学位論文要旨



No 123684
著者(漢字) 寺田,さとみ
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,サトミ
標題(和) 補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激の脳活動への効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 123684
報告番号 甲23684
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3023号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 講師 川合,謙介
 東京大学 講師 後藤,順
 東京大学 講師 湯本,真人
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

この研究の目的は、ヒトの補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激により、どの皮質領域の血流がどのように変化するかを明らかにすることによって、補足運動野の機能的な皮質線維連絡を明らかにすることである。補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激が運動関連領野の神経ネットワークの活動に影響を与えうるということがわかれば、補足運動野に対して適当な刺激を与えることで、運動機能を高め、運動機能障害を呈する神経疾患での症状改善を誘導し、治療の端緒となりうると考えた。

2.経頭蓋的連発磁気刺激を補足運動野に行うことについて

経頭蓋的磁気刺激は、1985年Barkerらにより初めて導入された、非侵襲的にヒトの大脳皮質を賦活する方法である。単発磁気刺激は、臨床神経生理検査や神経生理学的実験手法とし広く用いられている一方、連発磁気刺激(Dhunaetal.,1991;Pascual Leone et al.,1991)も、治療手段の一つとして、うつ病やパーキンソン病など様々な神経精神疾患に対して試みられてきている。例えばパーキンソン病では現在でも薬物療法が主体であるが、脳を刺激することで症状改善をめざす治療法として、近年脳深部刺激法が効果を示している。非侵襲的に脳を刺激できる経頭蓋的連発磁気刺激でも同様の効果を得られる期待が高い。パーキンソン病については、これまで脳機能画像で補足運動野の機能低下を示唆する報告が数多い。また、脳局所損傷症例研究でも、補足運動野の脳梗塞や腫瘍の症例で錐体外路症状を呈した報告(Dick et al.,1986;Straubeetal.,1988)が散見される。こうした知見を踏まえて、一次運動野(Pascual-Leone et al.,1994)ではなく、近年補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激がパーキンソン病の治療として試みられ、その効果が確認されている。

補足運動野はBrodmann 6野内側に位置し、運動の準備や遂行に関連する部位である。これまでのヒトやサルでなされた様々な電気生理学的研究により、運動時に補足運動野の神経細胞が発火することや血流が増加すること(Roland et al.,1980;Shibasaki et al.,1993;Tanji et al.,1994)、逆に補足運動野の刺激で手指の運動が撹乱されること(Gerloff et al.,1997)などが確認された。硬膜下電極で補足運動野刺激をすると対側もしくは両側の四肢に筋緊張性の硬直を生じ、補足運動野が一次運動野とは異なる独自の動きを支配している可能性が示唆される(Lim et al.,1994)。解剖学的にはサルなどで補足運動野は多くの運動関連領野と連関があることが確認されており(Luppino et al.,1993;Geyer et al.,2000)、ヒトでも補足運動野への磁気刺激が一次運動野の興奮性を変化させる(Matsunaga etal.,2005)、あるいは硬膜下電極による補足運動野電気刺激が一・次運動野や運動前野の神経細胞活動を惹起すると報告(Matsumoto et al.,2007)され、他の運動関連領野との連関が指摘されている。

補足運動野の経頭蓋的連発磁気刺激は脳活動にどのような効果をもたらすのか。これまで経頭蓋的連発磁気刺激の効果を確認するため、主に一次運動野連発刺激について様々な神経機能画像と連動させる試みがされてきた。それぞれの手法は長所短所を持つが、1998年Bohningらがこれまで困難と考えられてきた磁気刺激と機能的核磁気共鳴画像との組み合わせを報告し、磁気刺激後の大脳皮質活動の変化を非侵襲的に時間空間的ともに高い分解能で解析する道が新たに開かれた。今回我々は、機能的核磁気共鳴画像(fMRI)と、近赤外線分光法(NIRS)を用いて、補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激の脳活動への効果を検討した。

3.経頭蓋的連発磁気刺激とfMRIの組み合わせによる実験

目的:経頭蓋的磁気刺激によって引き起こされる皮質神経細胞活動は、刺激強度とある程度相関があることが知られ、また神経細胞活動と血流の間にも相、関があることが知られている。我々は、補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激を行った際に磁気刺激強度と相関してBOLD効果が有意に変化する部位を、安静時と随意運動時双方について解析した。

