No | 123666 | |
著者(漢字) | 小澤,真 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オザワ,マコト | |
標題(和) | インフルエンザ制圧に向けた技術開発 | |
標題(洋) | Development of technologies for the control of influenza | |
報告番号 | 123666 | |
報告番号 | 甲23666 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3005号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 冬季を中心に世界中で小流行を繰り返すA型インフルエンザウイルスは、時に、多数の犠牲者を伴う世界的大流行(パンデミック)を引き起こす。A型インフルエンザウイルスの自然宿主は野生の水禽類で、前世紀に3度発生したパンデミック-スペイン風邪(1918年)、アジア風邪(1957年)、香港風邪(1968年)-の原因ウイルスが、いずれも鳥のインフルエンザウイルスに起源を持つHA遺伝子を有していたことから、新たなパンデミックウイルスも鳥のウイルスに由来する可能性が高い。特に近年、H5N1、H9N2、あるいはH7N7といった、人類が十分な基礎免疫を有していないと考えられる亜型の鳥インフルエンザウイルスに関して、死亡例を伴うヒトへの直接的な感染例が相次いで報告されていることから、新たなパンデミックの発生が危惧されている。 本研究では、インフルエンザパンデミックの発生に備え、新規抗ウイルス薬のターゲット同定のため、組み換えウイルスを作出し、ウイルス蛋白質の性状解析を行った。さらに、効率的なワクチン製造のため、既存のウイルス合成技術を改良した。 第1章 A型インフルエンザウイルス増殖におけるNP核移行シグナルの重要性 現在認可されているインフルエンザ治療薬は、その作用機序により、M2蛋白質の機能抑制剤とノイラミニダーゼ活性阻害薬の2種類に大別される。しかし、現在アジアを中心に猛威を振るっているH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの中には、すでにこれらの抗ウイルス薬に対する耐性を示すウイルスが現れており、作用機序の異なる新たな抗ウイルス薬の開発が求められている。vRNAの転写・複製過程は、ウイルス増殖に不可欠であると共に、インフルエンザウイルス特有のプロセスであることから、新規抗インフルエンザ薬の理想的な標的候補と考えられる。 A型インフルエンザウイルスのvRNP形成を介したvRNA転写・複製は、感染細胞の核内で行われる。vRNPの最も主要な構成蛋白質であるNPは、核移行シグナル(NLS)として働く2つのアミノ酸配列を有するが、各NLSのウイルス増殖に与える影響は不明であった。本研究では、これら2つのNLSの、ウイルス複製過程における重要性を明らかにすることを目的として、各NLSあるいは両NLSの核内移行に重要と考えられるアミノ酸残基に変異を導入し、NPの性状解析を行った。 変異導入によるNPの細胞内局在の変化から、2つのNLSのうち、一方(NLS1)はNPの核内移行に、他方(NLS2)は核小体移行に重要であることがわかった。また、NLS1の変異が、vRNA転写や感染性ウイルス様粒子の形成に与える影響は限られたものであったのに対し、NLS2の変異はvRNA転写を著しく抑制した。 さらに、各NLSの変異がウイルス増殖に与える影響を調べるため、NP RNA分節のパッケージングシグナル(RNA分節がウイルス粒子内に効率よく取り込まれるために必要な塩基配列)の同定を試み、NP RNA分節両末端の非翻訳領域とそれに隣接する翻訳領域、特に3'側の翻訳領域60塩基と5'側の翻訳領域120塩基が、NP RNA分節の粒子内取り込みに重要な役割を果たしていることを明らかにした。そしてこの結果をもとに、3'側パッケージングシグナルと蛋白質翻訳領域を分離した、組換えNP RNA分節を有するウイルスを作出した。