学位論文要旨



No 123695
著者(漢字) 西山,潤
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,ジュン
標題(和) 神経細胞におけるオートファジーの機能解析
標題(洋)
報告番号 123695
報告番号 甲23695
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3034号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 准教授 武井,陽介
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

オートファジーは、ユビキチン-プロテアソーム系と並ぶ細胞内の主要な大規模分解系である。この10年の間に、酵母の遺伝的スクリーニングによりオートファジー関連遺伝子(Atg)が次々と同定され、それらの多くが哺乳類にも保存されていることが分かってきた。最近の研究により、中枢神経系でオートファジーを抑制すると神経変性が起こることが明らかにされたが、その細胞死の機構の詳細については殆どわかっていない。一方、様々な神経変性疾患において、細胞死に先行して軸索の障害がみられることが報告され、注目されている。興味深いことに、興奮毒性モデルマウスであるlurcherでは、細胞死に先行して小脳プルキエンエ細胞の軸索が腫大し、同時に腫大した軸索内部に無数のオートファゴゾームが認められることが最近報告されている。

本研究では、神経細胞におけるオートファジーの役割をより詳細に明らかにするために、Cre-loxPシステムを利用して生後プルキンエ細胞特異的にオートファジーに必須なAtg5遺伝子が欠損したマウスを作成し解析を行った。

【材料および方法】

プルキンエ細胞特異的Atg5遺伝子欠損マウスを作成するために、Atg5flox/floxマウスとPcp2-Creマウスを交配した。作成したマウスの遺伝子型を確認するために各組織(尾、嗅球、小脳、大脳)からHotSHOT法を用いてDNAを抽出し、Taq DNAポリメラーゼを用いてPCR法を行った。協調運動機能の評価のために、フットプリントテスト、ロータロッドテストを施行した。次に、組織学的検討を行うため、各マウスをPBSに溶解した4%パラホルムアルデヒド溶液にて灌流固定後、小脳切片を作成した。各種抗体にて免疫染色後、共焦点顕微鏡にて切片を観察した。尚、電子顕微鏡による観察には2%パラホルムアルデヒド、2%グルタルアルデヒド含有リン酸緩衝液にて固定後に観察を行った。細胞死の定量には、プルキンエ細胞のマーカーである抗カルビンジン抗体にて免疫染色した小脳切片の第3,4,8,9葉において、プルキンエ細胞体の中心間の距離を測定し、単位距離間におけるプルキンエ細胞の数を定量した。

【結果】

マウスの交配により出生したAtg5flox/flox; Pcp2-Creマウスの各組織のDNAを用いたPCRの結果、Cre-loxPシステムによる遺伝子の再編成は小脳特異的に起こり、またこの遺伝子の再編成は出生6日頃より徐々にはじまり、出生21日でほぼ完成されることが明らかになった。

次に、行動レベルの変化を観察したが、このマウスでは出生115日では明らかな異常を認めなかった。しかし出生294日にて、歩幅の狭い歩行、ロータロッドテストにて対象群(Atg5flox/floxマウス)と比較して落下時間が有意に早い傾向がみられるなど、遅発性の運動失調が認められた。

蛍光ニッスル染色と抗カルビンジン抗体を用いた免疫組織学的検討において、Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスでは生後56日頃よりプルキンエ細胞の脱落が認められた。プルキンエ細胞の軸索は深部小脳核(DCN)に投射しており、同部位においてカルビンジン陽性の構造体はプルキンエ細胞の軸索であるため、プルキンエ細胞の軸索を容易に観察できる。そこでDCNを観察したところ、Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスでは顕著な軸索の腫大が認められた。さらに、経時的に軸索の形態変化を観察したところ、出生28日で既に顕著な軸索腫大がみられており、Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスではプルキンエ細胞の脱落よりずっと早期に軸索腫大が起こることが明らかになった。

この腫大したカルビンジン陽性の軸索の大部分は、GABA作動性神経終末のマーカーであるVGATと共局在したが、顆粒細胞層や白質内の近位軸索においては免疫組織学的に明らかな腫大は認められなかった。電子顕微鏡による観察では、DCN内の遠位軸索において、ミエリン鞘を持たない軸索末端の大部分は腫大していたが、ミエリン鞘を持った軸索の腫大は一部であった。これらのことから、腫大部は主に軸索終末付近であることが推測された。

電子顕微鏡による微細構造の観察では、出生35日のAtg5flox/flox; Pcp2-Creマウスにおいて腫大した軸索内部に異常な膜構造体が蓄積している像が観察された。異常な膜構造は、主としてシート状あるいは渦巻き状の滑面小胞体と、二重膜構造体であった。二重膜構造は内部に未消化のミトコンドリアをはじめとする細胞内構造物を含んでおり、分解機能を喪失した未成熟なオートファゴゾームである可能性も考えられたが、連続電子顕微鏡像による観察ではこれらの二重膜構造体に明らかな間隙は認められず、ほぼ完全に閉じた構造を取っていることが推測され、その由来は不明であった。

【まとめ】

1.Cre-loxPシステムを用いて、小脳プルキンエ細胞特異的atg5欠損マウスを作成した。

2.Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスは遅発性の運動失調を示した。

3.免疫組織学的には、進行性のプルキンエ細胞の脱落とそれに先行する軸索の顕著な腫大が認められた。更に電子顕微鏡による観察などから、軸索腫大は主として軸索終末優位に起こり、オートファジーの抑制は、神経細胞自律的に終末部を主とした軸索障害を引き起こすことが示唆された。

4.電子顕微鏡による観察では、腫大した軸索内部には滑面小胞体や二重膜構造体など異常な膜構造体が蓄積している像が観察された。

5.以上の結果より、オートファジーは神経細胞において特に軸索の形態維持に重要な役割を果たし、軸索障害を伴う様々な神経変性疾患の病態、治療に関与する可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、哺乳類神経細胞において重要な役割を果たしていると考えられるオートファジーの機能を明らかにするため、Cre-loxPシステムを用いて生後小脳プルキンエ細胞特異的にオートファジーに必須とされる遺伝子Atg5を欠損するマウスを作成し、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスの各組織より抽出したゲノムDNAを鋳型としてPCRを行った結果、Cre-loxPシステムによる遺伝子の再編成は小脳特異的に起こり、またこの遺伝子の再編成は出生6日頃よりはじまり、出生21日でほぼ完成されることが示された。

2.行動レベルの解析の結果、Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスは出生115日では明らかな異常を示さなかったが、出生294日では歩行障害や異常反射がみられ、またロータロッドテストにて対象群(Atg5flox/floxマウス)と比較して滞在時間が有意に短いなど、遅発性の運動失調を起こすことが示された。

3.Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウス及び対照群より作成した小脳切片において免疫組織学的検討を行うことにより、Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスではプルキンエ細胞に神経変性がみられることが示された。また同時に、このプルキンエ細胞の変性は軸索の腫大を伴うことが示された。

4.プルキンエ細胞の変性と軸索の腫大の経時的な変化を免疫組織学的に調べた結果、軸索の腫大は出生28日頃より始まるのに対し、プルキンエ細胞の変性は出生56日頃より起こり、神経変性に軸索腫大が先行することが示された。

5.軸索の腫大部を免疫組織学的に調べた結果、軸索遠位部が走行する深部小脳核の領域では腫大は顕著であったが、顆粒細胞層内の軸索近位部においては明らかな腫大は認めなかった。また、深部小脳核領域におけるプルキンエ細胞軸索遠位部の電子顕微鏡による解析の結果、軸索終末部は大部分が腫大していたが、非終末部においては腫大した軸索は一部であった。軸索の腫大部はGABA作動性神経終末のマーカーであるVGATと共局在することなどから、Atg5flox/flox; Pcp2-Creマウスにおけるプルキンエ細胞の軸索腫大は、神経終末部に優位に起こることが示された。

6.腫大した軸索の内部には、シート状あるいは渦巻状の粗面小胞体や二重膜構造体など異常な膜構造体が蓄積しており、オートファジーがこれらの膜構造体の維持に関与することが示された。

以上、本研究は生後プルキンエ細胞特異的にatg5を欠損するマウスの解析から、オートファジーが神経細胞の生存と軸索内部の膜構造及び形態の維持に必須でることを明らかにした。近年、様々な神経変性疾患でオートファジーの関与が報告されているが、その意義は全く不明である。本研究はオートファジーの活性化を伴う神経変性疾患や軸索障害の病態解明、治療法の開発において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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