No | 123628 | |
著者(漢字) | 北野,真見 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キタノ,マミ | |
標題(和) | ES細胞の奇形腫形成に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on teratoma induced by mouse ES cells | |
報告番号 | 123628 | |
報告番号 | 甲23628 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3332号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 多能性幹細胞は、特定の培養条件下で未分化状態を維持したまま半永久的に複製される自己複製能力と、培養条件の操作により三胚葉の多様な細胞群へ分化する多分化能によって特徴づけられる。胚性幹細胞(Embryonic Stem Cells;ES細胞)は、発生期の胚盤胞内部細胞塊を分離・継代して得られる代表的な多能性幹細胞で、ヒトを含む多様な動物種でES細胞の樹立が報告されている。ES細胞は生殖細胞を含む広い細胞群への分化能を有することから、再生医療への応用が期待されている。すなわち、ES細胞の高い増殖能と多様な分化能を利用し特定の機能細胞を誘導し、それらを病気や事故などにより傷害された細胞の代替とする医療である。しかしながら、ヒトES細胞の医療応用においては以下に示す障壁を克服しなければならない。 (1)生命の萌芽であるヒト胚を用いることの倫理的問題 (2)動物血清及び動物由来フィーダー細胞等の異種動物由来成分の混入による感染事故 (3)主要組織適合性抗原複合体(MHC)等の不一致による免疫拒絶反応 (4)移植片の未分化細胞混入による腫瘍形成 近年、体細胞への核移植適用によるES細胞誘導(ntES細胞)やES細胞特異的遺伝子の発現誘導によるES様細胞の誘導(iPS細胞)が報告されている。これら細胞は樹立に発生期の胚を必要とせず、また、宿主との免疫応答を誘導しない。さらに、ヒトES細胞株の動物成分非存在下における培養方法も確立されつつある。一方で未分化細胞混入による腫瘍形成リスクについてはいまだ検討の余地がある。 未分化ES細胞は、同系及び免疫不全動物への子宮外移植によって腫瘍を形成する。この腫瘍は奇形腫(テラトーマ)と呼ばれ、三胚葉由来の未分化性及び成熟性組織が混在する多様な組織像を特徴とする。ES細胞移植に伴う奇形腫形成は、未分化細胞混入の確認や誘導幹細胞の分化能評価の観点においてなされているものの、奇形腫の性状や形成機序に関する基盤的情報は未だ少ない。本研究は、未分化マウスES細胞(B6G-2; C57BL/6-TgN(act-EGFP)OsbC14-Y01-FM131由来)の同系マウス(C57BL/6)移植による奇形腫形成過程の基盤的研究を目的とした。本研究における同系移植モデルでは、ntES細胞及びiPS細胞の移植応用と同等の免疫条件下における腫瘍形成過程評価が可能である。また、ES細胞由来腫瘍組織はGFP発現によって宿主組織と識別されるなどの特徴を有している。以下、各章の要約を述べる。 第一章では、同系マウス体内各部位(皮下、門脈、肝臓・脾臓・腎臓・精巣実質)に3×106 個のES細胞移植を行い、腫瘍の発生・成長及び組織学的構成にみられる差異を検討した。その結果、移植部位によって腫瘍の発生・成長及び細胞構成に違いが認められた。腫瘍は門脈及び精巣移植で安定して誘導されたが、皮下及び脾臓移植では移植部位における腫瘍の形成率は低かった。