学位論文要旨



No 123681
著者(漢字) 高橋,美和子
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ミワコ
標題(和) 側頭葉てんかんにおけるFDG-PET、ECD-SPECT、IMZ-SPECTを用いた焦点診断および術後脳機能評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 123681
報告番号 甲23681
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3020号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 准教授 青木,茂樹
 東京大学 准教授 阿部,裕輔
内容要旨 要旨を表示する

目的

薬物難治性のてんかんや、抗てんかん薬の副作用で社会生活に障害をきたしている患者にとって、外科治療は重要な治療選択肢となる。焦点領域が限局し、術前にその領域が同定される場合、外科的治療が奏功する可能性が高い。特に、てんかん原性領域が主に海馬領域にある内側型側頭葉てんかんの場合、この領域を切除、あるいは周囲から遮断することで、発作を抑制することができる。それゆえ、てんかん原性領域の同定、特に、内側型側頭葉てんかんの診断は重要である。本研究では、放射性核種をもちいた脳機能イメージングによるてんかん焦点検出法について、トレーサおよび画像処理法という観点から検討を行った。トレーサはすでに広く使用されているFDG(糖代謝)、ECD(血流)に加え、IMZ(ベンゾジアゼピン系受容体)の3種類を施行した。画像処理法は、これまでにも、診断能の向上を目的に検討されてきたが、その多くは形態の標準化ののち、全脳平均カウントを基準とする画素値の正規化を行う手法であった。しかし、広範囲に低下がある場合は、局所の低下が不明瞭化し、検出できないという問題があった。そこで、全脳平均カウントによる正規化を行わず、左右差の指数(AI: Asymmetry index)を、正常群から得られたAIの平均値、標準偏差と比較する画像処理法-AI法- を考案し、焦点診断における有用性を検証した。

てんかんに対する外科治療は、発作の消失のみならず、できるかぎり脳機能を温存し、脳機能障害を最小にとどめることが目的となる。これまで、術後脳機能については臨床症状の評価のみで、機能変化を画像という観点から評価した報告はほとんどみられなかった。脳機能イメージングはすでに局所の欠落症状のみならず、高次脳機能障害をきたす疾患の診断に役立っており、術後の脳機能障害を評価するひとつの方法と考えられる。そこで、本研究では、脳糖代謝、脳血流、ベンゾジアゼピン系受容体イメージングを術前、術後に施行し、術後の変化について検討した。

方法

対象は、2004年8月から2007年7月に当院放射線部核医学部門にて、難治性てんかんに対する術前評価を目的にFDG-PET(糖代謝)、ECD-SPECT(脳血流)、IMZ-SPECT(受容体結合能)を施行した16例である。当院脳神経外科で手術が施行され、術後経過が良好(Engel ClassI以上)で内側型側頭葉てんかんと診断されたものである。術前術後の比較には、一側の側頭葉と前頭葉の一部のみに加療が施行され、術後6ヶ月もしくは12ヶ月後にFDG-PET、ECD-SPECT、IMZ-SPECTが施行された8例を対象とした。

FDG-PETは患者を10分間の閉眼、安静ののち、FDG 296 MBqを経静脈的に投与し、45分後からGE社製Advance NXi PETカメラで頭部のEmission scanを2D modeで9分間、続いて、頭部のTransmission scanを外部線源(68Ga/68Ge rotating rod source)を用いて3分間行い、収集されたデータから、OSEM-IR(Ordered subsets expectation maximization - iterative reconstruction)法を用いて、画像再構成をおこなった。

ECD-SPECTは患者を10分間の閉眼、安静ののち、ECD 740 MBqを経静脈的に投与し、10分後から東芝社製3検出器型SPECT装置・9300(high resolution fanbeam collimator)を用いて、頭部の撮像を30分間行った。得られたデータは画像処理前フィルターとしてButterworth filter (cut-off値 0.16 cycle/cm, order 8) を用い、Ramp filterをもちいて画像 再構成をおこなった。

IMZ-SPECTはIMZ 222 MBqを経静脈的に投与し、3時間後からSPECT装置を用いて頭部の撮像を30分間行った。得られたデータはECD-SPECTと同様に画像再構成を行った。いずれも検査室は静かで、検査中は安静を保ち、臨床発作のないことを確認した。

