学位論文要旨



No 123621
著者(漢字) 野口,道也
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,ミチヤ
標題(和) PAL31の細胞核内機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 123621
報告番号 甲23621
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3325号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 准教授 内藤,邦彦
 東京大学 准教授 山内,啓太郎
 東京大学 准教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

すべての生命体の膨大なゲノム情報はDNAに組み込まれており、真核生物においては、細胞核の中に存在するピストンと呼ばれる塩基性タンパク質と結合して格納されている。ピストンは八量体を構成し、ヌクレオソームという機能単位を形成する。さらに、H1やいくつかのタンパク質と複合体をつくり、クロマチン構造を形成することにより、DNAを高度に折りたたみ、細胞核に収納される。ピストンは種を超えて高度に保存されており、ほぼすべての真核生物において同様なヌクレオソーム構造を形成している。本研究では、当研究室において、単離・同定した細胞増殖関連因子であるProliferation related acidic leucine-rich protein with molecular weight of 31 kDa(PAL31)の細胞核内における機能を解析した。今までの研究では、PAL31は細胞核と細胞質の両方に局在ずることが報告されていたが、細胞核内における機能、ピストンやクロマチン構造変換との関連については、明らかになっていなかった。今回の研究では、PAL31の細胞内機能をピストンとの相互作用を中心に解析し、クロマチン構造変換における新たなPAL31の機能を明らかにした。現在のクロマチン研究において、最も解析されているクロマチン構造変換因子Nucleosome assembly protein 1(NAP-1)は、ヌクレオソーム形成を促進する活性を有することからヒストンシャペロンといわれている。ヒストンシャペロンは酵母からヒトまで広範にわたり存在し、クロマチン関連因子のうち最も基礎的な過程を担っており、生物において重要かつ不可欠であることが最近の研究から明らかになっている。そこで、PAL31の細胞核内におけるクロマチン構造変換因子としての作用機序を明らかにすることを目的として、PAL31がヒストンシャペロン活性を有しているか解析を行なった。

【第一章:PAL31の細胞内動態解析】

本章では、PAL31が有する特異的高酸性領域に着目し、ピストンとの相互作用を解析した。PAL31はすべてのピストンに強く結合しており、さらに欠失変異体を用いた実験から、この酸性領域がヒストンと相互作用するドメインであることを明らかにした。また、データベース解析から、PAL31には核局在シグナル(Nuclear localization signal,NLS)だけでなく核移行シグナル(Nuclear export signal,NES)も有することが明らかになった。そこでてPAL31におけるNLSとNESの部位へ変異を加え、GFP融合タンパクとして細胞に発現させ、局在を解析した。PAL31は、細胞核だけでなく細胞質にも局在するが、NLS変異体においては、細胞質だけに局在が観察された。このことから、PAL31は細胞核と細胞質問をシャトリングする可能性が示唆された。

【第二章:PAL31におけるヒストンシャペロン活性解析1】

PAL31が酸性領域を介してピストンと相互作用することと細胞間をシャトリングする可能性から、PAL31はクロマチン構造変換に関与し、ヌクレオソーム形成活性に関わるヒストンシャペロン活性を有することが推測された。ヒストンシャペロンとは、的確な高次構造のヌクレオソーム形成を促進させるための重要な活性である。そこで、DNAの負の超らせん形成を測定するスーパー・コイリング法により、PAL31がヒストンシャペロン活性を有していることが明らかになった。また、PAL31の欠失変異体による解析から、PAL31の酸性領域がヒストンシャペロン活性に必須であることが示唆された。さらに、ヌクレオソーム構造のリンカーDNAを特異的に切断するミクロコッカス・ヌクレアーゼ法で解析した結果においても、PAL31がヌクレオソーム形成を促進する活性を有することが明らかになった。

