学位論文要旨



No 123651
著者(漢字) 小谷野,賢治
著者(英字)
著者(カナ) コヤノ,ケンジ
標題(和) 高解像度MRIを用いたサル大脳皮質における神経活動記録部位の定位
標題(洋) Localization of the electrophysiological recording sites within the monkey cerebral cortex using high-resolution MRI.
報告番号 123651
報告番号 甲23651
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2990号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

微小電極による単一神経細胞活動記録は、各領野に特有な個々の神経細胞の活動を記録することで、大脳皮質の機能に関する詳細な知見をもたらしてきた。厚さ2-3 mmの霊長類の大脳皮質は、異なる性質を持つ神経細胞集団が分かれて層構造を形成し、それぞれの層が特徴的な入出力を持ち相互に連絡して情報処理を行っている。そのため、記録された神経活動を皮質層構造に関連付けて解析することで大脳皮質における情報処理機構が解明されることが期待されてきた。過去、麻酔下のサルを用いた急性実験により、低次の感覚野において大脳皮質の各層が異なる働きをし入力された感覚情報を処理していることが明らかにされている(Hubel & Wiesel, 1968; Gilbert, 1977)。このような神経活動と皮質層構造の研究には、急性実験後に神経活動記録部位を電気的傷害により標識し、動物の死後組織学的に解析することで顕微鏡下にて記録部位を同定する手法が用いられてきた。しかしながら、このような手法は侵襲的な上に標識が残る時間も限られるため、1個体あたり同定できる記録部位の数に限界がある。そのため、霊長類の高次認知機能を調べるために必要な、長期間にわたり数百にもおよぶ神経活動記録を行う慢性実験に適用することはできなかった。慢性実験において大脳皮質層構造の機能分化を調べるには、生きた動物から毎回の電極刺入ごとに記録部位を同定する手法が不可欠であると思われる。そこで私は近年発展の著しい高磁場MRIを用いることでこの問題点を克服することを試みた(図1)。

まず、微小電極の記録部位である電極先端を正確に同定するためのMRIの撮像条件をin vitro 条件下において検討した。MRI撮像には4.7 T MRIとボリュームラジオ周波数(RF)コイルを用い、ファストスピンエコー法(FSE)によりタングステン微小電極を硫酸銅溶液中に沈めたファントムを撮像した。空間解像度150 x150 um2において撮像の諸条件を検討した結果、撮像時の電極と静磁場との角度、および周波数エンコード方向が電極先端の正確な定位に重要であることが分かった。電極と静磁場との角度が大きくなるほどMRI画像における電極は太く強調され、周波数エンコード方向を電極に対し垂直に設定することで電極の先端がより明瞭に描出された。MRI画像上における微小電極先端の位置を写真と比較しその誤差を定量的に評価したところ、電極と静磁場の角度が60°以上で、かつ周波数エンコード方向を電極に対し垂直に設定した条件では微小電極の先端を±1 ボクセル以下の精度で同定できた (n = 10, 同等性検定, P <0.05)。さらに、この条件下における電極先端定位の精度をより高い空間解像度においても同様に調べたところ、空間解像度50 x 50 um2のMRI画像における誤差は4.8±38.7 umと小さく、やはり±1ボクセル以下の精度であった(n = 10, 同等性検定, P <0.05)。また、RFパルスのタイミングに関係したパラメータ、すなわち繰り返し時間(TR)、エコー時間(TE)、エコートレイン長(ETL)の影響を検討したところ、これらのパラメータは電極先端定位の精度には影響を及ぼさず(条件あたりn = 10, two-way / one-way ANOVA, P > 0.07)、必要なコントラストを得るために広範なRFパルスシーケンスを選択可能であることが示された。

