学位論文要旨



No 123694
著者(漢字) 中村,美智子
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ミチコ
標題(和) 発達期における海馬苔状神経上GABAA受容体の役割
標題(洋) Roles of GABAA receptors on hippocampal mossy fibers during development
報告番号 123694
報告番号 甲23694
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3033号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

海馬苔状線維シナプスは、著しく大きな活動依存的なシナプス伝達の増強を示すことが知られており、この特性が機能的にも重要な役割を果たしていると考えられている。このシナプス伝達増強作用は、シナプス前性カイニン酸受容体などのイオン透過性受容体によって一部調節されていると報告されているが、その詳しいシナプス前性調節機構は明らかではない。当研究では、発達期(〈P30)にのみ、活動依存的にシナプス伝達だけでなく、苔状線維の興奮性が増大する現象を新しく発見したため、この現象に焦点を当てその機構を詳細に電気生理学的に検討することによって、シナプス伝達増強を修飾するシナプス前性調節機構よその生理学的役割の解明を目指した。

【方法】

C57BL/6Jマウスの海馬脳スライスを作製し、25Hz、5発の連続電気刺激を30秒間隔に海馬苔状線維束に与えた。このときに誘発される興奮性シナプス後電位(fEPSP)を、CA3領域透明層から細胞外電位記録法により測定、記録した。また、苔状線維のみを電位依存性蛍光色素・di-8-ANEPPSで染色し、その電位変化を測定することが出来るプレシナプスイメージング法を用い、苔状線維の電位変化を直接的に観察した。薬物は還流投与し、局所投与を行った実験に関してはUチューブ法を用い投与した。

【結果】

生後10日齢(P10)のマウス海馬において、25Hz、5発の連続電気刺激を苔状線維に与えると、約10倍の大きな活動依存的シナプス伝達(EPSP)の増強が観察された。これは以前から広く知られている苔状線維の特性の1つであるが、EPSPだけでなく、同時に丘fibervolleyも1.6倍近い増強を示すことが観察された。このfiber volley増強は、発達に伴い徐々に減少しP30までに消失した。

幼若期にのみ観察されるfiber volley増強のメカニズムを薬理学的に検討した。活動依存的に増強を示すため、内因性の神経伝達物質が関与しているのではないかと考え、まず電位依存性カルシウムチャネィレブロッカーであるカドミウムを投与したところ、fiber volley増強は完全に抑制された。次に、苔状線維から放出されるglutamateを選択的に抑制するDCG-IVを投与したところ、全く効果が無かった。近年、苔状線維には機能的なGABAA受容体が発現していると報告されており、苔状線維自体からもGABAが放出されていると報告するグループもある。そこで、GABAの関与を調べるため、GABAA受容体プロッカーSR95531、bicucullille、picrotoxinをそれぞれ投与したところ、いずれにおいてもfiber volley増強を大きく抑制した。

GABAが苔状線維の興奮性を増大させるかどうかを調べるため、GABAA受容体アゴニストのムシモルを投与したところ、fiber volleyとEPSPの同程度の増大が観察された。このことからGABAA受容体が活性化されると苔状線維の興奮性が増大することが確認され、またこの現象は発達とともに減弱傾向を示した。

GABAがどの部分に作用するのか、その部位を同定するため、GABAAプロッカーSR95531を、刺激部位付近のhilus領域と、記録部位付近のCA3領域、それぞれに局所投与した。を調節することは無く、一方、苔状線維上のGABAA受容体を活性化させると苔状線維の興奮性もシナプス伝達も増強を示した。すると、CA3領域に投与しても全く効果は無いが、hilus領域に投与するとfiber volley増強が大きく抑制された。このことから、幼若期に観察されるfiber volley増強は、苔状線維終末部ではなく、線維上のGABAA受容体が活1生化されることによると示唆される。これを確認するために、GABAA受容体アゴニスト、ムシモルを同様に局所投与してみたが、この実験においても苔状線維終末部付近のGABAA受容体を活性化させても苔状線維の興奮性

Fiber volleyが見かけ上大きく観察されているのではなく、GABAA受容体の活性化による脱分極による事を証明するために、プレシナプスイメージンケ法を用い、苔状線維の電位変化を電位依存性蛍光色素を用いて測定した。電気生理学的検討と一致して、活動電位の大きさが連続刺激中大きくなり、連続刺激中の膜電位変化も増木していることから、確かにGABAA受容体の活性化は脱分極を引き起こしていることが確認された。

最後に、どこから放出されたGABAによって苔状線維上GABAA受容体が活性化されるかを検討した。抑制性介在ニューロンから放出されるGABAと、苔状線維自体から放出されるGABAの2つの可能性がある。海馬の抑制性介在ニューロンの興奮性を抑制することが知られているエンケファリンを投与したところ、fiber volley増強が大きく抑制されたため、少なくとも部分的には抑制性介在ニューロンから放出されたGABAによって、幼若期に観察されるfiber volley増強が引き起こされると考えられる。