脾臓移植では、脾臓における細胞の定着は確認されるものの、腫瘍塊の形成はまれであった。移植部位外における腫瘍形成は肝臓及び脾臓移植において高率に認められたが、皮下・門脈及び精巣移植では認められなかった。また、腫瘍の成長は皮下及び精巣移植では緩徐であった。門脈移植では腫瘍は急速に成長したが、明瞭な腫瘤の形成には至らず病変は肝臓に多発性に発生した。これら腫瘍の発生・成長に見られた違いは、移植臓器の形態学的・機能的特性及び移植方法に由来すると考えられた。 各移植群における腫瘍は複数の胚葉由来組織から構成されており、三胚葉分化マーカーによる免疫組織化学染色によって三胚葉構成が確認された。また、腫瘍組織でGFP発現が認められた。したがって、誘導された腫瘍は移植ES細胞に由来する奇形腫であることが示されたが、移植部位によって異なる細胞構成が見られた。肝臓移植による奇形腫では、内胚葉分化マーカーであるHNF3β/FOXA2を発現する管状構造が多く認められ、内胚葉初期分化が示唆された。精巣移植による奇形腫では、二種類の細胞群の増殖が特徴的であった。これらの細胞群はともに未分化な形態を示し、管腔状・ロゼット構造を形成するクロマチンに富んだ核を有する神経芽細胞腫様細胞群と、均一無構造に増殖する大小の淡明な核を有するセミノーマ様細胞群に大別された。肝臓及び門脈移植によって誘導された奇形腫では軟骨の誘導が多く見られた。また、腎臓では軟骨が正常組織遺残部と腫瘍組織との境界に形成される像が多くみられた。腎臓の奇形腫においては、管腔増殖領域辺縁に芽体と紡錘形細胞が出現し、ウィルムス腫瘍に類似する組織像を示した。また、肝臓及び門脈移植による肝臓に誘導された奇形腫においては、明細胞腫瘍を思わせる、PAS陽性管状乳頭状増殖が特徴的であった。以上のような腫瘍内組織構造の違いは、移植片と宿主臓器環境との相互作用によってもたらされると考えられる。第一章において示された、ES細胞の移植部位に依存した腫瘍組織構築は、本研究によって同系移植モデルにおいて初めて明らかにされた知見である。 第二章では、第一章で見られた精巣奇形腫での未分化様細胞増殖に関してより詳細な検討を行なった。 まず、第一節ではES細胞移植に伴う精巣での奇形腫形成の経時的観察を行なった。未分化様細胞を特定するために、ES細胞及び胚細胞腫瘍マーカー(OCT3/4、AP-2y、PLAP)を用いた。その結果、ES細胞移植片は移植初期段階においてロゼット構造を形成しながら間質に増殖し、引き続いて大小の淡明な核を有するセミノーマ様構造の出現が認められた。免疫組織化学的検索によって、ロゼット構造を形成するクロマチンに富んだ核を有する細胞群において、ES細胞及び胚細胞マーカーであるOCT3/4の発現が持続していた。一方、同じくES細胞及び胚細胞マーカーであるAP-2yの発現は急速に減少し、発現は一部のロゼット形成細胞に限定された。大小の淡明な核を有するセミノーマ様細胞群では、OCT3/4及びAP-2yの発現はほとんど認められなかった。胚細胞腫マーカーであるPLAP発現はいずれの細胞群においても確認されなかった。以上より、精巣の奇形腫においては、未分化な細胞群がロゼット構造を形成し、それらが初期分化を経てセミノーマ様細胞群となり増殖している可能性が示された。セミノーマ様細胞群は精巣の微小環境によって機能的分化を抑制されたまま均一に腫瘍内に増殖していると考えられる。一方で、同様のマーカーを用いて精巣以外の移植部位における奇形腫の検索を行なったところ、肝臓及び腎臓移植により誘導された奇形腫において、管腔状増殖領域におけるOCT3/4及びAP-2yの発現が認められた。肝臓奇形腫ではES細胞マーカー発現はHNF3β/FOXA2発現と重複しており、内胚葉分化初期段階の管腔組織誘導が示唆された。