No | 123630 | |
著者(漢字) | 武井,昭紘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケイ,アキヒロ | |
標題(和) | 犬の心疾患における心筋組織ミトコンドリア DNA に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123630 | |
報告番号 | 甲23630 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3334号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 犬の心疾患は獣医臨床で遭遇する機会の多い疾患で、心臓の機能的障害による循環不全がその病態を形成する最も重大な要素である。犬の心疾患には先天性心疾患、弁膜疾患、心筋疾患、心膜の異常、不整脈、血管の疾患に併発するなど様々な心疾患が存在するが、いずれも結果として、心ポンプ機能の低下による心拍出量の減少、弁膜の異常などによる心室腔内への血液流入量減少、高血圧などの圧負荷の増大による心拍出量の減少、不整脈などによる不十分な心拍出量、あるいは心タンポナーデや心膜炎による心拍出量の低下といった循環不全を引き起こすこととなる。ミトコンドリアDNA(mt DNA)は約16kbpの環状DNAで電子伝達系における好気的ATP合成に必須で、細胞あたり数十から数千コピー存在しており、そのコピー数は細胞のエネルギー需要と平行するとされ、mt DNAの変異はATP合成の面から、細胞の生存と機能に重大な障害を及ぼすと考えられている。一方、ミトコンドリアの電子伝達系は細胞の酸素消費の90%以上を占め、細胞内で最大の活性酸素発生源で、mt DNAは核DNAよりも強い酸化傷害を受けると推測されている。しかしながら、mt DNAの塩基置換速度(mt DNA修復)は核DNAに比較して10倍以上早く、mt DNAの変異の蓄積はmt DNAの損傷頻度が著しく高いか、あるいはその修復能が低下しているか、あるいはその両者が起こることによると考えられているが、いまだ明確な結論は得られていない。近年、mt DNAのDループ(D-loop)の変異が、心不全など様々な疾患や老齢動物で報告され、mt DNAの変異とその修復機構、その結果おこるミトコンドリア活性の低下と病態との関連が注目されてきている。とくに心不全では心筋組織のmt DNAの変異が報告され、心筋細胞自体の機能維持という観点から、病態の増悪因子としても重要視されている。しかしながら、犬の心疾患における心筋組織のmt DNAに関する研究は行われておらず、その実態も不明である。前述したごとく、犬の心疾患ではその結果として循環不全が生じており、心筋組織についても相対的な虚血状態にあると考えられる。 そこで本研究ではmt DNAD-loopに着目し、まずラット心筋培養細胞を用いて虚血条件下における心筋細胞mt DNAの変異とその修復機構について、ついで、心筋症モデル動物の一つであるシリアンハムスターBio 14.6の心筋組織mt DNAの変異について、さらに、心疾患の犬の心筋組織mt DNAの変異について検討し、心疾患時の犬の心筋組織における病態を解析した。 第二章では、まず虚血条件下におけるラット心筋培養細胞mt DNAについて検討した。すなわち、ラット心筋培養細胞であるH9c2を2度サブクローニングして細胞の性質を均一化した後、虚血条件(グルコース非添加、2%02、10%CO2、88%N2)下で14日間培養した。なお対照として通常の培養条件(グルコース添加、5%CO2、95%air)下で培養したH9c2、ならびに新生子ラット心室筋を用いた。mt DNA Extractor CT Kitを用いてmt DNAを抽出した後、NCBI Entrez Nucleotide AC_000022に登録されたラットmt DNAに基づいて作成したプローブを用いてPCR法で増幅した。心室筋、通常の培養条件ならびに虚血条件で培養したH9c2細胞から得られたPCR産物は、いずれも約1000kbに単一のバンドとして観察された。得られだPCR産物を常法に従いクローニングし、その塩基配列を解析した。心室筋(10クローン)ならびに通常培養条件下のH9c2細胞(112クローン)のmt DNAの塩基配列は全てNCBI Entrez Nucleotide AC_000022に登録されたラットmt DNAの塩基配列と同一であった。一方、虚血条件下で培養したH9c2細胞273クローン(同一条件で3回実施、それぞれ81クローン、96クローン、96クローン)のmt DNAの塩基配列クローン(24.0%)、18クローン(18.8%))に認められた。 ついでmt DNA修復能を低下させる、mt DNA修復機構の鍵であるDNAポリメラーゼγの酸化について検討した。すなわち、虚血条件下で培養したH9c2細胞からミトコンドリアをQproteome TM Mitochondria Isolation Kitを用いて分離し、SDSで外・内膜を破壊した後、抗ヒトDNAポリメラーゼン抗体ならびにOxyBlot TM protein oxidation detection Kitを用いたウエスタンブロット法で解析した。