学位論文要旨



No 123626
著者(漢字) 梶田,昌裕
著者(英字)
著者(カナ) カジタ,マサヒロ
標題(和) 門脈圧亢進症における血管外膜常在型マクロファージの病態生理機構
標題(洋)
報告番号 123626
報告番号 甲23626
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3330号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 准教授 桑原,正貴
 東京大学 准教授 堀,正敏
内容要旨 要旨を表示する

緒言

門脈圧亢進症は、その多くが肝硬変に続発する根治しがたい重篤な疾患である。本病態は、門脈圧の上昇に伴い重篤な続発症を引き起こすもので、内臓動脈の拡張による門脈域への流入血液量の増加が病態形成に重要な役割を果たしている。この内臓動脈の拡張には、血管弛緩物質である一酸化窒素(NO)の関与が示唆されているが、その産生部位など詳細なメカニズムについては明らかになっていない。

NO合成酵素(NOS)は大きく構成型(cNOS)と誘導型(iNOS)に分類される。iNOSはリポ多糖(LPS)やサイトカインの刺激により、マクロファージ(Mφ)などに発現して大量のNOを生成する。このNOは、細胞障害や著しい血管弛緩反応を引き起こすため、病態生理学的観点から注目されている。これまで、血管病変におけるiNOS誘導は、主に血管平滑筋細胞に起こると考えられてきた。しかし、近年、平滑筋層よりも血管外膜から、より多くのNO が産生されることが示され、その病態生理的役割が注目されている。

血管外膜は膠原線維や弾性線維に富み、線維芽細胞、栄養血管や常在型Mφなどを含んでいる。Mφは正常組織に定住する常在型Mφと、炎症刺激によって動員される単球由来の滲出性Mφとに大別される。また、Mφは、食作用や抗原提示能を持つ免疫細胞であると同時に、活性化にともない、炎症に関与する様々なサイトカイン類や化学物質を産生するため、各種の病態形成において重要な役割を果たすと考えられている。しかし、血管外膜に存在する常在型Mφの血管病態形成における役割については不明な点が多い。

本研究ではこれらを背景として、門脈圧亢進症で観察される内臓動脈の拡張に血管外膜の常在型Mφが関与していると仮説を立て、血管外膜常在型MφのiNOS発現に注目して研究をすすめた(第1、2章)。

HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は、コレステロール合成を抑える作用を持ち、高脂血症治療薬として広く使用されている。一方で、スタチンはコレステロール低下作用を介さずにさまざまな効果を発揮することが知られており、門脈圧亢進症モデル動物において、スタチンが肝臓でのNO産生を増加させ、血流抵抗を低下させることが報告されている。しかし、一方で血管壁におけるNO産生に対するスタチンの作用はこれまでに検討されていない。そこで、血管壁のiNOS発現に対するスタチンの作用を検討した(第3章)。

結果および考察

1.血管外膜常在型Mφの活性化と血管平滑筋機能

本項目では、血管壁常在型Mφの浸潤や血液由来の生理活性物質の影響を排除し、血管外膜常在型Mφの活性化による血管平滑筋収縮機能への影響を解析するために、器官培養法を用いて検討を行った。具体的手法としては、健常ラットより摘出し内皮を剥離した胸部大動脈、腸間膜動脈、肝外門脈を器官培養し、LPSを処置して外膜の常在型Mφの変化を観察した。

常在型Mφ特異的表面抗原であるED2の抗体をもちいたwhole-mount組織蛍光免疫染色でその細胞形態を観察したところ、生理的状態の腸間膜動脈では、常在型Mφは多数の突起をのばしたラミファイド型であったが、LPS(1-10 μg/ml)で24時間刺激した標本では、その多くがラウンド化しアメーバ型(一般にMφの活性化を示唆する)に変化していた。一方、門脈外膜の常在型Mφは生理的状態においてアメーバ型の形態であった。また、半定量的RT-PCR法で両血管のiNOSのmRNA発現を定量したところ、LPS(1-10 μg/ml)の刺激により血管壁でのiNOSのmRNA発現が増加していた。さらに、両血管をLPS(1-10 μg/ml)で6時間処置した標本をED2、およびiNOSに対する抗体を用いてwhole-mount組織蛍光免疫染色で観察したところ、常在型MφがiNOSを発現していた。この時、培養上清中のNO量を定量したところ、両血管において、LPS刺激によりNO量の上昇が確認された。

iNOSは、その発現が亢進されると多量のNOを持続的に産生し、平滑筋を弛緩させることが知られている。そこで、血管外膜常在型Mφの活性化が血管平滑筋収縮機能へおよぼす影響を検討した。LPS(1-10 μg/ml)で6時間刺激した内皮剥離腸間膜動脈では、norepinephrine(NE; 10 nM-10 μM)による発生収縮張力が減弱していた。この収縮張力の減弱は、NOS阻害薬であるL-NAME(300 μM)の処置により回復したことから、NO依存的なものであることが明らかとなった。一方、肝外門脈においては、LPS(1-10 μg/ml)で6時間刺激しても発生収縮張力の減弱は認められなかった。