腎臓奇形腫の管腔構造におけるOCT3/4発現は間葉系幹細胞による上皮への形態転換などが考えられる。これら知見は、ES細胞の未分化維持機構の解明に有用であろう。 第二節では、異なる細胞数のES細胞移植片を用いて、精巣における腫瘍形成リスクの検討を行なった。30~3,000,000個のES細胞を精巣に移植した(ES群)。また、実際の移植片環境の再現を目的として、ES細胞をマウス線維芽細胞(MEF)と懸濁し共移植を行なった(ES+MEF群)。その結果、腫瘍形成リスクは移植ES細胞数に比例した(ES群)。一方で、ES+MEF群では全ての群において腫瘍の形成を認めた。また、ES+MEF群においては腫瘍内の分化像が多く観察された。以上より、ES細胞の腫瘍形成能は未分化細胞数及び移植片環境の両方に影響されることが明らかとなった。本研究における30個のES細胞による腫瘍形成は以前の報告の中でも最小であり、ES細胞を用いた移植治療において、未分化細胞の移植片混入のリスクにはより慎重な検討が必要であることが示された。 第三節では、抗アンドロゲン薬flutamideがES細胞移植に伴う精巣奇形腫の未分化細胞増殖に及ぼす影響を検討した。3 x 106個のES細胞をマウスの精巣に移植し、flutamide(0.5mg/20-day release)処置を行なった。その結果、腫瘍発生・成長及び未分化細胞の増殖はplacebo処置群及びflutamide処置群で同様に認められ、本実験における抗アンドロゲン処置は精巣の奇形腫形成に影響しないことが確認された。精巣における他のサイトカイン(SCF及びLIFなど)が精巣奇形腫の組織形成に関与している可能性や、より強力な抗アンドロゲン処置下における腫瘍組織形成の検討の必要性が示唆された。 Appendixでは、in vitro膵臓分化誘導モデルを用いて、ES細胞の膵前駆細胞分化誘導過程における網羅的経時的遺伝子発現解析プロファイルを行った。その結果、細胞形態の内胚葉を示唆する変化及び膵臓分化関連遺伝子の誘導が生じるものの、膵臓機能に特異的な遺伝子の誘導に至らず、インスリン免疫組織化学による陽性像は培地中インスリンの取り込みを示唆するものであった。したがって、得られた細胞は膵前駆細胞と同定された。本研究で得られたような最終分化を終えていない前駆細胞を移植応用する際には、奇形腫誘導の危険性を詳細に検討しなければならない。 上記の通り、本論文は未分化ES細胞の同系移植に伴う奇形腫の形成過程について多数の知見を明らかにした。多能性幹細胞を用いた移植治療においては、腫瘍形成リスクに関して、移植片の定着性、宿主臓器との相互作用、移植片環境の影響など、多面的かつ慎重に検討する必要があるといえる。 | |
審査要旨 | 多能性幹細胞は自己複製能力と多分化能を有する。多能性幹細胞から機能細胞を誘導し移植治療に応用する再生医療の実現が期待されているが、移植片への未分化細胞混入による腫瘍形成が、この治療法の障壁となっている。形成される腫瘍は奇形腫と呼ばれ、三胚葉由来組織による多様な組織像を呈する。再生医療の危険因子であるにも関わらず、奇形腫の基盤性状に関する情報は未だ少ない。本研究は、代表的多能性幹細胞であるES細胞の同系移植モデルによる奇形腫形成の基盤研究を目的としたものであり、実際の臨床応用と同等の免疫条件を再現したものである。 第一章では、体内各部位(皮下、門脈、肝臓、脾臓、腎臓、精巣)に3×106 個のES細胞を移植し、腫瘍形成の差異を検討している。腫瘍は門脈・精巣で高率に誘導されたが、皮下・脾臓では低率であった。肝臓・脾臓移植で移植部位外の病変が高率に認められたが、皮下・門脈・精巣移植では認められなかった。腫瘍の成長は皮下・精巣で緩徐であり、門脈移植で急速であった。