また、免疫沈降による解析も加えた。なお、抗ヒトDNAポリメラーゼγ抗体の陽性対照としてヒト赤芽球様白血病細胞(K562)を用いたところ、抗ヒトポリメラーゼγ抗体はラシトDNAポリメラーゼγを認識する抗体であった。虚血条件下で培養した且9c2細胞のミトコンドリアタンパク質をOxyBlotで検討したところ、多くのミトコンドリアタンパク質が酸化されていたが、DNAポリメラーゼγの移動度とほぼ同位置に酸化したタンパク質のバンドが認められた。また、免疫沈降した検体でも同様の結果が得られた。免疫沈降の過程で抗ヒトDNAポリメラーゼγ抗体も酸化されるが、免疫沈降した検体をH2O2で酸化するとDNAポリメラーゼγの位置のバンドが増強し、虚血条件下で培養したH9c2細胞のDNAポリメラーゼγが酸化されていることが明らかとなった。さらに、活性酸素のトラップ剤である5'5-dimethyl-1-pyroline-N-oxide(DMPO)を最終濃度88.37μM添加時のDNAポリメラーゼγの酸化について検討した。通常培養、虚血条件下ならびにDMPO添加虚血条件下で培養したH9c2細胞のミトコンドリアタンパク質を抗ヒトDNAポリメラーゼγ抗体で免疫沈降した検体についてOxyBlotで検討した。虚血条件下で酸化されたDNAポリメラーゼγのバンドはDMPO添加により減弱し、またこのバンドをデンシドメトリーで数値化し統計処理したところ有意な低下が認められた。これらの結果、ラット培養心筋細胞は虚血条件下でmt DNA、D-loopに容易に変異が入り、その原因の一つはmt DNA修復機構の鍵となるDNAポリメラーゼγの活性酸素による酸化によって生じるmt DNA修復能の低下によることが明らかとなった。 第三章では心筋症モデルとして用いられるゴールデンハムスターBio14.6の心筋組織mt DNAD-loopについて検討した。すなわち、ラット、マウスならびにチャイニーズハムスターで報告されているmt DNAの配列からプライマーを作製し、Bio14.6の塩基配列を解析(30クローン)したところ、相同性高く(ラットとは69.0%、マウスとは69.1%、チャイニーズハムスターとは77.6%)、またげっ歯類に高度に保存される領域も良く保存されていた。ついで、2ヶ月齢から7ヶ月齢のBio 14.6の心筋組織mt DNA D-loopを解析したところ、5ヶ月齢を除く全ての月齢の心筋組織(2ヶ月齢では60クローン、それ以外はそれぞれ30クローン)に一塩基置換(2ヶ月齢では9クローン(15%)、3ヶ月齢では1クローン(3.3%)、4ヶ月齢では5クローン(16.7%)、6ヶ月齢と7ヶ月齢ではそれぞれ1クローン(3.3%))が認められた。これらの結果、Bio14.6では2・3ヶ月齢で病理組織学的に心筋傷害が発生するとされる月齢から早期にmt DNAの変異が存在することが明らかとなった。 第四章では心疾患の犬の心筋組織mt DNAD-loopについて検討した。すなわち、まずホルマリン固定材料からmt DNAを抽出する方法を検討し、2分割して増幅させることでmt DNAの抽出は可能であった。ついで、66症例のホルマリン固定心筋組織についてmt DNAD-loopを解析(それぞれ30クローン)したところ、57症例(86.4%)で一塩基置換から四塩基置換までが認められ、2分割の60クローンあたり平均10クローン(16.7%)、最大で24クローン(40.0%)と高い頻度で変異が観察された。また、mt DNA変異の発現頻度(3.6bp/10,000bp)は拡張型心筋症マウス(DCMマウス)に認められる変異の頻度(1.4bp/10,000bp)に比較して約2.5倍の発現頻度であった。しかしながら、心不全の罹病期間、心疾患の種類、あるいは代償作用として起こる心室拡張などとmt DNA変異との間に有意な関連を認めることはできなかった。これらの結果、心疾患の犬の心筋組織mt DNA D-loopには年齢、病変の重篤度にかかわらず、著しく高い頻度でmt DNA変異の存在していることが明らかとなった。 以上のことから1犬の心疾患の心筋組織においては循環不全に基づくと考えられる活性酸素によるDNAポリメラーゼγの酸化、またそれに引き続くmt DNA修復能の低下によりmt DNA D-loopの変異が高頻度に起こっているととが明らかとなった。したがって犬の心疾患では、これら心筋組織におけるミトコンドリア機能低下を考慮した治療法が必要であると考えられる。 | |
