No | 123674 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Fabio,Pittella Silva | |
著者(カナ) | ファビオ,ピッテラ シルヴァ | |
標題(和) | ヒト発がんに関与する遺伝子TIPUH1およびSMYD3の機能解析 | |
標題(洋) | Characterization and functional analysis of two novel genes, TIPUH1 and SMYD3, involved in human carcinogenesis | |
報告番号 | 123674 | |
報告番号 | 甲23674 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3013号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 肝細胞がんは予後の不良な悪性腫瘍であり、その死亡者数は世界全体で年間50万人を数える。近年の目覚しい医学の進歩・発展にも関わらず、肝細胞がんの有効な診断および治療法は未だ確立されておらず、早急に解決しなければならない問題である。 発がん分子メカニズムの解明やその関連分子を同定することは、新しい肝細胞がんの予防・治療法を開発する上で重要である。我々は以前にcDNAマイクロアレイを用いた肝細胞がんの遺伝子発現プロファイル解析を行い、肝細胞がんで発現亢進を認める165個の遺伝子を同定した。そのうち、本学位論文ではTIPUH1 (Transcription Involved Protein Up-regulated in HCC 1) およびSMYD3 (SET and MYND-domain containing 3)についての機能解析を行い、発がんとの関連性について検討した。 TIPUH1遺伝子はKRABドメインや12個のジンクフィンガードメインを含む推定500アミノ酸のタンパク質をコードする。マイクロアレイを用いた発現解析において、TIPUH1は肝細胞がん14症例中、11例において発現亢進が認められた。半定量RT-PCRにおいても、TIPUH1の発現上昇は10例中7例で認められた。またノーザンブロット解析の結果、正常組織でのTIPUH1の発現は精巣および胎盤で認められたが、今回検討した他の14組織ではその発現は認められなかった。マウス線維芽細胞NIH3T3を用いたコロニーフォーメーションアッセイでは、 TIPUH1はその増殖を促進した。一方、siRNAによるTIPUH1発現の抑制は、HepG2、Huh7、SNU449 およびAlexanderなどの肝がん細胞株の増殖を低下させたことから、TIPUH1はがん細胞の増殖に関与していることが明らかとなった。さらに、TIPUH1の生物学的機能を詳細に検討するため、FLAGタグの付いたTIPUH1を発現する細胞を作製して、免疫沈降によりTIPUH1と共沈するタンパクを抽出した後、質量分析計にてその結合タンパクの同定を試みた。その結果、TIF1β、 hnRNPU、hnRNPFおよびnucleolinの4つの因子がTIPUH1と相互作用することが明らかとなった。これらは転写共役因子として働くことや、mRNAのスプライシングなどに係わることが知られていることから、これらの相互作用因子を介する遺伝子の転写制御がTIPUH1の機能に重要な役割を演じていることが示唆された。 我々は以前に肝細胞がんおよび大腸がんで発現亢進を認める遺伝子SMYD3を同定し、SMYD3がこれらのがん細胞の増殖に深く関わっていることを報告した。本研究では、この知見に加え、乳がんでもSMYD3の発現が亢進していることを見出した。siRNAの実験から、SMYD3は乳がん細胞の増殖も促進することが示された。また、SMYD3はがん遺伝子として知られるWNT10Bの発現を直接的に制御していることが明らかとなった。これらの結果は、SMYD3が乳がん治療薬の標的分子となりうる可能性を示唆するものである。また我々は、SMYD3の機能に関する新知見として、がん細胞において分解されたSMYD3の存在を示唆した。アミノ酸配列解析の結果、分解型SMYD3ではその野生型と比してN末端側の34個のアミノ酸が欠落していた。興味深いことに、その分解型SMYD3や15 と17番目のグリシンを他のアミノ酸に置換した変異型SMYD3は野生型より高いメチルトランスフェラーゼ活性を示した。このN末端部位を詳細に解析した結果、HSP90αがこのN末端部位と結合すること、ならびにSMYD3のメチルトランスフェラーゼ活性を調節していた。したがって、SMYD3のN末端部位はそのメチルトランスフェラーゼ活性に重要な役割を演じ、分解型SMYD3が示す高いメチルトランスフェラーゼ活性は、N末端部位の欠失によるタンパク高次構造の変化またはHSP90αとの結合阻害が関係しているものと推察された。以上の結果は、SMYD3のヒストンメチルトランスフェラーゼ活性の調節機構を明らかにし、このメチルトランスフェラーゼ活性をターゲットとした新たながん治療薬の開発に寄与するものと考えられる。 