学位論文要旨



No 123669
著者(漢字) 下袴田,陽子
著者(英字)
著者(カナ) シモハカマダ,ヨウコ
標題(和) Th1、Th2細胞への分化誘導機序 : 転写因子T-bet、GATA-3発現調節におけるT細胞抗原受容体の役割
標題(洋)
報告番号 123669
報告番号 甲23669
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3008号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 准教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

【序】

生物は常に異物にさらされている。そのため自己と異物を区別し、異物侵入を阻止または侵入異物を排除するための種々の防御機構、すなわち免疫応答機構が備わっている。細菌学から感染症予防・治療法の確立に伴い、免疫学の研究が発展した。免疫応答は主に自然免疫と獲得免疫に分類され、リンパ球の中でもCD4+T細胞が獲得免疫を調節する重要な役割を果たしている。CD4+ T細胞はサイトカインの産生パターンにより大きく2つのサブセットに分類できる。インターフェロン (IFN)-γを産生してCD8+ T細胞の細胞障害活性を誘導、結核菌やウイルスなどの排除に寄与するTh1細胞とインターロイキン (IL)-4、5、13を産生してB細胞による抗体産生を介し原虫、真菌、細菌などの排除に寄与するTh2細胞である。近年増加傾向のアレルギー性疾患、自己免疫性疾患の原因としてCD4+T細胞の分化異常が挙げられ、治療法確立の意味でもCD4+T細胞分化の研究が注目されている。

CD4+ T細胞のTh1、Th2細胞への分化は、CD28、CTLA-4などの副刺激分子、IL-12、IL-4などのサイトカインの影響が大きいと考えられている。しかしCD4+T細胞が副刺激分子、サイトカインに反応する以前にT細胞抗原受容体(TCR)からの刺激が必要である。これまでの報告では副刺激分子存在下に高濃度又は親和性の高いペプチドはTh1分化を、低濃度又は親和性の低いペプチドはTh2分化を誘導しやすいと言われてきたが、分化に必須のTCRからのシグナルのみでTh1、Th2分化自体を直接調節しうるかに関しては未だに明らかではない。そこで私はCD4+ T細胞の活性化に不可欠な最初のシグナルであるTCRからのシグナルも重要な役割を持つと考え、TCRシグナルのみでTh1、Th2分化を調節しうるかを明らかにする事を目的としサイトカインや副刺激分子の影響を除外した実験系を用いた。

ペプチド25(P25)は、強い免疫原性を有する結核菌分泌蛋白Ag85Bの240-254番目の15個のアミノ酸からなるペプチドでヘルパーエピトープとして同定された。これまでのin vivo解析の結果、C57BL/6をP25で免疫するとTh1分化のみ誘導され、そのTh1細胞の多くがP25反応性Vβ11陽性T細胞であった。この事からP25がTCRを介してTh1分化を誘導している可能性が示唆された。

P25を介したTCR刺激によるTh1、Th2分化機構を解析するためにはin vitroでCD4+T細胞をP25で活性化する必要がある。そのためにP25 TCRトランスジェニックマウス(Tg)を作成し、P25によるTh1分化誘導をin vitro実験系で解析した。さらに、Th1、Th2特異的サイトカインのクロマチンリモデリングを誘導し分化を最終的に調節している転写因子T-bet、GATA-3の発現調節におけるTCRの役割を検討した。

【方法と結果】

(1)TCR刺激によるTh1、Th2分化誘導の検討

P25 TCR-Tg脾臓由来CD4+ T細胞をC57BL/6脾臓由来抗原提示細胞(APC)と共にP25刺激した場合、in vivoと同様にTh1細胞への分化が誘導された。そこへTh2分化誘導サイトカインであるIL-4を添加するとTh2細胞へ分化し、さらにP25のTCR結合部位の1アミノ酸を変異させ、TCRに対する親和性を低下させた変異ペプチド(APL)や低濃度のP25刺激でもTh2細胞へ分化した。

次にTCRシグナルのみでTh1、Th2へ分化させられるか検討するためTh1、Th2分化を調節するサイトカインやAPCに発現する副刺激分子の影響を除外する事とした。APCとしてサイトカイン産生や既知の副刺激分子の発現がないChinese Hamster Ovary細胞にI-Ab分子を遺伝子導入した細胞(I-AbCHO)を用い、TCRからのみシグナルが伝達される系で解析したところ、脾臓APCを用いた場合と同様に高濃度P25ではTh1分化が、APL及び低濃度P25刺激ではTh2分化が誘導された。さらにIFN-y、IL-12中和抗体を加えても同様の結果が得られた。