審査要旨 | ミトコンドリアDNA(mt DNA)は約16 kbpの環状DNAで電子伝達系における好気的ATP合成に必須で、細胞のエネルギー需要と平行するとされ、この変異はATP合成の面から、細胞の生存と機能に重大な障害を及ぼすと考えられている。近年、mt DNAのDループ(D-loop)の変異が、心不全など様々な疾患や老齢動物で報告され、mt DNAの変異とその修復機構、その結果おこるミトコンドリア活性の低下と病態との関連が注目されてきている。とくに心不全では心筋組織のmt DNAの変異が報告され、心筋細胞自体の機能維持という観点から、病態の増悪因子としても重要視されているが、犬の心疾患については明らかにされていない。本論文は犬の心疾患における心筋組織のmt DNA、とくにD-loopに着目し検討したもので、緒論ならびに総括を除いた以下の3章から構成されている。 まず第二章では、ラット心筋培養細胞(H9c2)を用いて虚血条件下における心筋細胞mt DNAの変異とその修復機構について検討している。H9c2を2度サブクローニングして細胞の性質を均一化した後、虚血条件(グルコース非添加、2 % O2、10 % CO2、88 % N2)下で14日間培養した。なお対照として通常の培養条件(グルコース添加、5 % CO2、95 % air)下で培養したH9c2、ならびに新生子ラット心室筋を用いた。Mt DNA Extraction CT Kitを用いてmt DNAを抽出した後、NCBI Entrez Nucleotide AC000022に登録されたラットmt DNA D-loopの塩基配列に基づいて作成したプローブを用いてPCR法で増幅した。得られたPCR産物を常法に従いクローニングし、その塩基配列を解析した。心室筋(10クローン)ならびに通常培養条件下のH9c2細胞(112クローン)のmt DNAの塩基配は登録されたラットmt DNA D-loopの塩基配列と完全に一致した。一方、虚血条件下で培養したH9c2細胞273クローンの塩基配列では一塩基置換が54クローン(19.8 %)と高頻度に認められた。また、活性酸素のトラップ剤である5'5-dimethyl-1-pyroline- N-oxide(DMPO、88.37 μM 添加)すると塩基置換などの変異は認められなかった。 ついで、mt DNA修復機構の鍵であるDNAポリメラーゼγの酸化について検討している。すなわち、虚血条件下で培養したH9c2細胞からミトコンドリアを分離し、酸化DNAポリメラーゼγについて検討した。また、抗ヒトDNAポリメラーゼン抗体を用いて免疫沈降による解析も加えた。多くのミトコンドリアタンパク質が酸化されていたが、免疫沈降させた結果から、虚血条件下で培養したH9c2細胞のmt DNAポリメラーゼγが酸化されていることが明らかとなった。また、DMPO添加するとDNAポリメラーゼγの酸化は有意に軽減した。これらの結果、ラット培養心筋細胞は虚血条件下でmt DNA、D-loopに容易に変異が入り、その原因の一つはmt DNA修復機構の鍵となるDNAポリメラーゼγの活性酸素による酸化によって生じるmt DNA修復能の低下によることを明らかにしている。 ついで第三章では、心筋症モデル動物の一つであるゴールデンハムスター Bio 14.6の心筋組織mt DNAD-loopの変異について検討している。すなわち、ラット、マウスならびにチャイニーズハムスターで報告されているmt DNAの配列からプライマーを作製し、Bio 14.6の塩基配列を解析(30クローン)したところ、5ヶ月齢を除く全ての月齢の心筋組織に一塩基置換(2ヶ月齢では9クローン(15 %)、3ヶ月齢では1クローン(3.3 %)、4ヶ月齢では5クローン(16.7 %)、6ヶ月齢と7ヶ月齢ではそれぞれ1クローン(3.3 %))が認められた。これらの結果、Bio 14.6では2-3ヶ月齢で病理組織学的に心筋傷害が発生するとされる月齢から早期にmt DNA D-loopに変異が存在することを明らかにしている。 さらに第四章では、心疾患の犬66症例の心筋組織mt DNA D-loopを解析(それぞれ30クローン)したところ、66症例中57症例(86.4 %)と高頻度(3.6 bp/10,000 bp)に変異が認められた。しかしながら、心不全の罹病期間、心疾患の種類、あるいは代償作用として起こる心室拡張などとmt DNA D-loopの変異との間に有意な関連を認めることはできなかった。これらの結果、心疾患の犬の心筋組織mt DNA D-loopには年齢、病変の重篤度にかかわらず、著しく高い頻度でmt DNA変異の存在していることが明らかにしている。 また以上のことから、犬の心疾患の心筋組織においては循環不全に基づくと考えられる活性酸素によるDNAポリメラーゼγの酸化、またそれに引き続くmt DNA修復能の低下によりmt DNA D-loopの変異が高頻度に起こっていると考えている。また、犬の心疾患では、これら心筋組織におけるミトコンドリア機能低下を考慮した治療法が必要であると推測している。 このように、本論文は未だ明らかにされていない犬の心疾患における心筋組織ミトコンドリア DNA D-loop の変異を明らかにしたものである。その内容は、獣医学の学術上貢献するものであり、よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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