No | 123644 | |
著者(漢字) | 大戸,貴代 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオト,タカヨ | |
標題(和) | 新規マウス細胞質型ホスホリパーゼA2の同定と機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123644 | |
報告番号 | 甲23644 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2983号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ホスホリパーゼA2(PLA2)はグリセロリン脂質のsn-2位エステル結合を加水分解する酵素である。細胞質型ホスホリパーゼA2(cPLA2)はほ乳類ホスホリパーゼA2の一種であり、本研究を開始した2002年当時にはcPLA2α、β、γの3遺伝子が報告されていた。cPLA2α はアラキドン酸含有リン脂質に基質特異性を持ち、アラキドン酸代謝産物であるプロスタグランジン・ロイコトリエンの生体内での産生量を制御する酵素である。cPLA2β、γの2遺伝子は1990年代半ばにESTデータベース検索によって見いだされた分子種である。これら既知のcPLA2遺伝子間で保存性が認められたエキソンの核酸配列をゲノムデータベース上で相同性検索することによって、新規の3遺伝子座が推定された。推定された配列を参考とし、cDNAクローニングを行い、マウス臓器由来cDNAより3遺伝子すべてのcDNA配列を同定することに成功した。これらの新規cPLA2遺伝子をそれぞれcPLA2δ、cPLA2ε、cPLA2ζと命名した。いずれの遺伝子もその推定アミノ酸配列より、cPLA2の基本構造であるC2ドメイン及び触媒ドメインの構造が推測された。またその触媒ドメイン中には、既知分子での解析により活性中心と考えられているセリン/アスパラギン酸残基が保存されていた。また、cPLA2εは妊娠後期の胎盤、cPLA2ζは甲状腺・骨格筋・脳、cPLA2ζは甲状腺での明確なmRNAの発現をノーザンブロット解析によって明らかにした。特定の臓器でのみ発現が認められたことは、cPLA2αのユビキタスな発現とは対照的であり、非常に興味深いものである。続いて、cPLA2δ、ε、ζの酵素活性を測定するために、HEK293細胞を用いた一過性発現系を構築した。この粗抽出液を用いて、PLA2活性を測定した結果、いずれの分子もcPLA2αと同様にCa(2+)要求性のPLA2活性を示した。特にcPLA2ζに関してはホスファチジルコリン(PC)よりもホスファチジルエタノールアミン(PE)に対して強いPLA2活性を示すことが分かった。さらに生細胞での新規cPLA2遺伝子群の局在変化を観察したところ、GFP融合cPLA2εはイオノマイシン刺激により細胞質から核膜周辺への局在変化を示した。また、定常状態において、GFP融合cPLA2εはその一部がリソソームの局在しており、GFP融合cPLA2ζは細胞質に存在していた。以上のことより、cPLA2δ、ε、ζはin vitroにおいて実際にPLA2活性を示すことが確認され、ノーザンブロット解析より発現が認められた臓器においてこれらの酵素が機能している可能性が示唆された。 続いて、ノーザンブロット解析で明らかにしたマウス臓器におけるmRNA発現分布に加えて、16種のマウス臓器・細胞群に関して定量的PCRによる発現解析を行い、新たに、cPLA2ζが精巣上体の頭部領域に強く発現していることを見いだした。以後、精巣上体における cPLA2ζの機能解析を中心に研究を進めた。精巣上体頭部領域でのcPLA2ζ遺伝子のmRNA発現は精巣摘出手術を行うことで、定常状態の20% 程度に低下し、この発現低下はジハイドロテストステロン(5a-DHT)の連日投与により回復することを明らかにした。ウサギ抗マウスcPLA2ζポリクローナル抗体による検出の結果、cPLA2ζと考えられるシグナルがmRNAと同様の増減を示した。また、精巣摘出後の精巣上体組織抽出液のPLA2活性は、cPLA2ζの発現変動と同様のパターンでの増減を示した。これらの結果より、cPLA2ζは雄性ホルモンにより直接的もしくは間接的に発現制御されていることが強く示唆された。さらに、精巣上体でのマウスcPLA2ζは非常に高い分泌能をもつ上皮細胞に発現していることを組織免疫染色により明らかにした。加えて、生化学的解析の一端として内在的に発現しているcPLA2ζタンパク質の性質を推定すると、強固に脂質二重膜に結合している可能性が考えられた。