以上の結果から、器官培養法を用いたLPS処置によって外膜常在型Mφの活性化が起き、iNOSの発現が誘導されることが確認された。さらに、腸間膜動脈は発現上昇したiNOSが産生するNOによって弛緩するが、肝外門脈は外膜でのiNOSの発現が上昇しても弛緩しにくいという興味深い知見が得られた。

次に、上記の結果をふまえ、腸間膜動脈と肝外門脈の血管平滑筋組織のNOに対する感受性を比較した。高K+(65 mM)栄養液による脱分極刺激とnorepinephrine (NE; 1 μM)によって両血管を収縮させたのち、NOドナーであるsodium nitroprusside(SNP)を100 pMから10 μMまで累積投与した。結果、肝外門脈は腸間膜動脈に比べ弛緩しにくく、NOに対する感受性が低いことが明らかとなった。また、NOは平滑筋細胞内で可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を活性化し、活性化sGCはcGMPを産生する。cGMPはproteinkinase G(PKG)を活性化し、活性化PKGが細胞内Ca2+濃度を低下させて平滑筋細胞が弛緩する。そこで、両血管を高K+(65 mM)栄養液によって収縮させたのち、膜透過性cGMPである8-Br-cGMPを1 nMから10 μMまで累積投与した。結果、腸間膜動脈に比べ肝外門脈は弛緩しにくく、cGMPに対する感受性が低いことが明らかとなった。さらに、Ca2+蛍光指示薬fura-2 AMを用いて両血管の平滑筋組織細胞内Ca2+濃度に対するSNPの効果を比較した。結果、腸間膜動脈においては、高K+(65 mM)栄養液とphenylephrine (10 μM)による細胞内Ca2+濃度の上昇を、それぞれ、SNPは濃度依存的に抑制した。しかし、肝外門脈においては、SNPは両刺激による細胞内Ca2+濃度の上昇をわずかしか抑制しなかった。

これらの結果から、腸間膜動脈と肝外門脈はPKG以降の経路において差があり、肝外門脈はNOによって弛緩しにくいことが明らかとなった。

2. 門脈圧亢進症モデル動物

本項目では、門脈圧亢進症モデル動物として胆管結紮(BDL)ラットを用い、内臓血管における血管外膜常在型Mφの活性化について検討した。

半定量的RT-PCR法により各種炎症性メディエーターの発現量を解析したところ、BDL群の腸間膜動脈および肝外門脈で、iNOSのmRNAとタンパク質の発現が、疑似手術群に比べ優位に上昇していた。

さらに、滲出型Mφ特異的評面抗原であるED1とED2、およびiNOSに対する抗体を用いて、whole-mount組織蛍光免疫染色を行った。結果、BDL群の腸間膜動脈では常在型Mφがラウンド化し、その数が有意に増加しており、また、滲出型Mφも数多く出現していた。一方、BDL群の腸間膜動脈の外膜でもラウンド化した常在型Mφが認められその数が有意に増加しており、滲出型Mφも多数出現していた。さらに、BDL群の両血管において血管壁のMφがiNOSを多く発現していた。

以上の結果から、門脈圧亢進症モデルラットでは、腸間膜動脈と肝外門脈の血管壁で滲出型Mφと常在型Mφが増加・活性化し、これらの細胞がiNOSを発現する主要な細胞であることが明らかになった。

3. スタチンの血管壁iNOS発現への作用

本項目では、器官培養法を用いて、LPS刺激による血管壁のiNOS発現に対するスタチンの作用を検討した。

LPS(300 ng/ml)を6時間処置した腸間膜動脈では、iNOSの発現上昇が観察された。この時、fluvastatin(1 μM)を20時間前処置しておくと、iNOS mRNAとiNOSタンパク質の発現はさらに上昇し、この作用はmevalonolactone(300 μM)を同時に処置することで抑制された。また、培養上清中のNO量を定量したところ、LPSを単独処置した標本に比べ、fluvastatinを全処置した標本ではその産生量が増加していた。

以上の結果から、fluvastatinはHMG-CoA還元酵素を阻害し、メバロン酸の産生を抑制することで腸間膜動脈血管壁におけるLPSによるiNOS誘導をさらに促進することが明らかとなった。

総括

以上の結果をまとめると、門脈圧亢進症モデルラットにおいて、肝門脈と腸間膜動脈の両血管で外膜常在型Mφが活性化し、iNOS を発現してNO を産生することが明らかとなった。また、産生されたNO によって腸間膜動脈は拡張し循環亢進状態となり、門脈域への流入血液量が増加して病態を増悪させる可能性が示唆された。一方、器官培養を用いた検討から、肝門脈平滑筋はNO に対する感受性が低いため血管拡張を起こしにくく、これが門脈圧亢進状態を引き起こすもう1つの要因となる可能性が示唆された。さらに、スタチンは、器官培養モデルにおいて血管壁のiNOS発現を促進することが明らかとなり、内臓動脈拡張を悪化させる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