【結論】

幼若期には、抑制性介在「ニューロンから放出されたGABAが海馬苔状線維上GABAA受容体を活性化し脱分極を引き起こすため、苔状線維の興奮性が増大し、活動電位を発生する軸索本数の増加とシナプス伝達増強を引き起こす。しかし、このGABAによる脱分極性作用は発達とともに徐々に減少し、最終的にはP30までに消失する。

シナプス伝達増強は、主に、シナプス終末部における累積カルシウム濃度が増大することによって引き起こされると説明されてきたが、本研究により、幼若期には軸索の興奮性調節も部分的にはシナプス伝達増強に寄与するという新しいメカニズムが明らかとなった。また、あまりその役割が解明されていなかった苔状線維上GABAA受容体の新しい機能を明らかにした。

GABAA受容体の発現がどのように発達変化しているのか、GABAA受容体の活性化が海馬全体の神経活動にどのような影響を与えているのか、GABAA受容体を介した活動依存的fiber volley増強作用が苔状線維-CA3シナプスの機能的・形態学的成熟に役割を果たしているのかなどが今後の検討課題である。

審査要旨 要旨を表示する

海馬苔状線維シナプスは、連続刺激により著しく大きくシナプス伝達が増強することが知られており、この特性がその機能に重要な役割を果たしていると考えられている。本研究は、連続刺激によりぐシナプス伝達だけでなくfiber volleyの大きさも増大する現象(fiber volley facilitation)を新しく発見、着目し、そのメカニズムの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.マウス海馬苔状線維が形態学的に成熟した状態になると報告されている、生後30日(P30)のマウス海馬において、25Hz5発の連続電気刺激を苔状線維に与えると、10倍以上の活動依存的なシナプス伝達の増強が示された。本研究においても、以前から知られている苔状線維シナプスの顕著なfrequency facihtationを再現することができると確認された。

2.幼若期生後10日(P10)のマウス海馬において、25Hz5発の連続電気刺激を苔状線維に与えると、10倍近い活動依存的なシナプス伝達の増強とともに、fiber volleyの大きさも刺激依存的な増大を示した。この現象をfiber volley facnitationと命名し、発達変化を詳細に調べたところ、発達とともに徐々にfacihtationの程度は小さくなり、P30までに消失する現象であることが示された。

3.幼若期にのみ観察されるflber volley facilitationは、電位依存性カルシウムチャネルブロッカーであるカドミウム存在下で完全に抑制されたため、刺激によって放出される伝達物質の関与が示された。次に苔状線維から放出されるglutamateを抑制する、DCG-IV存在下で検討したが、全く効果が認められなかった。一方、GABAA受容体プロッカー(SR95531,bicuculline,picrotoxin)存在下で、fiber volley £acilitationは大きく抑制されることが示された。

4.GABAA受容体活性化により苔状線維の興奮性が増大するかどうかを検討する目的で、GABAA受容体アゴニスト(muscimol)を投与したところ、fiber volleyとEPSPは同程度増大した。GABAA受容体活性化による興奮性作用は、発達とともに減少する傾向はあるがP30においても認められた。

5.GABAA受容体アゴニスト、アンタゴニストの局所投与により、苔状線維の興奮性を調節する機能的なGABAA受容体は、刺激電極設置付近のaxonal GABAA受容体であることが示された。

6.電位依存性色素(Dr8-ANEPPS)を用い、苔状線維の電位変化を観察する手法・プレシナプスイメージングにより、25Hz、5発刺激を与えた際の苔状線維の電位変化を直接測定した。その結果、電気生理学的解析によって示された結果と一致して、連続刺激により苔状線維の膜興奮性が増大することが確認された。

7.海馬のインターニューロンを選択的に抑制するEnkephalinを投与すると、fiber volley facihtationが大きく抑制されたため、axonal GABAA受容体は、少なくとも部分的にはインターニューロンによって放出されるGABAによって活性化されることが示された。

以上、本論文は、海馬苔状線維シナプスにおいて幼若期にのみ観察されるfiber volley facihtationを詳細に検討し、活動依存的な刺激を与えると、インターニューロンより放出されるGABAによって苔状線維上axonal GABAA受容体が活性化され興奮性が増大するためfiber volley facihtationが引き起こされることを明らかにした。本研究は、幼若期には軸索の興奮性調節も部分的にはシナプス伝達増強に寄与するという新しいメカニズムを提唱し、また、その機能が不明であったaxonal GABAA受容体の生理的役割を示唆しており、発達期海馬苔状線維シナプスの機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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