学位論文要旨



No 123659
著者(漢字) 太田,春彦
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ハルヒコ
標題(和) 組織幹細胞を用いた高脂血症マウスの遺伝子・細胞治療モデルの確立
標題(洋)
報告番号 123659
報告番号 甲23659
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2998号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 准教授 荒川,義弘
 東京大学 准教授 酒井,康行
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

現在、臓器の機能が失われ一般的な治療が不可能な症例に対して、臓器移植が行われるようになってきているが、ドナー不足や拒絶反応に代表されるように課題も多い。そのため、代替手段として幹細胞などを用いた再生医療が注目されており、例えば、体外に取り出して選別・活性化・増幅などの処理を行った細胞を投与する「細胞治療」や、組織幹細胞をはじめとした寿命の長い細胞に遺伝子を導入する「遺伝子治療」などがあり、さらにこれらを組み合わせて行うことも考えられている。しかし効果と安全性の面で依然として様々な問題があるため、疾患モデルマウスを用いた基礎研究が必要とされている。

Apolipoprotein Eノックアウト(ApoE(-/-))マウスでは高脂血症・動脈硬化が起こることが知られている。このマウスに正常マウスの骨髄を移植すると、移植された造血幹細胞から分化したマクロファージがApoE蛋白を分泌することによって治療が可能であることから、骨髄中の造血幹細胞に正常遺伝子を導入することによっても治療が可能であると考えられているが、過去の報告では導入効率が低く、十分な効果が得られていなかった。本研究では、蛍光励起細胞分離法(fluorescence-activated cell sorting; FACS)を用いて濃縮した造血幹細胞に遺伝子導入を行うことで、治療成績の向上を目指した(第3章)。

正常ApoE蛋白が肝細胞でも産生されることから、肝幹細胞を用いた細胞治療や遺伝子治療も考えられるが、そもそも健康な成体で肝幹細胞が存在するか否かもまだ明らかになっていない。一方で胎生中期の肝臓には、肝細胞と胆管上皮細胞の二方向の分化能・自己複製能・高い増殖能をもつ肝幹/前駆細胞が存在し、その性質や分化のメカニズムを解明することは、成体肝臓の再生機構を理解する上でも重要と考えられているが、その表現型はまだあまり明らかになっていない。本研究では、FACSを用いて表面抗原マーカーのスクリーニングを行い、胎仔肝幹/前駆細胞をより高度に純化することを試みた(第2章)。

第2章 肝幹/前駆細胞の表面抗原マーカーの探索

FACSを用いてマウス胎仔肝幹/前駆細胞を純化する試みが行われてきたが、既知の方法で得られた細胞画分のうちで二方向の分化能と高い増殖能を併せ持つ細胞の頻度は数%程度であり、マウス造血幹細胞が高度に純化可能であることと比較すると改善の余地がある。また、胎仔肝幹/前駆細胞がどのマーカー分子を発現しているのかというプロファイルも明らかになっていなかった。そこで、さまざまな表面抗原に対する抗体を用いて胎生中期の肝幹/前駆細胞を純化することが可能か否かを、既知の肝幹/前駆細胞マーカーDlkと比較して検討した。

まず、マウスE13.5胎仔肝から調製した細胞浮遊液を、Dlk抗体とさまざまな抗体を組み合わせて染色し、FACSを用いて解析した。Dlk+CD45-Ter119-の肝幹/前駆細胞画分で特に高いCD13の発現がみられたため、この画分をDlkとCD13の発現の程度によりさらに細分してコロニーアッセイを行い、培養5日目に100個以上の細胞から成るコロニー(H-CFU-Cコロニー)を計数すると、CD13陽性画分からはDlkの発現の程度に関わらずCD13陰性画分と比較してより多くのコロニーが形成された。このことから、CD13はDlkと比較して肝幹/前駆細胞を濃縮するのにより有用なマーカー分子であることが示された。

そして、CD13+CD45-Ter119-を新たな肝幹/前駆細胞の指標として他の表面抗原の発現の有無を網羅的に検討したところ、肝幹/前駆細胞画分においてCD9、CD26、CD29、CD54、CD73、CD98、CD106、CD133、CD147、Liv2のほぼ均一な発現を認め、またCD81とCD121aについて不均一な発現を認めた。これらのうち、CD9、CD73、CD106、CD133は非血液細胞についてCD13と同様の発現パターンを示し、肝幹/前駆細胞の純化に使用可能なマーカーであると考えられた。

次いで、CD13+CD45-Ter119-細胞における肝細胞マーカーAlb、未熟肝細胞マーカーAFP、胆管上皮細胞マーカーCK19の発現を、in-droplet免疫染色法によって検討したところ、Alb+AFP+CK19-であった。過去の報告とあわせると、CD13+CD45-Ter119-細胞を分取した時点では未熟な肝細胞寄りの性質を持っており、培養すると胆管上皮細胞寄りの性質を持つ細胞が増えてくるものと考えられた。