この組換えウイルスは、野生型ウイルスと同程度の増殖性を示したが、NLS1に変異を導入した場合には増殖性が著しく低下した。また、NLS2に変異を導入した組み換えウイルスは、作出できなかった。これらの結果から、効率の良いウイルス増殖には、NPの有する2つのNLSが協調して働く必要があり、特に核小体移行を司るNLS2は、ウイルス増殖に不可欠であることがわかった。 本研究は、vRNA転写におけるNPの核小体移行の重要性を初めて明らかにしたものであり、この過程が、新規抗ウイルス薬開発のためのターゲットとなりうることを示唆している。また、同定したNP RNA分節のパッケージングシグナルは、これまで報告されてきた他のRNA分節の結果と良く似ており、A型インフルエンザウイルスの分節化RNAゲノムがウイルス粒子内に取り込まれる機構を明らかにする上で、重要な知見と考えられる。 第2章 アデノウイルスベクターを用いたA型インフルエンザウイルスのリバースジェネティクス法 H5N1ウイルスのような高病原性鳥インフルエンザウイルスに対するワクチン開発においては、ワクチン増幅過程で用いる鶏胚に対する高い病原性や、ワクチン生産業者の危険性が障害となり、既存のウイルス株をワクチンシードウイルスとして用いることができない。クローン化cDNAをコードしたプラスミドを細胞へ導入し、A型インフルエンザウイルスを人工合成する技術(リバースジェネティクス法)は、任意の遺伝子改変により抗原性を変化させずに弱毒化させたH5N1亜型ウイルスの作出が可能なことから、パンデミックワクチン開発に応用されている。しかし、WHOがリバースジェネティクス法によるワクチンシードウイルスの作製に推奨しているVero細胞は、プラスミド導入効率が低いため、時としてワクチン候補株の作製が困難な場合がある。本研究では、Vero細胞においてA型インフルエンザウイルスを効率よく作製する系の確立を目的として、Vero細胞への遺伝子導入効率が高く、遺伝子治療などを含めた幅広い臨床応用実績を誇る非増殖型アデノウイルスベクター(AdV)を用いた、新たなリバースジェネティクス法の確立を試みた。 従来のリバースジェネティクス法において、プラスミドからのA型インフルエンザウイルスRNA(vRNA)発現に利用していたRNAポリメラーゼI(PolI)のプロモーターおよびターミネーター配列を、翻訳領域をGFP遺伝子に置換したレポーターvRNAのcDNAと共にAdVの遺伝子に挿入し、Vero細胞へ感染させたところ、vRNA転写・複製の基本単位であるRNA-核蛋白質複合体(vRNP)の形成に必要な4種類の蛋白質(PB2、PB1、PA、NP)の存在下でのみ、GFP発現が見られた。特に、上述の4種類の蛋白質もAdVで供給した場合、ほぼ全ての細胞でGFPが発現したことから、AdV感染Vero細胞内の効率的なvRNA転写・複製が示された。この結果を受けて、A型インフルエンザウイルスの分節化した8種類のRNA遺伝子を発現するAdVを各々作製し、4種類の蛋白質発現AdVと共にVero細胞へ感染させたところ、培養上清中に約104 pfu/mlのA型インフルエンザウイルスが産生された。さらに、PolI転写ユニットをRNAポリメラーゼIIプロモーター制御下にコードさせることで、vRNAとmRNAの両方を発現するAdVの作製に成功した。全8分節に対応したvRNA-mRNA共発現AdVを各々作製してVero細胞へ感染させたところ、培養上清中には約105 pfu/mlのA型インフルエンザウイルスが産生された。並行して行った12種類のプラスミド導入による従来法、ならびに最近報告された、転写ユニットを連結した3種類のプラスミド導入する方法で産生されたウイルス力価が、それぞれ約10、104 pfu/mlであったことから、今回確立したvRNA-mRNA共発現AdVによるリバースジェネティクス法は、Vero細胞において従来法より1万倍以上効率よくウイルスを作製することができ、ワクチンシードウイルスの作製に有用であることが示された。 | |
