学位論文要旨



No 123622
著者(漢字) 前田,晃央
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,アキヒサ
標題(和) 卵胞閉鎖時の顆粒層細胞アポトーシス制御におけるインターロイキン6の役割
標題(洋) The Role of Interleukin-6 in Regulation of Granulosa Cell Apoptosis During Follicular Atresia
報告番号 123622
報告番号 甲23622
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3326号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 准教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の雌においては、胎児期に卵祖細胞の体細胞分裂が終了し、成体の卵巣内にはディプロテン期で減数分裂が休止している卵母細胞が5万から80万個含まれている。性周期毎にこれらの卵母細胞の一定数が減数分裂を再開し、発育・成熟して排卵される。しかしながら、この過程で99%以上の卵胞が選択的に退行して消滅し、実際に排卵されるものは1%にも満たない。この選択的な卵胞退行は卵胞閉鎖と呼ばれ、その誘起に顆粒層細胞のアポトーシスが支配的に関与している。しかしこれを制御している分子機構、すなわちその誘発因子やアポトーシスシグナルの細胞内伝達経路に関しては、未だ多くの点が不明である。近年、様々なサイトカインが卵巣における卵胞発育、排卵、卵胞閉鎖、黄体形成、黄体退行などの様々な現象の制御に関与していることが報告されてきている。サイトカインのひとつであるInterleukin-6(IL-6)は、リンパ系球や単球系細胞などの様々な免疫系の細胞だけではなく、線維芽細胞、表皮ケラチン産生細胞、血管内皮細胞などにおいても産生され、多様な生理活性を示す。IL-6は膜結合型受容体サブユニットIL-6 receptorα (IL-6Rα)あるいは可溶型受容体サブユニットIL-6 soluble receptor (IL-6sR)と結合し、これらIL-6と受容体サブユニットの複合体は、もうひとつの膜結合型受容体サブユニットgp130と結合して細胞内にシグナルを伝達する。ほとんどのサイトカインのシグナル伝達においては、可溶型受容体はシグナル伝達を阻害する役割を担うのに対して、IL-6sRはIL-6Rαと同様にgp130を活性化してシグナルを下流に伝達する。最近、IL-6は様々な細胞においてアポトーシスを抑制する生存因子として重要な役割を果たしていることが示唆されている。卵胞閉鎖に伴って顆粒層細胞のプロゲステロン産生が亢進することが知られているが、IL-6がブタ顆粒層細胞のプロゲステロン合成を阻害するとの報告があるので、IL-6は顆粒層細胞において生存因子として機能している可能性がある。しかしながら顆粒層細胞のアポトーシス制御においてIL-6がどのような役割を果たしているのか未だに不明であるので、本研究を行った。

第一章では、ブタ卵胞の閉鎖に伴うIL-6の発現の推移について調べた。食肉処理場にてブタ卵巣を採取し、外科的に卵胞を単離した。個々の卵胞の形態と卵胞液中エストラジオール・プロゲステロン濃度比に基づいて健常期、閉鎖初期、閉鎖後期に分類し、卵胞液を回収するとともに顆粒層細胞を単離した。卵胞液中のIL-6タンパク濃度をELISA法にて測定し、顆粒層細胞におけるIL-6 mRNAの発現をRT-PCR法にて調べた結果、これらが閉鎖に伴って低下した。次にIL-6 mRNAの局在をin situ hybridization(ISH)法にて調べた結果、健常卵胞の顆粒層細胞においてIL-6 mRNAが強く発現し、閉鎖に伴って減少した。閉鎖が進行した卵胞の腔内に侵入したマクロファージによるIL-6産生の有無をISH法にて確認したが、マクロファージによるIL-6 mRNAの発現は認められなかった。以上の知見から、ブタ卵巣では健常卵胞の顆粒層細胞においてIL-6が産生され、それは閉鎖に伴って低下することが分かり、IL-6は顆粒層細胞のアポトーシスを抑制して卵胞閉鎖を阻害している可能性があると考えられた。

第二章では、ブタ卵胞の閉鎖に伴うIL-6受容体の発現の推移について調べた。顆粒層細胞におけるIL-6Rα mRNAとタンパクの発現を各々RT-PCR法とWestern blot法にて調べたところ、共に閉鎖に伴って上昇した。逆にELISA法で測定した卵胞液中IL-6sRタンパク濃度は閉鎖に従って低下した。次いで、ブタgp130はクローニングされていなかったのでRACE法にてクローニング(GenBank accession number EF151500)し、そのmRNAの顆粒層細胞における発現をRT-PCR法にて調べたところ、閉鎖に伴って低下した。これら受容体とIL-6の発現の推移とを合わせて考えると、健常卵胞の顆粒層細胞においては IL-6のシグナルがIL-6sRとgp130を介して伝達されてアポトーシスを抑制し、卵胞閉鎖を阻害していると考えられた。

第三章では、顆粒層細胞におけるIL-6の抗アポトーシス機構を検討した。はじめに、ヒト顆粒層細胞腫由来細胞(KGN細胞)を培養し、抗IL-6抗体を添加してIL-6の作用を中和し、p53の発現がどのように変化するのかRT-PCR法とWestern blot法にて調べた。その結果、IL-6中和によりp53およびリン酸化p53(ser15)タンパクの発現が上昇した。p53はリン酸化されることで分解が阻害されるが、IL-6はp53のリン酸化を阻害してp53分解を亢進していると考えられた。次いで、p53に結合して転写活性を阻害するとともにそれ自身がE3ユビキチンリガーゼとして働いてユビキチン-プロテアソーム系を介してp53分解を促進するmurine double minute 2 (MDM2)の発現について同様に調べた。免疫染色の結果MDM2は核内に局在し、IL-6中和によってMDM2(ser166)のリン酸化が抑制された。MDM2はリン酸化されることでp53と結合するが、IL-6はMDM2のリン酸化の亢進を介してp53分解を促進していると考えられた。この時、IL-6中和により、p53によって転写が誘導されると報告されているFas(顆粒層細胞の膜上に発現している主要な細胞死受容体)の発現は上昇したが、Bax(ミトコンドリアを介したアポトーシスを亢進する細胞内因子)の発現は影響を受けなかった。RNA interference(RNAi)法にてp53発現を阻害したKGN細胞においては、FasとBaxの発現が共に抑制された。これらのことから、顆粒層細胞においては、IL-6はp53の分解亢進を介してFasの発現を制御することで抗アポトーシス作用を示すものと考えられた。

続いて、この機構がブタ顆粒層細胞でも同様に機能しているのか否か検討した。ブタ卵胞の閉鎖に伴う顆粒層細胞におけるp53とMDM2のmRNAとタンパク発現の推移を各々RT-PCR法とWestern blot法にて調べた。これに際してブタMDM2がクローニングされていなかったのでRACE法にてクローニング(GenBank accession number EU119401)を行った。p53およびリン酸化p53(ser15)タンパクは閉鎖に伴って増加し、逆にリン酸化MDM2(ser166)タンパクは減少した。免疫染色の結果、MDM2タンパクは健常卵胞の顆粒層細胞に強く発現しており、閉鎖卵胞ではほとんど検出されなかった。これらの知見から、ブタ顆粒層細胞においてもIL-6はp53のリン酸化の抑制およびMDM2のリン酸化の亢進によってp53を分解し、Fasの発現を低下させることでアポトーシスを阻止していると考えられた。

第四章では、第一から三章の知見からIL-6により顆粒層細胞におけるアポトーシスが阻害されることが分かったので、何がIL-6の発現を誘導するのかについて調べた。健常卵胞の顆粒層細胞において発現が高く閉鎖に伴って減少するtumor necrosis factor (TNF)-αを培地に添加し初代培養ブタ顆粒層細胞を培養し、その培養上清におけるIL-6タンパク濃度をELISA法にて測定した結果、TNF-αによって増加することがわかった。KGN細胞においてもTNF-αはIL-6の発現を誘導した。TNF-αとTNF-αの下流のシグナル伝達経路(NF-κB、ERK1/2、JNK、p38およびPI3K)の阻害剤を培地に添加してKGN細胞を培養したところ、NF-κB阻害剤を添加した場合にのみTNF-αによるIL-6の発現誘導が阻害された。TNF-αによるIL-6の誘導はNF-κBの活性化を介して行なわれていると考えられた。

