学位論文要旨



No 123649
著者(漢字) 成塚,裕美
著者(英字)
著者(カナ) ナリツカ,ヒロミ
標題(和) マウス嗅球において投射ニューロンの細胞体特異的に抑制性シナプスを形成する顆粒細胞の解析
標題(洋) Analysis of Perisomatic-targeting Granule Cells in the Mouse Olfactory Bulb
報告番号 123649
報告番号 甲23469
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2988号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 准教授 小西,清貴
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

近年、大脳皮質や海馬の抑制性介在ニューロンには、異なる形態や電気生理学的性質を持つサブタイプが存在することが明らかになっており、これらのサブタイプが統合的に働くことで、回路内での情報処理が行われていると考えられている。特に抑制性介在ニューロンを、投射ニューロンの樹状突起に抑制をかけるサブタイプ(以下、dendritic-targetingタイプと表記)と、細胞体やaxon hillockに特異的に抑制をかけるサブタイプ(以下perisomatic-targetingタイプと表記)に分類し、その機能を電気生理学的手法によって解析した研究から重要な知見が得られている。例えば、海馬のperisomatic-targetingタイプの抑制性介在ニューロンは、投射ニューロンの発火を直接的に制御することで、投射ニューロン群の同期的あるいは周期的な発火パターンへの寄与が示唆されている。一方、dendritic-targetingタイプの抑制性介在ニューロンは、投射ニューロンへの興奮性の入力を局所的に修飾していると考えられている。以上のように、異なるサブタイプの抑制性介在ニューロンを同定し、その形態や電気生理学的性質、機能を明らかにすることは、回路内での情報処理を解明する上で重要である。一方、嗅覚系の一次中枢である嗅球の抑制性介在ニューロンについては、dendritic-targetingタイプとperisomatic-targetingタイプといったサブタイプの分類や、その機能分化に関する知見はこれまで乏しかった。

嗅球神経回路は、僧帽細胞や房飾細胞という投射ニューロンと、傍糸球細胞や顆粒細胞に代表される抑制性介在ニューロンから成る。嗅球は浅層から順に、嗅細胞の軸索が投射ニューロンの主樹状突起とシナプスを形成する糸球層、僧帽/房飾細胞の樹状突起や房飾細胞の細胞体のある外叢状層、僧帽細胞の細胞体のある僧帽細胞層、房飾細胞の軸索側枝が走る内叢状層、顆粒細胞の細胞体が位置する顆粒細胞層という層構造を示す(図1)。顆粒細胞は、嗅球の主要な抑制性介在ニューロンであり、軸索を持たない無軸索細胞である。これまで知られている顆粒細胞は、樹状突起を外叢状層まで伸ばしてスパインを形成し、顆粒細胞から投射ニューロンへの抑制性シナプスと、投射ニューロンから顆粒細胞への興奮性シナプスから構成される双方向性のシナプスを形成している(図1)。従って、既知の顆粒細胞はdendritic-targetingタイプの細胞であると言える。dendritic-targeting顆粒細胞は、投射ニューロンの側方抑制や同期的・周期的発火に重要な役割を持つと考えられている。一方、perisomatic-targetingタイプの抑制性介在ニューロンは嗅球では報告されておらず、抑制性介在ニューロンのdendritic-targetingタイプとperisomatic-targetingタイプへの機能分化については不明であった。

我々の研究室では以前、成体の嗅覚系における神経新生を観察する為に、未分化な神経細胞に発現するnestin遺伝子のプロモーターの制御下にGFPを発現する遺伝子改変マウスを作製した。このマウスの成体嗅球における顆粒細胞層を観察したところ、弱くGFPを発現する新生細胞に加え、より強くGFPを発現する細胞が観察された(便宜上この細胞を"type S cell"と読んでいる;Sはstrong GFPの略)(図2A, B)。type S cellは、nestinを弱く発現しているものの、NeuNやGAD67を発現し、スパインを有する長い樹状突起を持っていた。また、既知の顆粒細胞と同様に、軸索は観察されなかった。これらの形態的特徴から、type S cellはnestinを発現するものの、例外的に成熟した顆粒細胞であると考えられた。興味深いことに、type S cellの樹状突起の先端は、投射ニューロンの樹状突起が走行する外叢状層まで伸びておらず、僧帽細胞層でとどまっていた(図2C)。

