No | 123675 | |
著者(漢字) | 古谷,(小見)美央 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フルタニ,(オミ)ミオ | |
標題(和) | マウス内在性レトロトランスポゾンETnの未分化ES細胞における | |
標題(洋) | Activation Mechanism of Mouse Endogenous Retrotransposon ETn in Embryonic Stem Cells | |
報告番号 | 123675 | |
報告番号 | 甲23675 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3014号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [背景] ヒトゲノム計画の終了に伴い、われわれのゲノムは大半がリピート配列によって占められていることが明らかとなった。ヒトではゲノムの45%がレトロトランスポゾン由来の配列であり、タンパクをコードする「遺伝子領域」は2%以下にすぎない。このことから、それまで「ジャンクDNA」とよばれてきた非遺伝子領域が近年着目されるようになり、non-coding RNAやmiRNAなど、タンパクに翻訳されることなく機能をもつ様々なRNAの存在が確認された。 レトロトランスポゾンは、哺乳類ゲノム中に多く散在するレトロウイルス様の構造をもつエレメントである。その転移様式は転写産物が逆転写されゲノム中に挿入されるというコピーアンドペースト型であり、コピー数は転移するごとに増大していく。その転移様式については研究が進んでいるが、レトロトランスポゾン配列の存在意義についてはほとんどわかっていない。 しかし、近年レトロトランスポゾンの一種であるLINE-1 (L1)の転写産物がマウスの初期発生において重要な役割を果たすことが明らかとなった。さらに、L1の発現を抑制した癌細胞では増殖や分化能が低下すること、あるいはマウス発生過程で臓器特異的にクロマチンドメインとして機能するSINE-B2エレメントの存在など、レトロトランスポゾン配列が細胞の性質や機能に影響している例がいくつか報告されている。 ES (Embryonic Stem:胚性幹)細胞は、将来個体を形成するあらゆる種類の細胞に分化する能力を有した細胞である。その多分化能という特異な性質をES細胞に与える要素を明らかにするために、アレイを用いた網羅的な遺伝子発現プロファイリングがなされてきたが共通解は得られず、ES細胞が非常に雑多な遺伝子群を発現させていることが浮き彫りとなった。 最近、ヒトやマウスES細胞においてレトロトランスポゾンが活性化されていることがわかってきているが、その活性化機構やES細胞の性質との関連は不明である。マウス内在性レトロトランスポゾンETnはマウスゲノムの全染色体に散在し、発生初期およびES細胞など未分化細胞において特異的に発現するnon-codingのLTR型レトロトランスポゾンである。その活性化機構についてはSp1/Sp3の関わりが報告されたが、それらの因子はユビキタスに発現するものであり、発現制御を担う未分化細胞特異的な別の因子の存在が想定されていた。本論文ではETnの未分化細胞特異的転写制御機構の解明を試みた。 [結果] 1)未分化細胞におけるETnの発現 マウス未分化ES細胞と、レチノイン酸投与により5日間分化誘導したES細胞とのmRNAをdifferential plaque hybridizationにより比較し、レトロトランスポゾンETnが未分化細胞でのみ活発に転写されていることを確認した。分化細胞や5週齢マウスの臓器においてはETnの転写はほとんど検出されなかった。また、核および細胞質から調製したRNAを用いたノザンブロッティングにより、ETnのmRNAは細胞質のみならず核内にも蓄積していることを見出した。 2)ETn転写活性化を担うシスエレメントの同定 レポータージーンアッセイを用いて、ETnの5' LTR内に存在するプロモーターが未分化ES細胞特異的に機能することを明らかにした。LTR内をさまざまに欠失させたレポーターを用いて、転写に特に重要な30 bpの領域を同定した(del2-3領域とよぶ)。bisulfite assayの結果から、ETnのプロモーター領域のCpGのメチル化パターンは未分化・分化で変化しないことを明らかにした。 3)ETnの転写活性化因子の同定 未分化ES細胞・分化ES細胞の核抽出物を用いたゲルシフトアッセイで、del2-3領域に未分化細胞特異的なDNA結合活性が存在することを見出した。