学位論文要旨



No 123650
著者(漢字) 金子,雅博
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,マサヒロ
標題(和) 脳幹シナプスにおける伝達効率上昇機構
標題(洋) Mechanisms underlying an increase in synaptic efficacy at a brainstem synapse
報告番号 123650
報告番号 甲23650
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2989号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 准教授 西井,総
内容要旨 要旨を表示する

シナプス伝達効率は神経活動や細胞内メッセンジャーによって修飾を受けることが知られている。シナプス伝達物質放出の促進機構は、シナプス応答の解析によって明らかになったが、技術的制約のために、シナプス前末端から直接記録を行って、このメカニズムを解析した研究はほとんどない。哺乳動物脳幹台形体内側核において聴覚中継シナプスを形成するcalyx of Heldは巨大シナプス前末端として知られ、げっ歯類脳幹のスライス標本では、顕微鏡直視下に、前末端と後細胞から同時ホールセル記録を行うことができる。私はこの標本を用いて、シナプス伝達物質放出促進機構を解析した。

シナプス前末端における伝達効率促進メカニズムは、Ca2+流入量の増大とCa2+流入後のシナプス小胞開口放出機構の活性化に大別することができる。私は電位依存性Ca2+チャネルの活性化によるCa2+流入量増大機構のチャネルサブタイプ特異性、および環状アデノシン1リン酸(cAMP)による開口放出機構活性化のメカニズムに関して研究を行った。

生後1~2週齢のラットから脳幹スライス標本を作成し、calyx of Heldの前末端から活動電位、後細胞からEPSCを同時記録した。ホールセル記録電極に予め充填したcAMPを前末端に注入するとEPSCの振幅が顕著に増大した。また、cAMPの合成を促進するアデニル酸シクラーゼ活性化剤forskolin(0.5uM~50uM)を細胞外投与すると濃度依存的にEPSCの振幅が増大した。forskolinの投与によって自発性微少興奮性シナプス電流(mEPSC)の振幅は変わらず、頻度が増加したことから、forskolinの作用点は専らシナプス前末端と推論された。forskolinの伝達物質放出促進作用が即時放出可能なシナプス小胞数(N)、放出確率(P)のいずれに対するものかを明らかにするため、高頻度刺激でEPSCを誘発して、その累積振幅からNを算定し、低頻度刺激で誘発されるEPSCの振幅をNで割ってPを算定したところ、forskolinはN, P共に増大させるという結果が得られた。

次にcAMPの前末端内作用点がCa2+流入量の増大、Ca2+流入後のいずれかを検討した。calyx前末端から電位依存性IpCaおよび電位依存性IpKを記録して、forskolinを投与したところ、いずれの電流にも変化が認められなかった。従ってcAMPの標的はCa2+流入以降の開口放出機構と推論された。さらにcAMPの標的がPKAか否かを検討するために、8CPT2Me-cAMPをcAMPと同様な方法で前末端内に注入した。このcAMP誘導体はcAMP 依存性GEF (Epac) を活性化する一方PKA活性作用が極めて弱いことが知られる。8CPT2Me-cAMPの前末端内注入はcAMPの作用を上回るEPSCの増強を示した。これに対し、PKA阻害剤H-89、KT5720はいずれもforskolin誘発性シナプス増強に対して無効であった。

以上の結果から、cAMPはシナプス前末端において、PKA非依存的にEpacを活性化することによって即時放出可能シナプス小胞数を増やし放出確率を上昇させ、その結果シナプス伝達効率の上昇をもたらすと推論した。

電位依存性Ca2+チャネルα1Aサブユニットを欠損させたマウス(α1A KOマウス)および野生型(WT)マウスのcalyx of Held前末端からCa2+電流(IpCa)をホールセル記録した。ω-Agatoxin-IVAおよび ω-Conotoxin-GVIAによってP/Q型、N型Ca2+チャネルをそれぞれ特異的にブロックして解析した結果、WTマウスのIpCa は90%以上がP/Q型、α1A KOマウスのIpcaはN型と同定された。そこで、この系を用いて、シナプス前末端に発現したN型とP/Q型Ca2+チャネルの性質を比較した。活性化の電位依存性曲線を比較すると、N型チャネルの50%活性化電位はP/Q型のそれより約7mV脱分極側にシフトしていた。N型、P/Q型チャネル不活性化の電位依存性に差異はなかった。

Gタンパク共役型受容体はシナプス前末端Ca2+チャネルの抑制を介して、シナプス伝達を抑制する。この作用に関してP/Q型とN型を比較した。GABAB受容体作動薬baclofenの最大濃度(200 uM)によるIpCaとEPSCの抑制は、α1A KOマウスがWTマウスより有意に大きく、Gタンパク共役型受容体によって、N型がP/Q型より強い抑制を受けることが示唆された。

ラットのcalyx of Heldから記録されるIpCaの振幅は繰り返し刺激によって活動依存的に増大することが知られている。この性質はWTマウスのP/Q型Ipcaはおいて再現したがα1A KOマウスのN型IpCaでは認められなかった。灌流液のCa2+/ Mg2+濃度比を下げて、入力繊維を高頻度刺激するとWTマウスではEPSCが短期増強を示したが、α1A KOマウスでは短期増強は、ほとんど認められなかった。これらの結果から、シナプス前末端の電位依存性Ca2+電流の活動依存性増強はP/Q型チャネルに固有の性質であり、高頻度刺激下における伝達効率短期増強の一端を担うことが示唆された。 伝達物質の放出を媒介するシナプス前末端のCa2+チャネルが生後発達に伴ってN型からP/Q型へとスイッチする現象が多数の中枢シナプスにおいて認められるが、このスイッチの役割の一つは、活動依存的に伝達物質放出効率を上昇させることであり、このことにより後シナプス細胞の高頻度入力に対する活動電位発火の信頼性が高まるものと推測される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は哺乳動物中枢神経シナプスにおける伝達効率の上昇機構を明らかにするために、ラット脳幹の聴覚系中継核である台形体内側核に存在するcalyx of Heldと呼ばれる巨大シナプス前末端およびそのシナプス後細胞に対しパッチクランプ法による電気生理学的実験を行ったものであり、別紙「論文の内容の要旨」にある結果が得られた。

審査の結果、主として以下のような修正を行った。

Introduction

・1章と2章の関係性を示すチャート図を追加。

Methods

・実験手法の図を追加。

・試薬適用法、溶液還流速度の記述を追加。

Section 1

・cAMPに関して、細胞内濃度、PKA活性化濃度、上流経路の記述を追加。

・即時放出可能な小胞数の算出において、その仮定の妥当性についての記述を追加。

・PKA抑制剤について、作用機序、IC50に関する記述を追加。

・Epac活性化薬に関して、使用濃度、特異性についての記述を修正及び追加。

Section 2

・薬理学的にN型Ca2+電流を記録することが困難な理由を追加。

・P/Q型Ca2+チャネルKOマウスでCa2+電流促進が起こらない理由に関する推論を追加。

Conclusion

・動物種がSection 1と2で異なることについての記述を追加。

上記の対応の結果、本論文は哺乳動物中枢神経のシナプス伝達について、その効率上昇機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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