対象:13人の右利き健常成人。

方法:磁気刺激装置はMagstim Rapid stimulator(Magstim社)。MRI用に開発された非磁性体の8の字型磁気刺激コイルを左補足運動野相当部位(右下肢一次運動野の3cm前方)に内向きにあて、非磁性体コイルホルダーでMRIスキャーのベッドに固定した。MRIは1.5TのMAGNETOM Vision plus MR scamler(Siemens社)。ブロックデザインを採用し、連発磁気刺激を伴う期間(4スキャン)と伴わない期間(8スキャン)を交互に15回繰り返した。一回の頭部スキャンは20スライスでほぼ頭部全体をカバーした。一回の刺激期間18秒の中で磁気刺激を40回行い、刺激頻度は約2.4Hz、磁気刺激パルスと次の撮像までの間隔を110ms確保した。磁気刺激強度は5種類(機i械出力の20、40、60、80、100%)を擬似ランダムに一つの刺激につき3回ずつ施行した。計2セッション行い、1セッションは手指随意運動なしで(安静時)、もう1セッションは磁気刺激の音に合わせて手指随意運動を行った。解析にはSPM2を用い、刺激強度をパラメーターとするパラメトリックデザインを採用した。

結果:2.4Hz-18秒の刺激を補足運動野に施行した場合、安静時には、運動関連領野(両側一次運動感覚野、運動前野、補足運動野、cingulate motor area)に、磁気刺激強度と負に相関するBOLD効果を認めた。手指随意運動時には、一次運動野を除く上記部位でやはり磁気刺激強度と負に相関するBOLD効果を認めた。

考察:ヒトにおいても補足運動野と他の運動関連領野に機能的連関が存在することを支持する結果と考えられた。刺激強度が強くなるにしたがって負のBOLD効果を認めたが、磁気刺激直下の皮質では、刺激後神経細胞の発火に続いて長い抑制が生じ、刺激の強度が強くなるほどその抑制が強まるという報告がある(Moliadze et a1.,2003)。局所組織の酸素量や血管内の全ヘモグロビン濃度もこれに連動するとの報告がある(Allen et al.,2007)。今回の我々の結果は、これらを反映したものと考えた。刺激直下以外の線維連絡をもつ部位でも、刺激部位から興奮性の刺激がまず到達して興奮性の細胞が発火し、次いで抑制性の介在ニューロンが刺激されて抑制が生じるため、今回結果を得たと考えた。一方、手指随意運動時に一次運動野で変化を認めなかった理由は、運動状態によって脳内機能連関が変化したため、あるいは随意運動をするために代償的な運動情報処理が増加して一・次運動野の血流が増加し、本来見られるはずの血流低下を打ち消した可能性を考えた。

4.経頭蓋的連発磁気刺激とNIRSの組み合わせによる実験

目的:fMRIでの結果の検証と異なる刺激パラメーターでの効果の検討を考えNIRSを施行した。

対象:9人の右利き健常成人。

方法:磁気刺激は通常の8の字コイルで行い、刺激部位・方法は前実験と同様とした。刺激条件は計6種類すべて安静時に、(1)100%RMT-2.4Hz-18秒(2)160%RMT-2.4Hz-18秒(3)120%-15Hz-2秒のそれぞれ実刺激とシャム刺激を行った。上下肢筋で筋電図をモニターした。NIRSは、ETG-100(Hitachi Medical Corporation)。1チャンネルを左一次運動野に置き、各ヘモグロビン濃度を計測した。平均値と95%信頼区間を求め、刺激前後で有意差があるか、実刺激・sham刺激の間で有意差があるかどうか分散分析を行った。

結果:100%RMT・2.4Hz-18秒間刺激では、オキシヘモグロビン・全ヘモグロビン濃度の減少を認めた。120%RMT-15Hz-2秒の刺激では、オキシヘモグロビン・全ヘモグロビン濃度の増加傾向を認めた。

考察:fMRIと同様の100%RMTZ.4Hz-18秒刺激では、一次運動野で血流低下を示し、fMRIの実験結果を支持する結果を得た。一方120%RMT15Hz-2秒の刺激では血流上昇が示唆され、刺激パラメーターを調節することによって、運動関連領域に興奮性の影響を与える可能性があると考えられた。

