学位論文要旨



No 123652
著者(漢字) 陳,西貴
著者(英字) Chen Xigui
著者(カナ) チン,サイキ
標題(和) Receptor protein tyrosine phosphatase σ はゼブラフィッシュ嗅神経細胞において軸索終末へのシナプス小胞の集積を調節する
標題(洋) Receptor protein tyrosine phosphatase σ regulates synaptic vesicle accumulation in axon terminals of zebrafish olfactory sensory neurons
報告番号 123652
報告番号 甲23652
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2991号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 辻本,哲宏
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

軸索終末の分化と成熟は、アクティブソーンの形成、アクティブゾーン周辺へのシナプス小胞の集積、細胞骨格や膜構造の再編成など特徴的な変化を伴うことが知られている。分化した軸索終末において、シナプス小胞は、構造的及び機能的にreadily releasable pool,recycling pool,reserve pool、三つのプールに分類される。脊椎動物においてIIa型のReceptor Protein Tyrosine Phosphatase(RPTP)はLeukocyte common antigen-related(LAR)、PTPσ、及びPTPδの3つのファミリーから構成されている。IIa型RPTPはプレシナプスとポストシナプスの双方に局在することから、シナプス形成、或はシナプス機能に関与することが示唆されてきた。近年、線虫とショウジョウバエめ遺伝学的スクリーニングから、LARとその足場タンパク質lipnnαの欠損変異体では神経筋接合部においてアクティブゾーンが肥大することが報告された。一方、海馬培養神経細胞において、シナプス後細胞でIIa型RPTPをノックダウンすることにより、スパインが減少することが示されている。しかし、シナプス前細胞のIIa型RPTPが軸索終末の分化にどのような役割を担うかは不明であった。そこで我々は、体外で発生し胚が透明で、発生が早く、多産であるために、生きたまま神経回路網の形成過程を可視化して観察できるという特長をもち、且つ遺伝学的手法の適用が可能なゼブラフィッシュをモデル動物として用いて、in vivoでIIa型PTPの1つであるPTPσの機能を調べた。

はじめに、ゼブラフィッシュにおけるPTPσオルソログ遺伝子をクローニングした。ゼブラフィッシュゲノムデータベースサーチにより、少なくとも6個のIIa型RPTPの分子があり、そのうち、マウスのPTPσに最も相同性が高い遺伝子をクローニングし、PTPσaと名付けた。ゼブラフィッシュPTPσaは、全長でマウスPTPσ、LAR、PTPδに対して70%、62%、66%の相同性を有していた。ゼブラフィッシュのPTPσaは、マウスのPTPσ、LARとPTPδと同様に細胞外に三つのImmunoglobin-like domainと八つのFebronectin-like domain、細胞内に二つのPhosphatase domainを有していた。In situハイブリダイゼーション法によって、ゼブラフィッシュの胚内でのPTPσa mRNAの発現を調べたところ、PTPσa mRNAのハイブリダイゼーションシグナルが嗅上皮や網膜ガングリオン細胞層を含む広い範囲で観察された。

これまでにゼブラフィッシュの嗅神経細胞軸索終末が嗅球でシナプスを形成する際に、VAMP2-EGFPで標識されたシナプス小胞が軸索終末に集積し、一方GAP43-EGFPで可視化した軸索終末は複雑な構造から単純な構造へと変化することが分かっている。プレシナプス形成におけるin vivoでPTPσaの機能を検討するために、PTPσaの脱リン酸化酵素の活性中心に点変異を導入し、不活性型に改変したPTPσa(PTPσaC1556S)を作成した。そして、VAMP2-EGFPとPTPoa、VAMP2-EGFPとPTPσaC1556Sを同一の嗅神経細胞で発現させるためのompプロモーターを用いたダブルカセットベクター(Pomp-VG-PTPσaとPomp-VG-PTPσaC1556S)を構築した。Pomp-VG-PTPσaとPomp-VG-PTPσaC1556Sをゼブラフィッシュ胚に導入し、嗅神経細胞においてPTPσaとPTPσaC1556Sを発現させて、軸索終末へのシナプス小胞マーカータンパクVAMP2-EGFPの集積を観察しました。PTPσaは受精後60と84,時間のVAMP2-EGFPの集積へは影響しなかった。一方、嗅神経細胞においてPTPσaC1556Sを発現させると、VAMP2-EGPPの集積がレポーター遺伝子のみを発現させたコントロールに比べて受精後60、84時間いずれも増加することがわかった。一方、細胞膜のマーカータンパクGAP43-EGFPとPTPσaC1556Sのダブルカセットベクター(Pomp-GG-PTPσaC1556S)を発現させ、軸索終末の形態変化を観察したところ、影響が認められなかった。