次に、上記のin vitro実験により最適化した撮像条件を用い、麻酔下のサル脳内へ電極を刺入しその先端の同定をin vivoで行った。サル頭蓋にはあらかじめMRI対応の頭部固定具と記録用チェンバーを設置し実験に用いた。MRI対応のプラスチック製グリッド(ナリシゲ)を用い、タングステン微小電極を麻酔下で上側頭溝へと刺入した。MRI撮像前にプラスチック製ホルダーで電極を固定し、金属製のマニピュレータを取り外した。撮像時には静磁場との角度を垂直に近づけるため顔を前に向かせて頭部固定し、いわゆる"スフィンクス体勢"をとらせた。麻酔下のサルからクアドラチャ表面RFコイル、およびボリュームRFコイルを用い、反復回転(IR) FSEにて150 x 150 um2の構造画像を撮像した。後の組織学的解析のため、MRI撮像後には脳組織を電気的に凝固傷害して(5-10 uA, 5-30秒) 電極先端位置を標識した。得られたMRI画像には、明瞭な電極先端が上側頭溝腹側に良好なコントラストの皮質構造とともに観察された(図2左)。ニッスル染色切片上の電気的傷害標識も上側頭溝腹側の皮質中部に観察され、その位置はMRI画像上の電極先端位置とよく対応していた(図2右)。微小電極先端部位から腹側の皮質境界までの距離を計測し、この距離をMRIと組織切片の間で比較してMRIによる定位方法の誤差を評価したところ、in vivo 条件下のMRIによる電極先端位置同定の誤差は0.13±0.97ボクセルであり、±1ボクセル以下の精度を持つことが示された(同等性検定、P < 0.005、図3)。

さらに、このように開発した手法を課題遂行中のサルへと実際に用いるため、高磁場MRIと単一神経細胞活動記録を両立させることのできるMRI対応の非磁性超小型記録電極マニピュレータの開発を行った。高磁場でも使用可能な非磁性ジュラコン樹脂を材料とし、MRI装置内部の限られた空間でも使用可能なように小型のマニピュレータを開発した。この非磁性小型マニピュレータを用いて実際にサル側頭葉へ記録電極を2日間にわたって留置し、表面RFコイルを用いて得た150 x 150 um2 ~ 200 x 200 um2の解像度のMRI画像から電極位置の保持性能を調べた。その結果、2日間の留置における電極先端の位置の差は0.00±0.94ボクセルと小さく、1ボクセル以下であった(同等性検定、P < 0.005)。飼育ケージでの覚醒状態を経ているにもかかわらず複数日にわたり安定した保持性能は、覚醒下で課題遂行中のサルからの神経細胞活動記録と麻酔下での超高解像度MRI構造画像の取得を異なる日に行うことをも可能とする。

この電極先端定位の方法にはさまざまな撮像パラメータを用いることができ、IR FSE法以外にも、プロトン密度画像のようにコントラストを犠牲として信号雑音比を上げる撮像方法により、現実的な撮像時間の制限の中においても高い空間解像度を実現することが可能である。その場合、犠牲となる低いコントラストに関しては、大脳皮質の細胞構築に関する情報を高コントラストのMRI画像や組織切片から外挿することで補うことができる。異なるコントラストのMRI間、およびMRIと組織切片の間で画像を重ね合わせるためには、異なるMRIシークエンスおよびMRIと組織切片の双方で検出可能な標識が有用であると考え、MRIにおいても検出可能な金属沈着標識を利用するための実験をおこなった。過去の研究において、ラット脳内に挿入したステンレス電極の電気分解により、MRIで検出可能な標識が生成されることが報告されている (Fung et al., 1998)。本研究では、この方法をサルにおいても用いるため、より電気生理学的な記録性能が良くサルの実験にもしばしば用いられるエルジロイ電極を用いて金属沈着標識を生成し、その大きさと沈着時の電流の関係および標識の持続性について調べた。

エルジロイ電極をラットの脳内に挿入して陽極電流を流したところ、プロトン密度強調MRI画像上で低シグナルのスポットが検出された。タングステン電極を用いて同様の電流を流したところ、このようなスポットは確認されなかった。組織化学切片上においては、MRI画像上のスポットに対応する位置にエルジロイ由来の鉄成分がプルシア青反応により確認された。このことから、エルジロイ電極由来の金属沈着がMRI画像上で検出されたと結論した。次いで、金属沈着時の電気分解パラメータを60~3600uCの範囲で変え沈着標識の大きさを調べたところ、電気分解に用いた総電荷量とよく相関し(R =0.866, P < 0.0001)、検出された最も小さな標識は画像解像度と同程度の150~200umであった。長期間にわたる慢性実験でも使用かどうかを調べるため、標識から数ヶ月後にMRIを撮像したところ、エルジロイ沈着標識は少なくともその生成から7ヶ月間はMRI上で検出できることがわかった。このエルジロイ沈着標識を用いることで、組織コントラストの情報をIR FSE法や組織切片から重ね合わせることが可能となり、より信号雑音比の高いプロトン密度強調画像法を電極先端定位に用いることができるようになると思われる。

