学位論文要旨



No 123658
著者(漢字) 新谷,裕加子
著者(英字)
著者(カナ) シンタニ,ユカコ
標題(和) EBV関連胃癌におけるケモカインの発現
標題(洋)
報告番号 123658
報告番号 甲23658
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2997号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 連携教授 中村,卓郎
 東京大学 准教授 福嶋,敬宜
 東京大学 准教授 中川,一路
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

1.序章

Epstein-Barr virus (EBV) 関連胃癌は胃癌全体の5-10%を占めており、EBVが発癌、癌の維持に密接に関与していると考えられている。通常の胃癌と比べて、男性優位が著明で、体上部に多く、比較的予後良好である。組織学的には、リンパ上皮腫類似胃癌を含め、間質のリンパ球浸潤が多いという特徴があり、臨床・病理学的に特異な一群を形成している。

癌周囲の炎症性細胞はTumor infiltrating cells (TIC)、Tumor infiltrating lymphocytes (TIL)、Tumor associated macrophageなどとよばれ、直腸癌などでは予後良好な因子である。TIL/TICと癌細胞の関係については、大腸癌や甲状腺乳頭癌でケモカインの関与が報告されている。EBV関連胃癌に見られるTICの中心となるのはCD8陽性の細胞傷害性T細胞である。EBV関連胃癌ではIL-1βに代表されるサイトカインを高発現しており、これによりケモカインが活性化され、TICの有無や癌細胞の維持、増殖に関与している可能性が考えられた。本研究ではEBV関連胃癌におけるケモカインの関与を明らかにするために、癌細胞、TICそれぞれにおけるケモカイン発現と臨床病理学的要因とを調べ、網羅的に検討した。

2.外科材料を用いたケモカインの発現検索

外科的切除胃癌症例278例について、ケモカインと受容体の発現を免疫組織化学的に検索した。切除標本からTissue Arrayを作成し、CC、CXCケモカインの中から、癌やEBVとの関係が報告されている7種類のリガンド(CCL2, 5, 18, 20, CXCL1, 8, 10)と、3種類のレセプター(CCR5, 6, CXCR4)について免疫組織化学的染色を行った。また、癌胞巣内のTICや線維化の程度、正常粘膜の腸上皮化生や萎縮の有無についても評価した。ケモカイン、受容体の発現は癌細胞、TICそれぞれについて評価し、EBVの有無と臨床病理学的因子との関係を検討した。

EBER1 in situ hybridization法を行いEBVの有無を確認したところ、EBV関連胃癌は278例中31例であった。臨床病理学的因子についてEBV感染の有無で検討した結果、EBV関連胃癌は非関連胃癌に比べ、若年者に多く見られ、胃体上部の癌が多かった。EBVと進行癌との関連は見られなかったが、EBV関連胃癌では脈管侵襲、リンパ節転移が少なく、単核球浸潤が高度であった。また、単核球浸潤の高度な例のみで検討した結果、EBV関連胃癌は男性により多くみられた。こられはいずれも既報告と一致していた。

癌細胞におけるケモカイン発現

EBV関連胃癌では非関連胃癌に比べてCCR6陽性癌細胞が多くみられ、CCL2, 5, 20, CCR5, CXCL1陽性癌細胞が少ないことがわかった。EBV感染に伴うCCR6の発現がEBNA-1陽性細胞やEBV感染B細胞で報告されており、胃癌細胞においてもEBV感染が原因となるCCR6高発現が考えられた。さらに、非関連胃癌の中でケモカイン発現と臨床病理学的因子との関連を見ると、CCL5、20、CXCL1、8、CXCR4と癌の進行度の指標との間に強い正の相関が見られた。CCL20は、様々な癌での発現が報告されており、大腸癌においては転移への関与も報告もされている。CXCL1とCXCL8はいずれもELRケモカインで血管新生に促進的に働き悪性化に働くことが知られているが、CXCR4のリガンドであるCXCL12もELRケモカインである。CXCR4は多くの癌で骨転移との関与も報告されており、胃癌でも悪性化に強く関わっていることが再確認できた。