サイズ分画により、この結合活性を与える因子の分子量をおよそ75-100 kDaであると推定した。 del2-3の配列および結合タンパクの分子量から、結合する因子がCTCFとそのパラログBORISであると予想し、CTCFとBORISの未分化ES細胞での発現をウエスタンブロッティングおよびノザンブロッティングにより解析した。CTCFの発現はES細胞の5日間の分化誘導とともに減少し、BORISは未分化ES細胞でのみmRNAが確認された。 まず、通常ETnを発現しないNIH 3T3細胞にBORISの発現ベクターを導入することで、ETnレポーターの転写活性が上昇することを見出した。その細胞から調製した核抽出物において、del2-3領域で見られるDNA結合活性が増加することを明らかにした。また、NIH 3T3細胞にBORISおよびCTCF発現ベクターを導入しレポータージーンアッセイをおこなうと、BORIS単独およびCTCF単独と比べ、BORISとCTCFを同時に発現させた細胞でレポーターの活性が上昇することがわかった。 次に、BORISおよびCTCFの抑制がETnの発現に与える影響を、shRNAを用いて検証した。レトロウイルスベクターを用いてそれぞれのshRNAをES細胞に感染させた。感染させた細胞からRNAを調製し、ノザンブロッティングでETnのmRNAを検出したところ、shRNAによってCTCFとBORISを同時に抑制したときにETnのmRNAが30%程度減少することを明らかにした。 293T細胞にHAタグ付加BORISおよびCTCFを発現させ、coimmunoprecipitationを試みた。抗HA抗体による免疫沈降でCTCFが沈降物に含まれることが明らかになり、BORISとCTCFがともに発現している状態では両者が複合体を作る可能性が示唆された。さらに、抗CTCF抗体を用いてクロマチン免疫沈降をおこない、未分化ES細胞において、CTCFがdel2-3領域に結合していることを示した。 [考察] 本論文では、これまでSp1/Sp3というユビキタスに発現する因子の関与のみが明らかにされていたマウス内在性レトロトランスポゾンETnの未分化細胞特異的な転写活性化因子として、CTCFとBORISを同定した。また、これまで排他的な発現パターンを示すといわれてきたCTCFとBORISがES細胞においてはともに発現しているということを明らかにした。CTCFはインシュレーター因子として知られ、がん抑制遺伝子であると考えられている。BORISはCTCFが発現していない精巣細胞およびがん組織において発現がみられることから癌精巣遺伝子といわれている。これら二つの因子が同時に発現する状態は通常の細胞ではみられず、ES細胞特異的な性質であるともいえる。 また、NIH 3T3にCTCFとBORISをコトランスフェクションしたレポータージーンアッセイにより、BORISおよびCTCFは単独でもETnのプロモーターを活性化させることができるが、両方発現させた場合に転写活性化能が高いことが明らかとなった。このことから、BORISとCTCFがともに発現している状態のES細胞では、両者が協調してETnのプロモーターを活性化させていると考えられる。BORISとCTCFのshRNAをES細胞に感染させた実験においても、BORISのみ、あるいはCTCFのみに対するshRNAを導入した場合より、双方に対するshRNAを同時に導入したES細胞においてETnのmRNA量はより大きく減少していた。この結果からもCTCFとBORIS両方の存在がETnの転写活性化にとって重要であることが示唆される。 293T細胞に強制発現させて免疫沈降をおこなった結果、BORISとCTCFは共に発現している状態では相互作用するという結果を得た。さらにクロマチン免疫沈降により、未分化ES細胞においてCTCFがETn プロモーター領域に結合することが示された。CTCFがETnプロモーターに直接結合しているかについては今後検討すべき課題である。 BORISはPRMT7というヒストン修飾酵素をターゲット上にリクルートすることが知られており、ETnのLTR上にも同様にそのような因子を引き込み、ゲノムワイドにヒストンの修飾状態を変化させている可能性も考えられる。興味深いことに、ETnのmRNAは細胞質だけでなく核内にも存在することが本論文により明らかとなった。核内に存在するETn mRNAの役割は不明であるが、ETnの核内mRNAが細胞の分化に伴うヒストン修飾のガイドとして働くことなどが考えられる。今後、DNA配列としてのETnエレメントがゲノム内で持つ役割や、核内RNAとしてのETnの転写産物の機能について研究を進めることで、これまでわからなかった内在性レトロトランスポゾンの存在意義についての理解が深まることが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は未分化細胞に特徴的なゲノム動態を探索する過程で単離された、未分化細胞特異的に活発に転写されているレトロトランスポゾン配列ETnの転写活性化機構を明らかにするため、マウス胚性幹細胞(ES細胞)内で機能するETnプロモーター内のシスエレメント、およびそこに結合する転写活性化因子の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.未分化状態のマウスES細胞で発現する遺伝子をDifferential Plaque Hybridizationの手法を用いて探索し、未分化因子として知られるRex-2およびRibosomal Protein S6、Prdx1、ETnの4つの遺伝子を得た。ETnはゲノム内に数百コピーが散在するマウス内在性レトロトランスポゾンであり、E14.1、R1、D3などの異なるES細胞株、およびマウス胚性腫瘍細胞(EC細胞)F9で同様に活発に転写されていた。生後5週齢のマウスの臓器においては、骨髄、胸腺、脳、脾臓でわずかにETnのmRNAが検出された以外発現は確認されず、ETnの発現は未分化状態の細胞に限られていることが示唆された。 2.ETnのプロモーター活性を未分化ES細胞(UD)および5日間のレチノイン酸添加による分化誘導をおこなった分化ES細胞(D)でレポータージーンアッセイを用いて調べたところ、UDでプロモーターは活性化されており、Dでその活性は著しく低下した。ゲノム内のETnプロモーター領域のDNAメチル化状態は5日間の分化誘導で変化しないことをbisulfite法にて示した。このことから、ES細胞の分化誘導に伴うETnプロモーター活性の低下は、プロモーター上のメチル化状態の変化によるものではないことが示された。 3.UD特異的に機能するETnのシスエレメントを、ゲルシフトアッセイとレポータージーンアッセイを用いて探索した。UDとD由来の核抽出物を用いてETnのプロモーター領域に対するゲルシフトアッセイをおこなった結果、ETn LTRのプロモーター領域内の30塩基対の部位(del2-3)にUD特異的に因子が結合することを明らかにした。レポータージーンアッセイにより、del2-3領域がETnプロモーターのUD特異的な転写活性化に必須であることを示し、この領域がUD特異的にシスエレメントとして機能することを明らかにした。 4.同定したシスエレメントにUD特異的に結合する因子の単離を試み、結合する因子をCTCFおよびそのパラログBORISにしぼりこんだ。CTCFとBORISは排他的な発現パターンを示すことが知られているが、UDにおいてはCTCFもBORISも発現していた。NIH 3T3細胞にBORISやCTCFを導入することによりETnのプロモーター活性は上昇し、BORISのZn Fingerを欠失させるとプロモーターの活性化は起こらず、また両者を同時に導入させた場合には単独の場合よりもプロモーターがより強く活性化された。BORISを発現させたNIH 3T3細胞の核抽出物において、del2-3領域に見られるDNA結合活性が増加したことから、UDの核抽出物で見られた結合活性にBORISが含まれている可能性が示唆された。 5.293T細胞にBORISとCTCFを強制発現させて免疫沈降すると、両者が共沈してきたことから、同時に発現している細胞において両者が相互作用している可能性が示唆された。また、クロマチン免疫沈降法を用いて、UDでCTCFがdel2-3領域に結合していることを示した。さらにCTCFおよびBORISに対するshRNAをUDにレトロウイルスベクターを用いて感染させ、それらの因子の発現を抑制することで、ETnのmRNA量が30%程度減少した。したがって、BORISとCTCFはUDにおいてETnのプロモーター領域に結合し、転写活性化因子として機能していると考えられた。 以上、本論文はマウス未分化胚性幹細胞において、未分化特異的に活性化されるレトロトランスポゾンETnの転写活性化機構を明らかにした。本研究は内在性レトロトランスポゾンの存在意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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