学位論文要旨



No 123683
著者(漢字) 関,尚美
著者(英字)
著者(カナ) セキ,ナオミ
標題(和) パーキンソン病の遺伝子解析 : 網羅的遺伝子解析システムの構築とLRRK2を中心にして
標題(洋)
報告番号 123683
報告番号 甲23683
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3022号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 准教授 佐々木,司
 東京大学 准教授 馬渕,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景と目的

パーキンソン病(Parkinson's Disease; PD)は、振戦・固縮・無動及び姿勢反射障害を四徴とする頻度の高い神経変性疾患である。近年家族性PDで原因遺伝子が次々と解明されており、その迅速な原因遺伝子解析と変異の同定、疾患関連遺伝子や一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNP)を明らかにすることは極めて有用であると考えられるが、家族性PDは遺伝的異質性を有する疾患であり、また従来の解析手法では手間と解析に要する時間は膨大である。これらの背景から、本研究では簡便でハイスループットかつ再現性が高いDNAマイクロアレイを応用し、PDの疾患原因遺伝子と関連遺伝子を網羅的に解析可能なシステムを構築することを目的に研究を行い、構築したシステムを応用して実際に複数の家族性PD患者の遺伝子群を網羅的に解析した。またチップでは解析困難な遺伝子の欠失や増幅を検出するために、PARK2及びSNCAのゲノム配列から作成したプローブを搭載したComparative Genomic Hybridization(CGH)法を用いたCGHアレイ(aCGH)をデザインして解析した。

2.対象と方法

Resequencingアレイの解析精度とスループットの確認は東京大学神経内科に保存している正常対照検体1例を、Resequencingアレイを用いた網羅的解析では常染色体性優性遺伝性パーキンソン病(autosomal dominant Parkinson's disease; ADPD)の日本人家系11家系11名とResequencingアレイを用いたLRRK2の全エクソン解析ではカナダ人家系19家系19名を対象とした。疾患の危険因子の可能性が推測される多型については、他にADPD89名、孤発性パーキンソン病(sporadic Parkinson's disease; SPD)41名、対照例233名を対象として直接塩基配列決定法で解析した。原因遺伝子SNCA, PARK2, UCHL-1, DJ-1, NR4A2 , LRRK2のcoding配列、発現量が病態に関連することが予想される遺伝子SNCA , PARK2 , TH のプロモーター配列、スプライシングに関連しうるSNCAのイントロン配列、疾患に関連する多型(APOE , CHT1 )、また関連遺伝子SNCAIP, GPR37, TH, GCH1, GBA , MTX1 を選択搭載した。Resequencingアレイ解析では、選択遺伝子の目的配列を設計したプライマーを用いてゲノムDNAをPCRで増幅し、各々のPCR産物を定量後ロボットを用いて各産物が等モルになるよう一本のチューブにプーリングし、それをDNase Iで断片化してビオチンでラベルしハイブリダイゼーションを行った後洗浄、ビオチンで染色してスキャンした。aCGH解析ではADPDの日本人家系11家系11名を対象とし、制限酵素で消化したゲノムDNAの対照由来サンプルを蛍光色素Cy3で、患者由来サンプルをCy5でラベリングしアレイにハイブリダイゼーションした。変異の見つかった一家系についてはbreakpointにプライマーを設計し、PCRと直接塩基配列決定法にてbreakpointを決定した。さらにこの家系の家系内発症者2名を、1名はaCGHで、1名はPCRと直接塩基配列決定法にて解析した。

3.結果

パーキンソン病原因遺伝子及び関連遺伝子を99.94%の精度で実働3日にて同時に解析することができた。

Resequencingアレイでの解析の結果、全体で1,398,237塩基解析して41個のvariationが得られた。このうち新規は6個で、アミノ酸置換のあるものはLRRK2で2個同定し、直接塩基配列決定法で確認した。その一つN1221Kは対照233例では検出されず異種間で良く保存され、変異と考えた。臨床像では発症が47歳と若干若く、振戦は目立たず初期から姿勢反射障害が強く、またL-DOPAは有効であるが著効とは言い難いなどの特徴を有していた。もう一つのR1320Sは対照例にも検出され、SNPと考えた。原因遺伝子で既知の変異としてはPINK1でミスセンス変異R407Qのヘテロ接合体を1例で見出した。原因遺伝子でアミノ酸変化のある既知の塩基置換を11個、アミノ酸置換を伴わない既知の塩基置換を12個、新規をLRRK2で2個同定した。関連遺伝子でアミノ酸置換を伴う既知の塩基置換を1個、アミノ酸置換を伴わない既知の塩基置換を5個同定した。APOEではE3/E4を一例同定し、CHT1の既知のSNP(I89V)は4例同定した。カナダのADPD19家系におけるLRRK2全エクソン解析を行った結果、当初変異と報告のあったR1514Qのヘテロ接合体を一家系で見出した。その他のアミノ酸置換を伴う既知の塩基置換を5個同定した。アミノ酸置換のない塩基置換は既知8個で新規2個を同定した。

アジア人種においてPDのリスクファクターとなりうると示唆されているLRRK2の多型G2385Rのアリル頻度はADPD9.0%と対照群の2.1%より高く,この差は統計学的に有意であった。SPDのアリル頻度は6.1%であり対照群より高い傾向にはあったが、この差は統計学的には有意ではなかった。ADPDとSPDのアリル頻度については、ADPDのほうが9.0%とSPDの6.1%より高い傾向にはあるものの、統計学的有意差は得られなかった。同一家系から二人以上の検体を得られた4家系でG2385Rの共分離の有無を調べた結果3家系で共分離は認められなかった。

aCGHによる解析では一家系でPARK2のエクソン2からエクソン4を含む領域のduplicationを同定し、エクソン2からエクソン4を含む408,042bpのduplicationとエクソン3を含む60,146bpのdeletionとのcompound heterozygoteと判定した。またこの家系の家系内発症者のうち1名は同じ変異を有していたが、別の1名はこの変異を有していなかった。また、変異を有していた2名の臨床像は発症が20代後半から30代初めでありその他にも常染色体性劣性若年性パーキンソン病(autosomal recessive juvenile Parkinson's disease; ARJP)類似の症状を示していたが、変異のなかった1名は発症が70代と遅く、変異を有する2名とは異なっていた。

4.考察

Resequencingアレイはハイスループットで精度が高くパーキンソン病の遺伝子診断に有用であり、疾患関連遺伝子の体系的解析といった研究にも威力を発揮すると考えられた。一部判定しにくい配列についてはシグナルパターンの蓄積により高精度に変異を検出できると考えられるが、確実性を高めるためには直接塩基配列決定法など他の方法で確認する必要がある。

Resequencingアレイでの解析の結果得られた41個のvariationのうち新規はLRRK2ではアミノ酸置換を伴う2個(N1221K、R1320S)を含む5個あり、PARK2では1個で、計6個認められた。LRRK2のN1221Kは異種間で比較的良く保存されており、対照群にも見られず変異と考えた。R1320Sは対照群にも見られ多型と考えた。カナダのADPD家系で見出したLRRK2のR1514Qは当初変異と報告されたがその後の報告により多型と考えられた。LRRK2の多型G2385Rについてはpathogenic mutationであるとは結論できなかった。また、ADPDは対照群に対して有意にG2385Rの陽性率が高く、本研究や先行研究で報告されているSPDにおけるG2385Rの頻度よりも高い傾向があり,家族性に複数のPD症例が集積する背景因子となっている可能性があったが、ADPDとSPDでの陽性率に有意差がないことの意義付けについては明らかではない。PINK1のR407Qについてはヘテロ接合体でありこれのみで疾患の原因とは考えにくい。

aCGHで同定したPARK2の変異例はARJPに多い臨床的特徴も有してはいたが典型的PDと区別し難い点も多く、また同一家系内に異なった病因を有する複雑な家系である可能性もあり、遺伝形式と臨床像から原因遺伝子を推定することは困難であることから、網羅的解析を行う意義があったと考える。

以上のように、resequencingアレイによって既知のvariationを多数同定することができるのみならず、新規のvariationがまだまだ見つかってくることが示され、疾患に関連しうる稀なvariationを同定することが出来るというresequencingの意義を裏付ける結果であると思われる。また、PARK2に多いdeletionやSNCAに多いduplication、triplicationは、aCGHによって検出することができる。家族性発症症例については本研究のPARK2の症例にも見られたように、得られた臨床情報からだけでは原因遺伝子に照準を合わせた解析が困難な例があり、またLRRK2のような巨大遺伝子を直接塩基配列決定法などで解析する煩雑さや時間的制約を考えると、マイクロアレイを用いたこのようなハイスループットな解析システムによって網羅的解析を行うことの意義は今後とも益々重要性を増してゆくものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、わが国で高齢化社会に伴い増加しつつある進行性の神経変性疾患であるパーキンソン病について、遺伝子診断と、新規変異及び疾患に関連する新規多型を同定しうるようにすることを目的として、DNAマイクロアレイを応用したパーキンソン病(Parkinson's Disease; PD)のハイスループットな網羅的な遺伝子解析システムの構築と家族症例における実際の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.パーキンソン病の原因遺伝子及び疾患関連遺伝子を網羅的に搭載したResequencing アレイを設計して正常対対照例の解析をもって検証し、99.94%の精度で、また実働3日間という短期間で、これらを解析可能であることを示した。また、Resequencingアレイでは解析困難な遺伝子の重複や欠失を調べるためにCGHアレイ(aCGH)を設計し、遺伝子の既知の重複や欠失を持つ症例を解析して、各々の異常を検出できることを検証した。

2.構築したResequencingアレイを用いて常染色体性優性遺伝性パーキンソン病(autosomal dominant Parkinson's disease; ADPD)の日本人11家系及びカナダ人19家系を解析し、日本人の一家系でLRRK2の新規variant N1221Kのヘテロ接合体を同定した。N1221KはLRRK2のLRRドメイン上に位置しており、また広く異種間に渡って保存され、対照群233名にも見られず、新規変異と考えられた。N1221K陽性例は発症年齢が47歳と孤発例より若く、初発から姿勢反射障害が目立ち、L-DOPAは有効であるが反応はやや鈍いなどの臨床的特徴を有していた。その他、多数の新規及び既知のvariationを同定し得、これらについて臨床像などから検討を加え、特にアジア系人種においてパーキンソン病のリスクファクターとなりうるLRRK2のG2385Rのアリル頻度についてADPD、孤発性パーキンソン病(sporadic Parkinson's disease; SPD)、及び対照群間で関連分析を行い、ADPDは対照群より有意にアリル頻度が高いこと、統計学的有意差は得られなかったもののSPDよりもADPDのアリル頻度が高い傾向にあることを見出した。また、2名以上の家系内発症者を調べ得た4家系中3家系で、共分離が見られないことを示した。

3.作製したaCGHを用いて日本人のADPD11家系を解析し、PARK2のdeletionとduplicationのcompound heterozygoteであるseudodominantの常染色体性劣性若年性パーキンソン病 (autosomal recessive juvenile Parkinson's disease; ARJP)の一家系を見出した。またこの家系内の発症者を解析した結果、一名はこの変異を有しており、他の一名はこの変異を有していなかった。変異を有していた2名は発症年齢が20代から30代と若く、臨床像もARJPの特徴が見られたが、変異を有していない一名は発症が70代と遅くまた孤発例と類似した症状であり、ひとつの家系内に病因を異にするPDが混在する可能性を示唆した。

以上、本研究は遺伝的異質性を有する疾患であるパーキンソン病に対して、resequencingのアプローチに基づいて網羅的遺伝子解析システムを構築し、またこのシステムがハイスループットで、高い精度で変異を検出することができ、疾患に関わる新規変異や、rare variantの同定に有用であることを示した。また、PARK2に多いdeletionやSNCAに多いmultiplicationはaCGHによって検出可能であることを示し、一家系において実際に疾患の原因となる変異を同定した。このような網羅的な遺伝子解析システムは、遺伝子診断や遺伝カウンセリングといった臨床的側面においても、また本疾患の分子病態の解明といった研究的側面においても大きく貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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