学位論文要旨



No 123700
著者(漢字) 井上,まり子
著者(英字)
著者(カナ) イノウ,エマリコ
標題(和) 労働者のBody Mass Indexの変化に関する追跡研究 : 体重認識および生活習慣との関連
標題(洋)
報告番号 123700
報告番号 甲23700
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3039号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 准教授 石川,昌
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 教授 門脇,孝
内容要旨 要旨を表示する

I. 緒 言

日本における健康課題のひとつは、成人の適正なBMIの維持である。平成17年度国民健康・栄養調査によれば、30代以上の男性は25%以上が肥満(BMI≦25)であり、40代から60代では肥満人口が3割を超えている。また、50代以上の女性の20%が肥満である。一方、20代と30代女性の2割以上が痩せ(18.5<BMI)に分類される。肥満と痩せは共に各種疾病の危険因子であることや、日常生活に支障をきたすことが報告されており、予防のためには適正なBMIを維持することが重要である。

国は、複数の健康課題を対象にした健康増進活動である「健康日本21」を推進しており、その数値目標には、肥満や痩せの解消が挙げられている。職域でも定期健康診断とならんでハイリスク群に対する様々な予防的介入が行われてきた。また、過去の調査からは、BMI増加や減少傾向にある者の生活習慣の特徴が明らかになっている。しかし、こうした努力にもかかわらず、肥満と痩せの問題が解消しないのは、この2つが個人の日々の体重管理に依存しているという背景がある。個人の体重管理には本人の体重認識が重要である。本人に自分の体重を正確に認識させ、適正体重を維持する行動を促すことが、より効果的な体重管理の推進のために必要であると考えられる。

しかし、日本人のBMIの変化に影響を及ぼす因子について、実測値をもとに検討した追跡調査は少ない。日本人の成人を対象にした体重認識に関する研究自体も限られており、体重認識がBMIに及ぼす長期的影響を追跡調査した研究は今のところ国内外ともに発表されていない。

II. 目 的

本研究の目的は3つある。第1に、体重認識に応じてBMIの変化を追跡調査し、体重認識の違いがBMI変化量に影響しているのか否かを検討することである。第2に、かねてより指摘されてきた生活習慣の違いとBMI変化量の関連を日本の労働人口で検証することである。そして第3に、2年間のBMI変化量が著しい者の体重認識と生活習慣の特徴を明らかにすることである。

III. 方 法

某金融保険系企業(対象事業所)に勤める職員全員(2004年度当初時点で41,604人)に対し、2004年を起点として2006年までの2年間のBMIを追跡調査した。BMIは対象事業所で毎年実施している定期健康診断による身長と体重の実測値から求めた。そして、2004年10月にアンケート調査を行い、生活習慣と体重認識に関する情報を得た。この調査結果をもとに、2005年2月には回答者全員に本人の状況に応じた健康アドバイスを返送した。本研究ではこのアドバイスのうち、肥満度に関するアドバイスを取り上げる。これは、アンケートで自己申告した体重と身長についてBMIを求めて6群の肥満度に分類し、それぞれの肥満度に応じたアドバイスを返送したものである。

分析対象者は2004年から2006年まで対象事業所に勤めて定期健康診断を3年とも受診し、かつ2004年10月のアンケートに回答した者である。

分析方法は、2004年から2006年の2年間のBMI変化量を、基本属性と体重認識ならびに生活習慣別に比較した。さらに、2年間のBMI変化量が著しく増加した者(増加群)、著しく減少した者(減少群)と変化が少なかった者(微動群)を抽出し、増加群と微動群、そして減少群と微動群の特徴を検討する多重ロジスティック回帰分析を行った。

IV. 結 果

最終的な分析対象者は、男性6,029人、女性18,567人 (計 24,596人、解析利用率 59.1%)であり、平均年齢は男性41.2歳(標準偏差SD: 9.9)、女性45.9歳(SD : 10.0)であった。追跡調査の起点である2004年のBMI平均は、男性 23.9(SD:3.2)、女性22.5(SD: 3.7)であった。また、男女とも6割以上の者が標準BMIであった。体重認識では、男女とも約59%の者が自らを「太っている」と認識していた。自分の肥満度と体重認識が合致している者は男性の3,698人(61.3%)、女性の10,146人(54.6%)であった。

