No | 123678 | |
著者(漢字) | 山吉,誠也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマヨシ,セイヤ | |
標題(和) | エボラウイルス膜蛋白質VP40の細胞内輸送機構の解析 | |
標題(洋) | The Mechanism of Intracellular Transport of Ebola Virus Matrix Protein VP40 | |
報告番号 | 123678 | |
報告番号 | 甲23678 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3017号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | エボラ出血熱はエボラウイルスによって引き起こされる重篤なウイルス性人獣共通感染症であり、人での致死率は90%に達する。本来はアフリカなどに限局する疾患であるが、交通手段の発達に伴い、何時どこでエボラ出血熱を発症する患者が出現しても不思議でない。しかし、エボラウイルスの研究はBio-safety Label (BSL)4施設を必要とするため進展が遅れており、ウイルス増殖過程の詳細はわかっていないことが多い。そのために、使用可能なワクチンや治療法の確立に至っていない。そこで、エボラウイルスの増殖過程、特にウイルスの出芽機構を明らかにすることで、治療法や予防法の確立に有用な情報を提供できるのではないかと考えた。 あらゆるウイルスはその増殖過程で様々な細胞因子と相互作用し、細胞本来の機能を巧みに利用している。エボラウイルスの膜蛋白質VP40も細胞内で発現させると種々の宿主因子と相互作用し、VP40を含むエボラウイルス様粒子(VLP)が産生される。エボラウイルスVP40のアミノ末端側には、Late-domainと呼ばれるアミノ酸配列が存在している。Late-domainは、ヒト免疫不全ウイルスやラッサウイルス等の膜蛋白質にも存在し、ウイルス出芽に関わる宿主蛋白質Tsg101等との相互作用に重要なモチーフである。しかし、アミノ末端側から30アミノ酸を欠失したVP40はLate-domainを完全に失っているにも関わらず、VLP放出能を失っていない。以上の報告を元に、私はVLP放出に必須なアミノ酸配列を決定するため、欠損変異体やアラニン置換変異体を多数作製し、そのVLP形成効率を野生型VP40と比較した。その結果、53位プロリンに、または51位ロイシンと52位アルギニンの両方にアラニン置換を導入した場合に、顕著なVLP形成効率の低下が認められた。また、野生型VP40が示す形質膜への局在や多量体形成を、これらVLP形成効率が低下した変異体VP40について検討した結果、多量体形成には影響はしなかったが、形質膜へは局在せず細胞質に留まっていた。以上の成績より、VP40の53位プロリン、51位ロイシンおよび52位アルギニンがエボラウイルスの粒子形成過程、特に形質膜への局在に重要な働きを持つことを明らかにしている。この知見をさらに発展させるため、VP40の細胞内輸送機構を担う宿主蛋白質の同定を試みた。 まず、VP40をBait蛋白質として用いた免疫沈降および質量分析を行った。その結果、エボラウイルスVP40蛋白質と相互作用し得る10種類の宿主蛋白質が同定された。これらの中からSec24Cを選出し、さらに詳細な解析を進めることとした。その理由は、Sec24Cが小胞体からゴルジ装置への小胞輸送を担うCOPII輸送の構成蛋白質Sec24 familyの一つであり、その機能からウイルス出芽機構への関与が推測されたからである。COPII輸送は、GTPaseであるSar1がトリガーとなりSec23/24複合体の形成を起点に開始される。 VP40とSec24Cが相互作用することがわかったが、両者の細胞内局在は著しく異なる。つまり、VP40は形質膜への局在を示し、Sec24Cは核周辺の小胞体領域に存在する。ところがVP40を細胞内で共発現させると、Sec24Cは形質膜下に検出され、両蛋白質は共局在していた。また、Sec24Cの本来の結合相手であるSec23Aも、Sec24Cと同様にVP40の共発現によって、核周辺から形質膜下への局在変化が認められた。以上の成績より、VP40はSec24Cのみを特異的に利用するのではなく、それが本来働いているCOPII輸送を出芽機構に利用していることが示唆された。 次に、Sec24CおよびCOPII輸送がVLP放出に関与しているかを調べるため、RNAiによりSec24CまたはSar1の発現をノックダウンした2種類の細胞株を用いて、VLP放出効率を比較した。Sec24Cノックダウン細胞およびSar1ノックダウン細胞におけるVLP形成効率は、コントロール細胞に比べそれぞれ約60%低下していた。これらの成績は、Sec24CのみならずCOPII輸送もVLP放出に関与することを示している。そこで、COPII輸送により強力な阻害効果を持つSar1のDominant Negative変異体を用いてCOPII輸送を阻害し、それがVLP放出およびVP40の細胞内局在に及ぼす影響を検討した。VLP形成効率は、Sar1のDominant Negative変異体により約90%低下し、その時VP40は形質膜への局在を示さず細胞質に留まっていた。つまり、COPII輸送がVP40の形質膜への輸送(細胞内輸送)に重要な役割を果たすことが示唆された。 さらに詳細にCOPII輸送の働きを明らかにするため、VP40にアミノ酸変異を導入しSec24Cと相互作用出来ない変異体を作製し、それらの性状を野生型VP40と比較することにした。まず、VP40とSec24Cの相互作用部位を同定するために、VP40の欠失変異体やアラニン置換変異体を多数作製しSec24Cとの相互作用を免疫沈降で検討した結果、VP40のアミノ酸303-307位が相互作用部位であることが明らかとなった。この303-307位のアミノ酸をそれぞれアラニンに置換した相互作用不全VP40変異体のVLP形成効率は著しく低下していた。また、これらの細胞内局在は主に細胞質であり、形質膜への局在を示さなかった。つまり、Sec24Cと相互作用できないVP40変異体は、VLP形成効率の低下および形質膜への局在不全が認められた。ただし、305位メチオニンをアラニンに置換した変異体は、Sec24Cとの相互作用が上昇し、形質膜への局在は認められたものの、VLP形成効率は低下していた。これらの成績より、VP40はSec24Cとの相互作用を介してCOPII輸送を細胞内輸送機構として利用していることが示唆された。 COPII輸送がエボラウイルスVP40以外のウイルスマトリクス蛋白質の細胞内輸送にも用いられているのかを検討するため、単独発現によりVLPを効率良く放出させるヒト免疫不全ウイルス(HIV)のgag、ラッサウイルスのZおよびマールブルグウイルスのVP40を用いることとした。HIVのgagまたはラッサウイルスのZ発現によるVLP形成効率は、Sar1のDominant Negative変異体により影響を受けなかった。一方、マールブルグウイルスVP40発現によるVLP放出は、Sar1のDominant Negative変異体により阻害され、約70%低下していた。以上より、エボラウイルスだけでなく、マールブルグウイルスの膜蛋白質VP40もCOPII輸送を細胞内輸送機構として用いている可能性が示唆された。 本研究から、エボラウイルスVP40の細胞内輸送にはCOPII輸送が重要な働きをしていることが明らかとなった。VP40の形質膜への輸送はいくつかの段階が複雑に関与したメカニズムであると示唆される。さらにエボラウイルスの出芽機構の詳細が解明されれば、抗ウイルス薬の開発の一助となることが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究はエボラウイルスの粒子形成メカニズムの一端を解明することを目的として、エボラウイルスの粒子形成過程において中心的役割を担っているVP40の細胞内輸送機構について解析し、下記の結果を得ている。 1.VP40と相互作用する宿主蛋白質として、小胞体からゴルジ装置への小胞輸送を担うCOPII輸送の構成蛋白質であるSec24Cを同定した。VP40の303から307番目のアミノ酸が、VP40とSec24Cの相互作用に重要であった。また、VP40の形質膜への輸送とSec24Cとの相互作用の間には相関があった。 2.VP40は、Sec24Cおよびその本来の相互作用パートナーであるSec23Aと形質膜下で共局在していた。本来、Sec23A/Sec24Cのヘテロダイマーは細胞核周辺に局在していることから、VP40の発現によりSec23A/Sec24Cというヘテロダイマーの局在が変化した事が明らかになった。 3.Sec24C、またはCOPII輸送の開始因子であるSar1の発現をRNA interferenceにより抑制すると、それぞれの場合においてVP40発現によるVLP形成効率が低下した。 4.COPII輸送をSar1のDominant-Negative変異体を用いて阻害すると、VLP放出およびVP40の形質膜への輸送が顕著に阻害された。 5.マールブルグウイルスの膜蛋白質VP40もエボラウイルスのVP40と同様に、細胞内輸送機構としてCOPII輸送を利用していた。しかし、それはSec24Cを介していないことが示唆された。 以上、本論文はエボラウイルス膜蛋白質VP40の細胞内輸送の解析から、COPII輸送がエボラウイルスVP40の細胞内輸送機構として働いていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったエボラウイルス膜蛋白質の細胞内輸送のさらなる解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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