門脈移植では肝臓に多発性病変を形成した。これら腫瘍形成の違いは、移植臓器の形態・機能的特性及び移植方法に起因すると考えられた。 腫瘍はいずれも三胚葉構造を有しES細胞由来奇形腫であることが示されたが、移植部位依存性の細胞構成を示した。肝臓移植では内胚葉マーカーFOXA2陽性管状構造が多く認められた。精巣奇形腫では、二種類の未分化細胞群の増殖が特徴的であった。すなわち、ロゼット形成細胞と、均一無構造淡明細胞に大別された。肝臓・門脈奇形腫では軟骨が多く誘導され、腎臓奇形腫では軟骨は正常組織と腫瘍組織との境界部に誘導された。腎臓奇形腫はウィルムス腫瘍様の管腔増殖像を呈した。肝臓及び門脈奇形腫では、明細胞腫瘍様PAS陽性管状乳頭状増殖が特徴的であった。以上のような腫瘍内組織構築の違いは、移植片と臓器環境の相互作用に由来すると考えられる。ES細胞の移植部位依存性組織構築は、本研究の同系移植モデルにおいて初めて明らかにされたものである。 第二章では、精巣奇形腫形成を詳細に検討している。第一節では精巣奇形腫の経時的成長を観察した。その結果、移植片は初期段階において間質に管状増殖し、続いて淡明細胞が出現した。未分化細胞及び胚細胞腫マーカー(OCT3/4、AP-2y、PLAP)を用いた免疫組織化学的検索で、ロゼット細胞に限定したOCT3/4及びAP-2y発現が確認された。淡明細胞では未分化マーカー発現は認められなかった。胚細胞腫マーカーPLAP発現はいずれも見られなかった。精巣奇形腫では、ロゼット形成未分化細胞が初期分化を経て淡明細胞となり、精巣微小環境によって機能的分化を抑制され均一に増殖していると考えられる。 第二節では、30~3,000,000個のES細胞移植片を用いて、精巣での腫瘍リスクを検討している。ES細胞のみを移植する群(ES群)と、汚染移植片の再現を目的として、ES細胞とマウス線維芽細胞(MEF)の共移植群(ES+MEF群)を用意した。腫瘍形成はES細胞数に比例したが、ES+MEF群では腫瘍リスクが亢進し、ES細胞の腫瘍形成能は未分化細胞数及び移植片環境の両方に影響されることが明らかとなった。本研究における30個ES細胞による腫瘍形成はこれまでの報告では最小であり、臨床応用に当たり未分化細胞混入のリスクに慎重な検討が必要であることが示された。 第三節では、抗アンドロゲン薬flutamideが精巣奇形腫の未分化細胞増殖に及ぼす影響を検討した。3 x 106個ES細胞を精巣に移植し、flutamideを処置した。その結果、腫瘍形成に変化は見られず、本実験の抗アンドロゲン処置は精巣奇形腫形成に影響しないことが確認された。 なお、Appendixでは、in vitro膵臓分化誘導モデルを用いて、ES細胞の膵前駆細胞分化誘導過程における網羅的経時的遺伝子発現解析プロファイルを行っている。その結果、内胚葉分化を示唆する形態変化及び膵臓分化関連遺伝子の誘導が生じるものの、膵臓機能特異的な遺伝子の誘導に至らず、インスリン免疫組織化学による陽性像は培地中インスリンの沈着を示唆するものであった。したがって、得られた細胞は膵前駆細胞と同定された。本研究で得られたような機能的分化に至らない前駆細胞の移植応用に際しては、腫瘍の危険性を詳細に検討しなければならない。 上記の通り、本論文は未分化ES細胞の同系移植に伴う奇形腫形成について多数の知見を明らかにした。多能性幹細胞を用いた移植治療においては、腫瘍形成に関して、移植片の定着性、宿主臓器との相互作用、移植片環境の影響など、多面的かつ慎重な検討が必要であることを明らかにした。 よって、審査委員一同、本論文が博士(獣医学)の学位論文をして価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |