学位論文要旨



No 123670
著者(漢字) 塚本,徹雄
著者(英字)
著者(カナ) ツカモト,テツオ
標題(和) CD8陽性細胞の免疫不全ウイルス複製抑制能の解析
標題(洋)
報告番号 123670
報告番号 甲23670
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3009号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 講師 森屋,恭爾
 東京大学 教授 山本,一彦
内容要旨 要旨を表示する

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)・サル免疫不全ウイルス(SIV)などの免疫不全ウイルス感染症においては、宿主適応免疫反応が誘導されるにもかかわらずウイルス複製が持続し、最終的にはエイズ発症にいたる。適応免疫の代表的エフェクターである細胞傷害性 T リンパ球(CTL)を含むCD8陽性細胞は免疫不全ウイルス複製抑制に重要であることが知られているが、HIV感染後誘導されるCD8陽性細胞のHIV複製抑制効果は充分ではなく、慢性持続感染が成立する。予防エイズワクチン開発では、この慢性持続感染成立阻止が試みられているが、安全性・有効性ともに十分なものは確立されていない。安全性の面で問題のある弱毒化生ワクチンは、唯一持続感染成立阻止効果を有するが、その機序については不明である。そこで本研究では、どのような免疫誘導が免疫不全ウイルス複製の制御に結びつくかを知る目的で、SIV感染サル慢性エイズモデルにおいてCD8陽性細胞反応を中心とした解析を行った。まず、CD8陽性細胞集団のSIV複製抑制能を培養細胞レベルで評価する系を確立し、生ワクチンで高いSIV複製抑制能を有するCD8陽性細胞が誘導されることを示す結果を得た。さらに、SIV複製抑制能を有していることが示唆されていた2つのSIV Gagエピトープ特異的CTLを各々単独で誘導できるワクチンシステムを確立し、ワクチンによる各々のエピトープ特異的CTLの誘導がSIV複製制御に結びつくことを明らかにした。これらの結果は、HIV慢性持続感染成立阻止に結びつく免疫機序解明に貢献するものとして重要である。

I. CD8陽性細胞のin vitro SIV複製抑制能の解析

これまで、HIV・SIV感染症におけるCD8陽性細胞あるいはCTL反応に関して、主にウイルス特異的CTLレベルの測定がなされてきたが、これは必ずしもHIV・SIV複製抑制能を反映しているわけではない。そこで本研究では、まず、培養細胞レベルで、CD8陽性細胞存在下におけるSIV複製を測定することにより、CD8陽性細胞のin vitro SIV複製抑制能を解析する系を確立した。具体的には、末梢血単核球(PBMC)から選択分離したCD8陰性細胞にSIVmac239を感染させてターゲットとし、PBMCから選択分離したCD8陽性細胞をエフェクターとした。エフェクターとターゲットを共培養し、培養上清中に産生されるSIV Gag抗原量を定量して、エフェクターを加えない場合と比較することにより、CD8陽性細胞のin vitroでのSIV増殖抑制能を調べた。

私の所属する研究室では、センダイウイルス(SeV)にSIV Gagを発現させるベクター(SeV-Gag)のワクチンとしての効果をサルエイズモデルにて検証してきた。急性エイズを引き起こすCXCR4指向性HIV/SIVキメラウイルス SHIV89.6PDチャレンジ実験では全ワクチン接種サルでウイルス複製が制御されたが、慢性持続感染を引き起こすCCR5指向性SIVmac239チャレンジ実験ではワクチン接種サルの半数でしか持続感染成立阻止効果が認められなかった。前者のSHIV複製制御サル群の感染慢性期におけるSIVmac239スーパーチャレンジ実験では、生ワクチンと同様、SIV複製は制御され、抗CD8抗体を用いたCD8枯渇実験から、このSIV複製制御にCD8陽性細胞が中心的役割を果たしていることが示唆された。したがって、これらのSeV-Gagワクチン接種サルでは、SHIVチャレンジ後にSIV複製制御に結びつく免疫が誘導されたと考えられた。

そこで本研究では、私の樹立した解析系を用い、SHIV複製制御サル群でSeV-Gagワクチン接種後に誘導されたCD8陽性細胞とさらにSHIVチャレンジ後に誘導されたCD8陽性細胞のin vitroでのSIV複製抑制能を調べ、比較検討した(図1)。その結果、SHIVチャレンジ後のCD8陽性細胞は、SeV-Gagワクチン接種後(SHIVチャレンジ前)のCD8陽性細胞よりも強力なSIV増殖抑制能を有することが明らかとなった。本結果は、ウイルス感染により高いSIV複製抑制能を有する免疫反応が誘導されることを初めて具体的に示すものであり、生ワクチンと同様の高いウイルス複製抑制能を有するCD8陽性細胞を誘導することが慢性持続感染成立阻止に結びつくことを示唆するものである。

なお、本研究で確立したCD8陽性細胞のin vitroウイルス複製抑制能の解析系は、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)遺伝子型によらず任意の個体に適用でき、CTLクローンを評価する場合と比べ、個体レベルのウイルス複製抑制効果をより反映する可能性が期待される。

II. ワクチンによる単独エピトープ特異的CTL誘導のSIV複製抑制効果の解析

私の所属する研究室では、SeV-Gagを用いた予防ワクチン接種により確実にSIV複製制御にいたるMHCクラスI(MHC-I)ハプロタイプ90-120-Ia共有サル群を同定している。CTLエスケープ変異の解析から、このSIV複製制御に、Gag(206-216)エピトープ特異的CTLおよびGag(241-249)エピトープ特異的CTLが強く関与していることが示唆された。

本研究では、これらのエピトープ特異的CTLについての解析をさらに進め、各々のCTLメモリーのみをワクチンで誘導しておくだけでSIV複製制御にいたるかどうかを検討した。まず、MHCハプロタイプ90-120-Iaを構成するいくつかのMHC-IアレルcDNAを各々発現する細胞株を樹立し、Gag(206-216)特異的CTLおよびGag241-249特異的CTLの各々のエピトープを拘束するMHC-Iアレル同定に結びつけた。また、Gag(241-249)特異的CTLを特異的に認識するテトラマーも獲得した。

次に、Gag(206-216)エピトープを含むGagの15アミノ酸(Gag202-216)あるいはGag(206-216)エピトープを含むGagの15アミノ酸(Gag236-250)をEGFPとの融合蛋白として発現する単独エピトープ発現DNAおよび単独エピトープ発現SeVベクターを構築した。これらを用いて、MHC-Iハプロタイプ90-120-Iaを有するアカゲサル9頭に対し、DNAプライムSeVブーストワクチン接種・SIVmac239チャレンジ実験を行った。3頭にはEGFPのみを発現するワクチン接種、2頭にはGag(236-250)-EGFPを発現するワクチン接種、2頭にはGag(202-216)-EGFPとGag(236-250)-EGFPを発現するワクチン接種を行った。これら7頭はSeVブースト後約3ヶ月の時点で、また残る2頭はナイーブの状態でSIVmac239チャレンジし、経時的に血漿中ウイルス量を測定した(図2)。その結果、EGFPのみを発現するワクチン接種をうけたサルでは、これまで得られていた非ワクチン接種群のSIVチャレンジ実験と同様、少なくとも8週目まではウイルス血症が持続したが、エピトープ発現ワクチンの接種をうけた他の4頭においては、8週目までにSIV複製が制御され、血漿中ウイルス量が検出下限以下に抑えられた。血中ウイルスゲノムの塩基配列の解析では、SIV複製制御が認められた4頭において8週目までに、Gag(206-216)特異的CTLからのエスケープ変異が選択されていた。これらの結果から、90-120-Ia共有サル群では、SIVチャレンジ前にGag(206-216)特異的CTLあるいはGag(241-249)特異的CTLメモリーが誘導されていれば、慢性持続感染成立阻止にいたることが明らかとなった。このような単独エピトープ特異的CTLのメモリー誘導がHIV複製制御に寄与することを示す報告は初めてである。

図1 SHIV 複製制御したサルのCD8(+) 細胞によるin vitro でのSIV複製抑制効果の検討

図2 単独 CTL エピトープ発現ベクター、または eGFP発現ベクターにてワクチンした 5 頭のビルマ産アカザルの SIVmac239 チャレンジ後の血中ウイルス量。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、サルエイズモデルにおける予防エイズワクチン開発において、細胞傷害性Tリンパ球 (CTL) を主とするCD8陽性細胞の機能を評価することを目的としたものである。ひとつには、末梢血単核球 (PBMC) 中から分離したCD8陽性細胞集団の CCR5指向性サル免疫不全ウイルス (SIV) 複製抑制能を評価するための in vitro 実験系の確立を行った。またひとつには、SIV 複製抑制能を有すると示唆されていた 2 つの SIV Gag エピトープ特異的 CTL を各々単独で誘導できるワクチンシステムを確立し、ワクチン接種による SIV 複製抑制の有無を評価した。それらの実験により、以下の結果を得ている。

1.サルの PBMC からCD8磁気ビーズを用いたポジティブセレクションにより得られたCD8陽性細胞集団を、in vitro にて SIVmac239 を感染させた自家の CD8陰性細胞と共培養することにより、それら CD8陽性細胞集団の SIV 複製抑制能を in vitro で評価することに成功した。

2.1 で確立した in vitro 実験系を用い、CXCR4指向性の強毒株である SHIV89.6PD チャレンジをSIV Gag発現ワクチン接種によって制御したのちCCR5指向性SIVmac239のスーパーチャレンジをも制御した個体群のPBMC から得られた CD8陽性細胞集団が有するin vitro SIV 複製抑制能を、ワクチン接種前、ワクチン接種後、SHIVチャレンジ後早期、およびSHIVチャレンジ後慢性期に渡って経時的に評価した。その結果、SHIV 感染によって誘導されたCD8陽性細胞が、抗原性の重複するSIVmac239 の複製を強力に抑制することが示された。

3.DNAワクチンとセンダイウイルス(SeV)ベクターを用いSIV Gag を発現するプライム・ブーストワクチンにより、SIVmac239 チャレンジが確実に制御されると報告されていた、主要組織適合遺伝子複合体(MHC) class I ハプロタイプ90-120-Ia 個体群に対し、SIV 複製抑制能を有すると示唆されていた 2 つの SIV Gag エピトープ(Gag206-216, Gag241-249)特異的CTL を各々単独で誘導するDNA ワクチンおよびSeVベクターワクチンを開発し、DNAプライム・SeVブーストによるワクチン接種を行った後、SIVmac239 チャレンジを施行した。その結果、2つのエピトープ特異的CTL を同時にワクチンで誘導した群、およびGag241-249特異的CTLのみワクチンで誘導した群のいずれの個体も、セットポイント期SIV複製制御を示した。

以上、本論文はMHC遺伝子型の解析とエピトープ特異的CTLの単離を必要とせず、任意の個体の免疫不全ウイルス複製抑制能を in vitro で評価する高解像度の実験系を樹立した点、またその実験系を用い、生ワクチンなど免疫不全ウイルス重複感染制御におけるCD8陽性細胞の機能の重要性を示した点、ならびに単独のエピトープ特異的CTLのメモリー誘導がCCR5指向性免疫不全ウイルスの複製制御に繋がることを初めて示した点において画期的であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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