学位論文要旨



No 123677
著者(漢字)
著者(英字) Maria,Rhea Ruriko Umano Urbiztondo
著者(カナ) マリア,レヤ ルリコ ウマノ ウルビズトンド
標題(和) 肺腺癌の進展において決定的な腫瘍関連分子 : 組織アレイを用いたハイスループット解析
標題(洋) TUMOR-ASSOCIATED MOLECULES CRITICAL FOR PROGRESSION OF LUNG ADENOCARCINOMA: A HIGH THROUGH-PUT IMMUNOHISTOCHEMICAL ANALYSIS USING TISSUE MICROARRAY
報告番号 123677
報告番号 甲23677
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3016号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 准教授 宮澤,恵二
 東京大学 准教授 福島,敬宜
 東京大学 講師 寺原,敦朗
内容要旨 要旨を表示する

小型の肺腺癌は、非浸潤性の肺胞上皮癌の成分と浸潤性の腺癌の成分からなる混合型の組織型を示すものが多い。このような混合型の腺癌は、非浸潤性から浸潤性へと移行する癌の進展過程を形態学的に示しているものと現在解釈されている。しかし非浸潤性の肺胞上皮癌、混合型の肺腺癌、浸潤性の肺腺癌の3者について組織アレイを用いて比較検討した具体的な報告はない。本研究では、非浸潤性の肺胞上皮癌、混合型の肺腺癌のような早期病変を含めた肺腺癌について組織アレイを用いて肺腺癌の進展に関連した分子マーカーの発現異常について解析を行った。

[方法] 組織アレイは、非浸潤性の肺胞上皮癌5例、混合型の肺腺癌20例、浸潤性の肺腺癌20例から作製した。この組織アレイを用い、肺腺癌の進展に関与する可能性のある13の分子マーカーの発現を免疫組織学的に検討した。13の分子マーカーの内訳は、腫瘍抑制遺伝子の産物(p53, PTEN, E-cadherin, TSLC1, Smad4)、細胞周期制御因子(p16, p21, p27, cyclin D1, Cyclin E)、ストレス反応に関係した蛋白(GRP78, Hsp70, Hsp90)である。免疫染色の結果は、染色強度と陽性細胞の割合を勘案し半定量的にスコア化した。PTEN, TSLC1については118例の肺腺癌切除検体(非浸潤性肺胞上皮癌11例、混合型肺腺癌21例、乳頭型腺癌 58 例、充実性23 例、腺房型5例)を用いて通常の切片の免疫染色によって確認を行うとともに、予後因子としての意義についても検討を行った。E-cadherin については、その発現低下を肺腺癌細胞株において確認するとともに、さらにオリゴヌクレオチドアレイ解析、MSP(methylation-specific polymerase chain reaction)法、SNPアレイ (single nucleotide polymorphism array)解析によりE-cadherin 発現低下の分子機構について検討を行った。

[結果] 肺胞上皮癌と混合型腺癌の比較: 検討した13マーカーのうち、Hsp70の発現は、肺胞上皮癌よりも混合型腺癌において発現が高く (63.2% vs 87.2%, p= .0145) 、これに対し Smad4 の発現は、肺胞上皮癌に比べ混合型腺癌の非浸潤部において有意に低下していた (64.3% vs 7.9%, p=<.0001). 浸潤癌では混合型腺癌の浸潤部と比較してさまざまな分子の発現異常が認められた。発現異常を認めたものは、p16 (77.5% vs 55.6%, p=0.042), p27 (37.5% vs 2.8%, p=.0002), cyclin D1 (23.1% vs 5.3%, p=.0255), PTEN (97.5% vs 64%, p=.0002), E-cadherin (97.4% vs 69.4%, p=.001)、 TSLC-1 (74.36% vs 26.5%, p=<.0001)であった. PTENとE-cadherinについて、通常の切片による解析をさらに行ったところ、PTEN と E-cadherin は、肺胞上皮癌、混合型腺癌、浸潤癌の順に発現が低下していた。組織亜型間の比較では、PTEN と E-cadherin の発現低下は充実型で最も顕著であった。PTEN と E-cadherin の発現低下はともに分化の低下、病期の進行、静脈侵襲の存在と相関していた。PTENの発現は腫瘍性の増大と逆相関していた。また単変量ならびに多変量解析においてE-cadherin の発現は有意な予後因子であることが判明した。E-cadherin の局在パターンを膜、細胞質、陰性の3群にわけて解析を行ったところ、細胞質陽性ないし陰性の群は、膜陽性の群に比べて予後不良の傾向を示した。最後に培養細胞を用いてE-cadherinの発現とその制御機構について検討を行った。腺癌細胞18株と気管支上皮由来の細胞(SAEC)についてE-cadherin の発現を比較したところ、5株 (18%) においてE-cadherinの発現低下を認めた。E-cadherinの発現を制御しているとされるさまざまな転写因子の発現とE-cadherinの発現の相関を検討したところ、Zeb1がE-cadherinと逆相関を示していた。またE-cadherinのプロモーター領域のメチル化亢進が肺腺癌細胞の半数において認められ、メチル化亢進はE-cadherinの発現低下と相関していた。SNP アレイによるコピー数解析ではE-cadherin 領域のコピー数に変化はなかった。

[結論と考察] 組織アレイを用いることにより、肺腺癌の進展の過程でおきる分子の発現異常を多数の分子マーカーについて同時に解析することが可能であり、有益であることが示された。細胞株の解析結果から、E-cadherin の発現低下はプロモーターのメチル化と転写因子Zeb1の働きによっておきている可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は主に肺腺癌の発癌過程について解析したもので,2部構成で提示された。第一部は、組織マイクロアレイを使って肺腺癌の発育進展に関連する分子を特定することを目的に行われた。第2部は、Eカドヘリンの重要性とEカドヘリンの発現を制御しているメカニズムに言及するもので, PTENの発現に関する解析が行われている。

解析結果のまとめを以下に示す:

1.組織マイクロアレイを用いることにより、肺腺癌の発育進展に関与する重要な分子の発現異常を同時に多数解析することが可能であった。

2.混合型肺腺癌の中間的な分子異常は,細気管支肺胞癌と純粋な肺腺癌の間の発育過程に関与する可能性がある。

3.Smad4の発現欠損とHsp70の過剰発現は、混合型肺腺癌の重要な分子異常と考えられた。

4.大部分の遺伝子異常はlate stageに起こっていると考えられ、純粋な肺腺癌で、より高頻度に見られた。

5.Eカドヘリンは、肺腺癌の発育進展に重要な分子で,予後と負の相関関係にある。

6.Zeb1のプロモーター領域のメチル化による発現抑制は、肺腺癌のEカドヘリン発現低下を説明できる可能性がある。

以上の解析結果は、肺腺癌の発育進展過程の理解に重要な示唆を与えた。この研究は、非浸潤性の肺胞上皮癌,混合型肺腺癌のような早期病変を含めた肺腺癌について組織マイクロアレイを用いて肺腺癌の進展に関連した分子マーカーの発現異常についての最初のレポートである。また特に肺腺癌におけるEカドヘリン発現抑制に関係する重要なメカニズムについての解析を行っている。最後に、得られた情報は,肺腺癌に対する今後の適当な治療法の開発につながる可能性を有している。以上のような研究は,博士の学位の授与に値するものと考えられる。

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