TICにおけるケモカイン発現

EBV関連胃癌では非関連胃癌に比べて、CCR5, 6, CXCL1, 10の陽性率が高かった。なかでも、CXCL10はEBV関連胃癌で顕著に多くみられた。CXCL10はHodgkin病や鼻咽頭癌でもEBV感染に伴って腫瘍細胞と周囲のリンパ球の両方で陽性となることが報告されている。CXCL10や、CCR6のリガンドであるCCL20、CCR5のリガンドであるCCL5はEBV関連胃癌で高発現するIL-1βにより上昇し、また、腸管などでの炎症に伴いIL-1βとともにCXCL1が上昇することも報告されている。いずれも、EBV感染に伴うIL-1βの高発現によって、多様なケモカインを発現する浸潤細胞が集まった可能性が考えられた。また、CCR5, 6, CXCL10などのTh1ケモカインの関与はEBV関連胃癌では非関連胃癌より腫瘍免疫が亢進していることを示す結果と考えられ、EBV関連胃癌が比較的予後良好であることを示していると考えられた。

胃癌ではEBV感染に伴って、癌細胞でもTICでもCCR6が高発現していた。CCR6のリガンドであるCCL20はEBV関連胃癌で高発現するIL-1βにより誘導されるため、CCL20/CCR6がEBV関連胃癌の維持や増殖と癌周囲における腫瘍免疫の亢進との両方に関与している可能性が考えられた。

3.胃癌細胞株での発現、増殖刺激の検討

外科材料でのケモカイン発現の結果から、非関連胃癌と比べEBV関連胃癌において、癌細胞とTICの両方で高発現していたCCR6に着目した。CCR6のリガンドであるCCL20は癌の悪性化と関係するが、EBV関連胃癌で高発現するIL-1βにより、癌細胞やリンパ球だけでなく線維芽細胞、好中球などからも一過性に高発現することが知られている。線維芽細胞、間質からのCCL20の発現や、その変動は今回の免疫組織化学的染色からは捕らえにくいと考え、第三章では、胃癌細胞株を用いてEBV感染とCCL20/CCR6発現の関係やCCL20によるEBV関連胃癌の増殖刺激への影響を検討した。

ヒト胃癌細胞株6種(MKN-1, MKN-7, MKN-74, NU-GC-3, TMK1, AGS)とそのEBV持続感染株、EBV関連胃癌から細胞株化されたSNU-719について、CCL20/CCR6の発現量を調べた。western blottingの結果、EBV感染に伴うCCR6発現はMKN-1、MKN-74、AGSでは著明な増加、NU-GC-3では軽度増加を認めた。MKN-7ではEBV感染前後でCCR6発現量に変化がなく、TMK1ではEBV感染により低下していた。一方、CCL20はNU-GC-3とSNU-719で多く発現していたが、この他の細胞株での発現量は少なく、EBV感染に伴いNU-GC-3では低下、MKN-7では増加していたものの、他の細胞株ではEBV感染前後で有意な変化を認めなかった。

SNU-719の他に、EBV感染に伴いCCR6が増加していたMKN-1、NU-GC-3、EBV感染前後でCCR6発現に変化のなかったMKN-7について、CCL20添加による増殖能、アポトーシス率について検討した。

増殖能については、CCR6を高発現していたSNU-719とMKN-1、NU-GC-3のEBV持続感染株ではCCL20により増殖率が、1.35倍、1.5倍、1.2倍になった。しかし、EBV感染前後でCCR6発現量に差のなかったMKN-7では変化を認めず、EBV 感染によるCCR6の発現誘導とCCR6発現量に依存したCCL20の増殖刺激効果が示された。