門脈圧亢進症は一般に肝臓内の血流抵抗増大に起因する疾患で、内臓動脈の拡張による門脈域への流入血液量の増加が病態形成に重要な役割を果たす。この内臓動脈の拡張に、一酸化窒素(NO)が関与すると考えられているが、その詳細は不明である。一方、3種のNO合成酵素(nNOS、iNOS、eNOS)のうち、iNOSはLPSやサイトカインの刺激により、マクロファージ(Mφ)などに発現して大量のNOを生成し、細胞障害や著しい血管弛緩反応を引き起こす。また、近年、他の血管病変において、血管外膜から多くのNO が産生されることが示され、その病態生理的役割が注目されている。本研究ではこれらを背景として、門脈圧亢進症における血管外膜の常在型MφとiNOS発現について研究をすすめた。さらに、肝硬変性門脈圧亢進症モデル動物において、HMG-CoA還元酵素阻害薬であるスタチンは肝臓でのNO産生を増加させ、肝内血流抵抗を低下させる。しかし、一方で内臓動脈の拡張に対するスタチンの作用についてはこれまでに検討されていない。そこで、血管壁のiNOS発現に対するスタチンの作用も検討した。

結果および考察

1.血管外膜常在型Mφの活性化と血管平滑筋機能

健常ラットより摘出し内皮を剥離した腸間膜動脈と肝外門脈を器官培養し、LPSを処置して外膜の常在型Mφに対する影響を観察した。結果、LPSを処置した両血管においてiNOSのmRNA発現が増加し、産生されるNO量も増加した。また、LPSを処置した両血管で外膜の常在型MφがiNOSを発現することが明らかになった。さらに、腸間膜動脈の常在型Mφは、LPSの刺激によりラウンド化した(一般にMφの活性化を示唆する)。

次に、両血管の発生収縮張力を測定したところ、LPSで刺激した内皮剥離腸間膜動脈では、NO依存的に発生収縮張力が減弱した。一方、肝外門脈においては、LPSで刺激しても発生収縮張力は減弱しなかった。

上記の結果をふまえ、腸間膜動脈と肝外門脈の血管平滑筋組織の収縮反応に対するNOドナーの作用を比較した。結果、肝外門脈は腸間膜動脈に比べ弛緩しにくく、NOに対する感受性が低いことが明らかとなった。また、同様に膜透過性cGMPの作用を比較したところ、肝外門脈は腸間膜動脈に比べcGMPに対する感受性が低いことが明らかとなった。さらに、平滑筋細胞内Ca濃度に対するNOドナーの作用を検討したところ、肝外門脈平滑筋細胞においては、NOドナーは細胞内Ca濃度の上昇をほぼ抑制しなかった。

2. 門脈圧亢進症モデル動物

門脈圧亢進症モデル動物として胆管結紮(BDL)ラットを用い、内臓血管における血管外膜常在型Mφの活性化について検討した。結果、BDL群の腸間膜動脈および肝外門脈で、iNOSのmRNA発現量が、疑似手術群に比べ優位に上昇し、両血管からの産生NO量も増加していた。さらに、BDL群の腸間膜動脈では、常在型Mφはラウンド化し、またその数が有意に増加しており、さらに、滲出型Mφも数多く出現していた。一方、BDL群の肝外門脈の外膜でも常在型Mφの数が有意に増加しており、滲出型Mφも多数出現していた。さらに、BDL群の両血管において血管壁のMφがiNOSを多く発現していた。

3. HMG-CoA還元酵素阻害薬の血管壁iNOS発現への作用

器官培養法を用いて、LPS刺激による血管壁のiNOS発現に対するスタチンの作用を検討した。Fluvastatinの前処置により、iNOS mRNAとiNOSタンパク質の発現はさらに上昇し、この作用はmevalonolactoneを共処置することで打ち消された。また、培養上清中のNO量を定量したところ、LPSを単独処置した標本に比べ、fluvastatinを全処置した標本ではその産生量が増加していた。

以上の結果をまとめると、門脈圧亢進症モデルラットにおいて、肝門脈と腸間膜動脈の両血管で外膜常在型Mφが活性化し、iNOS を発現してNO を産生することを明らかにした。また、産生されたNO によって腸間膜動脈は拡張し循環亢進状態となり、門脈域への流入血液量が増加して病態を増悪させる可能性を示唆した。一方、肝門脈平滑筋はcGMP に対する感受性が低く細胞内Ca濃度の低下が起こらないため、弛緩しにくく、これが門脈圧亢進状態を引き起こすもう1つの要因となる可能性が示唆された。さらに、スタチンは、メバロン酸産生を阻害することで器官培養モデルにおいて血管壁のiNOS発現を促進することを明らかにした。

以上のように本研究は、門脈圧亢進症における血管外膜常在型マクロファージの病態生理機構を明らかにしたものであり、学術上寄与するところは少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位に値するものと判断した。

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