学位論文要旨



No 123653
著者(漢字) 林,健二
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ケンジ
標題(和) 微小管に依存した小胞体膜上Ca2+センサー蛋白質STIM1の動態
標題(洋) Microtubule-driven dynamics of an endoplasmic reticulum membrane-bound Ca2+ sensor protein STIM1
報告番号 123653
報告番号 甲23653
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2992号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 准教授 中田,隆夫
 東京大学 准教授 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

細胞内カルシウムイオンは受精、細胞死、筋収縮、遺伝子発現など、様々な生理機能に関与する。通常の細胞内カルシウムイオン濃度は100 nM程度に抑えられているが、細胞膜の脱分極や、アゴニスト刺激などにより細胞が活性化されるとuMオーダーにまでその濃度は上昇する。この濃度上昇には二つの経路、すなわち、細胞外からのカルシウム流入と、細胞内カルシウムストアからの放出が存在する。細胞内小器官の一つである小胞体が、カルシウムイオンの主要な細胞内ストアとして機能し、細胞内のカルシウムイオン濃度を調節している。カルシウム放出により小胞体内腔のカルシウムが枯渇すると、ストア作動性カルシウム流入(store operated Ca(2+) influx; SOC流入)と呼ばれる、細胞膜を介した細胞外からのカルシウムの流入が誘導されることが知られている。

近年、ショウジョウバエにおけるRNAiスクリーニングに端を発した一連の研究により、小胞体に局在する一回膜貫通型タンパク質stromal interaction molecule 1 (STIM1)がSOC 流入の活性化に重要な役割を果たすことが明らかとなった。STIM1をノックダウンするとSOC流入は抑制され、過剰発現すると反対にSOC流入は増加することが報告されている。STIM1は小胞体内腔に面したN末端側に、EF hand Ca2+結合モチーフを持っており、これにより小胞体内腔カルシウムの枯渇を感知していると推測されている。また、小胞体内腔のカルシウムの枯渇により、STIM1は細胞膜近傍に顆粒状に集積し、そこでSOCチャネルと相互作用することが示唆されている。しかしながら、どのようにしてSTIM1が小胞体から細胞膜近傍にまで局在を変化させるのか、また、STIM1とSOCチャネル以外の因子の関与の可能性など、SOC 流入の全体像はまだ明らかとなっていない。

これまでの研究で、内因性STIM1遺伝子をノックアウトしたトリDT40 Bリンパ球においてSOC流入が欠失することを確認している。さらに、この細胞にSTIM1を過剰発現させたところ、SOC流入は回復することを確認した。STIM1の機能ドメインを確認するために、様々な欠損変異体を作成し、STIM1欠失DT40細胞に導入した。Coiled-coil (CC)領域、Ser/Thr-rich (ST)領域、Sterile αmotif(SAM)領域のいずれかを欠失したSTIM1は、SOC流入を回復しないことが明らかとなった。我々はこれらの変異体の細胞内局在に異常がある可能性を考え、GFP-STIM1の経時的イメージングにより、この変異体の挙動を観察した。その結果、STIM1がダイナミックな細胞内局在変化を示すことを発見した。このSTIM1の細胞内動態メカニズムを明らかとすることを本研究は目的としている。

STIM1は小胞体内腔カルシウムの枯渇により細胞膜近傍に顆粒状に局在し、それがSOC流入に関与することが知られることから、細胞膜近傍におけるGFP-STIM1の挙動を高解像度で取得するために全反射顕微鏡を用いた。この観察によりGFP-STIM1は単に小胞体膜上に一様に局在するだけでなく、それに加えて一部の領域に高濃度に集積していることを初めて見出した。この集積は一細胞あたりに数個~数十個ほど観察され、それぞれが1-2 um程度の線維状形態を示し、およそ0.1 um s-1の速度で一方向性に移動していた。この形態が彗星(コメット)を連想させることから、以後STIM1コメットと呼ぶことにする。STIM1は小胞体内腔のカルシウムの枯渇時に、小胞体から細胞膜に情報を伝えていると考えられていることから、STIM1コメットの挙動が小胞体内腔のカルシウム枯渇時に変化するのではないかと推測した。そこでB細胞受容体アゴニスト刺激によるIP3シグナリングを介した小胞体内腔のカルシウム枯渇、或いはCa2+-ATPase阻害薬であるthapsigarginによる小胞体内腔カルシウム枯渇処理を行った。刺激を行った直後からSTIM1コメットは減少し、その減少に伴って細胞膜直下に顆粒状の集積形成が認められた。