詳細な形態な形態解析の為に、色素を細胞内に注入して単一type S cellや既知の顆粒細胞を標識した(図3A-D)。その結果、type S cellの樹状突起の先端には巨大な球状構造があり、僧帽細胞の細胞体やaxon hillock付近に特異的に接触させていることが明らかになった(図3B-D)。この球状構造はaxonal boutonに似ていることから"dendritic bouton"と呼ぶことにした。

また、野生型マウスの嗅球の顆粒細胞をランダムに標識した結果、樹状突起の先端にdendritic boutonを持ち、僧帽細胞の細胞体に接触させているtype S cell様の細胞が観察された。これにより、トランスジェニックマウスで同定されたtype S cellが野生型マウスにも存在することが確認された。

次に、type S cellのシナプス入出力の場としてdendritic boutonに注目し、GFP抗体を用いた免疫電顕による解析を行った。その結果、type S cellのdendritic boutonから僧帽細胞の細胞体近傍への対称性シナプスと、僧帽細胞の細胞体からtype S cell側への非対称性シナプスが近接して観察された(図4A-E)。従って、type S cellは僧帽細胞の細胞体近傍とシナプスを形成するperisomatic-targetingタイプの顆粒細胞であると言える。電顕解析の結果から、type S cellのdendritic boutonは僧帽細胞の細胞体近傍から興奮性入力を受け取り、同一の細胞体へ抑制性出力を出していると考えられる。

type S cellの割合は全顆粒細胞の約3.4%と少数だが、顆粒細胞の数は僧帽細胞の数百倍と見積もられており、個々の僧帽細胞へdendritic boutonを接触させるのに充分なtype S cellが存在すると予想された。実際、約87%の僧帽細胞において、細胞体近傍に少なくとも1つ以上のGFP陽性のdendritic boutonが観察された。また、細胞内注入で標識したtype S cellのうち約70%のものが、少なくとも1つ以上のdendritic boutonを僧帽細胞の細胞体近傍に接触させていた。多数の僧帽細胞において、type S cellのdendritic boutonとの接触が観察されたことから、type S cellは嗅球神経回路における情報処理において重要な役割を担っていると予想される。

細胞内注入によって標識された単一のtype S cellは、互いに近傍に位置する少数の僧帽細胞にdendritic boutonを接触させていた。これは、広範囲に位置する多数の僧帽細胞とシナプスを形成するdendritic-targeting顆粒細胞とは対照的であり、それぞれのサブタイプによる抑制が、異なる情報処理を行っている可能性を示している(図5C)。

dendritic-targeting顆粒細胞には、外叢状層におけるスパイン形成の場所が異なるサブタイプが存在し、これらのサブタイプ間では、顆粒細胞層内での細胞体の位置も異なることが報告されている。外叢状層の上層で樹状突起を分岐させてスパインを形成するサブタイプは、その細胞体が顆粒細胞層の上層に位置する傾向がある。一方、外叢状層の下層でスパインを形成するサブタイプは、その細胞体が顆粒細胞層の下層に位置する傾向がある。新規に同定されたtype S cellは、僧帽細胞層に選択的に樹状突起を投射するが、その細胞体が顆粒細胞層の特定の部位に位置するかを調べたところ、顆粒細胞層の中でも上層と下層の間の中間層に選択的に位置していた。

さらに申請者は、type S cellとdendritic-targeting顆粒細胞では、樹状突起の性質も異なることを明らかにした。フィロポディアは細長く運動性の高い構造で、シナプスや神経回路の形成に重要であると考えられている構造であるが、成体マウスにおいてもdendritic-targeting顆粒細胞では、全てのスパインとフィロポディアのうち、フィロポディアの占める割合は約28%と高かった。一方、type S cellでは、フィロポディアの割合が約9%と低かった。また、headed spineの形状に注目すると、dendritic-targeting顆粒細胞のものはサイズや大きさにばらつきがあるが、type S cellではその多くが球状であり、サイズも比較的一様であった。このことから、dendritic-targeting顆粒細胞の樹状突起は可塑的な性質を持つのに対し、type S cellの樹状突起は比較的安定した構造を持つと予想される。