VAMP2-EGFP集積の著しい増加が実際に軸索終末のシナプス小胞の増加に一致するかどうか調べるために、私はPTPσaC1556Sの発現ベクターを注入した稚魚の嗅球におけるシナプス構造を電子顕微鏡で解析した。電子顕微鏡解析にはおよそ30-40%の嗅神経細胞において導入ベクターからの遺伝子発現が認められる胚を選別し、用いた。金魚嗅球糸球体におけるシナプスの分類を行った岡博士(1983)の定義に従い、ベクターを導入した受精後60時間のゼブラフィッシュ胚の糸球体において主に嗅神経細胞一僧帽細胞シナプス及び、僧帽細胞-periglomerular細胞シナプスの二種類のシナプスを分類した。PTPσaC1556Sの発現ベクターを導入した胚とレポーター遺伝子のみを発現した胚の嗅球糸球体において、嗅神経細胞一僧帽細胞シナプス及び僧帽細胞-periglomerular細胞シナプスの数には差が認められなかった。次に、分類した嗅神経細胞一僧帽細胞様シナプス及び僧帽細胞-periglomerular細胞様シナプスにおいてシナプス小胞密度、後シナプス肥厚部(PSD)の長さ、アクティブゾーンにドッキングしたシナプス小胞(docked synaptic vesicle)の数、アクテジブゾーンの近傍で集積したシナプス小胞(clustered synaptic vesicle)の数を定量した。PTPσaC1556Sの発現ベクターを導入した胚ではレポーター遺伝子のみを発現した胚に比べて嗅神経細胞一僧帽細胞様シナプスにおいてシナプス小胞密度、docked synaptic vesicleとclustered synaptic vesicleが増加していた。一方、PSDの長さには差は認められなかった。更に僧帽細胞-periglomerular細胞様シナプスにおいてはPTPσaC1556Sの発現ベクターを導入した胚とレポーター遺伝子のみを発現した胚の間でシナプス小胞密度、PSDの長さ、docked synaptic vesicleの数、clustered synaptic vesicleの数に差がなかった。

これらの結果は、プレスナプスのPTPσaがゼブラフィッシュ嗅神経細胞のreadily releasble poolとアクティブゾーン近傍でシナプス小胞の集積を調節することを示している。PTPσaの活性中心に点変異を導入したPTPσaC1556Sが影響を示したことから、シナプス小胞集積の制御にはPTPσのチロシン脱リン酸化活性が重要と考えられる。PTPσaはアクティブゾーンの足場タンパク質liprinαと結合することを通して、GIT1、Piccolo、RIMs、CASKなどアクティブゾーンの分子と繋がり、相互作用していることが想定される。これらのアクティブゾーンタンパク質との結合することが知られているMunc18-1とRab3aはdocked synaptic vesicleの調節に関与することが欠損マウスの解析等から明らかとなっている。したがって、PTPσはRIMsをはじめとするこれらアクティブゾーン構成分子との相互作用を介してdocked synaptic vesicleの数やclustered synaptic vesicleの数を制御する可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は神経細胞の情報伝達の基礎構造であるシナプス形成のメカニズムを明らかにするため、軸索終末に局在するIIa型RPTPは軸索終末の分化にどのような役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ゼブラフィッシュゲノムデータベースサーチにより、少なくとも6個のIIa型RPTPの分子があり、そのうち、マウスのPTPσに最も相同性が高い遺伝子をクローニングし、PTPσaと名付けた。ゼブラフィッシュPTPσaは、全長でマウスPTPσ、LAR、PTPδに対して70%、62%、66%の相同性を有していた。ゼブラフィッシュのPTPσaは、マウスのPTPσ、LARとPTPδと同様に細胞外に三つのlmmunoglobin-like domainと八つのFebronectin-like domain、細胞内に二つのPhosphatase domainを有していた。

2.Insituハイブリダイゼーション法によって、ゼブラフィッシュの胚内でのPTPσa mRNAの発現を調べたところ、PTPσa mRNAのハイブリダイゼーションシグナルが嗅上皮や網膜ガングリオン細胞層を含む広い範囲で観察された。

.プレシナプス形成におけるin vivoでPTPσaの機能を検討するために、PTPσaの脱リン酸化酵素の活性中心に点変異を導入し、不活性型に改変したPTPσa(PTPσaC1556S)を作成した。そして、シナプス小胞のマーカータンパクVAMP2-EGFPとPTPσa、VAMP2-EGFPとP丁PσaC1556Sを同一の嗅神経細胞で発現させるためのompプロモーターを用いたダブルカセットベクター(Pomp-VG-PTPσaとPomp-VG-PTPσaC1556S)を構築した。Pomp-VG-PTPσaとPomp」ゾG-PTPσaC1556Sをゼブラフィッシュ胚に導入し、嗅神経細胞においてPTPσaとPTPσaC1556Sを発現させて、軸索終末へのシナプス小胞マーカータンパクVAMP2-EGFPの集積を観察した。PTPσaはシナプス形成期の受精後60時間と84時間のVAMP2-EGFPの集積へは影響しなかった。一方、嗅神経細胞においてPTPσaC1556Sを発現させると、VAMP2-EGFPの集積がレポーター遺伝子のみを発現させたコントロールに比べて受精後60時間、84時間いずれも増加することがわかった。

4.細胞膜のマーカータンパクGAP43-EGFPとPTPσaC1556Sのダブルカセットベクター(Pomp-GG-PTPσaC1556S)を発現させ、軸索終末の形態変化を観察したところ、影響が認められなかった。

5.電子顕微鏡を用いてシナプスの微細構造を解析した。PTPσaC1556Sの発現ベクターを導入した胚ではレポーター遺伝子のみを発現した胚に比べて嗅神経細胞一僧帽細胞様シナプスにおいてシナプス小胞密度、docked synaptic vesicleとclustered synaptic vesicleが増加していた。一方、PSDの長さには差は認められなかった。更に僧帽細胞-periglomerular細胞様シナプスにおいてはPTPσaC1556Sの発現ベクターを導入した胚とレポーター遺伝子のみを発現した胚の間でシナプス小胞密度、PSDの長さ、docked synaptic vesicleの数、clustered synaptic vesicleの数に差がなかった。

以上、本論文はゼブラフィッシュの嗅神経細胞の軸索終末において、PTPσaがアクティブゾーンに接したシナプス小胞の集積とアクティブゾーン近傍でシナプス小胞の集積を調節することを示している。これらのシナプス小胞は電気生理学的にはreadily releasable poolと考えられている。本研究はシナプス形成時期のシナプス前終末分化の調節機構の一端を明らかにしたもので、この領域に重要な貢献をなすとかんがえられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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