以上より、TCRシグナルのみでTh1、Th2への分化誘導が可能である事が明らかになった。

加えてTh1、Th2分化を最終的に調節している転写因子であるT-bet、GATA-3のTCR刺激後の発現変化をreal-time PCR法で経時的に解析した。P25で刺激した場合、T-betは刺激前にはほとんど発現がないが、刺激3時間後に一過性の上昇を認め、GATA-3は刺激前に高発現であるが時間経過とともに減少した。一方APLで刺激した場合、T-bet、GATA-3とも発現変化はほとんど見られなかった事から、TCRシグナルのみでTh1、Th2分化を調節すると考えられている転写因子も調節可能である事が明らかになった。

(2)Th1分化におけるT-betの機能解析

これまでの結果よりTCRシグナルによるTh1分化には刺激3時間後のT-betの一過性上昇が重要と考えた。そこで、T-betを欠損させたP25 TCR-Tg(T-bet KO P25 TCR-Tg)を作成し、T-betの影響を除外するとどうなるか検討した。

P25刺激では、野生型よりTh2分化に傾くものの3割程度はTh1細胞に分化した。また、T-betが誘導するといわれているIFN-y遺伝子座のクロマチンリモデリングに関してクロマチン免疫沈降法により検討したところ、野生型より弱いがT-bet KOにおいてもクロマチンリモデリングが誘導されている事が判明した。またT-betが誘導するといわれているIL-12Rβ2発現に関してもreal-time PCR法及び細胞表面染色で検討したところ、野生型より少ないが発現上昇を認めた。

以上より、TCRによるT-betに依存しないTh1分化経路が存在し、T-betと同様の作用を持つ何らかの因子が関与する可能性が示唆された。

【考察】

本研究において、私はTCRシグナルによるTh1、Th2細胞への分化誘導機序について検討した。その結果、Th1、Th2分化ともにTCR単独刺激で可能であり、これまでTh1分化に必須と考えられていたT-betとは異なる因子によるTh1分化誘導機構が存在する可能性を明らかにした。

Th1、Th2細胞への分化はあらゆる免疫反応において重要であり、特にどちらのサブセットに分化するかは、病原体や異物排除の意味でも重要である。CD4+ T細胞の分化にはTCR以外の多くの因子が影響するといわれているが、どれがどのタイミングで分化を決定づけるか、具体的には明らかになっていない。

私は、最初の活性化シグナル、つまり、TCRとAPC上の主要組織適合性複合体 (MHC)に提示された抗原との結合が分化を最初に決定しうるのではないかと考えた。これまでに結合親和性の強さにより分化が影響を受ける事は他のTCR-Tgマウスを用いた報告があり、高濃度又は親和性の高いペプチドはTh1分化を、低濃度又は親和性の低いペプチドはTh2分化を誘導しやすいと言われている。今回用いたAPLはP25のTCR結合部位の1アミノ酸を変異させて結合親和性を約1/30まで低下させている。そのため、P25ではTh1分化が誘導されるのに対し、同量のAPLや低濃度のP25ではTh2分化が誘導された。さらに、TCRとともにシグナルが伝達され、分化に重要とされる副刺激分子やサイトカインの影響を除くためにAPCとしてI-AbCHOを用いた実験系を確立した。この実験系はTh1、Th2分化誘導におけるTCRの役割を直接的に解析できる実験系である。この実験系においてもP25 TCR-TgCD4+ T細胞はTh1、Th2両方の分化が認められた。

また私はTCRシグナル下流にありTh1、Th2特異的サイトカインを誘導し分化を最終的に調節する転写因子T-bet、GATA-3にも注目した。TCRシグナルが分化に重要と考え、発現の経時的変化を検討したところ、Th1分化にはT-betの刺激3時間後の一過性上昇とGATA-3の減少、Th2分化にはGATA-3の発現量維持が特徴的である事が明らかになった。この事から、TCRはT-bet、GATA-3の発現を調節し、Th1、Th2分化を規定するTh1、Th2それぞれに特異的な活性化シグナルを伝達していることが示唆された。一方でT-bet KO P25 TCR-Tgの解析により、T-bet非依存的にTh1への分化誘導機構が存在する事も判明し、その際にT-betが誘導すると考えられてきたIL-12Rβ2発現、IFN-y遺伝子座のクロマチンリモデリングも起きている事が明らかになった。つまり、T-bet非依存性のTh1分化経路が存在し、その際にはT-betと同様の作用を持つ何らかの因子が関与している事が示唆された。

