学位論文要旨



No 123689
著者(漢字) 倉冨,剛
著者(英字)
著者(カナ) クラトミ,ゴウ
標題(和) 一卵性双生児双極性障害不一致例サンプルを用いた双極性障害におけるDNAメチル化異常の同定
標題(洋)
報告番号 123689
報告番号 甲23689
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3028号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 特任准教授 金生,由紀子
 東京大学 講師 後藤,順
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、双極性障害と関連するDNAメチル化異常を同定するために、一卵性双生児双極性障害不一致例 (片側のみが双極性障害を発症している一卵性双生児ペア) を用いて、MS-RDA法 (Methylation-sensitive representational difference analysis法) を行った。また、双極性障害患者群・健常者群を用いて、メチル化異常についてのケースコントロール研究を行った。

双極性障害とは感情障害の一種で、躁状態、うつ状態という2種類の病相を繰り返す疾患である。一卵性双生児における双極性障害の発症一致率は70%程度で、その発症には遺伝学的要因が大きく関わっていると考えられる。しかし一卵性双生児双極性障害不一致例が存在することは、双極性障害の発症にDNAメチル化などの後生遺伝学的要因 (エピジェネティクス) が関わっている可能性を示唆する。

そこで本研究ではMS-RDA法を用いて、一卵性双生児双極性障害不一致例間におけるDNAメチル化差異を包括的に探索した。MS-RDA法は、2ゲノム間のDNAメチル化差異を包括的に探索し、同定するために用いられる手法である。2つのゲノムをDNAメチル化感受性酵素HpaIIで切断後、2ゲノム間でサブトラクションを行うことによってDNAメチル化差異の同定を行う。本研究では、不一致例双生児由来のリンパ芽球様細胞ゲノムを用い、そのメチル化差異を探索した。

MS-RDA法の結果、既知遺伝子とEST (Expressed Sequence Tag) の5'側上流領域に由来する計10領域が得られた。これら10領域にDNAメチル化差異が実際に存在するかを確認するために、双生児リンパ芽球様細胞由来DNAを用いてバイサルファイトシーケンス法を行った。その結果、計10領域のうち4領域で、実際にDNAメチル化状態の差異が認められた。4領域はそれぞれ、PIP5KL1 (Phosphatidylinositol-4-phosphate 5-kinase-like 1)、ARMC3 (Armadillo repeat containing 3)、SMS (Spermine synthase)、PPIEL (Peptidylprolyl isomerase E-like) の第1エクソン周辺に存在していた。計4領域のうち、最も広範なDNAメチル化差異が見られたのはPPIELのプロモーター領域であった。PPIELのプロモーター領域は、健常双生児ではほぼ完全にメチル化されていが、患者双生児ではメチル化が全体的に低下していた。

計4領域のメチル化差異が双極性障害患者群でも同様に認められるかを調べるために、健常者群と双極性障害患者群との間でケースコントロール研究を行った。双極I型障害患者群、双極II型障害患者群、健常者群のリンパ芽球様細胞由来DNAを用い、パイロシーケンス法を用いてメチル化状態を測定した。その結果、PPIEL遺伝子の第1エクソン近傍において、有意なDNAメチル化差異が認められた。PPIELでは、健常群に対し双極II型障害患者群においてメチル化率が有意に低くなっていた。また、健常群に対し双極II型障害患者群において、PPIELの発現量が高くなっていた。PPIELのDNAメチル化レベルと遺伝子発現量との間には負の相関が見られた。一方、他の3領域は、DNAメチル化状態と双極性障害との間に有意な関連は見られなかった。

本研究では次の2点の結果が得られた。第一に、MS-RDA法を用いて、一卵性双生児双極性障害不一致例由来のリンパ芽球様細胞の間に4個のメチル化差異が存在することが示された。第二に、双極II型障害と関連するDNAメチル化異常として、PPIELのメチル化異常が同定された。本研究の結果は、PPIELのメチル化異常が双極II型障害の病態生理と関わっている可能性を示唆している。本研究は、DNAメチル化が双極性障害の病態生理に関わる可能性を示した、初めての直接的な研究である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、双極性障害と関連するDNAメチル化異常を同定するために、一卵性双生児双極性障害不一致例 (片側のみが双極性障害を発症している一卵性双生児ペア) を用いて、MS-RDA法を行い、同定されたメチル化異常に対し双極性障害患者群と健常者群を用いてケースコントロール研究を行なったものである。研究の結果、下記の結果を得ている。

1.一卵性双生児双極性障害不一致例間におけるDNAメチル化の差異を包括的に調べるために、不一致例双生児由来のリンパ芽球様細胞から抽出したDNAを用いてMS-RDA法を行なった。MS-RDA法は、2つのゲノム間をDNAメチル化感受性酵素HpaIIで切断後、2ゲノム間でサブトラクションを行なうことにより、ゲノム間のDNAメチル化差異を包括的に探索、同定することができる手法である。MS-RDA法の結果、計92クローンが得られ、このうち10クローンが遺伝子発現に関わる可能性のある領域 から得られた。具体的には、8クローンが既知遺伝子/ESTの5'側CpGアイランド領域、2クローンが既知遺伝子/ESTの第1エクソン領域に由来していた。

2.MS-RDA法で得られた10領域に対し、一卵性双生児双極性障害不一致例における実際のDNAメチル化状態を確認するために、不一致例双生児リンパ芽球様細胞由来DNAのメチル化状態をバイサルファイトシーケンス法で調べた。計10領域のうち4領域において実際に双生児間でDNAメチル化状態が異なっていた。4領域はそれぞれ、PIP5KL1 (Phosphatidylinositol-4-phosphate 5-kinase-like 1)、ARMC3 (Armadillo repeat containing 3)、SMS (Spermine synthase)、PPIEL (Peptidylprolyl isomerase E-like) の第1エクソン周辺に存在していた。計4領域のうち、最も広範なDNAメチル化差異が見られたのはPPIELのプロモーター領域であった。PPIELのプロモーター領域は、健常双生児ではほぼ完全にメチル化されていたが、患者双生児ではメチル化が全体的に低下していた。

3.PPIEL・PIP5KL1・SMS・ARMC3の計4遺伝子で見られたメチル化差異が、双極性障害の患者群において一般的に確認できるかを調べるために、パイロシーケンス法を用いてこれらの遺伝子の双極性障害患者群と健常者群のDNAメチル化状態を調べ、ケースコントロール研究を行なった。測定の結果、4遺伝子のうちPPIELにおいてDNAメチル化状態に有意な差異が認められた。性別と年齢をマッチングさせて比較した結果、PPIELの予測プロモーター領域内にあるCpGサイトは、健常者群に比べ双極II型障害患者群においてBonferroni補正後も有意にメチル化率が低かった。年齢や性別、服薬状況とPPIELのDNAメチル化率との間には有意な関連は認められなかったため、これらの因子は本研究の結果に対し影響を与えていないと考えられる。

4.PPIELの予測プロモーター領域内にあるCpGサイトのメチル化が、PPIELの遺伝子発現に影響を与えるかを検討するために、PPIELのメチル化率と遺伝子発現量の相関を調べた。被験者全体について分析した結果、CpGサイトのメチル化率とPPIEL発現量は、強く逆相関していた。

5.PPIELは本研究で新たに同定された遺伝子であり、その予想アミノ酸配列はPPIドメイン (peptidyl-prolyl cis-trans isomerase domain) を部分的に保持していた。PPIドメインを持つ他の遺伝子とPPIELとの相同性を調べるために、これらの遺伝子のmRNA配列をClustal Wにより多重整列し、近接結合法 (NJ法) を用いて分子系統樹を作製したところ、PPIELはPPIE (Peptidylprolyl isomerase E) と最も高い相同性を持つことが示された。

6.PPIELのヒト脳組織における発現を調べるために、ヒト死後脳のcDNAサンプルを用い、定量的RT-PCR法でその発現量を測定した。その結果、PPIELは脳内に普遍的に発現していることが示された。PPIELは下垂体や黒質で特に強く発現していた。

以上、本論文は一卵性双生児双極性障害不一致例におけるDNAメチル化差異を4領域同定し、このうちPPIELのメチル化異常が双極II型障害と関連することを示した。本研究は、双極性障害においてDNAメチル化に変化があること、メチル化の変化が双極性障害の病態生理に影響を与えている可能性があること、を示した最初の研究であり、また精神疾患におけるリンパ芽球様細胞を用いたDNAメチル化状態のケースコントロール研究としても初めての研究である。これより、本研究は双極性障害の病態生理の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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