No | 123624 | |
著者(漢字) | 井手,香織 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イデ,カオリ | |
標題(和) | 犬における骨髄移植療法の臨床応用に向けた基盤的研究 | |
標題(洋) | Basic Studies for the Clinical Application of Bone Marrow Transplantation in Dogs | |
報告番号 | 123624 | |
報告番号 | 甲23624 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3328号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 小動物臨床においてリンパ腫は発生頻度の高い悪性腫瘍の一つである。その治療の第一選択は抗癌剤の多剤併用療法であり、現在の標準的化学療法プロトコールを用いた場合には多中心型リンパ腫症例の約80%で寛解導入が可能である。これまでに数多くの化学療法プロトコールが検討されてきたが、いずれの場合にも生存期間の中央値には約1年という壁があり、現在の方法ではこれ以上の治療成績の向上は望めない状況にある。 医学領域ではリンパ腫の治療に骨髄移植を組み合わせた強化化学療法が標準的手法として取り入れられている。骨髄移植を併用した複数の臨床試験において、以前には副作用のために不可能であった高用量の抗癌剤の投与が可能となり、治療成績が有意に向上したことが報告されている。 このような背景から、犬における骨髄移植療法の導入はリンパ腫をはじめとする悪性腫瘍の治療成績を著しく向上させる可能性があると考えられた。最近になって、リンパ腫の犬に対して自家骨髄移植を組み合わせた高用量化学療法を行った結果が報告され、実際に、生存期間を延長させ得る可能性が示された。犬は以前より骨髄移植研究のモデル動物として用いられてきたが、より確実に骨髄移植の臨床応用をめざすためには多くの検討課題が残されている。そこで本研究においては、犬の骨髄移植療法の臨床応用に向けた基盤的研究として、犬の骨髄単核細胞および骨髄CD34陽性造血幹細胞の凍結保存方法を検討するとともに、造血幹細胞の増幅に関与すると考えられているHox, Wnt, SHHおよびその関連遺伝子の発現を犬のCD34陽性造血幹細胞およびそれに由来するin vitro血球コロニーにおいて解析した。 I: 犬の骨髄単核細胞の凍結保存法に関する検討 骨髄移植を効率よく行うためには、骨髄細胞をクオリティーの高い状態で長期間保存できることが重要である。動物種にかかわらず、従来から10% dimethylsulfoxide (DMSO)を含む培養液または牛胎子血清 (FCS)が凍害保護剤として用いる凍結保存法がゴールドスタンダードとされてきた。しかし、DMSOは、顆粒球の溶解・凝集形成を誘発し、融解後の細胞回収率を低下させるとともに、移植後の副作用と関連することが欠点とされてきた。そこで新たにhydroxyethylstarch(HES)、DMSO、およびアルブミン (ALB)から成る凍害保護液が開発され、人の細胞において、その臨床的有用性が検討されている。これまで、犬の移植関連報告では10% DMSOによる凍結保存法しか用いられておらず、犬の骨髄細胞の凍結保存法について詳細に研究した報告はない。 本研究では、健常犬5頭から採取した骨髄単核細胞を、従来から用いられてきた10% DMSO添加FCS (A液)の他に、5% DMSO, 6% HES, および4% ALBを添加した生理食塩水 (B液)を用い、さらにプログラムフリーザー (PF)を用いた凍結法と通常の凍結保存用コンテナを用いた凍結法の2種類の凍結法を組み合わせ、計4通りの方法で凍結保存を行った。