2年間のBMI変化量は、平均で、男性は 0.0335 kg/m2 (SD:1.1406)減少しており、女性は 0.0806 kg/m2(SD:1.0850)増加していた。2年間の変化を肥満度別にみると、肥満傾向にある群ほど男性ではBMIが減少する傾向に、女性ではBMI増加が抑制される傾向にあった。そして体重認識で「太っている」と認識している群ほど、男性ではBMIが減少し、女性ではBMIが増加しない傾向を認めた。

微動群と比較した場合の増加群の特徴は、男性では年齢が若い、運動習慣がない、趣味がない、家族と食事をとらない、飲酒習慣がない者であった。女性では年齢が若い、2004年時のBMIが高い、睡眠時間が短い、朝食を摂らない、塩分摂取が多い、非喫煙者と比較した場合の喫煙者、体重認識が「ちょうどよい」と思う者と比較した場合の「太っている」と思う者であった。一方、微動群と比較した場合の減少群の特徴は、男性では、2004年のBMIが高いこと、睡眠時間が長いこと、飲酒習慣がないことであった。女性では、年齢が若いこと、2004年のBMIが高いこと、運動習慣があること、飲酒習慣がないこと、非喫煙者と比較した場合の喫煙者であった。

肥満度を6群に分類して、健康アドバイスを個人ごとにフィードバックし、その後のBMI変化量を検討した結果、男性では肥満度が高い群ほどBMIが減少する傾向がみられた。女性では、最も肥満度が高い「肥満2」群を除くと、肥満度が高い群ほどBMI増加が抑制される、または減少する傾向がみられた。

V. 考 察

体重認識の違いによるBMI変化量の差が明らかになった。体重認識で「太っている」と認識している群ほど、男性ではBMIが減少し、女性ではBMIが増加しない傾向を認めた。実際のBMI変化に対して体重認識が及ぼす影響を追跡調査によって示したことから、今後、体重認識を適正に把握させることで正しい体重管理に応用することが期待できる。

本研究では2年間の追跡の結果、男性ではBMIが減少し、女性では増加していた。従来、成人では30代以降に体重が増え続け、50代で肥満度のピークを迎えると報告されているが、本研究の結果はそれとは異なっていた。

生活習慣別にBMI変化量を観察した結果、体重認識と同様に生活習慣による違いもBMI変化量に影響を及ぼすと考えられた。BMI増加には、睡眠時間の短さ、運動習慣がないこと、朝食を摂らないこと、食事時間が定まっていないこと、清涼飲料水の摂取といった生活習慣とBMI変化量が関連していた。特に、近年増加している若年層の朝食欠食や睡眠時間の減少とBMI増加については今後も長期的関連を調べる必要がある。女性では運動習慣を持つことがBMI減少と関連していた。通勤での徒歩や自転車使用もまたBMI減少と関連しており、実際に運動習慣を持つことが難しくとも、通勤をはじめとした移動に運動の習慣をつけることも重要であると考えられた。

喫煙については、男女で異なる特徴を見出した。男性では、非喫煙者と比べ、過去に喫煙していた者ではBMIが減少する傾向にあり、また喫煙者は、過去に喫煙していた者と比べてBMIが増加する傾向にあった。男性では、過去に喫煙していたのにやめた群-すなわち、健康的習慣を獲得した群で最もBMIが減少していることから、禁煙という健康行動を獲得できる群には体重管理に関しても共通する面があるものと推測された。女性では喫煙しないという行動を予めとっている者ほどBMI増加が抑えられていることから、もともと喫煙をしないような集団で健康習慣が良好であると考えられた。さらに、男性では同僚に喫煙習慣がある者でBMIが増加することから、職場環境と健康習慣との関連も示唆された。

BMI変化が著しかった者の特徴として、BMIの著しい増加と減少のいずれにも関連していたのは、男性の飲酒習慣と、女性の非喫煙者と比較した場合の喫煙者であった。男性では飲酒習慣が少しある者の方が、まったくないあるいは過剰摂取の者より健康であるという過去の研究と同様の働きがあると考えられた。女性では喫煙者の併せ持つ生活習慣がそれぞれBMI増減の極端な影響を及ぼしている可能性があるため、体重管理についても指導していく必要があると考えられる。

VI. 結 論

体重認識で「太っている」と認識している群ほど男性ではBMIが減少し、女性ではBMIが増加しない傾向を認め、体重認識の違いによるBMI変化量の差が明らかになった。実際のBMI変化に対して体重認識が及ぼす影響を追跡調査によって示したことから、今後、体重認識を適正に把握させることで正しい体重管理に応用することが期待できる。