【第三章:PAL31のヒストンシャペロン活性解析11】

生細胞において、クロマチン構造変換に関わるタンパク質の動態やピストン交換を可視化することにより、そのタンパク質の細胞内局在や細胞周期に依存した機能の解析が可能になる。この生細胞を使用した可視化解析により、PAL31およびピストンの細胞内動態の経時的変化を解析した。細胞周期依存的に変化するPAL31の局在やヒストンシャペロンタンパクとしてのピストン交換の動態をリアルタイムで観察した。それぞれのタンパクを異なる蛍光色で発光させ、それらの挙動を同時に観察することにより、分子間相互作用を可視化してPAL31の機能の解析を行なった。本章では、それぞれのピストンをGFP融合タンパクとして発現するようなベクターを構築し、HeLa細胞に強制発現させて解析した。共焦点レーザー顕微鏡を用いた蛍光消光回復法(Fluorescence recovery after photobleaching,FRAP)により、蛍光退色後のそれぞれのGFP融合ヒストンの蛍光回復を計測し、生細胞内におけるPAL31のヒストン交換能を検証した。PAL31の野生型が発現している細胞においては、より早い回復が確認でき、PAL31がピストン交換を活発に行なっていることが示唆された。

【第四章:PAL31のヒストンアセチル化阻害活性解析】

クロマチンにおけるピストンの修飾反応は、アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化、スモ化等が知られており、これらによってクロ々チン構造変換や遺伝子発現が調節され"ヒストンコード"と呼ばれている。PAL31のホモログの1つであるPhosphoprotein with a molecular mass of 32kDa(pp32)は、ヒストンアセチル化酵素(Histone acetyltransferase,HAT)によるヒストンのアセチル化を阻害(Inhibition of HAT,INHAT)することが報告されている。本章では、PAL31の新たな細胞核内の機能としてクロマチン修飾因子としてのINHAT活性を解析した。PAL31の存在下ではピストンのアセチル化が検出されず、PAL31の非存在下ではピストンのアセチル化が強く確認された。また、欠失変異体による実験において、PAL31のINHAT活性も酸性領域に存在することが明らかになった。PAL31はピストンと結合して、ピストンのアセチル化される特異的部位を覆うことで、HATによるアセチル化を阻害することが考えられる。

【第五章:転写因子Jun Dimerization Protein2(JDP2)の機能解析】

PAL31と機能的に類似する転写因子Jun Dimerization Protein 2(JDP2)は、PAL31と同様な発現分布、細胞局在を示し、さらには、ヒストンシャペロン活性、INHAT活性を有している。このJDP2は、Basic leucine zipperの機能ドメイン構造を持ち、Activating protein-1(AP-1)ファミリーに属する転写因子である。本章では、PAL31と機能的に類似するJDP2の機能解析をアラニンスキャニング法により解析した。JDP2のすべての変異体を用いた網羅的なアラニンスキャニング解析により、JDP2におけるどのアミノ酸が、それぞれの活性に必須であり重要であるかを明らかにした。このJDP2の機能解析からPAL31の構造や機能を比較解析することで、PAL31における生理活性を検討した。

【総合討論】

本研究により、PAL31の細胞核内における主な機能が明らかになった。第一章ではPAL31の高酸性領域に着目し、真核生物にとって重要な役割を担っているヒストンとの相互作用を解析した。層PAL31は、すべてのピストンと結合し、高酸性領域がヒストンの相互作用に必須であることを明らかにした。また細胞核と細胞質をシャトリングする可能性が示唆された。このことから、PAL31は細胞核内における機能として、クロマチン構造変換に関わる因子であると仮説をたてた。第二章では、PAL31がクロマチン構造変換因子としての活性を有しているか解析を行った。最も研究がおこなわれているクロマチン構造変換因子のNAP-1と同様に、PAL31にはヌクレオソーム形成を促進するヒストンシャペロン活性を有することが明らかになった。第三章では、このヒストンシャペロン活性を可視化することによって、よりダイナミックにリアルタイムでピストンの交換やPAL31の動態が明らかになった。第四章では、PAL31のさらなる核内機能を解析した結果、ピストンと結合することでヒストンアセチル化を阻害する活性であるINHAT活性を有することが明らかになった。第五章では、PAL31と類似する機能を有した転写因子JDP2を網羅的にアラニンスキャニング法で解析した。このJDP2はDNAに結合するだけでなく、PAL31と同様にヒストンとも結合し、さらには、ヒストンシャペロン活性、INHAT活性も有している。このJDP2の機能解析からPAL31の生理活性を検討した。これらの結果から、PAL31は、細胞質で合成された新規のピストンに結合しながら特異的部位を覆うことで、HATからのアセチル化を阻害し、細胞核内においてヌクレオソーム形成に関与しているヒストンシャペロンであることが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