5.今後の展望について

今回の研究は、補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激の効果を、fMRIあるいはNIRSの手法で解析したはじめての報告である。補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激が運動関連領野の神経ネットワークの活動に影響を与えうることが示され、今後本刺激法を運動機能障害を呈する疾患への治療につなげる上で第一歩となると考えられた。磁気刺激のパラメーターを変えることで得られる効果が変化しうることも示唆された。

ただし磁気刺激の効果持続時間は比較的短いとする報告は多い。今後経頭蓋的連発磁気刺激を治療として応用していくためには、長期的に効果の継続する刺激パラメーターを求めてさらなる検討が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒトの補足運動野に対する経頭蓋的連発磁気刺激(rTMS)により、どの皮質領域の血流がどのように変化するかを明らかにすることによって、補足運動野の機能的な皮質線維連絡を明らかにすることを目的とした。機能的核磁気共鳴画像(fMRI)と近赤外線分光法(NIRS)を用いて、補足運動野に対するrTMSによる脳血流の変化を解析し、下記の結果を得ている。

1.rTMSの効果をfMRIで解析する実験を行った。

13人の右利き健常成人を対象に、MRI用に開発された非磁性体の8の字型磁気刺激コイルを左補足運動野相当部位に内向きにあて、磁気刺激を行った。TMSコイルの向きや、TMSパルスと1.5TMRIのEPI画像の間隔を適正に確保することによって、アーチファクトの少ない撮像を得ることに成功した。ブロックデザインを採用し、1ブロックは2.4Hz-18秒とした。rTMSの刺激強度を5種類用意し、刺激強度と相関したBOLD効果が確認される部位を、SPM2のパラメトリックデザインを用いて解析した。rTMSだけの安静時のセッションと、rTMSの音に合わせて手指随意運動を行ったセッションの2セッションを行い、手指随意運動を行った場合についての効果も解析した。

2.4Hz-18秒の刺激を補足運動野に施行した場合、安静時には、運動関連領野(両側一次運動感覚野、運動前野、補足運動野、cingulate motor area)に、磁気刺激強度と負に相関するBOLD効果を認めた。手指随意運動時には、一次運動野を除く上記部位でやはり磁気刺激強度と負に相関するBOLD効果を認めた。

ヒトにおいても補足運動野と他の運動関連領野に機能的連関が存在することを支持する結果と考えられた。刺激強度が強くなるにしたがって負のBOLD効果を認めたことは、神経細胞の発火に続いて長い抑制が生じ、刺激強度が強くなるにしたがってこの傾向が強まったためと考えられた。手指随意運動時に一次運動野で変化を認めなかった理由は、運動状態によって脳内機能連関が変化したため、あるいは随意運動をするために代償的な運動情報処理が増加して一次運動野の血流が増加し、本来見られるはずの血流低下を打ち消した可能性を考えた。

2.rTMSの効果をNIRSで解析する実験を行った。先のfMRI実験での結果の検証と異なる刺激パラメーターでの効果の検討を考えNIRSを施行した。

9人の右利き健常成人を対象に刺激部位・方法は前実験と同様とした。刺激条件は計6種類、すべて安静時に(1)100%RMT-2.4Hz-18秒(2)160%RMT2.4Hz-18秒(3)120%-15Hz-2秒のそれぞれ実刺激とシャム刺激を行った。左一次運動野に1チャンネルを置き、ヘモグロビン濃度を測定した。刺激前後、実刺激とシャム刺激との有意差を検定した。

100%RMT2.4Hz-18秒間刺激では、オキシヘモグロビン・全ヘモグロビン濃度の減少を認めた。120%RMT15Hz-2秒の刺激では、オキシヘモグロビン・全ヘモグロビン濃度の増加傾向を認めた。160%RMT刺激では筋電図の誘発を認めたため除外した。

fMRIと同様の100%RMT2.4Hz-18秒刺激では、同側一次運動野で一血流低下を示し、fMRIの実験結果を支持する結果を得た。一方120%RMT15Hz-2秒の刺激では血流上昇が示唆され、刺激パラメーターを調節することによって、運動関連領域に興奮性の影響を与える可能性があると考えられた。

以上、本論文は補足運動野に対するrTMSによる脳血流の変化をfMRIあるいはNIRSの手法で解析した初めての報告である。補足運動野に対するrTMSが運動関連領野の神経ネットワークの活動に影響を与えうることが示され、また刺激のパラメーターを変えることで得られる効果が変化しうることも示唆された。

本研究は、今後本刺激法を、運動機能障害を呈する疾患への治療につなげていく上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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