学位論文要旨



No 123646
著者(漢字) 金野,弘靖
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,ヒロヤス
標題(和) ウィルス感染防御におけるTRAF6の機能解析
標題(洋)
報告番号 123646
報告番号 甲23646
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2985号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 准教授 金井,克光
 東京大学 准教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

TRAF6 (TNF receptor-associated factor 6)は、TNF (Tumor necrosis factor)受容体スーパーファミリーやToll/IL-1受容体ファミリーからのシグナルを伝達し、転写因子NFkB (Nuclear factor kB)やAP-1 (Activator protein-1)の活性化を誘導するアダプタータンパク質である。TRAF6が関係する生命現象は多岐に渡っており、TRAF6遺伝子欠損マウスの解析から、リンパ節形成、胸腺構築、骨形成、Toll/IL-1受容体を介した炎症性サイトカイン産生の誘導、皮膚形成、神経管の閉塞、樹上細胞の分化成熟、T細胞受容体を介したシグナル伝達に関係することが報告されている。従って、TRAF6の生理的機能を明らかにすることは基礎医学研究の発展に貢献するだけでなく、関連する疾患の原因解明や新たな診断・治療方法の開発にも寄与する研究となる。

本研究ではTRAF6の機能をさらに詳細に明らかにする目的で、以下に示す二つの課題に取り組んだ。

(1)ウィルス感染防御におけるTRAF6の機能解析

(2)TRAF6シグナル制御因子TIFAB (TRAF-interacting protein with a forkhead-associated domain)の機能解析:TIFAB遺伝子欠損マウスの作成と表現型の解析

ウィルス感染防御におけるTRAF6の機能解析

近年、RNAウィルスの感染に対して、炎症性サイトカイン(TNFα, IL-6)やI型インターフェロン(type I interferon; IFN)産生を誘導する受容体であるRIG-I (Retinoic acid inducible gene I)やMDA5 (Melanoma differentiation-associated gene 5)が同定され、盛んに研究されている。これらの受容体は細胞質に存在しており、RNAウィルス由来の二本鎖RNA (dsRNA)をRNA helicase domainで認識し、CARD (Caspase recruitment domain)を介してIPS-1 (IFNβ promoter stimulator; 別名MAVS/VISA/Cardif)と結合してシグナルを伝える。IPS-1の下流ではTRAF3、TBK1 (TANK-binding kinase)を介して活性化されるIRF (Interferon regulatory factor)によって誘導されるIFN産生と、分子機構は不明であるがNFkB活性化による炎症性サイトカイン産生が誘導される。

IPS-1にはTRAF6結合配列(P-X-E-X-X-Acidic/Aromatic)が存在しており、実際にIPS-1とTRAF6が結合することが報告されている。従って、RIG-I/MDA5を介したシグナル伝達経路にTRAF6が関係する可能性がある。しかし詳細な分子機構は未だに明らかにされていない。そこで本研究ではTRAF6遺伝子欠損MEF (Mouse embryonic fibroblast)を用いて、ウィルス感染防御におけるTRAF6の機能解析を行った。

RIG-I及びMDA5遺伝子欠損マウスの解析から、RIG-IはSeV (Sendai virus)やIn vitro transcribed dsRNAを、MDA5はEMCV (Encephalomyocarditis virus)やpoly I:Cを認識することが知られている。SeV感染に対するIL-6産生はTRAF6(-/-) MEFで消失しており、IFNβ及びIFNα産生はTRAF6(+/+) MEFと比較してTRAF6(-/-) MEFで減弱していた。さらに、EMCV感染に対するIFNβプロモーター活性の増加がTRAF6(-/-) MEFでは見られなかった。また、dsRNA (In vitro transcribed dsRNA, poly I:C)をカチオン性リン脂質で細胞内にトランスフェクションしてRIG-IもしくはMDA5を活性化し、IL-6及びIFNα産生を検討したところ、TRAF6(+/+) MEFと比較してTRAF6(-/-) MEFで減弱していた。以上のことから、TRAF6はRIG-I及びMDA5を介した炎症性サイトカイン産生やIFN産生に関係することが判明した。

