GVBD)の率が、培養12時間後において対照卵では0%であるのに対し、xRINGO発現卵では約80%と、成熟開始が非常に早まることが示された。また成熟制御の中心因子であるCdc2の活性上昇や、Cdc2の活性に重要であるCyclin B1、B2の合成が早期に誘導された。しかし、通常卵成熟が完了する培養48時間において第一減数分裂中期(M1)で停止しており、成熟が完了しないという異常も見られた。

xRINGO発現によって成熟進行が途中で停止するものの、ブタ卵の成熟が非常に早期に誘起されたことから、ブタ卵成熟においてRINGOが機能している可能性が考えられた。

【第2章】

次に第2章では、ブタRINGO(pRINGO)遺伝子をクローニングし、ブタ卵成熟におけるRINGOの機能を強制発現および発現抑制により調べた。

クローニングの結果、ヒトやマウスで報告されたアミノ酸配列と90%以上の相同性が得られブタにRINGOが保存されていることが明らかになった。さらにRT-PCRにより、卵成熟過程を通してRINGO mRNAが存在していることがわかった。このことから、ブタ卵成熟過程においてRINGOが機能している可能性が示唆された。

そこで次に、ブタRINGO(pRINGO)を強制発現させてブタ卵成熟への影響を調べた。その結果、対照卵では培養12、18時間後においてGVBDが全く起きていないのに対し、ブタRINGO発現卵では、培養12時間で50%以上、18時間ではほぼ100%卵がGVBDを起こしており、xRINGOと同様に卵成熟が非常に早期に誘導された。またCdc2の活性上昇や、Cyclin B1、B2の合成も早期に誘導された。このことからブタのRINGOの強制発現によってもxRINGOと同様に卵成熟関連因子の活性化や発現が早期に誘導されることが明らかになった。卵成熟開始以降についても調べたところ、pRINGOはxRINGOとは違い、培養48時間後には対照卵と同様に成熟が完了していた。また、pRINGOを強制発現した場合の新規合成タンパク質を35S-メチオニン取り込み実験により調べた結果、xRINGOは多量に蓄積していたのに対し、pRINGO A2は全く蓄積しなかった。このことからブタ卵におけるRINGO A2は発現後にすみやかに分解されることが推測された。XenopusとブタでRINGOの分解に違いが見られたため、分解の標的となる配列の比較を行なった。Xenopusでは、分解に関与するとされるPEST配列を持っているが、ブタのその領域における相同性は非常に低く、そのためXenopusとブタでは、RINGOの分解に必要な認識配列が異なり、ブタ卵内ではxRINGOを分解できなかったためにM1で停止したと考えられた。

次に、pRINGOのAntisense RNA注入により発現抑制を行った。その結果、培養24時間後におけるGVBD率が、Antisense RNA注入卵では若干低下する傾向が得られた。なお、培養48時間後に第2減数分裂中期(M2)に達した成熟率も低下する傾向が得られた。Antisense RNA注入卵のCyclin B1 B2、Cdc2の合成パターンについても調べたが、これらには大きな変化は見られなかった。

2章の結果より、ブタにRINGO が保存されており、卵成熟過程でmRNAが発現していることが初めて明らかになった。またpRINGOは卵成熟を強力に促進し、卵成熟の正常な進行において発現後にすみやかに分解されることが示された。そして、発現抑制により卵成熟進行が遅れる傾向があることから、pRINGOが機能している可能性が示唆された。しかし発現抑制の結果は有意な差ではなかった。最近の研究より哺乳類にはRINGOファミリーが存在することが報告されており、哺乳類の卵成熟では今回クローニングしたRINGO以外のRINGOファミリーも機能しているからではないかと考えた。

【第3章】

哺乳類のRINGOファミリーは、A、B、C、D、Eの5つが報告されている。本研究の2章でクローニングしたpRINGOは、アミノ酸の配列比較によりAに属し、さらにスプライシングバリアントのA2であることがわかった。RINGOファミリーの中では、RINGO Cが一番RINGO A2に相同性が高く、RINGO CはRINGO A2と機能が近い可能性があると考え、まずブタRINGO C(pRINGO C)の部分配列をクローニングし、Antisense RNA注入により発現抑制を行なった。

RINGO C部分配列のクローニングを試みた結果、ヒト・ウシのRINGO Cに相同性が非常に高い配列がクローニングでき、ブタにRINGO Cが保存されていることが示された。さらにRT-PCRにより、卵成熟過程を通してRINGO C mRNAが存在していることがわかった。そこでブタRINGO Cに対するAntisense RNAを作製し、ブタ卵に注入して卵成熟への影響を調べた。その結果、GVBD率および成熟率がRINGO A2と同様に低下する傾向が得られた。また、培養24時間後におけるCyclin B2の合成量が減少し、またERKやRSKの活性化が遅れ、pRINGO A2抑制時には見られなかった阻害効果が現れた。

これらの3章の結果と2章の結果から、RINGO AおよびCの合成がブタ卵成熟の進行に関与し、特にRINGO Cが主に機能している可能性が示唆された。しかし、それぞれを単独で抑制しても卵成熟進行の抑制効果が有意な差ではないことから、RINGO A2とCの同時抑制、および全RINGOファミリーの同時抑制を試みた。まずAntisense RNA共注入によりRINGO A2とCの同時抑制をおこなったところ、pRINGO A2およびCそれぞれを抑制したときに見られた卵成熟進行の阻害傾向がまったく見られなくなった。この原因は、in vitro translationを用いた実験により、pRINGO A2およびCのAntisense RNAを共注入するとそれぞれの抑制効果が失われるためであるとわかった。pRINGO A2、CのAntisense RNAをそれぞれ注入したときに見られたGVBD誘起が遅れる傾向は有意な差ではなかったが、Antisense RNAの阻害効果の消失によりその傾向がなくなることから、確かにAntisense RNAの阻害効果によるものであることが強く示唆された。