アポトーシス率については、EBV持続感染株であるSNU-719でCCL20の添加によりアポトーシス率が減少したが、MKN-1、NU-GC-3、MKN-7ではEBVの有無によらずアポトーシス率に変化はなかった。SNU-719においても、増殖率の変化に比べるとアポトーシス率の低下はわずかであり、アポトーシス以外の機序による増殖率の変化が主体と考えられた。

4.まとめ

EBV関連胃癌ではEBVが発癌、癌の維持に密接に関与していると考えられる。EBV関連胃癌ではIL-1βに代表されるサイトカインが高発現しており、癌と周囲に浸潤する炎症性細胞(TIC)の間にケモカインが関与している可能性がある。本研究では、免疫組織化学的手法を用いて、ケモカインの発現を癌細胞、TIC両者において詳細に検討した。

癌細胞におけるケモカイン発現に関しては、EBV関連胃癌で非関連胃癌に比べてCCR6陽性癌細胞が有意に多く認められた。引き続く胃癌培養細胞株による検討では、EBV感染によるCCR6発現誘導と、さらにCCR6高発現に伴うCCL20の増殖刺激効果が確認された。

TICにおけるケモカイン発現に関しては、EBV関連胃癌でCCR5、 6、CXCL1、10の陽性率が高く、EBV関連胃癌が産生するIL-1βに関連した腫瘍随伴現象である可能性が考えられた。

非関連胃癌での癌細胞におけるケモカイン発現に関しては、CCL5、20、CXCL1、8、CXCR4発現と癌の進行度の指標との間に強い正の相関が見られた。

非関連胃癌でのTICにおけるケモカイン発現に関しては、CCL18、CXCL1発現と癌の進行度に強い正の相関がみられた。

本研究によって、胃癌におけるケモカインは、EBV関連、非関連胃癌、それぞれに特徴的な意義を持っていることが確認され、とくにEBV関連胃癌ではCCR6/CCL20が積極的に腫瘍増殖に関わっていることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

Epstein-Barr virus(EBV)関連胃癌は胃癌全体の5-10%程度に見られ、EBVが発癌や癌の維持に密接に関係すると考えられているが、その詳細の多くが明らかになっていない。EBV関連胃癌は間質にリンパ球浸潤を伴う例が多く、IL-1βに代表されるサイトカインを高発現することから、癌と周囲に浸潤する炎症性細胞(Tumor infiltrating cells、TIC)の間にケモカインが関与している可能性を考えた。本研究は、免疫組織化学的手法を用いて、癌細胞、TICにおけるケモカイン、ケモカインレセプターの発現を調べたもので、下記の結果を得ている。

1. 癌細胞におけるケモカイン発現に関しては、EBV関連胃癌で非関連胃癌に比べてCCR6陽性癌細胞が有意に多く認められた。引き続く胃癌培養細胞株による検討では、EBV感染によるCCR6発現誘導と、さらにCCR6の発現量に依存したCCL20の増殖刺激効果が確認された。

2. TICにおけるケモカイン発現に関しては、EBV関連胃癌でCCR5、6、CXCL1、10の陽性率が高く、EBV関連胃癌が産生するIL-1βに関連した腫瘍随伴現象である可能性も考えられた。また、EBV関連胃癌のTICにはTh1ケモカインが有意に多く認められ、EBV関連胃癌が比較的予後良好であることと関係していると考えられた。

3.非関連胃癌での癌細胞におけるケモカイン発現に関しては、CCL5、20、CXCL1、8、CXCR4発現と癌の進行度の指標との間に強い正の相関が見られた。

4.非関連胃癌でのTICにおけるケモカイン発現に関しては、CCL18、CXCL1発現と癌の進行度に強い正の相関がみられた。

以上、本論文では、胃癌におけるケモカイン発現が、EBV関連、非関連胃癌、それぞれに特徴的なプロファイル、意義を持つことを確認した。特にEBV関連胃癌ではCCR6/CCL20が積極的に腫瘍増殖に関わっていることを明らかにし、EBV関連胃癌の発癌、癌維持機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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