学位論文要旨



No 123691
著者(漢字) 篠原,理
著者(英字)
著者(カナ) シノハラ,タダシ
標題(和) 蛍光共鳴エネルギー移動を用いた1型イノシトール1,4,5三リン酸受容体のリガンド結合によって引き起こされる構造変化のリアルタイム可視化
標題(洋) Real-Time Imaging of Ligand Binding-Induced Conformational Changes of Type 1 Inositol 1,4,5-Trisphosphate Receptor Using Fluorescence Resonance Energy Transfer
報告番号 123691
報告番号 甲23691
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3030号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 客員教授 渡邊,すみ子
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

ホルモン、神経伝達物質、増殖因子などの細胞外刺激により産生されたイノシトール1,4,5三リン酸(IP3)は、主に、細胞内小胞体膜上に存在するIP3受容体(IP3R)に特異的に結合して、小胞体内腔からのCa2+放出を誘導する。このIP3誘導Ca2+放出は、細胞外からのCa2+流入とともに、Ca2+波やCa2+振動などの複雑な時間的・空間的Ca2+シグナルを形成し、受精、細胞分化、分泌、筋収縮、シナップス可塑性、遺伝子発現、細胞死などの多彩な生命現象に関与する。

IP3Rは、3種類のサブタイプ(1型: IP3R1、2型: IP3R2、3型: IP3R3)によるホモまたはヘテロ四量体を形成する。各サブタイプは、IP3結合領域、中間調節領域、膜貫通チャネル形成領域の3つの機能領域から構成される。さらに、IP3結合領域は、アミノ末端(N末端)側抑制領域とカルボキシル末端(C末端)側結合領域の2つの機能領域に分けられ、このN末端側抑制領域は、IP3Rのチャネル活性に必須であることが明らかにされている。IP3のC末端側結合領域への結合シグナルは、N末端側抑制領域と中間調節領域を介して、膜貫通チャネル形成領域に伝えられ、チャネルを開口すると考えられている。

近年、X線結晶構造解析や極低温電子顕微鏡によるIP3Rの立体構造解析から、IP3結合領域のN末端側抑制領域とC末端側結合領域の3次元構造や、Ca2+結合による4量体IP3Rの構造変化が明らかにされた.しかし、IP3結合によるチャネル開口の分子機構とそれにともなうIP3Rの構造変化については、不明な点が多い。また、チャネル開口に不可欠なCa2+が、IP3とどのように協調してIP3Rの構造変化を誘導し、チャネル開口を調節するかは明らかではない。

本研究では、オワンクラゲ由来、緑色蛍光タンパク質変異体である青色蛍光タンパク質(efficient cyan fluorescent protein: ECFP)および黄色蛍光タンパク質(Venus)とIP3R1とのキメラタンパク質を作製し、蛍光共鳴エネルギー移動(fluorescence resonance energy transfer: FRET)を用いて、IP3およびCa2+結合による構造変化をリアルタイムに可視化し、リガンド結合によるチャネル開口の分子機構を明らかにすることを目的とした。

[方法]

遺伝子工学的方法により、ECFP(donor)あるいはVenus(acceptor)を、各々、野生型マウスIP3R1のN末端あるいはC末端に結合させたキメラタンパク質を作製し、HeLa細胞に共発現させ、細胞を-escinにて細胞膜透過性処理を行った。この細胞に種々の濃度のCa2+およびIP3を含む細胞内様溶液を灌流により添加し、ECFPとVenus間のFRET効率の変化を、蛍光顕微鏡を用いて経時的に測定した。

[結果]

ECFPもしくはVenus融合IP3R1は、野生型IP3R1と同等のIP3結合親和性を持ち、小胞体膜上で4量体を形成し、IP3誘導Ca2+放出チャネルとして機能することが確認された。

IP3非存在下でCa2+を添加すると、N末端同士、N末端とC末端、およびC末端同士にECFPあるいはVenusを融合させた2種類のIP3R1を発現する細胞にて、異なるCa2+感受性で、FRET効率は各々最大27%、14%、15%減少した。一方、Ca2+非存在下でIP3を添加すると、N末端にECFPおよびVenusを融合させたIP3R1が発現している細胞でのみ、最大10%程度FRET効率が上昇した。これらの細胞にIP3存在下でCa2+を加えると、見かけ上、FRET効率減少のCa2+感受性は、IP3濃度依存的に変化した。さらに、「IP3存在下にCa2+添加によって起きたFRET効率変化」から「IP3非存在下にCa2+添加によって起きたFRET効率変化」を差し引くと、従来報告されていたIP3R1の単一チャネル開口確率のCa2+依存性曲線に酷似した、細胞質の生理的濃度範囲内に正のピークを持つ、二相性のFRET効率のCa2+依存性曲線が得られることがわかった。この曲線の正のピークは、IP3結合活性を欠く点変異体(K508A)では完全に消失し、また、単一チャネルの開口確率のCa2+感受性が10倍程度減少する事が報告されている点変異体(E2100A)では、差し引き後の二相性のFRET効率のCa2+依存性曲線が、野生型に比べ10倍程度低Ca2+感受性を示した。

これらの結果から、IP3非存在下にCa2+添加によって起きたFRET効率変化を差し引くことで現れたFRET効率の増大が、直接IP3R1の開口状態を表していることが示唆された。つまり、Ca2+のみによるFRET効率の減少(N末端同士、N末端とC末端、C末端同士の距離の増大)とIP3とCa2+の協同作用によるFRET効率の上昇(N末端同士、N末端とC末端、C末端同士の距離の減少)を引き起こす、2つの相反する構造変化がIP3R1のチャネル開口に含まれており、FRET効率の上昇を引き起こす収束型の構造変化が、チャネル開口の実体であることが明らかとなった。

[結語]

本研究により、IP3R1のチャネル開閉は、収束・発散という2つの相反する構造変化の線形和によって制御されていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、オワンクラゲ由来、緑色蛍光タンパク質変異体である青色蛍光タンパク質(efficient cyan fluorescent protein: ECFP)および黄色蛍光タンパク質(Venus)と1型IP3受容体(IP3R1)とのキメラタンパク質を作製し、蛍光共鳴エネルギー移動(fluorescence resonance energy transfer: FRET)をもちいて、IP3およびCa2+結合による構造変化をリアルタイムに可視化し、リガンド結合によって引き起こされるチャネル開口の分子機構を明らかにすることを目的とし、下記の結果を得ている。

1.Venus融合IP3R1を発現した組換えバキュロウイルスをSf9細胞に感染させ、そのマイクロゾーム画分における蛍光タンパク質融合IP3R1のIP3結合活性を、[3H]標識IP3放射性活性により検討した。Venus融合IP3R1のIP3結合活性は、蛍光タンパク質を融合していない野生型とほぼ同等な値を示した。

2.ニワトリB細胞DT40細胞由来で内在性IP3受容体を欠く細胞株R23-11細胞をもちいて、各蛍光タンパク質融合IP3R1の安定発現細胞株を確立した。この安定発現細胞株をもちいて、B細胞受容体特異的モノクローナル抗体M4刺激による、IP3誘導性Ca2+放出にともなう細胞内Ca2+濃度の変化をCa2+指示薬Fura-2の蛍光変化により測定した。アミノ(N)末端あるいはカルボキシル(C)末端のいずれか一方にのみ蛍光タンパク質を融合したIP3R1は、蛍光タンパク質を融合していない野生型IP3R1と同等の4量体IP3誘導性Ca2+放出チャネルとして機能することが確認された。

3.ECFP融合IP3R1と野生型IP3R1をHeLa細胞に一過性に発現させ、48時間後の細胞膜画分をゲル濾過カラムにより分別し、抗IP3R1抗体および抗GFP抗体をもちいてウエスタンブロッテイング法により、その回収画分を検討した。ECFP融合IP3R1は、野生型マウスIP3R1よりやや大きい分子量の位置でほぼ同じ分画13-16に回収された。この結果からも、蛍光タンパク質融合IP3R1は4量体を形成しうることが確認された。

4.ECFP融合IP3R1をCOS7細胞に一過性に発現させ、48時間後、細胞を固定し細胞膜透過性処理した後、抗IP3R1抗体と小胞体のマーカーであるcalreticulinをコントロールとして2重染色をおこない、その細胞内局在を共焦点レーザー顕微鏡により観察した。ECFP融合IP3R1は小胞体膜上に網目状に存在することが確認された。