次に、SOC流入を示さないSTIM1の変異体の挙動を観察した。GFP-STIM1△CCは、線維状局在を示したもののほとんど移動せず、小胞体内腔カルシウム枯渇時においても顆粒状の局在は認められなかった。GFP-STIM1△STは、小胞体と思われるメッシュ状の構造に一様に局在し、小胞体内腔カルシウム枯渇時においても、顆粒状の集積は認められなかった。GFP-STIM1△SAMは、野生型STIM1と類似したSTIM1コメット形成を認めることができたが、小胞体内腔のカルシウム枯渇による顆粒状の集積への局在変化は示さなかった。これらのことは、STIM1はCC領域およびST領域を介してSTIM1コメット動態を実現し、顆粒状集積にはそれらに加えてSAM領域を必要とすることを示唆する。また、これらの変異体においてSOC流入の回復が見られないことから、顆粒状の集積がSOC流入を誘導していることが支持された。

STIM1は小胞体膜上に局在するタンパク質であることから、STIM1コメットも小胞体に局在するのではないかと考えた。DsRedに小胞体移行シグナルを融合させた遺伝子を導入することで小胞体を可視化し、GFP-STIM1との同時イメージングを行った。これによりSTIM1コメットを含めて、GFP-STIM1のシグナルは小胞体のシグナルと重なることが認められた。

微小管のプラス端に局在する微小管プラス端集積因子(+TIPs)と呼ばれるタンパク質群が、STIM1コメット動態に類似していることから、生細胞内におけるSTIM1と+TIPsの共局在の可能性を追究した。EB1はAPC結合タンパク質として同定されたタンパク質であり、+TIPsの一つであることが知られる。EB1にRFPを融合させたRFP-EB1とGFP-STIM1を、DT40細胞より細胞体の大きく詳細な観察の容易なHeLa細胞に導入し、全反射顕微鏡を用いて観察したところ、両者が共局在していることが認められた。また、微小管の重合阻害薬であるnocodazoleによりコメット様の挙動を示すGFP-STIM1の局在が壊されたことも、STIM1と+TIPsとの共局在を裏付けた。同様に、微小管の脱重合阻害薬であるtaxolもGFP-STIM1のコメット様の動きを破壊することが明らかとなった。これらのことは、STIM1が微小管の重合のダイナミクスを利用することで、細胞内における局在を変化させているということを示唆している。また、+TIPsの一成分であるCLIP170との同時イメージングにより、ストア内腔カルシウムの枯渇により顆粒状に局在したSTIM1は+TIPsとは共局在しないことが示された。

これら一連の研究により、STIM1コメット動態とそのメカニズムが初めて明らかとなった。すなわち、小胞体内腔カルシウム濃度を検出すると考えられるSTIM1の少なくとも一部は、微小管先端に局在し、微小管の重合ダイナミクスを利用して小胞体膜上における局在を刻々変化させることが示された。今後の研究により、STIM1コメットが小胞体の形態あるいは機能維持に関与するか、あるいはSOC流入に関与するかを明らかにする必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではストア作動性カルシウム流入に関与することが知られるSTIM1の細胞内動態のメカニズムを明らかにするため、GFP-STIM1及びその変異体を発現させたDT40トリBリンパ球、或いはHeLa細胞を用いてSTIM1の動態を観察し解析を行った。

1.内因性STIM1遺伝子をノックアウトし、外因性のGFP-STIM1を恒常的 に発現させたDT40細胞を全反射顕微鏡にて観察を行った。GFP-STIM1は網目状の局在に加え、一部の領域に繊維状に集積し、およそ0.1 um s-(1 の速度で一方向性に移動していることを確認し、STIM1コメットと命名した。

2.DT40細胞においてもSTIM1は小胞体内腔のカルシウムの枯渇により顆粒状に集積し、それに伴ってSTIM1コメットの数が減少することが明らかとなった。

3.SOC流入によりカルシウムを枯渇させた小胞体にカルシウムを補充させると、顆粒状の集積は減少し、それに伴ってSTIM1コメットが再び観察された。

4.SOC流入を示さないSTIM1のsterile α motif, coiled-coil domain, Ser/ Thr-rich C-terminal domainの欠損変異体を観察したところ、局在や動態に対して異常が観察された。

5.小胞体との同時イメージングにより、STIM1の網目状の局在、STIM1コメットのいずれもが小胞体に局在することが示唆された。

6.ノコダゾールの投与によりSTIM1コメットが破壊されることが示された。したがってSTIM1は微小管に構造的に連結していることが示唆された。

7.HeLa細胞におけるGFP-STIM1とRFP-EB1との同時イメージングにより、STIM1コメットがEB1と共局在することが示された。このことにより、STIM1は+TIPsと相互作用していることが示唆された。

以上、本論文により、STIM1コメットの動態とその動態のメカニズムが始めて明らかとなった。すなわち、小胞体内腔のカルシウム濃度を検出すると考えられるSTIM1の少なくとも一部は、微小管の先端に局在し、微小管の重合により、小胞体膜上における局在を変化させることが示された。本研究は、STIM1の未知に等しかった定常状態時における動態とそのメカニズムを初めて明らかにしたことで、SOC流入のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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