精巣上体は精巣をでた精子の最終的な成熟過程を担っている器官であることから、精巣上体においてcPLA2・が精子成熟に関与している可能性が考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、新規細胞質型ホスホリパーゼA2(cPLA2)の探索・同定と機能解析を目的とした研究であり、下記の結果を得ている。 1.既知cPLA2分子間で保存性が認められるエキソン核酸配列をゲノムデータベース上での探索に用いることで、3つのcPLA2遺伝子を推定した。推定された3つの新規分子をマウス臓器由来cDNAよりRT-PCRと5'-、 3'- RACEによってクローニングし、それぞれcPLA2δ、cPLA2ε、cPLA2ζと命名した。この新規cPLA2遺伝子群は、マウス第2染色体 (2E5) 上に 0.3 MbにわたってcPLA2βとともに遺伝子クラスターを形成して存在しており、いずれの遺伝子もその推定アミノ酸配列には、cPLA2の基本構造であるC2ドメイン及び活性に必須であることが知られているセリン/アスパラギン酸残基を含む触媒ドメインが認められた。 2.新規cPLA2 遺伝子(cPLA2δ、cPLA2ε、cPLA2ζ)のマウス臓器におけるmRNA発現分布をnorthern blotによって解析した。その結果、cPLA2δは妊娠後期の胎盤での発現が認められた。cPLA2εは甲状腺・骨格筋・精巣での強い発現と、脳、胃での発現が、cPLA2ζは甲状腺、胃および前立腺、大腸での発現が認められた。 3.ヒト胎児腎臓細胞(HEK293細胞)における一過性発現系を構築し、その細胞破砕液を用いて新規cPLA2 遺伝子(cPLA2δ、cPLA2ε、cPLA2ζ)の酵素活性を測定した。いずれの分子もCa(2+) 要求性のPLA2活性を示し、またcPLA2ζはホスファチジルコリン(PC)よりもホスファチジルエタノールアミン(PE)に対して強いPLA2活性を示した。 4.チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO-K1細胞)に一過性発現させたGFP融合cPLA2δは、イオノマイシン刺激によって細胞内Ca(2+)濃度を上昇させるとcPLA2αと同様に細胞質から核膜周辺への局在変化を示した。また、定常状態でGFP融合cPLA2εは一部がリソソームに、GFP融合cPLA2ζは細胞質に存在していた。しかし、GFP融合cPLA2ε、GFP融合cPLA2ζはいずれもイオノマイシン刺激による局在変化は認められなかった。 5.定量的PCRにより、2.で未測定であった臓器を中心にmRNA発現分布解析を行ったところ、新たにcPLA2ζが精巣上体の頭部領域に強く発現していることがわかった。 6.cPLA2ζの精巣上体頭部領域における発現は精巣摘出手術を行うことで定常状態の約20% 程度に低下し、精巣摘出手術によるこのmRNA発現の低下は、雄性ホルモンであるジヒドロテストステロン(5α-DHT)の連日投与によって、偽手術群と同程度の発現で維持されていた。 7.精巣摘出手術を行ったマウス個体での精巣上体頭部領域におけるcPLA2ζタンパク質の発現変動を検討するため、ウサギ抗マウスcPLA2ζポリクローナル抗体によるウエスタンブロット解析を行った。cPLA2ζタンパク質と考えられるシグナルは、cPLA2ζのmRNAと同様の増減(精巣摘出群での発現の低下、精巣摘出+5α-DHT連日投与群での発現の維持)を示した。さらに、精巣上体組織抽出液を酵素源としたPLA2活性でもcPLA2ζのmRNA/タンパク質発現変動と同様の変動が認められた。 8.cPLA2ζの精巣上体での発現細胞を特定するため、ウサギ抗マウスcPLA2ζポリクローナル抗体によるマウス精巣上体での免疫染色を行った。その結果、精巣上体のInitial Segment領域、頭部、体部の上皮細胞でシグナルが認められた。 以上、本論文はゲノムデータベース上での相同性探索によって推定したマウスcPLA2δ、cPLA2ε、cPLA2ζの同定と機能解析を進め、これらの新規cPLA2遺伝子群が機能的に発現している可能性を示した。特にcPLA2ζは精巣上体において、雄性ホルモンによる直接的もしくは間接的な発現制御を受けていると考えられ、今後のさらなる機能解析が雄性生殖器系における脂質代謝メカニズムとその生理的意義の解明に貢献するものと考えられる。cPLA2δ、cPLA2ζに関しても、同様に発現臓器/発現細胞での解析を進めることで脂質代謝の新たな機能が解明されることが期待される。したがって、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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