学位論文要旨



No 123638
著者(漢字) 南,春子
著者(英字)
著者(カナ) ナム,チュンジャ
標題(和) マウス胎仔におけるEtoposide (VP-16) 神経毒性発現の機構に関する研究
標題(洋) Studies on the mechanisms of etoposide (VP-16) -induced neurotoxicity in the fetal mouse
報告番号 123638
報告番号 甲23638
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3342号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京農工大学 教授 三森,国敏
内容要旨 要旨を表示する

Etoposide(VP-16)はAmerican may appleの根から抽出され、常備薬としてに広く用いられてきたpodophyllotoxinの半合成化合物で、DNAトポイソメラーゼ2を抑制し、DNAを損傷する。このため抗癌剤として肺癌、睾丸癌、リンパ腫などの治療に使用されてきた。一方、実験動物では妊娠初期の母体にVP-16 を投与すると小脳症、脳水腫、骨格形成異常などの胎仔奇形を誘発することが報告されている。本研究ではVP-16を妊娠12日齢(GD12)のマウスに投与し、胎仔の終脳について、細胞分裂周期およびアポトーシスに関する検索を行なった。

第1章 VP-16投与が胎仔期と出生後の脳に及ぼす影響

VP-16投与ICRマウス胎仔の脳における組織学的変化をしらべた。GD12妊娠マウスにVP-16を腹腔内投与したところ、投与2~4時間後(2~4HAT)に胎仔終脳脳室帯の神経上皮細胞で有糸分裂像の減少が認められた。また4HATから神経上皮細胞の核濃縮像が出現し始め、GD12にピークに達した後、GD48にほぼ消失した。核濃縮細胞はTUNEL陽性、活性化Caspase-3 陽性であり、電子顕微鏡で核クロマチンの凝集、周囲細胞によるアポトーシス小体の貪食像などが確認され、アポトーシス細胞であることが確認された。さらにGD12に増殖性細胞核抗原(PCNA)陽性細胞数が顕著に減少した。これらのことから、VP-16は分裂期以前の神経上皮細胞を損傷し、アポトーシスおよび細胞分裂抑制を引き起こすことが示された。また、VP-16投与により、出生後の新生仔には大脳皮質の低形成が高率に観察された。投与直後の胎仔神経上皮細胞アポトーシスの増加が、このような発育異常の重要な原因であると考えられた。

第2章 VP-16投与胎仔脳におけるp53とその標的遺伝子の発現上昇

VP-16の細胞毒性がDNA損傷作用によることに着目し、アポトーシス誘導や細胞周期停止を媒介するp53およびその転写標的因子であるp21, bax, cyclin G, fasおよびのpuma発現について解析した。GD12の妊娠マウスにVP-16を投与し、胎仔の終脳についてTUNEL法および免疫染色を行ったところ、神経上皮細胞のアポトーシスが12HATをピークとしてみとめられた。これに対し、p53陽性細胞数およびp21陽性細胞数は4HATにピークとなり、二者は同一の部位で観察された。またRT-PCRによる検索では4~8HAT にp21、2~12HATにfas、1~48HATにpumaの発現が顕著に上昇した。p21およびfasの発現ピークは4HATであった。以上のことから、胎仔中枢神経では、VP-16によるアポトーシス誘導に先立って、p53タンパクが安定化、発現上昇し、その標的因子の発現上昇することが明らかになった。すなわちVP-16による細胞傷害ではp53がその毒性発現を媒介していることが示された。

次に、VP-16投与による胎仔終脳の遺伝子発現変化をDNAマイクロアレイとリアルタイムRT-PCR法を用いて解析した。DNAマイクロアレイの結果、VP-16投与により胎仔の終脳で4HATにDNA損傷・修復・増殖関連13遺伝子と細胞周期調節・アポトーシス関連9遺伝子の発現が増加した。リアルタイムRT-PCRによる検索では、4~12HATにtopoisomerase 2 alpah、puma、 baxおよびcyclin G1の発現が顕著に上昇した。また4、12HATにはnoxaのmRNA発現も顕著に上昇した。これらの遺伝子発現のピークは4HATであった。以上の結果から、VP-16投与によりtopoisomerase 2 alpah、pumaの発現が増加、続いてp53およびpuma-alphaのタンパク質量の増加、さらにミトコンドリアに存在するアポトーシス促進因子が活性化され、アポトーシスが生じた可能性が示された。

第3章 VP-16投与胎仔脳における細胞分裂周期の変化とそのメカニスム

VP-16投与後の胎仔神経上皮細胞の細胞分裂周期およびアポトーシス細胞の変動に関してFlow Cytometry を用いて検索した。VP-16投与後4~8HATまでS期およびG2/M期の細胞が有意に増加し、4~24HATにアポトーシス細胞が顕著に増加した。次にVP-16とBrdUを同時に投与してFlow Cytometryおよび免疫組織学的検査を行なった。その結果、VP-16投与4~24HATにおけるBrdU陽性細胞の多くはアポトーシス細胞と一致した。またBrdU陽性神経上皮細胞の終脳での移動は対照群より顕著に遅延していた。以上のことから、VP-16は主にS期細胞を損傷しG2期からM期の移行を抑制、その後一部の細胞にアポトーシスを誘導するものと考えられた。

次いで、ウエスタンブロッティング解析を行なった。VP-16 投与2~8HATの神経上皮細胞で、ATM キナーゼのセリン1981がリン酸化され、自己リン酸化を介してATMキナーゼ経路が活性化された。これに伴い4~12HATにヒストンH2AXのセリン139がリン酸化された。2~8HATにはc-AblのTyr245がリン酸化され、8HATにはDNA-PKが解裂したが、これはCaspase-3の活性化によるものと考えられた。Chk 1のリン酸化はみとめられなかった。2~24HATにp53およびリン酸化p53(セリン15)が増加し、8HATにはピークに達した。また、8HATにリン酸化p53(セリン20)の増加もみられた。p53の増加に伴い、p21も2~24HATに増加し、8HATにピークに達した。サイクリンG1は8HATに少々増加した。Cdc25A は4~12HATに少々減少した。リン酸化Rb(セリン608)は2HATに減少し、4~8HATに増加したが、12HATには再び減少した。サイクリンAは4~8HATに増加し、12HATに減少した。サイクリンB1は2~12HATに増加し、4~8HATにピークに達した。2~8HATにリン酸化cdc2 (Tyr 15)は少々増加した。以上のことからp53のリン酸化がp21、さらにcyclin A/cdc2複合体およびcyclin B/cdc2複合体を不活性化し、G2/M期停止を引き起こさせたものと考えられる。また、リン酸化Chk1/2によりcyclin Aおよび Cdc25Aがリン酸化・分解され、Cdk2の減少を抑制し、S期遅延を惹起したと考えられた。さらにCdk2/cyclin A複合体もリン酸化されG1期からS期への移行が亢進することが推測された。

第4章 VP-16投与 p53欠損マウス胎仔脳における細胞分裂周期の解析

C57BL/6をバックグラウンドとするp53欠損マウスを用いてVP-16投与の影響をしらべた。GD12の妊娠p53欠損マウスにVP-16を投与すると、胎仔の神経上皮細胞では、4HATでG2/M期停止がみとめられず、アポトーシスも引き起こされなかった。またp53欠損マウス胎仔では4HATでS期細胞が顕著に増加することも示された。これらの結果から、VP-16による神経上皮細胞のG2/M期停止およびアポトーシスにp53が必要不可決であることが示唆された。

本研究の成果からVP-16で誘発される胎仔の終脳神経上皮細胞アポトーシスはG2/M期停止が誘因となること、G2/M期停止にはATM-p53-p21経路が主な役割を果たしていることが示唆された。これに加えてVP-16はS期細胞増加によるアポトーシスも誘発し、この場合はATM-CHK1/2-Cdc25A経路が関与すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

Etoposide(VP-16)はAmerican may appleの根から抽出されたpodophyllotoxinの半合成化合物で、DNAトポイソメラーゼ2を抑制し、DNAを損傷する。このため抗癌剤として広く使用されているが、実験動物で催奇形性が報告されている。本研究ではVP-16を妊娠12日齢(GD12)のマウスに投与し、胎仔の終脳について、細胞分裂周期およびアポトーシスに関する検索を行なった。

VP-16投与ICRマウス胎仔の脳における組織学的変化を調べた。VP-16の投与2~4時間後(2~4HAT)に神経上皮細胞の分裂像が減少した。また4HATから神経上皮細胞の核濃縮像が出現し始め、GD12にピークに達した後、GD48にほぼ消失した。核濃縮細胞はTUNEL陽性、活性化Caspase-3 陽性であり、電子顕微鏡で核クロマチンの凝集、周囲細胞によるアポトーシス小体の貪食像などが確認された。これらのことから、VP-16は分裂期以前の神経上皮細胞を損傷し、アポトーシスおよび細胞分裂抑制を引き起こすことが示された。また、VP-16投与により、出生後の新生仔には大脳皮質の低形成が認められ、VP-16投与直後の胎仔神経上皮細胞アポトーシスの増加がこの低形成の重要な原因であると考えられた。

VP-16の細胞毒性がDNA損傷作用によることに着目し、アポトーシス誘導や細胞周期停止を媒介するp53およびその転写標的因子の発現について解析した。RT-PCRとリアルタイムRT-PCRによる検索では、4~12HATにp53の転写標的因子p21, fas, puma、noxa, baxおよびcyclin G1の発現の上昇が認められた。このことからVP-16による細胞傷害ではp53がその毒性発現を媒介していることが示された。

VP-16投与後の胎仔神経上皮細胞の細胞分裂周期の変動について検索した。その結果VP-16投与4~8HATにS期およびG2/M期の細胞が有意に増加し、4~24HATにアポトーシス細胞が顕著に増加した。次にVP-16とBrdUを同時に投与したところ、BrdU陽性細胞の多くはアポトーシス細胞と一致し、BrdU陽性神経上皮細胞の移動が対照群より顕著に遅延していた。以上のことから、VP-16は主にS期細胞を損傷しG2/M期停止を引き起こし、その後、細胞がアポトーシスに至ると考えられた。ウエスタンブロッティング解析では、VP-16 投与によりATMの自己リン酸化、c-Abl(Tyr245)リン酸化タンパクの減少がみられた。p53リン酸化によるp53タンパクの増加し、それに伴いp21も増加した。Cdc25A は少々減少した。サイクリンAとサイクリンB1は著しく増加した。不活性化型であるリン酸化cdc2(Tyr 15)は少々増加した。以上のことからp53のリン酸化がp21、さらにcyclin B/cdc2複合体を不活性化し、G2/M期停止を惹起されると考えられた。また、Cdc25Aの減少がCdk2の活性化を抑制してS期遅延を惹起し、さらにcyclin A増加してG1期からS期への移行が亢進することが推測された。

C57BL/6をバックグラウンドとするp53欠損マウスを用いてVP-16投与の影響を調べた。妊娠p53欠損マウスにGD12にVP-16を投与したところ、4HATで胎仔神経上皮細胞のG2/M期停止とアポトーシスは起こらなかったが、S期細胞増加が起こった。これらの結果から、VP-16による神経上皮細胞のG2/M期停止およびアポトーシスにp53が必要不可決であることが示唆された。

本研究によりVP-16の胎仔脳毒性のメカニズムの一端が明らかになった。この結果は、胎仔における化合物の毒性発現機構の解明に極めて有用な情報を提供すると考えられる。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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