No | 123640 | |
著者(漢字) | 東,知宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アズマ,チヒロ | |
標題(和) | マウス細胞質型ホスホリパーゼA2γの酵素学的解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123640 | |
報告番号 | 甲23640 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2979号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【目的】 脂質はエネルギー源、生体膜の構成成分として、細胞の固有機能を果たす為に必須の役割を果たしているが、生体膜に外界から刺激が加わると、脂質メディエーターが産生され、生体防御、神経伝達など様々な機能を営んでいる。しかし脂質はゲノムにコードされておらず、安定性に欠けることや取り扱いの難しさにより、その生理機能の解明は十分になされていない。したがって脂質メディエーター研究は重要なこれからの研究分野である。 哺乳動物にはグリセロリン脂質を加水分解し多様な生理活性脂質を産生する多種のホスホリパーゼが存在する。数百種のグリセロリン脂質が細胞膜、細胞内小器官膜を構成し、ホスホリパーゼはこれらグリセロリン脂質の代謝に関わっている 生体膜の主要な成分であるグリセロリン脂質のsn-2のアシル鎖を加水分解するホスホリパーゼA2(PLA2)には20種類以上の分子種が存在し、構造上の特徴から、分泌型PLA2(sPLA2)、Ca2+非依存性PLA2(iPLA2)、細胞質型PLA2(cPLA2)、血小板活性化因子アセチルヒドラーゼ(PAF-AH)に分類される。 ヒトcPLA2γ(hcPLA2γ)はcPLA2αのリパーゼドメインと相同性が高い遺伝子としてクローニングされた(1)。しかしhcPLA2γは他のcPLA2分子種に保存されているC2ドメインを持たず、C末端がファルネシル化され(2)、cPLA2分子種の中にあって大きく構造が異なる。またcPLA2αの酵素活性に関わるMAPKによるセリンリン酸化モチーフも持たない。 In vitroの性状解析の結果、hcPLA2γはPLA2活性、lysoPLA活性(LPL活性)を持つことが報告されている。cPLA2αはCa2+が結合するC2ドメインを有し、酵素活性にμM濃度のCa2+を必要とするが、hcPLA2γの酵素活性化にはCa2+を必要としない。また基質の脂肪酸選択性は、cPLA2αとは異なり、アラキドン酸のみならず長鎖脂肪酸であれば加水分解するようである。その後、過酸化水素で細胞を刺激した際、過剰発現させたhcPLA2γの活性が上昇することが報告された。(3,4) ヒトにおける発現分布はcPLA2αがほとんどの組織に発現しているのに対し、hcPLA2γは骨格筋、心筋に比較的高い発現が報告されている。また細胞内局在もcPLA2αが通常細胞質に存在しているのに対し、hcPLA2γは常に膜画分に存在するようである。このhcPLA2γの細胞内局在については、hcPLA2γの脂質修飾が関与しているという報告がある。このようにcPLA2γはcPLA2αとは性質がかなり異なっており、固有の機能を持つことが想定されるが、詳細な活性化機構また生理的役割は不明である。 本研究ではマウスを用いてcPLA2γの生理機能を解析するのに先立ち、マウスcPLA2γ(mcPLA2γ) cDNAをクローニングし、酵素レベルでの活性化機構の解析を行うことで、生理活性脂質産生を介したcPLA2γの生体における機能の解明の為の基礎的知見を得ること目的とした。 【実験方法】 mcPLA2γはRT-PCR法によりcDNAクローニングした。細胞内局在の観察はmcPLA2γのN末端にGFPタンパク質を融合し発現させ、共焦点顕微鏡を用いて行った。mcPLA2γのタンパク質精製はバキュロウイルスを用いてmcPLA2γのN末端にHis-tag及びPreScissionプロテアーゼ切断部位を挿入したタンパク質をSf-9に発現させ、この100,000×g上清画分をHisカラムに通し、保持されたmcPLA2γをGST融合PreScission酵素で切断、溶出することにより得た。酵素学的解析はこの精製タンパク質を用いて、PLA2活性、リゾホスホリパーゼ(LPL)活性をDoleの変法により測定した。またLC-MSを用いて、反応生成物を一斉に測定することにより、PLA2活性、LPL活性に加え、PLA1活性、トランスアシラーゼ(TA)活性を測定した。 【結果・考察】 1 mcPLA2γのクローニング、発現分布、細胞内局在 RT-PCRクローニング法により5'末端部分が異なる2つのORF(Type.A、 Type.B)を得ることが出来た。いずれの型もC末端にファルネシル化モチーフ配列を欠いていた。したがってhcPLA2γと違いC末端で脂質修飾を受けないことが予想される。定量PCR法により組織発現分布を確認したところ、卵巣に高い発現を検出し、ヒトにおける発現パターンと異なっていた。GFP融合タンパク質として発現させたmcPLA2γは、いずれの型も細胞質に局在していたが、hcPLA2γは小胞体と思われる部位に局在していた。 2 精製mcPLA2γを用いた酵素活性の検討 2.1 界面活性効果の酵素活性への影響 HEK293細胞に一過性に発現させたmcPLA2γのPLA2活性を測定したところ、100,000×g上清画分で活性が認められた。反応系中にTriton X-100を加えることで上昇し、0.03% Triton X-100添加で活性が極大となった。hcPLA2γも同様の傾向を示しTriton X-100添加による活性増強が認められたが、cPLA2αはTriton X-100添加により活性が抑制された。したがってヒトとマウスのcPLA2γは構造上の相同性は高くないが、類似した酵素学的特徴を持つと考えられる。 精製mcPLA2γで酵素学的解析したところ、PLA2活性が確認でき、Triton X-100添加時の酵素活性も未精製のmcPLA2γと同様に0.03%添加時に極大を示した。PLA2活性の基質選択性はリン脂質クラスについてはPEよりもPCを、sn-2位の脂肪酸についてはアラキドン酸よりもリノール酸を良い基質とした。またLPL活性を測定したところ、PLA2活性よりも高い活性を検出でき、さらにこの活性もTriton X-100添加により上昇が見られた。異なる基質濃度における活性を測定したところ、LPL活性は高濃度の基質存在下ではTriton X-100非添加時においても、活性の上昇が認められたが、PLA2活性に関してはこの現象は認められなかった(図2)。 mcPLA2γはTriton X-100添加によって活性が増強されるという特徴を持ち、また高いLPL活性を有することから、生体内ではリゾリン脂質による界面活性効果により活性制御を受けている可能性がある。 2.2 LC-MSを用いた酵素活性測定~mcPLA2γは6つの酵素活性を持つ Dole法によるPLA2活性、LPL活性測定はRIラベルされた基質を合成する必要がある。RIラベルされたリン脂質は入手できる種類に限りがある為、様々な基質に対する酵素学的特徴を解析するのは困難である。また1実験中に検出できる酵素反応は1種類であるので、複数の酵素反応を持つ酵素に対しては、独立した実験から間接的に同時に起こる各反応速度を議論せざる終えない。 そこでLC-MSを用いた新しい酵素反応検出系を構築した。酵素反応で生じる全ての代謝物を同定、定量することにより1つの酵素が持つ複数の反応を評価することを目指した。この実験系はRIラベルされた脂質を用いる必要がなく、様々な脂質を基質として用いることが出来るも利点としてあげられる。 50μM PAPCと50μM 14:0-LPCの混合ミセルを基質としてmcPLA2γを反応させ、その代謝物をLC-MSで同定しmcPAL2γが持つ酵素活性について検討した。mcPLA2γ反応後、代謝物としてリン脂質の14:0,16:0-PC、14:0,20:4-PC、14:0,14:0-PCが検出された。これらはそれぞれ、mcPLA2γにはリン脂質のsn-1位からのTA活性、sn-2からのTA活性、またリゾリン脂質からリゾリン脂質へのTA活性が存在することを示している。さらにmcPLA2γの反応後、代謝物としてリゾリン脂質の16:0-LPC、20:4-LPCが検出された。これらはそれぞれ、PLA2活性、PLA1活性が存在することを示している。さらにmcPLA2γ反応後、14:0遊離脂肪酸が検出されたことから、LPL活性も同時に存在する事を示している。 したがってmcPLA2γはグリセロリン脂質、リゾリン脂質が同時に基質として存在する場合、6つの酵素活性を同時に示すことが考えられる(図3)。 通常のグリセロリン脂質は2本の脂肪酸に起因する強い疎水結合のために、特定のタンパク質性因子の媒介がないと容易に生体膜から離れることは出来ない。しかし脂肪酸を1本しか持たないリゾリン脂質は容易に膜から離れることが出来る。したがって、リゾリン脂質は生体膜間や細胞間のシグナル伝達分子として機能することが報告されている。一方リゾリン脂質はその物理化学的性質から生体内膜に容易に突き刺さり、特に高濃度では界面活性効果により細胞障害を引き起こすことが報告されている。酸化ストレスや不整脈などでは多量のリゾリン脂質が産生され、これが細胞障害を引き起こすことが知られている。mcPLA2γは高いLPL活性を有すること、また多量に生じたリゾリン脂質の界面活性効果を受けて、これら有害なリゾリン脂質を除去する生理機能が存在する可能性がある。 さらに脂肪酸を切り出すPLA2活性、PLA1活性、LPL活性に加え、脂肪酸を転移させるTA活性も同時に持つというmcPLA2γの酵素学的特徴から予想される生理機能として、生体膜のリモデリングへの関与も示唆される。 本研究によりmcPLA2γは生体内でリゾリン脂質の界面活性効果をうけ、6つの酵素反応で様々なグリセロリン脂質、リゾリン脂質の脂肪酸の代謝に寄与している可能性が示唆された。今後生理条件下などでの詳細な酵素学的検討を行い、この知見を踏まえ生理機能を解析していくことが重要であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究では生理活性脂質産生を介したcPLA2γの生体における機能の解明の為の基礎的知見を明らかにするため、マウスcPLA2γ(mcPLA2γ)のcDNAをクローニングを行い、精製酵素を調整し酵素学的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.RT-PCRクローニング法により5'末端部分が異なる2つのORFを得ることが出来た。いずれの型もC末端にファルネシル化モチーフ配列を欠いていた。したがってヒトcPLA2γ(hcPLA2γ)と違いC末端で脂質修飾を受けないことが予想された。 2.定量PCR法により組織発現分布を確認したところ、卵巣に高い発現を検出し、ヒトにおける発現パターンと異なっていた。 3.GFP融合タンパク質として発現させたmcPLA2γは、いずれの型も細胞質に局在していたが、hcPLA2γは小胞体と思われる部位に局在していた。 4.HEK293細胞に一過性に発現させたmcPLA2γのPLA2活性を測定したところ、100,000×g上清画分で活性が認められた。反応系中にTriton X-100を加えることで活性が上昇し、0.03% Triton X-100添加で活性が極大となった。hcPLA2γも同様の傾向を示しTriton X-100添加による活性増強が認められたが、cPLA2αはTriton X-100添加により活性が抑制された。 5.精製mcPLA2γで酵素学的解析したところ、PLA2活性が確認でき、Triton X-100添加時の酵素活性も未精製のmcPLA2γと同様に0.03%添加時に極大を示した。PLA2活性の基質選択性はリン脂質クラスについてはPEよりもPCを、sn-2位の脂肪酸についてはアラキドン酸よりもリノール酸を良い基質とした。またリゾホスホリパーゼ(LPL)活性を測定したところ、PLA2活性よりも高い活性を検出でき、さらにこの活性もTriton X-100添加により上昇が見られた。異なる基質濃度における活性を測定したところ、LPL活性は高濃度の基質存在下ではTriton X-100非添加時においても、活性の上昇が認められたが、PLA2活性に関してはこの現象は認められなかった 6.16:0,20:4-PC(PAPC)と14:0-LPCの混合ミセルを基質としてmcPLA2γを反応させ、その代謝物をLC-MSで同定しmcPAL2γが持つ酵素活性について検討した。mcPLA2γ反応後、代謝物としてリン脂質の14:0,16:0-PC、14:0,20:4-PC、14:0,14:0-PCが検出された。したがって、mcPLA2γにはリン脂質のsn-1位からのトランスアシラーゼ(TA)活性、sn-2からのTA活性、またリゾリン脂質からリゾリン脂質へのTA活性が存在することが示された。さらにmcPLA2γの反応後、代謝物としてリゾリン脂質の16:0-LPC、20:4-LPCが検出された。したがって、PLA2活性、PLA1活性も存在することが示された。さらにmcPLA2γ反応後、14:0遊離脂肪酸が検出されたことから、LPL活性も同時に存在する事が示された。 7.これらの6つの酵素活性の特性についてPAPC、14:0-LPCを基質として与えて異なる反応時間での生成物量を検討したところ、mcPLA2γはリゾリン脂質、グリセロリン脂質が存在する場合、グリセロリン脂質のsn-1位、sn-2位からのTA活性よりもLPL活性、リゾリン脂質同士のTA活性が優位であり、リゾリン脂質を優位に代謝することが示された。 8.TA活性について アシルCoAから14:0-LPCへの転移反応を検討したが、反応生成物は検出されなかった。リゾリン脂質同士によるTA活性の結果14:0,14:0-PCの生成は検出されたことから、mcPLA2γはCoA非依存的にTA活性を有することが示された。 以上、本論文は精製酵素を用いた酵素学的解析から、mcPLA2γは6つの酵素反応で様々なグリセロリン脂質、リゾリン脂質の脂肪酸の代謝に寄与している可能性が示唆された。本研究はこれまで未知に等しかった、mcPLA2γの生体における機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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