Th1、Th2バランスの崩れや分化異常が多くの自己免疫疾患やアレルギー疾患、悪性疾患に関与しているといわれている。Th1、Th2バランスをコントロールできればこれらの疾患を克服する一端となりうるが関係する因子があまりに多く、研究が進んでいないのが現状である。本研究でTCR刺激のみ伝達される実験系が確立され、それにより、TCRによるTh1、Th2分化誘導機序や転写因子の発現調節におけるTCRの重要性が明らかになった。今後この実験系を用いる事で各疾患の病態把握や原因究明、さらには治療戦略の開発につながる可能性がある。T-bet非依存経路におけるTh1分化誘導に関与する因子の探索が今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はCD4+T細胞のTh1、Th2細胞への分化誘導機序におけるT細胞抗原受容体(TCR)の役割について着目したものである。CD4+T細胞の分化に影響を与えうる他の因子を除外し、TCRからの刺激のみが伝達されるという、これまでになかった実験系を確立させ、TCRからの刺激によるCD4+T細胞の分化誘導の可能性について検討した。さらに、TCRからの刺激と各分化に特異的といわれる転写因子T-bet、GATA-3、なかでもT-betに着目し、T-bet欠損させたCD4+T細胞を用いてTCRからの刺激と、Th1分化におけるT-betの役割について検討を試み、下記の結果を得ている。

. 生体内でTh1分化を誘導できる結核菌分泌タンパク由来のペプチド25を抗原として用い、ペプチド25応答性のTCRを発現するペプチド25トランスジェニックマウス(P25 TCR-Tg)を作製した。P25 TCR-Tg由来のCD4+T細胞を野生型マウス脾臓細胞由来の抗原提示細胞とともにペプチド25で刺激するとTh1細胞へ分化し、Th2分化誘導サイトカインIL-4を加えるとTh2細胞へも分化誘導できることが示された。

2. 抗原量を減量させたり、TCRに対する親和性を減少させた変異ペプチド(APL)で刺激したりした場合、Th2への分化がP25 TCR-Tgの場合でも認められ、これまでの報告と矛盾しない結果となった。また、分化の違いは単なる細胞の分裂、増殖が規定しているものではないことが示された。

TCR刺激が分化規定へ関与しうるか検討するため、TCR単独刺激の実験系を確立させた。CD4+T細胞はP25 TCR-Tg由来のものを使用し、抗原提示細胞としては、サイトカイン産生や既知の副刺激分子発現のない、Chinese Hamster Ovary(CHO)細胞にMHC分子であるI-Ab分子を遺伝子導入したI-AbCHO細胞を用いた。この系を用いてペプチド25、APLで刺激をすると抗原提示細胞が野生型マウスの場合と同様の結果となり、TCR単独刺激でも分化の規定が可能であると推察された。

4. TCR単独刺激でTh1、Th2分化が誘導される際の転写因子T-bet、GATA-3の発現変化を検討したところ、いずれも分化誘導の際に特徴的な発現量の変化が認められ、TCR単独刺激でのCD4+T細胞の分化においても転写因子の発現調節が可能であることが示された。

5. TCR単独刺激によるTh1分化の際、Th1特異的転写因子T-betが刺激3時間後に一過性に発現上昇したことから、T-betの発現上昇が重要と考え、機能解析のためにT-betを欠損させたP25 TCR-Tgを作製した。このマウス由来のCD4+T細胞を用いて分化を検討したところ、T-betを欠損している細胞でも野生型の約1/3程度のTh1細胞への分化が認められ、TCR単独刺激系においても同様の結果が得られた。細胞分裂、増殖の違いも認めなかったことから、これまではTh1分化に必須と考えられていたT-betに依存しないTh1分化経路の存在の可能性が示された。

6. T-betに依存しないTh1分化が誘導される際、T-betの機能として知られているIFN-y遺伝子座のクロマチンリモデリング及びIFN-yの発現誘導とIL-12受容体β鎖の発現は誘導されているのかを検討した。前者はクロマチン免疫沈降法とreal-time PCR法で、後者はフローサイトメトリー法とreal-time PCR法で解析した結果、いずれもT-bet野生型ほどではないものの発現が誘導されており、T-bet非依存のTh1分化経路に関わる何らかの因子が存在し、それがT-betと類似した機能を有する可能性が示された。

以上、本論文はTCR単独刺激の実験系を確立させることでTCRがCD4+T細胞の分化誘導機能を有することを示した。また、Th1分化とTh1特異的転写因子T-betに着目し、T-bet以外にもTh1への分化誘導機能を有する因子が存在する可能性を初めて明らかにした。本研究は獲得免疫に重要な役割を果たすCD4+T細胞の分化誘導機序について、これまでほとんど注目されていないTCRに焦点をあてて解析し、その可能性を示すことでCD4+T細胞の分化誘導に関する新たな機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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