5.ECFPあるいはVenus融合IP3R1をHeLa細胞に一過性に共発現させ、その細胞内での両蛍光タンパク質の局在を共焦点レーザー顕微鏡にて観察したところ、N末端同士、N末端とC末端、およびC末端同士の3種類いずれの組み合わせにおいても、両蛍光タンパク質の細胞内局在はよく一致することが確認された。

6.ECFPあるいはVenus融合IP3R1の、N末端同士、N末端とC末端、および、C末端同士の各組み合わせの共発現細胞に、Venus固有の励起波長(515 nm)のレーザー強照射をおこない、照射前後のECFPの蛍光強度を比較した。これら3種類いずれの組み合わせにおいても、Venusの消光後、ECFPの蛍光強度は約20%増加した。ECFP融合IP3R1のみ発現している細胞では、ECFPの蛍光強度の増加は認められなかった。このことから、ECFPあるいはVenus融合IP3R1は、4量体を形成し、しかも、静止状態においてFRETが生じていることが確認された。

7.N末端同士、N末端とC末端、および、C末端同士の組み合わせのECFPあるいはVenus融合IP3R1共発現細胞を、PLC阻害剤、および、Ca2+ポンプ阻害剤で処理し、-escinにて穏やかに細胞膜透過性処理をした後、Caキレータによって正確に調整された種々の濃度のCa2+含有細胞内様溶液を灌流により添加し、ECFPとVenus間のFRET効率(Venus/ECFP)の変化を、蛍光顕微鏡を用いて経時的に測定した。ECFPおよびVenusの蛍光強度はCa2+濃度依存的に各々増加・減少し、FRET効率はCa2+濃度依存的に、異なるCa2+感受性で、各々、最大27%、14%、15%減少した。この結果から、IP3R1はCa2+単独刺激により、いずれの相対的末端間距離も離れるような、発散型構造変化をすることが示唆された。

8.Ca2+非存在下でIP3を添加すると、N末端同士の組み合わせでのみ、最大10%程度のFRET効率の増加を示した。IP3結合親和性を欠失した点変異体K508の同じ組み合わせでは、このFRET効率の増加が完全に消失したことから、IP3結合に伴う相対的N末端間距離が近づくような構造変化が示唆された。

9.0.01-10 M IP3存在下でCa2+を添加すると、N末端同士、N末端とC末端、および、C末端同士のいずれの組み合わせでも、FRET効率変化のCa2+濃度依存性曲線はIP3濃度依存的により高濃度Ca2+領域へと偏位した。すなわち、みかけのFRET効率のCa2+感受性はIP3濃度依存的に低下した。そこで、「IP3存在下にCa2+添加によって生じるFRET効率の変化」から「IP3非存在下にCa2+添加によって生じるFRET効率の変化」を差し引いてみると、いずれの組み合わせにおいても、細胞内の生理的Ca2+濃度範囲内に正のピークをもち、IP3濃度依存的により高濃度Ca2+領域へ偏位する2相性のCa2+濃度依存性曲線が現れた。この引き算後に現れたFRET効率の2相性のCa2+濃度依存性曲線は、従来報告されてきたIP3R1の単一チャネル開口確率のCa2+依存性曲線とほぼ一致した。しかもこの2相性曲線は、IP3結合親和性をほぼ完全に消失した点変異体K508では完全に消失し、さらに、チャネル活性は保持しつつそのCa2+感受性が10倍程度減少することが報告されている点変異体E2100においては、引き算後のFRET効率のCa2+依存性曲線もまた2相性を保持したまま、約10倍程度高濃度Ca2+領域へ偏位した。これらのことから、引き算後に現れたFRET効率のCa2+濃度依存性曲線こそが、IP3およびCa2+結合によるIP3受容体のチャネル開口に伴う構造変化の実体であることが示唆された。

以上、本論文は、ドナーおよびアクセプター蛍光タンパク質融合IP3R1によるFRET変化もちいて、IP3受容体のチャネル開口に必須な2つの主要なリガンドであるIP3とCa2+によるリアルタイムな構造変化を明らかにした独創的な研究である。本研究から、IP3受容体のチャネル開口に伴う構造変化は、発散・収束という2つの相反する構造変化の線形和によって制御されていることが示唆され、IP3受容体の構造変化とチャネル開口の分子機構との関係を解明する上で有意義であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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