次に、転写因子NFkB及びIRF活性化に対するTRAF6の役割について検討した。Poly I:Cのトランスフェクションに対するNFkB及びIRFの活性化をルシフェラーゼアッセイで検討したところ、TRAF6(+/+) MEFと比較してTRAF6(-/-) MEFではNFkB及びIRFの転写活性が減少した。また、poly I:Cのトランスフェクション及びSeV感染によるNFkBの活性化をEMSA (Electrophoretic mobility shift assay)で検討したところ、TRAF6(-/-) MEFでNFkBの核移行が減弱していた。ウィルス感染により活性化するIRFにはIRF3及びIRF7が挙げられる。IRF3活性化に伴う二量体化をNative PAGEで検討したところ、poly I:Cのトランスフェクション及びSeV感染に対するIRF3の活性化はTRAF6(+/+) MEFとTRAF6(-/-) MEFとの間で差が見られなかった。以上のことから、TRAF6はRIG-I及びMDA5を介する経路においてNFkB及びIRFの活性化を誘導する機能を有するが、少なくともIRF3の活性化には関与しないことが明らかになった。

さらに、TRAF6(+/+) MEFとTRAF6(-/-) MEFとの間でNFkB及びIRFの標的遺伝子の発現量に差が見られるかをReal time PCR法で検討した。NFkBの標的遺伝子であるIkBα、TNFα及びIL-6の発現量はTRAF6(-/-) MEFで減少した。IFN受容体の下流で活性化するISGF3 (Interferon-stimulated gene factor 3)依存的に発現誘導されるIRF7の発現量は、TRAF6(+/+) MEFとTRAF6(-/-) MEFとの間で差が見られなかった。また、IRF3及びISGF3によって発現誘導されるIP10とISG15の発現量にも差が見られなかった。しかし、IRF3とIRF7によって発現誘導されるIFNβや、IRF7によって発現誘導されるIFNαの発現量はTRAF6(+/+) MEFと比較してTRAF6(-/-) MEFで減少した。以上のことから、TRAF6はRIG-I/MDA5を介した経路において、NFkB活性化を誘導する機能を有することが明らかになった。また、IRF3活性化にTRAF6が関与しないこと、しかしIFNの発現はTRAF6(-/-) MEFで減少することから、IRF7活性化にTRAF6が関与する可能性が示唆された。

以上のように、RIG-I/MDA5を介する経路にTRAF6が存在し、NFkB及びおそらくIRF7の活性化を誘導して炎症性サイトカインとIFN産生を制御することが、本研究により明らかになった。

TRAF6シグナル制御因子TIFABの機能解析:TIFAB遺伝子欠損マウスの作成と表現型の解析

本研究では、TRAF6の機能をさらに詳細に明らかにする目的で、TRAF6シグナル制御因子として同定されているTIFABの遺伝子欠損マウスを作成して、その表現型の解析を行った。TIFAファミリーはTIFA及びTIFABから成り、過剰発現の実験から、TIFAはTRAF6と結合してNFkB活性化を誘導する機能を持ち、TIFABはTRAF6とは結合しないがTIFAを介してTRAF6と複合体形成し、NFkB活性化を負に制御する機能を所有することが判明している。

TIFAB遺伝子欠損マウスの作成は常法に基づき行った。TIFAB遺伝子欠損マウスの表現型の解析は、TIFABの発現が脾臓や胸腺に多いこと、TRAF6遺伝子欠損マウスに見られる異常が免疫系に多いことから、免疫系を中心に行った。主にTRAF6遺伝子欠損マウスで異常が報告されている箇所を中心に解析したが、野生型との差は見られなかった。前述のように、TRAF6がウィルス感染防御を担っていることを本研究で見出している。そこでTIFABもウィルス感染に対して機能している可能性を考え、ウィルス感染実験を行った。SeV感染の結果、TIFAB(+/+) MEFと比較してTIFAB(-/-) MEFでIFNα産生の増強が見られ、一方でIL-6産生には差が見られなかった。Poly I:Cのトランスフェクションに対するNFkB及びIRFの活性化をルシフェラーゼアッセイで検討したところ、NFkBの転写活性には差が見られなかったが、IRFの転写活性がTIFAB(-/-) MEFで増強していた。また、Poly I:CのトランスフェクションによるNFkBの核移行をEMSAで検討したが、TIFAB(+/+) MEFとTIFAB(-/-) MEFとの間で差が見られなかった。以上のことから、TIFABはRIG-I/MDA5を介する経路において、IFN産生に対して抑制的に機能していることを本研究で明らかにした。一方で過剰発現の実験から予測されていた機能とは異なり、NFkB活性化には関与しないことが明らかになった。