申請者は、本研究において、嗅球の顆粒細胞が形態的にdendritic-targetingとperisomatic-targetingのサブタイプに分化していることを明らかにした(図5A)。dendritic-targeting顆粒細胞はそのシナプス部位から、投射ニューロンの活動を局所的に調節し、多数の投射ニューロン間の同期・周期的活動の生成に関わっていると考えられる(図5B, C)。一方、type S cellは、僧帽細胞の細胞体近傍に抑制をかけることで、僧帽細胞の発火そのものを制御している可能性がある(図5B, C)。このように、本研究により、嗅球顆粒細胞はdendritic-targetingやperisomatic-targetingタイプに機能分化しており、両サブタイプの統合的な働きが嗅球神経回路内の情報処理において、重要な役割を果たしている可能性が示された。

図1.嗅球神経回路の模式図.嗅球神経回路は、僧帽細胞や房飾細胞といった投射ニューロンと抑制性介在ニューロンから成る. 顆粒細胞は嗅球における主要な抑制性介在ニューロンで、既知の顆粒細胞は投射ニューロンの樹状突起と双方向性のシナプスを形成するdendritic-targetingタイプの細胞である.

図2. nestin-promoter GFPマウスの嗅球で観察されたtype S cell. (A) nestin-promoter GFPマウスの嗅球におけるGFP陽性細胞の分布(冠状切片) (B) 2種のGFP陽性細胞: GFPを弱く発現する幼弱な移動細胞(矢印)とGFPを強く発現するtype S cell (矢頭). (C) GFP抗体によって標識されたtype S cell. 樹状突起は顆粒細胞層で分岐し(矢印)、顆粒細胞層、内叢状層、僧帽細胞層でスパイン(矢頭)を形成するが、外叢状層には入っていない.開矢印は基底樹状突起を示す. スケールバー: 50μm (A), 20μm (B), 10μm (D).

図3. ルシファーイエローによって標識されたdendritic-targeting 顆粒細胞とtype S cell. (A) 標識されたdendritic-targeting 顆粒細胞. (B) 標識されたtype S cell. 僧帽細胞層に位置する樹状突起先端には巨大な球状構造が観察される(dendritic bouton; 矢頭). 一番左側の樹状突起はスライス作成時に切断された. (C, D) Bの中央と右側のそれぞれのdendritic boutonの単一面コンフォーカル画像. type S cellの樹状突起は赤で、僧帽細胞の細胞体は緑で示されている. スケールバー: 20μm (A, B), 5μm (C, D).

図4.電子顕微鏡によるtype S cellのdendritic boutonの解析. (A) GFP陽性のdendritic bouton (矢頭)が僧帽細胞の細胞体深部に接している. (B, C) Aのdendritic boutonの高倍写真. B, Cのそれぞれは、同一構造の異なる断面を示している. dendritic bouton側から僧帽細胞の細胞体側への対称性シナプス (Bの矢頭, Dに高倍の図) と、僧帽細胞の細胞体側からdendritic bouton側への非対称性シナプス(Cの矢頭, Eに高倍の図)が観察される. スケールバー: 1μm (A), 500nm (B, C), 100nm (D, E).

図5. 嗅球神経回路におけるtype S cellとdendritic-targeting顆粒細胞の結合様式と予想される機能の模式図. (A) 2つのサブタイプの形態的な分化.dendritic-targeting顆粒細胞は僧帽細胞の副樹状突起と双方向性シナプスを形成するのに対し、type S cellは僧帽細胞の細胞体近傍と双方向性シナプスを形成する. (B) 2つのサブタイプの抑制部位. dendritic-targeting顆粒細胞は僧帽細胞の樹状突起上で局所的な抑制をかけるのに対し、type S cellは僧帽細胞の細胞体近傍に抑制をかけて発火そのものを制御すると予想される. (C) dendritic-targeting顆粒細胞は広範囲に位置する多数の僧帽細胞とシナプスを形成するのに対し、type S cellは近傍に位置する少数の僧帽細胞に投射する.

