学位論文要旨



No 123660
著者(漢字) 真野,ゆりあ
著者(英字)
著者(カナ) マノ,ユリア
標題(和) FGFR1OPタンパク質の肺癌における新規予後予測バイオマーカー及び治療標的分子としての有用性の検証
標題(洋) Fibroblast Growth Factor Receptor 1 Oncogene Partner as a Novel Prognostic Biomarker and Therapeutic Target for Lung Cancer
報告番号 123660
報告番号 甲23660
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2999号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 講師 宇於崎,宏
 東京大学 客員教授 渡邊,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、癌の死因の第1位である肺癌における新規バイオマーカー及び新規分子治療薬開発の標的分子の同定と機能解析を目的とした。当研究室で構築されたcDNAマイクロアレイを用いた肺癌の遺伝子発現プロファイル解析により同定された肺癌で高頻度に発現亢進し癌細胞の増殖・悪性化に関わるFGFR1OPタンパク質の機能解析を行ったので報告する。

1. FGFR1OPの肺癌と正常組織における発現

27,648遺伝子を網羅するcDNAマイクアレイ解析により、101症例の肺癌組織において高頻度に高レベルの発現を認める新規の診断・治療標的分子としてFGFR1OPを同定した。FGFR1OPはRT-PCR法、ウエスタン法を用いて、mRNA、タンパク質レベルで肺癌組織、肺癌細胞株で高頻度に発現亢進を認め、一方、正常組織を用いたノザンブロット解析においては精巣においてのみ発現し、その他の正常臓器では発現を認めなかった。

2. FGFR1OPタンパクの発現と非小細胞肺癌患者の予後との相関

FGFR1OPを特異的に認識する抗体を作製し、外科的に切除された非小細胞肺癌組織372症例を網羅する組織マイクロアレイを用いて、免疫組織化学染色を施行した。FGFR1OPのタンパク質の発現レベルを臨床病理学的因子と相関解析した結果、FGFR1OP強陽性症例は弱陽性、陰性症例と比べ、有意に生命予後が不良であった。さらに多変量解析の結果、FGFR1OPが独立した予後因子であることが明らかとなった。

3. FGFR1OPの細胞増殖・浸潤促進能の検討

FGFR1OPの肺癌細胞の増殖への関与を検討するために、FGFR1OP遺伝子の発現を選択的に阻害するsiRNAベクターを構築し、FGFR1OPを高レベルに発現する肺癌細胞へ導入した。その結果、FGFR1OPの発現が阻害された細胞は増殖能が抑制され、FGFR1OPが肺癌細胞の増殖に関与することが示唆された。またFGFR1OPを過剰発現した哺乳類細胞において、増殖、浸潤、遊走能の亢進を認め、FGFR1OPが細胞の悪性形質転換に関わる可能性が示唆された。

4. FGFR1OPの肺癌細胞における相互作用分子の同定

FGFR1OPの肺癌細胞の増殖・悪性化に関わる機能を解明するために、抗FGFR1OP抗体と肺癌細胞抽出液を用いた免疫沈降法によりFGFR1OPの相互作用分子の探索を行い、ABL1チロシンキナーゼとWRNIP1を同定した。免疫細胞染色で、FGFR1OPとABL1/WRNIP1がS期からG2/M期に、核及び核周囲での共局在を認め、この3者の相互作用が、S期からG2/M期への細胞周期の進行に関与することが示唆された。さらに、キナーゼアッセイによりWRNIP1がABL1によりチロシンリン酸化され、一方、FGFR1OPはABL1によるWRNIP1のリン酸化を阻害することを見出した。ABL1を肺癌細胞に過剰発現させてBrdU取り込み試験を施行したところ、ABL1の発現増加が肺癌細胞のDNA合成能を低下させ、細胞周期の進行を遅延させることが示され、一方、この細胞にFGFR1OPをさらに導入したところ、ABL1の発現増加による細胞周期の遅延が回復した。WRNIP1遺伝子に対するsiRNA用いた発現阻害実験において、WRNIP1の発現低下にともない肺癌細胞の増殖が抑制され、WRNIP1の活性化が肺癌細胞の増殖に関与することが示された。すなわち、FGFR1OPがABL1キナーゼによるWRNIP1の機能抑制的リン酸化を阻害しWRNIP1を活性化することで癌細胞周期の進行を促進する可能性が考えられた。