以上のようにTRAF6とTIFABがウィルス感染に対して機能していることが本研究によって明らかになった。TRAF6とTIFAファミリーによるウィルス感染防御機構をさらに詳細に明らかにすべく、今後の研究を遂行する予定である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はTNF受容体スーパーファミリーやToll/IL-1受容体ファミリーからのシグナルを伝達し、NFkBの活性化を誘導するアダプタータンパク質であるTRAF6 (TNF receptor-associated factor 6)のウィルス感染防御における役割を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. RNAウィルス由来のdsRNA (二本鎖RNA)を認識する受容体、RIG-IもしくはMDA5は転写因子NFkB及びIRFを活性化して炎症性サイトカインやIFN (Interferon)産生を誘導する。RIG-Iによって認識されるSeV (Sendai virus)の感染に対して、TRAF6遺伝子欠損MEF (Mouse embryonic fibroblast)からのIL-6産生は消失し、IFNα及びIFNβ産生が減少することを明らかにした。MDA5によって認識されるEMCV (Encephalomyocarditis virus)の感染に対して、TRAF6遺伝子欠損MEFではIFNβプロモーター活性が減少することを明らかにした。さらにdsRNAであるpoly I:Cやin vitro transcribed dsRNAをカチオン性リン脂質で細胞内に導入したところ、TRAF6遺伝子欠損MEFではIL-6及びIFNα産生が減少することを明らかにした。以上からTRAF6はRIG-I及びMDA5を介した経路に関与してIL-6やIFN産生を誘導する機能があることが示された。

2.野生型及びTRAF6遺伝子欠損MEFにpoly I:Cを導入してルシフェラーゼアッセイを行い、TRAF6遺伝子欠損MEFではNFkB及びIRFの転写活性が減少することを明らかにした。SeVの感染及びpoly I:CによるNFkBの活性化をゲルシフト法で検討し、TRAF6遺伝子欠損MEFではNFkBの核移行が減弱することを明らかにした。SeVの感染及びpoly I:CによるIRF3の活性化をNative PAGE法で検討し、IRF3活性化に伴う二量体化は野生型MEFとTRAF6遺伝子欠損MEFとの間で差が無いことを明らかにした。NFkB、IRF3及びIRF7標的遺伝子の発現をReal time PCR法で解析した結果、NFkB標的遺伝子(Ikα, TNFα, IL-6)の発現量はTRAF6遺伝子欠損MEFで減少し、IRF3標的遺伝子(IP10, ISG15)の発現量は野生型との差が無く、IRF3及びIRF7の標的遺伝子IFNβやIRF7標的遺伝子IFNαの発現量は減少することを明らかにした。以上からTRAF6はRIG-I/MDA5を介した経路においてNFkBを活性化する機能を有することが示された。またIRF3活性化にTRAF6は関与しないが、IFNαの発現がTRAF6遺伝子欠損MEFで減少することからIRF7活性化にTRAF6が関与する可能性が示唆された。

TRAF6シグナル制御因子として同定されたTIFABの生理的機能を解析する目的で遺伝子欠損マウスを作成し、その表現型の解析を行った。IFABの発現が脾臓や胸腺に多いこと、TRAF6遺伝子欠損マウスに見られる異常が免疫系に多いことから、免疫系を中心に解析を行った。しかしTRAF6遺伝子欠損マウスで異常が報告されている箇所を解析しても、TIFAB遺伝子欠損マウスの異常は見られなかった。本研究でTRAF6がウィルス感染防御に関与することを明らかにしているため、同様にTIFABが関与するかSeV感染実験を行った結果、TIFAB遺伝子欠損MEFでは野生型と比較してIFNα産生が増強し、一方でIL-6産生には差が無いことを明らかにした。Poly I:Cを細胞内に導入してルシフェラーゼアッセイを行い、TIFAB遺伝子欠損MEFではIRFの転写活性が増強し、一方でNFkBの転写活性には影響が無いことを明らかにした。Poly I:CによるNFkBの活性化をゲルシフト法で検討し、野生型とTIFAB遺伝子欠損MEFとの間でNFkの核移行は差が見られないことを明らかにした。以上からTIFABはRIG-I/MDA5を介する経路においてIFN産生に対して抑制的に機能していることが示された。

以上、本論文はRIG-I/MDA5を介した経路においてTRAF6が炎症性サイトカインやIFN産生を誘導し、ウィルス感染防御を担っていることを明らかにした。またTRAF6制御因子として同定されたTIFABがIFN産生に対して抑制的に機能していることを見出した。従って、本研究はウィルス感染時のシグナル伝達経路の解明に重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものである。

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