今後、このMRIを用いた神経活動記録部位の定位法により高次認知機能に関わる大脳皮質各層の機能分化、ひいてはその情報処理過程が明らかになることが期待される。

図1 MRIを用いた定位法の構想と開発覚醒行動下のサルにおける電気生理的記録部位を同定するため(上)、まずファントムを用いた in vitro条件下でパラメータの最適化を行った(左)。次いで、最適化されたパラメータを用いin vivo条件下でサルにおける記録部位同定を行い、組織切片と比較することで定位の誤差を評価した(下)。定量には電極先端部位と皮質境界面までの距離を計測した (Loptical/LMRI/Lhistology)。

図2 サル大脳皮質における電極先端の同定MRI(左), ミエリン染色切片(中央)、ニッスル染色切片(右)。矢頭、電気的傷害標識。

図3 大脳皮質における電極先端の同定精度MRI(横軸)および組織切片(縦軸)により同定された電極先端位置(n = 16)。MRIの解像度は150 (●)もしくは200 (○) um。a-cのデータは右側の画像に対応。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大脳皮質における情報の入出力関係を特徴付けている皮質層構造に着目し、電気生理学的に記録された神経活動を高解像度MRIによりin vivoの大脳皮質において定位しようと試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.4.7T MRIを用い、タングステン微小電極を硫酸銅溶液中に沈めたファントムをファストスピンエコー法により撮像し、電極先端を正確に定位できるような撮像の諸条件を in vitroで検討した。その結果、撮像時の静磁場との角度が60°以上で、周波数エンコード方向が電極と垂直であるときにその先端が正確に定位されることが分かった。この条件化では、空間解像度 50 x 50 um2 ~200 x 200 um2のMRI画像において±1ボクセル以下の精度での定位が可能であった。また、画像のコントラストに関わるパラメータである繰り返し時間(TR)、エコー時間(TE)、エコートレイン長(ETL)はいずれも電極先端の定位には影響を及ぼさず、広範なパルスシーケンス法が選択可能であることが示された。

2.上記1. において最適化した撮像条件を用い、麻酔下のサル脳内に実際に微小電極を挿入してその先端をMRIによりin vivoで定位した。得られたMRI画像は良好なコントラストの大脳皮質構造とともに電極の先端を描出することができた。組織切片を作成しMRIによる定位精度を検討した結果、空間解像度 150 x 150 um2 ~200 x 200 um2において±1ボクセル以下の精度でin vivoの電極先端を定位できることが示された。

3.上記1.および2.の過程を経て開発した手法を実際に課題遂行中へのサルへと適用するため、高磁場MRIに対応できるよう非磁性ジュラコン樹脂を材料とし、MRI装置内部の限られた空間でも使用可能な超小型の記録電極マニピュレータを作成した。このマニピュレータを用いサル脳内へ記録電極を留置し、その電極保持性能を調べたところ、2日間の留置を経ても電極先端の位置の差は空間解像度 150 x 150 um2 ~200 x 200 um2において1ボクセル以下であり、安定した保持性能が示された。このような安定した保持性能により、覚醒下で課題遂行中のサルからの神経細胞活動記録と麻酔下での高解像度MRI構造画像の取得を異なる日に行うことが実現可能であることが示唆された。

4.電極先端同定のための高信号雑音比の撮像法と、大脳皮質構造描出のための高コントラストの撮像法を組み合わせることを目的として、MRIにおいて検出可能な位置標識の生成について検討した。ラットおよびサルの脳内に刺入したエルジロイ電極を電気分解したところ、MRI画像上で低シグナルのスポットとして検出される金属沈着標識が生成された。金属沈着時の電気的パラメータを検討したところ、総電荷量とMRI画像上の標識の直径とよく相関することが分かった。また、この標識は少なくともその生成から7ヶ月間はMRI上で検出でき、長期にわたる慢性実験においても使用可能であることが示された。

以上、本論文はタングステン微小電極に対する静磁場と周波数エンコード方向の角度を最適化することで、in vivo条件下での電極先端の正確な定位がMRIにより可能であることを明らかにした。また、この手法を課題遂行下の動物へと応用するためMRI対応小型マニピュレータと金属沈着マーカーを開発した。本研究はこれまで未知に等しかった、高次認知機能に関わる大脳皮質層構造の機能分化、ひいてはその情報処理過程の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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