これら凍結細胞を、1週間後、4週間後、3ヶ月後、および6ヶ月後に融解して細胞生存率、細胞回収率、CD34+細胞回収率、colony forming unit (CFU)回収率を測定し、その結果を凍結前の細胞におけるものと比較した。 その結果、凍結1週間後における細胞生存率は、B液を用いて通常の凍結コンテナで凍結させた細胞(B群:90%)、B液を用いてPFで凍結させた細胞(B+PF群:86%)、A液を用いてPFで凍結させた細胞(A+PF群:83%)、A液を用いて通常の凍結コンテナで凍結させた細胞(A群:73%)の順に高く、6ヶ月後までほぼ同じ値が保たれた。細胞回収率は、6ヶ月後の時点において、PFを用いた群(A+PF群: 84%, B+PF群: 86%)でPFを用いていない群(A群: 48%, B群: 57%)よりも高い傾向が認められた。CD34+細胞回収率に関しても、PFを用いた群で高い傾向が認められた。一方、最も重要な指標と考えられるCFU回収率は4群の間に大きな差が認められた。CFU回収率は全体を通してPFを用いた群の方が用いない群よりも有意に高かったが、6ヶ月後においては、B+PF 群が83%を示し、その他3群よりも有意に高い値を示した。 以上の結果より、犬の骨髄単核細胞の凍結保存には5% DMSO/6% HES/4% ALBから成る凍害保護液およびPFを用いて凍結する方法が、検討した4つの方法の中で最適であることが示された。 II: 犬のCD34陽性造血幹細胞の凍結保存法に関する検討 自家骨髄移植において移植細胞に混入した腫瘍細胞を除去するため、および遺伝子導入の標的細胞として骨髄細胞を用いるためには、骨髄からCD34+細胞(造血幹細胞)を単離する必要がある。またCD34+細胞は各種臓器における再生医療にも利用されようとしている。したがって、純化したCD34+細胞のクオリティーを維持したまま凍結保存する方法の開発はその応用範囲が広いものと考えられる。これまで、CD34+細胞に限定した凍結保存法を検討した報告は人においても少なく、犬においては全く見あたらない。第1章の結果から、犬の骨髄細胞の凍結保存における5%DMSO/ 6%HES/ 4%ALB混合液の有用性が示された。そこで本章では犬の骨髄由来CD34+細胞について同様に凍結保存法に関する比較検討を行った。 健常犬5頭の骨髄単核細胞から抗犬CD34モノクローナル抗体を用いたMagnetic activated cell separation (MACS)によってCD34+細胞分画を採取した。凍結から1週間後、4週間後、3ヶ月後、6ヶ月後に細胞生存率、細胞回収率、およびCFU回収率を測定し、それらを凍結前の結果と比較した。 その結果、細胞生存率は、凍結1週間後からPFの有無にかかわらずB群の方がA群よりも高かった。6ヶ月後における生存率は、B群およびB+PF群では70%以上であったのに対し、A群およびA+PF群では20%未満であった。CFU回収率に関しても、B液を用いた群はA液を用いた群よりも有意に高く、4週間後以降はB+PF群で最も高い値が得られ、6ヶ月後においても85%と高値を示した。 以上の結果より、犬の骨髄CD34+細胞の凍結保存においても、5% DMSO/6% HES/4%ALB混合液を用いてPFによる凍結を行った場合に、最も良好な細胞のクオリティーが保たれることが示された。 III: 犬のCD34陽性造血幹細胞およびin vitro血球コロニーにおけるHox, SHH, Wnt遺伝子の発現解析 人およびマウスにおいて、Homeobox (Hox)、Sonic hedgehog (SHH)、およびWingless-type (Wnt)は造血幹細胞の自己複製に関与する重要な転写因子およびシグナル伝達因子として注目されるようになった。造血幹細胞を大量に採取することは困難であるため、これら細胞をex vivoで増幅するシステムの開発が望まれている。従来から数種類のサイトカインの組み合わせを添加する手法が試みられてきたが、犬では人やマウスと異なり入手可能なリコンビナントサイトカインが限られるため、種間でよく保存されているこれら因子の利用が期待される。 造血幹細胞の自己複製に重要と考えられている遺伝子とその関連遺伝子として、HoxB3, HoxB4, HoxA10, SHH, PTCH1 (SHHレセプター),Wnt5a, Wnt2b, Fzd (Wntレセプター)1, Fzd6遺伝子を選び、はじめに犬におけるこれら遺伝子の転写産物の部分クローニングを行い、その塩基配列を決定した。その配列に基づき、リアルタイム定量PCR用のプライマーを設計した。犬の骨髄単核細胞、骨髄由来CD34+分画、CD34-骨髄単核細胞、骨髄ストローマ細胞、および各系統のin vitro 血球コロニーについて、これら遺伝子の発現レベルをリアルタイムPCRによって定量した。 骨髄由来CD34+分画におけるHoxB3, HoxA10, PTCH1, およびWnt5a遺伝子の発現量はCD34-分画におけるこれら遺伝子の発現量よりも有意に高かった。また、顆粒球系、単球系、赤芽球系およびこれらの混合コロニーといった各種in vitro 血球コロニーにおけるHoxB3, HoxA10, PTCH1, Wnt5a, およびWnt2b遺伝子の発現量は、CD34+分画におけるこれら遺伝子の発現量よりも有意に低かった。 人の造血幹細胞おいては、とくにHoxB3, HoxB4, HoxA10といった遺伝子の発現が高く、これらの分子が造血幹細胞の自己複製、幹細胞としての性状の保持、およびそのアポトーシスの抑制に関与している証拠が徐々に明らかになりつつある。今回の結果は、これら分子が犬の造血幹細胞においても同様の機能を有する可能性を示唆するものと考えられた。 骨髄移植療法は、リンパ腫など各種腫瘍性疾患における高用量化学療法や放射線療法における血球回復への利用のみならず、遺伝子治療におけるex vivo遺伝子導入、および各種臓器の再生医療といった新しい治療法の開発において重要な位置を占める。本研究は、犬における骨髄移植療法の臨床応用に向けた基盤的研究を行い、骨髄単核細胞および骨髄由来CD34+造血幹細胞の優れた凍結保存法を明らかにするとともに、造血幹細胞の自己複製に関与する重要な分子について基礎的知見を提示した。本研究によって得られた成果は、犬における骨髄移植療法の一般化に向けて有用な知見を提供するものと考えられる。 | |
審査要旨 | 犬のリンパ腫に対する治療の第一選択は抗癌剤の多剤併用療法であるが、各種プロトコールを検討してもその生存期間中央値を1年よりも長くすることは困難であり、その治療成績を改善できない状況にある。医学領域では自家骨髄移植を併用した高用量化学療法が開発され、これまで副作用のために不可能であった高用量抗癌剤投与が可能となったことにより、人の非ホジキンリンパ腫における治療成績が向上している。最近になって、犬のリンパ腫においても自家骨髄移植を組み合わせた高用量化学療法を行った結果が報告され、生存期間を延長させ得る可能性が示された。これまで、犬は骨髄移植研究のモデル動物として用いられてきたが、獣医学領域において有効で安全な骨髄移植を臨床で実施するためには多くの検討課題が残されている。そこで、犬の骨髄移植療法の臨床応用に向けた基盤的研究としての一連の研究を行った。 第1章: 犬の骨髄単核細胞の凍結保存法に関する検討 骨髄移植を効果的に行うためには骨髄細胞をクオリティーの高い状態で長期間保存することが重要である。従来から凍害保護液のゴールドスタンダードとされてきた10% dimethylsulfoxide (DMSO)を含む溶液は、融解後の細胞回収率を低下させることや、移植後に副作用を引き起こすことがその欠点とされてきた。その後、Hydroxyethylstarch(HES)、DMSO、およびアルブミン (ALB)を含む凍害保護液は、人の細胞の凍結保存を行う際に上記の欠点を補うことが示された。