本研究の知見から、卵胞閉鎖の調節において支配的な役割を果たしている顆粒層細胞のアポトーシスをIL-6が阻害していることが分かった。すなわち、顆粒層細胞においては、IL-6はTNF-αのシグナルがNF-κBの活性化を介して伝達されることによって誘導される。このIL-6のシグナルは、受容体のうち主にIL-6sRとgp130を介して細胞内に伝達され、MDM2をリン酸化する。活性化されたMDM2はp53の分解を促進し、p53によって転写制御されている細胞死受容体Fasの発現を抑制する。このようにしてIL-6は顆粒層細胞のアポトーシスを阻害し、卵胞を健常な状態に維持している。IL-6の発現が低下するとp53が蓄積・活性化されてFasの発現が誘導されることで顆粒層細胞のアポトーシスが誘起され、結果として卵胞は閉鎖すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

雌の哺乳類においては胎児期に卵祖細胞の体細胞分裂が終了し、性成熟に達した成体の卵巣内にはディプロテン期で減数分裂が休止している卵母細胞が5万から80万個含まれている。これらの卵母細胞の一定数が性周期毎に減数分裂を再開して発育・成熟して排卵されるが、この過程で99%以上の卵胞が選択的に閉鎖してしまい、排卵されるものは1%にも満たない。この卵胞閉鎖の誘起に顆粒層細胞のアポト-シスが支配的に関与しているが、それの制御機構やアポト-シスシグナルの細胞内伝達経路などに関しては多くの点が未解明である。

申請者は、重要な家畜であるブタの卵巣を用いて、卵胞の発育と閉鎖、排卵などの様々な現象の制御に関与していると推測されてきているinterleukin-6(IL-6)の顆粒層細胞における発現が卵胞閉鎖に伴って減少することを見いだし、健常卵胞の顆粒層細胞によって盛んに合成・分泌されているIL-6が顆粒層細胞のアポト-シスを抑制することで卵胞閉鎖を阻害していると推測したので、これに注目して顆粒層細胞アポト-シスの制御における役割を詳細に調べた。卵胞閉鎖に伴って顆粒層細胞によって合成されて卵胞液中に分泌される可溶型IL-6受容体(IL-6sR)は減少し、膜結合型IL-6受容体(IL-6Rα)は増加すること、IL-6とこれら受容体が結合した複合体と結合してしてシグナルを細胞内に伝える受容体サブユニット(gp130)をクロ-ニングしてこれが閉鎖に伴って低下することを示した。IL-6およびこれら受容体とサブユニットの閉鎖に伴う推移を合わせて考えると、健常卵胞の顆粒層細胞ではIL-6シグナルがIL-6sRとgp130を介して細胞内に伝達されてアポト-シスを抑制して卵胞閉鎖を阻害していると推察された。続いてIL-6によるアポト-シス阻害の分子機構を調べた結果、健常卵胞の顆粒層細胞においてはIL-6がmurine double minute 2 (MDM2)をリン酸化(活性化)させてアポト-シス亢進因子p53の分解を促進させることでp53のアポト-シス亢進作用を示せなくしていること、逆に閉鎖卵胞顆粒層細胞ではMDM2のリン酸化が停止してp53のアポト-シス亢進作用が発揮されることが分かった。顆粒層細胞においては、p53が細胞膜上に発現している主要な細胞死受容体Fasの転写を亢進するが、ミトコンドリアを介した主要なアポト-シス亢進因子Baxの転写には影響しないことも分かった。以上のようにIL-6が顆粒層細胞におけるアポト-シスを阻害していることが分かったので、何がIL-6発現を誘導するのか探索し、tumor necrosis factor (TNF)αがTNFII型受容体と結合して下流のシグナル伝達経路NF-κBを活性化することを介してL-6の発現を誘導していることを明らかにした。

以上のように多くの新規知見を含む申請者の研究によって、哺乳類の卵胞顆粒層細胞ではTNF-αシグナルがNF-κB活性化を介して伝達されることによってIL-6が誘導されること、このシグナルは受容体のうち主にIL-6sRとgp130複合体を介して細胞内に伝達され、MDM2をリン酸化(活性化)することでp53のユビキチン-プロテアソ-ム系を介した分解を促進すること、その結果p53によって転写亢進される細胞死受容体Fasの発現が低下すること、これによってアポト-シスが阻害されて卵胞を健常な状態に維持していることが分かった。申請者の研究業績をとりまとめた論文の内容および関連事項について試験を行った結果、審査委員一同が博士(農学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。

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