審査要旨 | 本研究は、インフルエンザパンデミックの発生に備え、A型インフルエンザに対する治療薬の新たな標的の同定を目的としたウイルス蛋白質の性状解析、ならびに効率的なワクチン製造を目的とした、新たなウイルス合成技術の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.A型インフルエンザウイルスのvRNAは、感染細胞の核内において、vRNPを基本単位として転写・複製される。vRNPの最も主要な構成蛋白質であるNPが有する2つ核移行シグナル(NLS)のアミノ酸残基に変異を導入したところ、NPの細胞内局在の変化から、2つのNLSのうち、一方(NLS1)はNPの核内移行に、他方(NLS2)は核小体移行に重要であることがわかった。また、NLS1の変異が、vRNA転写や感染性ウイルス様粒子の形成に与える影響は限られたものであったのに対し、NLS2の変異はvRNA転写を著しく抑制した。さらに、NP RNA分節のパッケージングシグナル(RNA分節がウイルス粒子内に効率よく取り込まれるために必要な塩基配列)を同定し、NP RNA分節両末端の非翻訳領域とそれに隣接する翻訳領域、特に3'側の翻訳領域60塩基と5'側の翻訳領域120塩基が、NP RNA分節の粒子内取り込みに重要な役割を果たしていることを明らかにした。そしてこの結果をもとに、3'側パッケージングシグナルと蛋白質翻訳領域を分離した、組換えNP RNA分節を有するウイルスを作出し、各NLSの変異がウイルス増殖に与える影響を調べた結果、効率の良いウイルス増殖には、NPの有する2つのNLSが協調して働く必要があり、特にNLS2は、ウイルス増殖に不可欠であることが示された。 2.WHOがA型インフルエンザウイルスのリバースジェネティクス法(クローン化cDNAをコードしたプラスミドを細胞へ導入し、ウイルスを人工合成する技術)によるワクチンシードウイルスの作製に推奨しているVero細胞は、プラスミド導入効率が低いため、時としてワクチン候補株の作製が困難な場合がある。Vero細胞への遺伝子導入効率が高く、遺伝子治療などを含めた幅広い臨床応用実績を誇る非増殖型アデノウイルスベクター(AdV)の遺伝子に、翻訳領域をGFP遺伝子に置換したレポーターvRNAの発現ユニットを挿入したところ、AdV感染Vero細胞内において、効率的なvRNA転写・複製が見られた。この結果を受けて、A型インフルエンザウイルスの分節化した8種類のRNA遺伝子を発現するAdVを各々作製し、4種類の蛋白質発現AdVと共にVero細胞へ感染させたところ、培養上清中に約104 pfu/mlのA型インフルエンザウイルスが産生された。さらに、vRNAの発現ユニットをRNAポリメラーゼIIプロモーター制御下にコードさせることで、vRNAとmRNAの両方を発現するAdV作製した。全8分節に対応したvRNA-mRNA共発現AdVを各々Vero細胞へ感染させたところ、培養上清中には約105 pfu/mlのA型インフルエンザウイルスが産生された。並行して行った12種類のプラスミド導入による従来法、ならびに最近報告された、転写ユニットを連結した3種類のプラスミド導入する方法で産生されたウイルス力価が、それぞれ約10、104 pfu/mlであったことから、今回確立したvRNA-mRNA共発現AdVによるリバースジェネティクス法は、Vero細胞におけるウイルス産生効率が、従来法より1万倍以上高いことが示された。 以上、本論文は、NPの性状解析からNPの核小体移行がウイルス増殖に重要であることを、また、アデノウイルスベクターを応用することでVero細胞における効率的なウイルスの人工合成が可能であることを明らかにした。本研究は、抗ウイルス薬の新たな標的としてNPの核小体移行を見出すと共に、ワクチンシードウイルスの効率的な作製方法を提示しており、これらの知見は、パンデミック対策のみならず、インフルエンザ予防・治療手段の発展に貢献するものであることから、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |