学位論文要旨



No 123656
著者(漢字) 森元,宏樹
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,ヒロキ
標題(和) フランカー干渉の抑制制御時の前頭・頭頂部活動における言語/非言語の刺激材料効果について:機能的磁気共鳴画像法による研究
標題(洋) On verbal/nonverbal material effects in frontal and parietal activation during inhibitory control of flanker interference: an fMRI study
報告番号 123656
報告番号 甲23656
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2995号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

大脳半球機能分化は、ヒト認知神経科学領域で最も興味を集めているトピックの一つである。記憶などの分野では、前頭前野の左半球と右半球はそれぞれ、主として言語機能、非言語機能と深い関連を持つことが知られている。

前頭前野の一領域である下前頭回(IFG : inferior frontal gyrus)は、抑制制御にかかわっていることが知られている。被験者は反応の際、柔軟に適応するために、様々な干渉を抑制しなければならない。この干渉を抑制する機能が、いわゆる抑制制御である。抑制制御が被験者に要求されるタスクには、Wisconsin Card Sorting Task, Go/no-go Task, Flanker Task などがある。これらのタスクのうち、Wisconsin Card Sorting Task は左 IFG を活性化することが知られており、Go/no-go Task は右 IFG を活性化することが知られている。しかしながら、如何なる因子がIFGの活性化の左右差を決定しているのかに関しては、現在のところ知られていない。我々は今回、独自に改変した Flanker Task を使用し、言語及び非言語視覚刺激の情報処理と、IFGの活性化の左右差との相関を、機能的磁気共鳴画像法を用いて調べた。

Flanker Task においては、Target と Flanker という2種類の視覚刺激が同時に提示され、被験者は、Flanker を無視して Target に基づく反応しなければならない。つまり、被験者はこのとき、Flanker からの干渉を抑制することを要求される。例えば、Fig.1A の左上の例では、Flanker として提示される赤パッチ由来の干渉が引き起こされるが、被験者はこの干渉を抑制し、Target の緑ワードに対応する左ボタンを押さなければならない(Fig.1B)。

今回用いた Flanker Task では、Flanked Stimulus と Control Stimulus を導入した(Fig.1A)。Flanked Stimulus では、Target とともに Flanker を被験者に提示するため、被験者は干渉の抑制を要求される。一方、Control Stimulus では、Target のみを提示し、Flanker を被験者に提示しないため、被験者は干渉の抑制を要求されない。Flanker 由来の干渉の抑制に関係する成分は、Flanked Stimulus と、Control Stimulus の差として求められ、Target の視覚的処理に関係する成分は、Control Stimulus と、Fixation の差として求められる。

Fig. 1A の左上の例示したように、Word Trial の Flanked Stimulusでは、Target として色単語1個と、Flanker として色パッチ1個が用いられる。また、Fig.1A の右上に例示したように、Patch Trial の Flanked Stimulus では、Target として色パッチ1個と、Flanker として色単語1個が用いられる。このように、Flanked Stimulus において、色単語と色パッチを必ず1個ずつ提示することにより、Flanked Stimulus 全体としての視覚効果を一定に保つと同時に、言語(色単語)・非言語(色パッチ)という2種類の Flanker を用いることが可能となる。

Flanker Task を用いた先行研究と同じく、Flanked Stimulus と、Control Stimulus の反応時間の差は、Word Trial, Patch Trial ともに有意であった。すなわち、今回の実験においても、Flanker 由来の干渉の抑制が観察されたことが示された。

一方、大脳皮質の活性化に関しては以下のことが観察された。

Fig.2 左下に示したように、Word Trial における Target の視覚的処理においては、左下前頭接合部(IFJ : inferior frontal junction)が活性化され、Patch Trial における Target の視覚的処理においては、右 IFJが活性化された。すなわち、IFJ は、言語/非言語 Target 視覚刺激の処理において、顕著な視覚刺激材料(Word, Patch)と大脳半球(左,右)との間の交互作用(Modality-by-hemisphere interaction)を示した。これに対して、IFG の表層領域(lateral IFG)および深部領域(medial IFG)はともに、言語/非言語 Target 視覚刺激の処理において、Modality-by-hemisphere interaction を示すことはなかった(Fig.2 左上・左中)。

しかしながら、Fig.2 右中に示したように、言語 Flanker 視覚刺激(色単語)由来の干渉の抑制の際(Patch Trial)には、左 lateral IFG が活性化され、非言語 Flanker 視覚刺激(色パッチ)由来の干渉の抑制の際(Word Trial)には、右 lateral IFG が活性化された。すなわち、lateral IFG は、言語/非言語 Flanker 視覚刺激由来の干渉の抑制において、顕著なModality-by-hemisphere interactionを示した。他方、左右の medial IFG は、言語/非言語 Flanker 視覚刺激に起因する干渉の抑制において顕著な活動を示したが、Modality-by-hemisphere interaction を示すことはなかった(Fig.2 右上)。またFlanker視覚刺激由来の干渉の抑制の際には、IFJ は活性化されることはなく、Modality-by-hemisphere interaction を示すこともなかった(Fig.2 右下)。

これらの結果から、IFG と IFJ の機能解離が示唆された。また、IFG 内の機能解離、すなわち、lateral IFG と medial IFG の機能解離が示唆された。また、Flanker 視覚刺激由来の干渉の抑制においても大脳半球機能分化は存在し、左半球と右半球の lateral IFG はそれぞれ、主として言語 Flanker 視覚刺激(色単語)、非言語 Flanker 視覚刺激(色パッチ)由来の干渉の抑制と深い関連を持つことが示唆された。

Fig. 1

Fig. 2

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、記憶に関して盛んに論じられている言語/非言語大脳半球機能分化が、干渉効果の抑制制御に当てはまるかどうかを明らかにするため、独自に改変したフランカータスクを用いて、言語(色単語)/非言語(色パッチ)視覚刺激由来の干渉効果の抑制制御と、下前頭回の活動の左右差との相関をヒトfMRI実験にて調べることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 過去のfMRIを用いた干渉効果の抑制制御に関する実験と同じく、今回の実験においても、内側下前頭回は干渉効果の抑制制御と関連し、言語的干渉効果の抑制制御あるいは非言語的干渉効果の抑制制御に関連する内側下前頭回の活動に左右差はないことが示された。

2. 内側下前頭回とは異なり、言語的干渉効果の抑制制御、あるいは非言語的干渉効果の抑制制御に関連した外側下前頭回の活動には、左右差が存在することが示された。すなわち、言語的干渉効果の抑制制御に関連して、左外側下前頭回が活動し、非言語的干渉効果の抑制制御に関連して、右外側下前頭回が活動することが示された。この結果は、外側下前頭回は、干渉効果の抑制制御に関連して、言語/非言語大脳半球機能分化を示すことを示唆するものである。

3. 記憶に関する過去の研究と同じく、左下前頭接合部は言語刺激の視覚的情報処理に関連し、右下前頭接合部は非言語刺激の視覚的情報処理に関連することが示された。この結果は、今回言語視覚刺激と使用した色単語(漢字)と、非言語視覚刺激として用いた色パッチの有効性を示唆するものである。

4. フランカータスクを用いた過去の研究と同じく、干渉効果の抑制制御に関連して被験者の反応時間の伸びが観察された。この結果は、今回独自に改変したフランカータスクの有効性を示唆するものである。

以上、本論文は、フランカータスクを用いたヒトfMRI実験によって、言語/非言語大脳半球機能分化が、干渉効果の抑制制御に伴う下前頭回の活動にも当てはまることを明らかにした。本研究はこれまではっきりした答えが出ていなかった、干渉効果の抑制制御に伴う下前頭回の活動の左右差という最先端のトピックを、更に一歩先へと推し進めるものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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