TIPUH1およびSMYD3 はがん細胞において発現亢進が認められ、これらの発現抑制はがん細胞の増殖を阻害したことから、これらの遺伝子機能を標的とした薬物は効果的ながん治療薬になるかも知れない。以上、本学位論文は新たな発がんメカニズムの解明、および肝細胞がん、大腸がん、乳がんを含むがんに対する新規の予防・治療法の開発に寄与するものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、cDNAマイクロアレイを用いた肝細胞癌の遺伝子発現プロファイル解析のデータから、2つの新規治療標的候補遺伝子TIPUH1 (Transcription Involved Protein Up-regulated in HCC 1) およびSMYD3 (SET and MYND-domain containing 3)を同定し、これらの遺伝子産物の機能解析を行なったものである。具体的には、この研究で以下の結果を得ている。 1.マイクロアレイを用いた肝癌の発現プロファイル解析の結果では、TIPUH1遺伝子は肝細胞癌14症例11例において、対象となる同一患者の非腫瘍肝組織よりも発現が亢進していた。半定量RT-PCRにおいても、TIPUH1の発現上昇は肝細胞癌10例中7例で認められた。またノーザンブロット解析の結果、正常臓器でのTIPUH1の発現は精巣および胎盤で認められたが、検討した他の14臓器ではその発現は認められなかった。 2.マウス線維芽細胞NIH3T3を用いたコロニーフォーメーションアッセイでは、 TIPUH1の導入は3T3細胞のコロニー形成能を促進した。一方、HepG2、Huh7、SNU449 およびAlexanderなどの肝癌細胞株でのsiRNAによるTIPUH1発現の抑制は、これらの細胞の増殖を抑制したことから、TIPUH1は癌細胞の増殖に関与していることが明らかとなった。 3.TIPUH1の機能を明らかにするため、FLAGタグの付いたTIPUH1を発現する細胞を作製し、免疫沈降によりTIPUH1と共沈するタンパクを抽出した後、質量分析計にてその結合タンパクの同定を試みた。その結果、TIF1β、 hnRNPU、hnRNPFおよびnucleolinの4つの分子がTIPUH1と相互作用することを見いだした。これらの分子はmRNAのスプライシングや転写共役因子として働くことが知られていることから、TIPUH1はこれら分子との相互作用因子を介して、遺伝子の発現や転写制御に重要な役割を演じていることが示唆された。 4.我々は以前に肝細胞癌および大腸癌で発現亢進を認める遺伝子SMYD3を同定し、SMYD3がこれらの癌細胞の増殖に深く関わっていることを報告した。本研究では、SMYD3の発現は乳癌でも亢進していることを見出した。またsiRNAを用いたノックダウン実験から、SMYD3は乳癌細胞の増殖にも関与することが示された。さらに、著者はSMYD3がWNT10Bの発現を直接的に制御していることを証明した。これらの結果は、SMYD3が乳癌の治療標的分子となりうるとともに、Wnt10Bを介した癌化への関与の可能性を示すものである。 5.SMYD3に関する新たな知見として、癌細胞において分子量の異なるSMYD3が発現していることを発見した。そしてアミノ酸配列解析の結果、分子量の小さいSMYD3タンパクは、全長のSMYD3のアミノ基側末端34アミノ酸が欠落したタンパクであることを見いだした。興味深いことに、その分解型SMYD3は、野生型より高いメチルトランスフェラーゼ活性を示した。このN末領域を詳細に解析した結果、15 番目と17番目のグリシンは他のSETドメインを持つタンパクにも広く保存されており、しかもこれらのアミノ酸を置換した変異型SMYD3も高い酵素活性を持つことから、これらのグリシンを含む領域はSMYD3の酵素活性に関与することが示唆された。しかもこのN末端領域にはHSP90αが結合することから、この領域の構造的変化がSMYD3のメチルトランスフェラーゼ活性を調節することが推察された。 以上、本論文は肝癌で高発現する分子TIPUH1が肝癌治療の新規標的分子であることを示すとともに、TIF1β、 hnRNPU、hnRNPFおよびnucleolinなどその結合するタンパク群を介して、RNAのスプライシングや、転写に関与していること、これらの分子との結合の阻害が、機能抑制につながる可能性があることを示した。またSMYD3に関しては、肝癌や大腸癌だけでなく、乳癌の治療標的としても有望であること、またその酵素活性にはタンパクのアミノ基末端の切断などの転写後調節が関与していることを示した。以上、本学位論文は肝癌の発生・進展に関与する新たな分子の同定と、その機能の解明、および肝細胞癌、大腸癌、乳癌を含む癌に対する新規の治療法の開発に寄与するものと考えられる。したがって本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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