次にRINGOファミリーすべてが持っている、CDKに結合するために必要であるが、それのみではCDKを活性化させることはできないRINGO Boxのみを強制発現させることで、RINGOファミリーの競合阻害を試みた。その結果、予想に反して卵の減数分裂進行が促進された。このことは、少なくともブタ卵内においてRINGOは、RINGO BoxのみでCdc2を活性化できることを示唆している。RINGO Box強制発現によりRINGOファミリーすべてを阻害することはできなかったが、ブタ卵内ではRINGO BoxもCdc2の活性化に関与する可能性があるという初めての知見が得られた。

これらの結果から、ブタ卵の減数分裂過程におけるRINGOの機能としては、GVBDが誘起される前に合成され、Cyclin Bなど卵の減数分裂の制御因子の翻訳促進に働き、その後速やかに分解されるのではないかと考えられる。そしてRINGOファミリーの内、少なくともRINGO A2およびCが機能している可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵巣内に多量に存在する卵は第一減数分裂前期で細胞周期を停止しており、受精可能な第二減数分裂中期(M2)に至る減数分裂過程は卵成熟と呼ばれる。この制御には細胞周期のM期制御因子であるCdc2活性が重要な役割を果たし、Cyclin Bをはじめとする種々の因子の関与が報告されているが、未だ全容は不明で未知の因子の関与が示唆されている。近年、卵成熟の制御に関与する新規遺伝子としてRINGO(Rapid inducer of G2/M progression in oocytes)がXenopusで報告された。哺乳類でもRINGO遺伝子の存在は報告されているが、卵における機能解析は全く行なわれていない。本研究は、ブタ卵を材料として哺乳類卵の減数分裂過程におけるRINGOの機能を解析し、卵成熟制御機構の一端を明らかにしたものである。

第1章では、ブタ卵減数分裂過程にRINGOが関与している可能性を調べるため、XenopusのRINGO mRNAをブタ未成熟卵に注入し、強制発現させ作用を調べた。その結果、RINGO強制発現卵では卵成熟開始が有意に早まることが示された。また成熟制御の中心因子であるCdc2の活性上昇や、Cyclin B1、B2の合成が早期に誘導された。一方、通常卵成熟が完了する培養48時間において第1減数分裂中期(M1)で停止しており成熟が完了しないという異常も見られた。xRINGO発現によってブタ卵の成熟誘起が促進されたことから、ブタ卵成熟においてRINGOが機能している可能性が高いと考えられた。

そこで2章では、ブタRINGO遺伝子をクローニングし、ブタ卵成熟におけるブタRINGO(pRINGO)の機能を調べた。クローニングの結果、ヒトやマウスとアミノ酸配列で90%以上の相同性をもつ配列が得られブタにRINGOが保存されていること、さらにRT-PCRにより卵成熟過程を通してmRNAが存在していることがわかった。次にpRINGOを強制発現させた結果、xRINGOと同様に卵成熟が促進され、またCdc2の活性上昇や、Cyclin B1、B2の合成も早期に誘導された。一方、pRINGOはxRINGOとは違い、培養48時間後には対照卵と同様に成熟が完了していた。mRNA注入後のRINGOの発現を35S-メチオニン取り込みで調べた結果、xRINGOは多量に蓄積していたのに対し、pRINGOは全く蓄積しなかった。分解の標的配列とされるPEST配列はxRINGOとpRINGOで相同性が非常に低いことから、ブタ卵内ではxRINGOを分解できないと考えられ、そのためM1を脱出できず停止したと考えられた。次にpRINGOのAntisense RNA注入により発現抑制を行った結果、培養48時間後の成熟率は有意に低下した。しかしCyclin B1、B2、Cdc2の合成パターンには大きな変化は見られず、培養24時間後のGVBD率は若干低下するのみであった。最近の研究より哺乳類にはRINGOファミリーが存在することが報告され、発現抑制がGVBD率に有意な差を与えなかったのは今回クローニングしたRINGO以外のRINGOファミリーも機能しているからではないかと考えた。

そこで第3章ではRINGOファミリーの作用について解析した。哺乳類のRINGOは、AからEの5つが報告されており、2章でクローニングしたpRINGOは、アミノ酸の配列比較よりAであった。RINGOファミリーの中ではCが一番Aと相同性が高く、機能が近いと考えられた。そこでブタRINGO C(pRINGO C)をクローニングしヒト・ウシと相同性が非常に高い部分配列を得た。そこでAntisense RNA注入による発現抑制を試みた結果、GVBD率の有意な低下が観察された。最後にRINGOファミリーに相同性の高いRINGO Boxのみの発現により、全RINGOファミリーの競合阻害を試みたところ、ブタ卵ではRINGO Boxのみで卵成熟の促進作用があることが明らかとなり、全RINGOファミリーの阻害はできなかったが、ブタRINGOの特性が明らかとなった。

これらの結果から、ブタRINGO AおよびCの合成がブタ卵成熟の進行に関与し、特に減数分裂の再開にはRINGO Cが、またその後M2へ至る過程の進行には主にRINGO Aが機能している可能性が示唆された。

以上、本研究は哺乳類卵に対するRINGOの機能を初めて解析し、減数分裂過程の制御に重要な作用ももつ可能性を示唆したものであり、発生生物学分野における学術的な面のみならず、近年のバイオテクノロジーに対する応用面においても貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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