学位論文要旨



No 123672
著者(漢字) 朴,在賢
著者(英字) Park,Jaehyun
著者(カナ) パク,ゼヒョン
標題(和) 乳癌治療新規分子標的候補遺伝子PBK/TOPKの同定及びその機能解析
標題(洋) Identification and characterization of PBK/TOPK as a novel molecular target gene for breast cancer therapy
報告番号 123672
報告番号 甲23672
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3011号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 高崎,誠一
 東京大学 講師 太田,聡
 東京大学 教授 山本,一彦
内容要旨 要旨を表示する

乳癌は1996年以来本邦においても女性の悪性腫瘍罹患率1位となり、死亡者数も増加の一途を辿っている。現在の乳癌治療としては主に外科療法、放射線療法、ホルモン療法、化学療法などを組み合わせた集学的治療が行われているが、未だ十分な有効性が認められていないのが現状である。近年、ヒト型抗ErbB2抗体Trastuzumabが分子標的治療薬として開発され、臨床応用されているが、対象が約20%の転移性乳癌患者のみであり、また副作用として重篤な心毒性があることからも、新規の分子標的治療薬開発が急務である。さらに既存の抗がん剤の多くは、細胞毒性による抗がん作用を期待する薬剤であり、その作用機序から正常細胞、特に細胞周期の短い骨髄細胞などに強い副作用を示す。その結果、がん患者に強い侵襲を与えることが治療効果を妨げる大きな要因となっている。この問題を克服するためには、正常臓器では発現を認めず、癌細胞特異的に発現を認め、さらに細胞増殖に重要な役割を担う分子を標的する薬剤開発が重要である。本研究は、乳癌の新規治療薬の開発およびその発症・進展のメカニズムを分子レベルで解明すること目的に、当研究室で構築している約36000の遺伝子またはESTよりなるcDNAマイクロアレイを用いた乳癌とヒト正常臓器における網羅的遺伝子発現情報解析により、乳癌細胞において高頻度に発現亢進を認め、さらに正常臓器での発現が低いセリンスレオニンキナーゼPBK/TOPK (PDZ-binding kinase/T-LAK cell-originated protein kinase)を治療標的分子として着目して機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

乳癌臨床検体より抽出したmRNAを用いた半定量的RT-PCR法および乳癌細胞株とヒト正常臓器由来mRNAを用いたノザン解析の結果、PBK/TOPK遺伝子は、調べた10種類の乳癌細胞株全ておよび乳癌臨床検体において高発現を示す一方、副作用の低い治療薬開発のために重要な観点である正常臓器での発現では、精巣以外の臓器において認められないことから、癌精巣抗原であると考えられた。次に、PBK/TOPK特異的モノクローナル抗体を用いた細胞免疫染色により、複数の乳癌細胞株における内在性PBK/TOPKの局在を調べたところ、いずれの細胞株においても主に細胞質に局在することが認められた。乳癌組織および正常組織を用いた免疫組織染色によって、PBK/TOPKは乳頭腺癌・充実腺管癌・硬癌のいずれにも組織型においても強い染色を認めたのに対し、正常臓器ではノザン解析で発現の認められた精巣では染色を認めるものの、正常乳管細胞および生命維持に重要な重要臓器(心臓・肝臓・腎臓・肺)では全く染色を認めなかった。以上の結果より、PBK/TOPKは、mRNAレベルだけでなくタンパク質レベルにおいても乳癌おいて高発現することがわかった。

PBK/TOPK遺伝子の乳癌の細胞増殖への関与を調べるために、PBK/TOPKの高発現を認める2種類の乳癌細胞株(T47DおよびBT-20)にPBK/TOPK遺伝子特異的small-interfering RNA (siRNA)発現ベクターを導入した結果、この遺伝子の発現が転写およびタンパク質レベルともに効果的に抑制され、顕著なアポトーシスが引き起こされることによって細胞増殖抑制効果が認められた。また興味深いことに、PBK/TOPKの発現抑制された細胞では細胞質分裂の異常が認められた。このことより、PBK/TOPKは乳癌細胞の増殖に重要な役割を果たし、特に細胞分裂時に重要な分子であることを証明した。

PBK/TOPKは分裂期キナーゼであることが報告されていることから、乳癌細胞における内在性PBK/TOPKの各細胞周期における局在を調べたところ、間期には細胞質に局在していたが、その後G2/M期に核内に局在変化した。また、発現レベルの変化も同時に調べたところ、G2/M期に最も高い発現を示し、さらにM期においてリン酸化がおきて活性化され、特にM期中期には染色体の周囲に局在することもわかった。

分裂期キナーゼPBK/TOPKの活性化が、どのような生理的条件下の刺激によって起こるか調べたところ、セリンスレオニンキナーゼの脱リン酸化酵素の阻害剤であるオカダ酸で処理した際にリン酸化されることを証明した。分裂期キナーゼであるPBK/TOPKがM期中期には染色体上に局在することから、PBK/TOPKキナーゼの基質としてヒストンを候補として考えて、in vitro, in vivoリン酸化および結合を調べたところ、ヒストンH3と結合し、その10番目のセリン残基をリン酸化することを証明し、このことが染色体の安定性に関与していることが示唆された。

以上、本論文は、ゲノムワイドな遺伝子発現情報解析を通じて同定した乳癌標的遺伝子PBK/TOPKは細胞増殖に重要な役割を担う分子であり、特に分裂期においてヒストンH3をリン酸化することによって染色体の安定性に関与していることもはじめて明らかにした。また治療を考える上で、PBK/TOPKは、正常臓器での発現が極めて低い癌精巣抗原であることから、PBK/TOPKを標的としたキナーゼ活性阻害剤などの抗がん剤の開発は、従来の抗がん剤で認められるような重篤な副作用が少ないことが期待される。以上より、本研究は、乳癌新規分子標的治療薬の開発および乳癌発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、女性の悪性腫瘍罹患率1位である乳癌に対する新規の分子標的治療薬開発を目的としてcDNAマイクロアレイを用いた乳癌とヒト正常臓器における網羅的遺伝子発現情報解析により、乳癌細胞において高頻度に発現亢進を認め、さらに正常臓器での発現が低いセリンスレオニンキナーゼPBK/TOPK (PDZ-binding kinase/T-LAK cell-originated protein kinase)を治療標的分子として着目して機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.乳癌臨床検体より抽出したmRNAを用いた半定量的RT-PCR法および乳癌細胞株とヒト正常臓器由来mRNAを用いたノザン解析の結果、PBK/TOPK遺伝子は、調べた10種類の乳癌細胞株全ておよび乳癌臨床検体において高発現を示す一方、副作用の低い治療薬開発のために重要な観点である正常臓器での発現では、精巣以外の臓器において認められないことから、癌精巣抗原であることが示唆された。

2.PBK/TOPK特異的モノクローナル抗体を用いた細胞免疫染色により、複数の乳癌細胞株における内在性PBK/TOPKの局在を調べた結果、いずれの細胞株においても主に細胞質に局在することが認められた。さらに乳癌組織および正常組織を用いた免疫組織染色によって、PBK/TOPKは乳頭腺癌・充実腺管癌・硬癌のいずれにも組織型においても強い染色を認めたのに対し、正常臓器ではノザン解析で発現の認められた精巣では染色を認めるものの、正常乳管細胞および生命維持に重要な重要臓器(心臓・肝臓・腎臓・肺)では全く染色を認めなかった。以上の結果より、PBK/TOPKは、mRNAレベルだけでなくタンパク質レベルにおいても乳癌おいて高発現することがわかった。

3.PBK/TOPK遺伝子の乳癌の細胞増殖への関与を調べるために、PBK/TOPKの高発現を認める2種類の乳癌細胞株(T47DおよびBT-20)にPBK/TOPK遺伝子特異的small-interfering RNA (siRNA)発現ベクターを導入した結果、この遺伝子の発現が転写およびタンパク質レベルともに効果的に抑制され、顕著なアポトーシスが引き起こされることによって細胞増殖抑制効果が認められた。また興味深いことに、PBK/TOPKの発現抑制された細胞では細胞質分裂の異常が認められた。このことより、PBK/TOPKは乳癌細胞の増殖に重要な役割を果たし、特に細胞分裂時に重要な分子であることを証明した。

4.PBK/TOPKは分裂期キナーゼであることが報告されていることから、乳癌細胞における内在性PBK/TOPKの各細胞周期における局在を調べたところ、間期には細胞質に局在していたが、その後G2/M期に核内に局在変化した。また、発現レベルの変化も同時に調べたところ、G2/M期に最も高い発現を示し、さらにM期においてリン酸化がおきて活性化され、特にM期中期には染色体の周囲に局在することもわかった。

5.分裂期キナーゼPBK/TOPKの活性化が、どのような生理的条件下の刺激によって起こるか調べたところ、セリンスレオニンキナーゼの脱リン酸化酵素の阻害剤であるオカダ酸で処理した際にリン酸化されることを証明した。分裂期キナーゼであるPBK/TOPKがM期中期には染色体上に局在することから、PBK/TOPKキナーゼの基質としてヒストンを候補として考えて、in vitro, in vivoリン酸化および結合を調べたところ、ヒストンH3と結合し、その10番目のセリン残基をリン酸化することを証明し、このことが染色体の安定性に関与していることが示唆された。

以上、本論文はゲノムワイドな遺伝子発現情報解析を通じて同定した新規乳癌標的遺伝子PBK/TOPKが細胞増殖に重要な役割を担う分子であること、特に分裂期においてヒストンH3をリン酸化することによって染色体の安定性に関与していることをはじめて明らかにしたものである。本研究は、PBK/TOPKの発現パターンより正常臓器での発現が極めて低い癌精巣抗原であることから、PBK/TOPKを標的とした抗癌剤の開発は、従来の抗がん剤で認められるような重篤な副作用が少ないことが十分に期待される。以上より、本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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