さらに、レトロルシン投与と70%部分肝切除により人工的に肝障害を起こしたヌードマウスに、EGFP-Tgマウス胎仔CD13+CD45-Ter119-細胞画分1×105個を経脾的に移植し、3週後に開腹したところ、レシピエント肝臓はドナー由来細胞で高率に置換されていた。このことから、CD13+CD45-Ter119-細胞画分がin vivoで肝臓組織の再生に寄与することが示された。

第3章 高脂血症マウスの造血幹細胞を標的とした遺伝子治療モデル

造血幹細胞は表現型の解析が最も進んだ組織幹細胞であり、白血病などの悪性腫瘍や一部の単一遺伝子病の治療において造血幹細胞移植という形で応用されており、また遺伝子治療の分野において理想的な標的細胞のひとつと考えられている。しかし、造血幹細胞を標的とした遺伝子治療の系では高い導入効率・治療効果と高い安全性を両立させることは困難な場合がある。ApoE(-/-)マウスの過去の遺伝子治療例では、全骨髄細胞や骨髄単核球細胞にマウスまたはヒトApoE遺伝しを導入したものの、導入効率が低かったために高コレステロール血症の改善はみられないものが多く、また長期間にわたって治療効果を示したものはなかった。そこで、FACSを用いて造血幹細胞と造血前駆細胞を含む骨髄KSL細胞を純化し、これを標的としてレトロウイルスで遺伝子導入を行う治療モデルを確立し、血中総コレステロール値の正常化と動脈硬化の阻止を試みた。

FACSを用いてApoE(-/-)マウスからKSL細胞を分取し、SCFとTPOを加えて刺激したのちにヒトApoE遺伝子とEGFP遺伝子を導入し、致死量のX線を照射したApoE(-/-)マウスに移植した。8週後に末梢血を解析すると、EGFPキメリズムは60~80%程度であり、高い導入効率を達成することができたが、治療群の血漿ヒトApoE濃度はコントロールのヒト血漿の1/100~1/200程度の低値であり、対照群と比較して高コレステロール血症の改善はみられなかった。その原因として、骨髄移植におけるストレス環境によって移植細胞がヒトApoEを産生できなくなっている可能性や、強制発現させたヒトApoEがマウス細胞内で本来とは異なる修飾を受け正常な分泌が行われていない可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、成体肝臓の再生機構を理解する上でも重要と考えられているマウス胎生中期の肝幹/前駆細胞の表現型を明らかにし、細胞表面抗原に対する抗体と蛍光励起細胞分離法(fluorescence-activated cell sorting; FACS)を用いて肝幹/前駆細胞を既存の方法より高度に純化することを試み、下記の結果を得ている。

1.マウスE13.5胎仔肝細胞浮遊液を、既知の肝幹/前駆細胞マーカーDlkに対する抗体とさまざまな抗体を組み合わせて染色し解析したところ、Dlk+CD45-Ter119-の肝幹/前駆細胞画分で特に高いCD13の発現がみられた。この画分をDlkとCD13の発現の程度によりさらに細分してコロニーアッセイを行ったところ、CD13+CD45-Ter119-画分からは大きなコロニー(H-CFU-Cコロニー)がDlkの発現の程度に関わらずより多く形成され、CD13はDlkと比較して肝幹/前駆細胞を濃縮するのにより有用なマーカー分子であることが示された。

2.CD13+CD45-Ter119-を新たな肝幹/前駆細胞の指標として他の表面抗原の発現の有無を網羅的に検討したところ、肝幹/前駆細胞画分においてCD9、CD26、CD29、CD54、CD73、CD98、CD106、CD133、CD147、Liv2のほぼ均一な発現を認め、またCD81とCD121aについて不均一な発現を認めた。これらのうち、CD9、CD73、CD106、CD133は非血液細胞についてCD13と同様の発現パターンを示し、肝幹/前駆細胞の純化に使用可能なマーカーであると考えられた。

3.CD13+CD45-Ter119-細胞における肝細胞マーカーAlb、未熟肝細胞マーカーAFP、胆管上皮細胞マーカーCK19の発現を、in-droplet免疫染色法によって検討したところ、Alb+AFP+CK19-であった。過去の報告とあわせると、CD13+CD45-Ter119-細胞を分取した時点では未熟な肝細胞寄りの性質を持っており、培養すると胆管上皮細胞寄りの性質を持つ細胞が増えてくるものと考えられた。

4.レトロルシン投与と70%部分肝切除により人工的に肝障害を起こしたヌードマウスに、EGFP-Tgマウス胎仔CD13+CD45-Ter119-細胞画分1×105個を経脾的に移植し、3週後に開腹したところ、レシピエント肝臓はドナー由来細胞で高率に置換されていた。このことから、CD13+CD45-Ter119-細胞画分がin vivoで肝臓組織の再生に寄与することが示された。

以上、本論文はFACSを用いてマウス胎仔肝幹/前駆細胞を純化する試みから、胎仔肝幹/前駆細胞において発現のみられる表面抗原マーカー分子群を明らかにし、その分子のひとつCD13を発現する画分がin vivoで肝臓組織の再生に寄与することを示した。本研究は肝臓の発生および再生機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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