FDG-PET、ECD-SPECTに対しては再構成された脳画像に加え、AI法と従来の手法による画像処理を追加し、計3種類の脳画像を得た。各脳画像に対し、(1)側頭葉における患側の同定、(2)側頭葉内側と外側を比較し、内側により強い低下を認めたかを評価した。(3)側頭葉内側の低下が内側型側頭葉てんかんに特異的であるか調べることを目的に、「側頭葉内側は、内側型側頭葉てんかんにおいてのみ低下する」と仮説をたて、非-内側型側頭葉てんかんの症例を対照群としてt 検定およびROC解析をおこなった。また、(4)側頭葉以外の領域においては、各脳画像における低下域と、外科治療が施行された範囲との比較をおこなった。

術前、術後の比較には、SPM2を用いて、術前術後に得られたFDG-PET、ECD-SPECT、IMZ-SPECTを術前のFDG-PETに形態を合わせこみ、術前FDG-PETを標準脳に形態を変換し、この変換に使用したパラメータを術後FDG-PET、術前・後ECD-SPECT、術前・後IMZ-SPECTに応用することで、形態の標準化を行った。全脳平均カウントをもちいた比例法による画素値の正規化を行い、術前、術後をpaired-t testによって検定を行った(uncorrected p value < 0.01, extent threshold voxel >300)。

結果

(1)側頭葉における患側の同定は、FDG-PETの感度がもっとも高く69%であった。AI法を用いることで、感度は88%に向上した。ECD-SPECTにおいてもAI法を用いることで、感度が44%から81%に向上した。(2)側頭葉内側を優位とする低下の検出感度は、IMZ-SPECTが63%、AI法によるECD-SPECTが69%で、その他では31%以下であった。FDG-PETでは側頭葉内側のみならず外側も、内側と同等な低下を呈する症例が多かった。(3)側頭葉内側の低下による判別は、AI法を用いることで、内側型側頭葉てんかん患者群と、対照群との差が明瞭となった。内側型側頭葉てんかん群と対象群をt検定で比較すると、IMZ-SPECTと画像処理をおこなったFDG-PETで両群に有意差を認めた。ROC解析ではAI法によるFDG-PETにおいて、対照群との判別能がもっとも高かった(曲線下面積=0.89)。ECD-SPECTにおいては、AI法による向上がもっとも顕著であった(従来法による曲線下面積=0.58、AI法による曲線下面積=0.81)。(4)側頭葉以外の領域においては、FDG-PETの低下域が、術部位とその周囲に広がる傾向が認められた。

術前術後を比較し、術後に低下した領域を捉えると、IMZ-SPECTでは加療部位に一致した低下を認めた。ECD-SPECT、FDG-PETにおいても、これを含むやや広い範囲で低下を認めた。さらに、ECD-SPECTでは加療部位よりはなれた患側の後頭葉内側に低下を認め、FDG-PETでは患側の後頭葉内側と後帯状回にも低下を認めた。

考察

側頭葉における患側の検出感度はFDG-PETでもっとも高いが、側頭葉内側のみならず外側も低下し、内側型の診断には、IMZ-SPECTやAI法をもちいたECD-SPECTの併用が必要と考えられる。側頭葉内側の低下の有無による内側型側頭葉てんかんと対照群との判別では、AI法を用いることで、両群の差が明瞭化し、側頭葉内側焦点の有無の評価に有用であった。AI法がこの判別に寄与した理由として、側頭葉内側といった深部下部に位置する狭い範囲で、かつ、形態の個人差の多い領域に、構造に適したROIを設定したことによって信号/ノイズ比の向上が得られたこと、全脳平均カウントによる正規化を行わずに、左右差指数(Asymmetry index)によるz scoreを算出したことで局所低下域を明瞭化できたことが挙げられる。糖代謝低下域は焦点(発作起始部)を超えて広範囲におよぶ傾向があり、焦点を同定する際に問題となるが、側頭葉以外における低下域と術範囲が相応する傾向があり、てんかんと関連した病的変化による低下の可能性が示唆された。

術前・術後の比較を行うと、術後低下域に糖代謝、血流、受容体の3トレーサ間で乖離がみられた。手術による加療部位は、糖代謝、血流、受容体結合能のいずれも低下していたが、手術部位より離れた後頭葉内側・後帯状回には糖代謝/血流の低下を認め、受容体結合能の低下は認めなかった。後頭葉内側・後帯状回における受容体結合能の低下がないことから、神経細胞のviabilityは保たれていると推測され、この領域における乖離は、加療部位と連絡する神経線維の遮断による血流と代謝の低下(diaschisis)と考えられた。

まとめ

側頭葉てんかんにおける焦点検出を目的にFDG-PET(糖代謝)、ECD-SPECT(血流)、IMZ-SPECT(受容体)を施行し、各トレーサの役割を検討した。FDG-PETは患側の同定に有用性が高いが、側頭葉内側にはIMZ-SPECTが有用で、両者を組み合わせて評価することが焦点領域の推定に役立つことがわかった。さらに、焦点診断能の向上を目的に、画像処理法(AI法)を考案し、糖代謝、脳血流画像において従来の処理法と比較した。その結果、AI法の有用性が確認された。

術前、術後にFDG-PET、ECD-SPECT、IMZ-SPECTを施行し、それぞれの術後低下域を同定した。受容体結合能の低下は加療部位に限局するが、糖代謝、血流は加療部位を含む広範囲と、後頭葉内側、後帯状回も低下することが明らかとなった。本手法によって、加療に伴う直接的影響のほか、神経回路の遮断による遠隔部位への影響も捉えることが可能であった。術後に、受容体結合能、血流、糖代謝測定を行うことは、機能的変化の検出を可能とし、術後の脳機能を評価する方法の一つとなることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、機能画像によるてんかん焦点検出能を明らかにするため、脳糖代謝、脳血流、ベンゾジアゼピン系受容体密度の焦点領域に対する分布を、新しく開発した画像解析法を加え検討し、さらに、焦点領域の外科的加療後のそれぞれの分布の変化を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 海馬とその周囲の大脳皮質に外科加療が施行され、発作抑制を得た症例を対象に検討したところ、FDG-PETは患側側頭葉の広範囲に低下を呈することが示された。 IMZ-SPECTは、側頭葉のなかでも、海馬領域に限局した低下を呈し、非内側型側頭葉てんかん群と比較したところ、IMZは内側型側頭葉てんかんに特異的に低下を呈することが示された。

2. 側頭葉以外の領域において、画像上の異常域と加療域を比較すると、FDG-PETの低下域は加療部位および周囲に対応することが示された。一方、IMZ-SPECTの低下域は海馬領域に限局していることが示された。

3. 画像上の異常域を同定するために、視覚的評価のほか、Asymmetry indexをもちいた新しい画像解析方法(AI法)を作成し、従来の方法と比較したところ、AI法は、海馬領域における低下の検出能が向上し、非内側型側頭葉てんかん群と比較したROC解析においても、診断能の向上が得られることが示された。

4. 術前後を比較すると、脳糖代謝、脳血流、ベンゾジアゼピン系受容体密度はいずれも加療部位におおむね対応した低下を呈した。一方、脳血流は加療のおよんでいない後頭葉、糖代謝は後頭葉と後帯状回に低下を呈した。後頭葉、後帯状回にベンゾジアゼピン系受容体密度の低下は認めないことが示された。

5. 後頭葉、後帯状回は糖代謝、血流低下を認めるが、受容体密度が保たれていることから、神経細胞は保たれていることが示唆され、神経遮断術によるシナプス活動の低下が一つの要因として示唆された。本手法は、神経細胞のviability、シナプス活動といった側面から脳機能変化を捉えうることが示唆された。

以上、本論文は難治性てんかんにおける術前、および術後の脳糖代謝、脳血流、ベンゾジアゼピン系受容体密度分布の解析から、機能画像の焦点診断の役割を明らかにし、また、術前後を詳細に評価する手法であること示され、学位授与に値するものと考えられる。

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