本研究では、健常犬の骨髄単核細胞を10% DMSO添加牛胎子血清(FCS) (A液)と5% DMSO、6% HES、および4% ALBを含む生理食塩水 (B液)の凍害保護液としての有用性を比較するとともに、プログラムフリーザー (PF)を用いた冷却法と凍結用コンテナを通常のフリーザー内で冷却する方法の2種類を比較し、合計4種類の凍結保存法を比較検討した。その結果、B液を用いて凍結保存した骨髄単核細胞においてA液を用いて凍結保存したものよりも高い細胞生存率が得られた。骨髄単核細胞の凍結保存における総細胞回収率およびCD34+細胞回収率は、A液、B液のいずれの場合にも、PFを用いた群において凍結用コンテナを用いた群よりも高かった。Colony forming unit (CFU)回収率に関しても、PFを用いた群において凍結用コンテナを用いた群よりも高い値が得られ、とくにB液を用いてPFで冷却した場合には6ヶ月後においても83%と高いCFU回収率が得られた。以上の結果から、犬の骨髄単核細胞を凍結保存する場合には、5% DMSO/6% HES/4% ALBを含む凍害保護液を用いてPFで冷却する方法が適していることが示された。 第2章: 犬のCD34陽性造血幹細胞の凍結保存法に関する検討 腫瘍性疾患症例の自家骨髄移植において移植細胞に混入した腫瘍細胞を除去する場合や、遺伝子導入の標的として骨髄細胞を用いる場合、純化したCD34+造血幹細胞を用いる必要がある。そこで本章では、犬の骨髄由来CD34+細胞の凍結保存法を第1章と同様に比較検討した。その結果、細胞生存率は冷却法にかかわらずB液群においてA液群よりも高い値が得られた。CFU回収率に関してもB液群においてA液群よりも高い値が得られ、B液を用いてPFで冷却した場合に最も高く、6ヶ月後においても85%と高いCFU回収率が得られた。以上の結果から、犬の骨髄CD34+細胞に関しても、5%DMSO/6%HES/4%ALBから成る凍害保護液を用いてPFで冷却する凍結保存方法が適していることが示された。 第3章:犬のCD34陽性造血幹細胞およびin vitro血球コロニーにおけるHox, SHH, Wnt遺伝子の発現解析 移植療法においては造血幹細胞をex vivoで増幅するシステムの開発が望まれている。ヒトやマウスにおいて、Hox、SHH、およびWntは造血幹細胞の自己複製に重要な転写因子およびシグナル伝達因子として注目されている。その利用を実際化するための基礎的知見を得るため、HoxB3, HoxB4, HoxA10, SHH, PTCH1,Wnt5a, Wnt2b, Fzd1, Fzd6遺伝子を選び、犬のこれら遺伝子の部分的なcDNA塩基配列を決定した。リアルタイム定量PCRを用い、犬の骨髄単核細胞、骨髄CD34+分画、CD34-骨髄単核細胞、および各種in vitro 血球コロニー細胞における上記遺伝子の発現レベルを定量した。HoxB3, HoxA10, PTCH1, およびWnt5a遺伝子の発現量は、骨髄CD34+分画においてCD34-分画よりも高かった。また、CD34+分画におけるHoxB3, HoxA10, PTCH1, Wnt5a, およびWnt2b遺伝子の発現量は、各種in vitro 血球コロニーにおけるこれら遺伝子の発現量よりも高かった。今回の結果から、これら分子が犬の造血幹細胞においてもその維持や自己複製といった機能を有する可能性が示唆された。 本研究は、犬における骨髄移植療法の臨床応用に向けた基盤的研究を行ったものであり、骨髄単核細胞および骨髄由来CD34+造血幹細胞の優れた凍結保存法を明らかにするとともに、造血幹細胞の自己複製に関与する重要な分子について基礎的知見を提示するものである。本研究によって得られた成果は、犬における骨髄移植療法の一般化に向けて有用な知見を提供するものと考えられる。 本申請論文を審査した結果、博士(獣医学)の学位を授与するに値すると判断した。 | |
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