BMIが著しく変化した者について生活習慣を分析した結果、食生活と運動習慣に関して健康的習慣を持たない者で著しいBMI増減がみられ、過去の研究と一致する結果を得た。本研究で特徴的であったのは、男性では睡眠時間が長いとBMIが著しく減少し、女性では睡眠時間が短いとBMIが著しく増加することであった。また、BMIの大幅な増加と減少の双方に関連していたのは、男性では飲酒習慣がないこと、女性では喫煙者であることという特徴であった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本の20代から60代の労働者男女を対象にした2年間のBody Mass Index(BMI)追跡研究である。肥満と痩せの予防や改善に重要であると考えられる体重認識および生活習慣に関して追跡調査の起点である2004年に情報を得、2006年でのBMI変化量との関連について分析を試み、下記の結果を得ている。

1.体重認識では男女ともに約59%の者が自らを「太っている」と認識していた。自分の肥満度と体重認識が合致している者は男性の3,698人(61.3%)、女性の10,146人(54.6%)であった。肥満度と体重認識の合致度に関してkappa係数を用いて分析した結果、合致度は男女で異なっており、合致度は女性で低い傾向がみられた。特に女性は若い年齢階級ほど合致度が低いという特徴があった。

2.体重認識で「太っている」と認識している群ほど、男性では2年間のBMIが減少し、女性ではBMIが増加しない傾向を認めた。体重認識が実際のBMI変化に及ぼす影響を示唆している。

3.2年間の追跡調査において、著しくBMIが増加した者(増加群)と、殆ど変化がなかった者(微動群)とを比較した。増加群と微動群の二値変数を従属変数とし、体重認識と生活習慣を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析を行い、男女別に検討した。微動群と比較した場合の増加群の特徴は、男性では年齢が若い、運動習慣がない、趣味がない、家族と食事をとらない、飲酒習慣がない者であった。女性では年齢が若い、2004年時のBMIが高い、睡眠時間が短い、朝食を摂らない、塩分摂取が多い、非喫煙者と比較した場合の喫煙者、体重認識が「ちょうどよい」と思う者と比較した場合の「太っている」と思う者であった。男女いずれも年齢が若い者で著しい増加がみられた。また、男性では運動習慣がないことや、趣味や家族との時間が持てないといった時間的余裕が関連している可能性があった。女性では睡眠時間が短い者や朝食を抜く者でBMIが増加することが特徴的であった。

4.2年間の追跡調査において、著しくBMIが減少した者(減少群)と、殆ど変化がなかった者(微動群)と比較するため、増加群と同様の多重ロジスティック回帰分析を行い、男女別に検討した。微動群と比較した場合の減少群の特徴は、男性では、2004年のBMIが高いこと、睡眠時間が長いこと、飲酒習慣がないことであった。女性では、年齢が若いこと、2004年のBMIが高いこと、運動習慣があること、飲酒習慣がないこと、非喫煙者と比較した場合の喫煙者であった。睡眠時間が長い男性や、運動習慣がある女性でBMIの著しい減少がみられたのが特徴的であった。

5.BMIの著しい増加と減少の両方に関係していたのは、男性で飲酒習慣がないことであり、女性では、年齢が若いこと、2004年のBMIが高いこと、非喫煙者と比較した場合の喫煙者であった。男性ではある程度の飲酒習慣がある者で著しい増減は抑えられることが示唆された。また、女性では若年層やBMIが高い者の体重の著しい変動に注意すると共に、喫煙者に関してBMIの変化にも着目した健康指導を行う必要があると考えられた。

以上、本論文では日本の労働者のBMIを2年間追跡調査した結果から、体重認識の違いによるBMI変化量の差を明らかにした。実際のBMI変化に対して体重認識が及ぼす影響を追跡調査によって示したことから、今後、体重認識を適正に把握させることで正しい体重管理への応用が期待できる。また、BMIが著しく変化した者について生活習慣を分析した結果、食生活と運動習慣、睡眠時間をはじめとするよい生活習慣を持たない者で著しいBMI増減がみられた。

本研究は、職員の多数の労働者を対象にして、体重認識ごとにその後のBMIを追跡調査した初めての研究である。今後の肥満や痩せの予防に体重認識を用いて予防介入できる可能性を示唆しており、職域での公衆衛生活動への貢献が期待できる。よって学位の授与に値するものと考えられる。

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