まとめ

FGFR1OPは、肺癌の増殖、悪性化に関わる分子であることが示された。さらに、FGFR1OPの高発現が肺癌患者の予後の悪性化に関与し、FGFR1OPの発現が肺癌で高くほとんどの正常臓器での発現が極めて低いことから、今後、肺癌の予後予測バイオマーカーや新規治療法開発の標的分子としての臨床応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、癌の死因の第1位である肺癌における新規バイオマーカー及び新規分子治療薬開発の標的分子の同定と機能解析を目的とした。当研究室で構築されたcDNAマイクロアレイを用いた肺癌の遺伝子発現プロファイル解析により同定された肺癌で高頻度に発現亢進し癌細胞の増殖・悪性化に関わるFGFR1OPタンパク質の機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1. FGFR1OPの肺癌と正常組織における発現

27,648遺伝子を網羅するcDNAマイクアレイ解析により、101症例の肺癌組織において高頻度に高レベルの発現を認める新規の診断・治療標的分子としてFGFR1OPを同定した。FGFR1OPはRT-PCR法、ウエスタン法を用いて、mRNA、タンパク質レベルで肺癌組織、肺癌細胞株で高頻度に発現亢進を認め、一方、正常組織を用いたノザンブロット解析においては精巣においてのみ発現し、その他の正常臓器では発現を認めなかった。

2. FGFR1OPタンパクの発現と非小細胞肺癌患者の予後との相関

FGFR1OPを特異的に認識する抗体を作製し、外科的に切除された非小細胞肺癌組織372症例を網羅する組織マイクロアレイを用いて、免疫組織化学染色を施行した。FGFR1OPのタンパク質の発現レベルを臨床病理学的因子と相関解析した結果、FGFR1OP強陽性症例は弱陽性、陰性症例と比べ、有意に生命予後が不良であった。さらに多変量解析の結果、FGFR1OPが独立した予後因子であることが明らかとなった。

3. FGFR1OPの細胞増殖・浸潤促進能の検討

FGFR1OPの肺癌細胞の増殖への関与を検討するために、FGFR1OP遺伝子の発現を選択的に阻害するsiRNAベクターを構築し、FGFR1OPを高レベルに発現する肺癌細胞へ導入した。その結果、FGFR1OPの発現が阻害された細胞は増殖能が抑制され、FGFR1OPが肺癌細胞の増殖に関与することが示唆された。またFGFR1OPを過剰発現した哺乳類細胞において、増殖、浸潤、遊走能の亢進を認め、FGFR1OPが細胞の悪性形質転換に関わる可能性が示唆された。

4. FGFR1OPの肺癌細胞における相互作用分子の同定

FGFR1OPの肺癌細胞の増殖・悪性化に関わる機能を解明するために、抗FGFR1OP抗体と肺癌細胞抽出液を用いた免疫沈降法によりFGFR1OPの相互作用分子の探索を行い、ABL1チロシンキナーゼとWRNIP1を同定した。免疫細胞染色で、FGFR1OPとABL1/WRNIP1がS期からG2/M期に、核及び核周囲での共局在を認め、この3者の相互作用が、S期からG2/M期への細胞周期の進行に関与することが示唆された。さらに、キナーゼアッセイによりWRNIP1がABL1によりチロシンリン酸化され、一方、FGFR1OPはABL1によるWRNIP1のリン酸化を阻害することを見出した。ABL1を肺癌細胞に過剰発現させてBrdU取り込み試験を施行したところ、ABL1の発現増加が肺癌細胞のDNA合成能を低下させ、細胞周期の進行を遅延させることが示され、一方、この細胞にFGFR1OPをさらに導入したところ、ABL1の発現増加による細胞周期の遅延が回復した。WRNIP1遺伝子に対するsiRNA用いた発現阻害実験において、WRNIP1の発現低下にともない肺癌細胞の増殖が抑制され、WRNIP1の活性化が肺癌細胞の増殖に関与することが示された。すなわち、FGFR1OPがABL1キナーゼによるWRNIP1の機能抑制的リン酸化を阻害しWRNIP1を活性化することで癌細胞周期の進行を促進する可能性が考えられた。

以上、本論文はこれまでほとんど機能未知であったFGFR1OPが肺癌の増殖、悪性化に関わる分子であることを明らかにした。さらに、FGFR1OPの高発現が肺癌患者の予後の悪性化に関与し、FGFR1OPの発現が肺癌で高くほとんどの正常臓器での発現が極めて低いことから、今後FGFR1OPの肺癌における予後予測バイオマーカーや新規治療法開発の標的分子としての臨床応用が期待される。これらの成果から、本研究は、肺癌の新規治療法の開発および肺癌発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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