真核生物では、DNAはコアヒストン八量体に巻きつき、ヌクレオソーム構造をとる。ヌクレオソームはさらにリンカーヒストンやその他の核タンパク質と複合体をつくり、高次のクロマチン構造となって核内に収納される。ヌクレオソームは細胞周期毎に新たに作り直されることになり、また、エピジェネティクス制御による遺伝子発現時やDNA修復時には、局所のヌクレオソームが再構成される。その際、ヌクレオソーム構造に不具合が生じると、増殖や遺伝子発現ばかりでなく、ゲノムの不安定化等に起因するがん化などの細胞異常を呈することになる。ヌクレオソーム形成に関わる分子として、ヒストンシャペロンが知られている。ヌクレオソーム構造はヒストン修飾に影響を受けることも知られている。

細胞増殖関連因子PAL31は、ラット胎仔脳の遺伝子発現研究から発見された分子である。これまでの研究から、PAL31は、1)細胞増殖の盛んな組織で発現している、2)DNA合成期(S期)への進入に必要である、3)細胞核と細胞質の両方に局在する、および、4)抗アポトーシス作用を有する、などが明らかになっている。4は細胞質での機能であるが、核内におけるPAL31の機能は不明であった。本論文は、PAL31がヒストンシャペロン活性とヒストンアセチル化抑制活性を有していることを発見し、核内への移行機構と共に証明したもので、以下の3章よりなる。

第1章は、PAL31の細胞内動態に関するものである。一次構造のモチーフ解析から、PAL31は1つの核局在シグナル(NLS)だけでなく、2つの核外移行(輸出)シグナル(NES)(アミノ酸63-71番、および112-120番)も有することが推測された。そこで、NLSとNESの変異PAL31-GFP融合タンパクの細胞内局在を調べた。その結果、PAL31は通常は核と細胞質に存在するが、NLS変異体は細胞質だけに局在することが明らかになった。それぞれのNES変異体を用いた実験から、C端側のNESが核外移行シグナルとして実際に機能していることが示された。さらに、GST-PAL31組み換えタンパクを用いたプルダウンアッセイより、PAL31の酸性領域がコアヒストンと強く結合するドメインであることを発見した。このとき、PAL31とDNAの結合は検出されなかった。PAL31は、細胞質と核の間をシャトリングし、酸性領域を介してヒストンと相互作用することが明らかになったのである。

第2章は、PAL31のヒストンシャペロン活性に関するものである。DNAとコアヒストンを混合するだけではヌクレオソームは形成されない。DNAがコアヒストンに巻きつきヌクレオソーム構造をとるためには、ヒストンシャペロン活性を有する因子を要するのである。まず、組み換えPAL31と既知のヒストンシャペロンであるNAP-1を用いて、DNAの負の超らせん形成を測定するスーパーコイリング法にて解析した。その結果、PAL31はヒストンシャペロン活性を有し、その活性はNAP-1に匹敵することが明らかになった。PAL31欠失変異体による解析から、PAL31の酸性領域がヒストンシャペロン活性に必須であることも示された。さらに、ヌクレオソーム構造のリンカーDNAを特異的に切断するミクロコッカルヌクレアーゼ法で解析した結果においても、PAL31がヌクレオソーム形成を促進する活性を有することが明らかになった。

PAL31のヒストンシャペロン活性は、HeLa細胞を用いた共焦点レーザー顕微鏡による蛍光消光回復法でも確認された。ヒストンシャペロン活性がin vivoで解析されたのは世界初である。

ヒストンの修飾は、アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化、スモ化等が知られている。第3章はヒストンアセチル化阻害活性に関するものである。PAL31は、ヒストンアセチル化酵素(HAT)によるアセチル化を阻害する活性(INHAT活性)が見出された。酸性領域欠失変異体を用いた実験より、PAL31のINHAT活性も、ヒストン結合活性やシャペロン活性を有する酸性領域に存在することが明らかになった。これらの発見を基に、「PAL31は細胞質で新規に合成されたコアヒストン分子に直接結合してHATからのアセチル化を阻害し、細胞核内ではヒストンシャペロンとしてヌクレオソーム形成に関与する」とするモデルが提唱された。

以上、本論文では、細胞の核内におけるPAL31の機能について、NESやNLSを用いて細胞質と核を行き来し、INHAT活性とヒストンシャペロン活性を有する、などの発見がなされた。これらの発見は、ヌクレオソーム構造制御機構の解明に寄与する重要な知見である。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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