審査要旨 要旨を表示する

申請者は、マウス嗅球において、投射ニューロンの細胞体近傍に特異的に樹状突起性抑制性シナプスを形成するperisomatic-targeting抑制性介在ニューロンを発見し、その詳細な形態とシナプス形成の相手方について解析を行った。その結果、以下の知見が得られた。

1. 未分化な神経細胞に発現するnestin遺伝子のプロモーターの制御下にGFPを発現する遺伝子改変マウスにおいて、成体嗅球の顆粒細胞層を観察したところ、強くGFPを発現する細胞が観察された(便宜上"type S cell"と呼ぶ)。type S cellは、nestinを弱く発現しているものの、NeuNやGAD67を発現し、スパインを有する長い樹状突起を持っていた。また、既知の顆粒細胞と同様に、軸索は観察されなかった。これらの形態的特徴から、type S cellはnestinを発現するものの、例外的に成熟した顆粒細胞であると考えられた。type S cellの樹状突起を観察すると、その先端は投射ニューロンの樹状突起が走行する外叢状層まで伸びておらず、僧帽細胞層にとどまっていた。また、type S cellの割合は全顆粒細胞の約3.4%を占めていた。

2. 細胞内に色素を注入して単一type S cellを標識した結果、その樹状突起の先端には巨大な球状構造 (dendritic bouton) があり、僧帽細胞の細胞体やaxon hillock付近に特異的に接触させていることが明らかになった。また、野生型マウスの嗅球においても、細胞内注入法によってdendritic boutonを持つtype S cell様の顆粒細胞が標識され、その存在が明らかになった。

3. GFP抗体を用いた免疫電顕による解析を行った結果、type S cellはdendritic boutonにおいて、僧帽細胞の細胞体近傍とシナプスを形成しており、perisomatic-targetingタイプの細胞であることが明らかになった。このシナプスは双方向性のシナプスで、dendritic bouton側から僧帽細胞の細胞体近傍への対称性シナプスと、僧帽細胞の細胞体からtype S cell側への非対称性シナプスが近接していた。

4. 僧帽細胞に注目すると、約87%の僧帽細胞において、細胞体近傍に少なくとも1つ以上のGFP陽性のdendritic boutonが観察された。また、type S cellに注目すると、細胞内注入で標識したtype S cellのうち約70%のものが、少なくとも1つ以上のdendritic boutonを僧帽細胞の細胞体近傍に接触させていた。

5. 広範囲に位置する多数の僧帽細胞とシナプスを形成するdendritic-targeting顆粒細胞とは対照的に、type S cellは、互いに近傍に位置する少数の僧帽細胞にdendritic boutonを接触させていることが明らかになった。

6. type S cellの細胞体が、顆粒細胞層の特定の部位に位置するかを調べた結果、顆粒細胞層の中でも上層と下層の間の中間層に選択的に位置していた。

7. dendritic-targeting顆粒細胞では、成体マウスにおいても、全てのスパインとフィロポディアのうち、フィロポディアの占める割合は約28%と高かった。一方、type S cellでは、フィロポディアの割合が約9%と低いことが明らかになった。

以上のように、本研究において申請者は、これまで報告されていなかった嗅球におけるperisomatic-targetingタイプの顆粒細胞を発見し、dendritic-targetingタイプの顆粒細胞とは形態的に異なっていることを示した。これにより、両サブタイプの顆粒細胞が機能的に分化している可能性が示された。本研究で明らかになったtype S cellの知見は、嗅球神経回路における抑制性介在ニューロンのサブタイプ特異的な機能分化や、その統合的な働きの解明への足がかりになり、さらなる嗅球情報処理の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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