No | 123701 | |
著者(漢字) | 中村,美穂子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,ミホコ | |
標題(和) | 一酸化炭素の心筋細胞における虚血再灌流アポトーシス抑制 | |
標題(洋) | Carbon monoxides suppresses cardiomyogenic cell apoptosis in is chemia-reperfusion | |
報告番号 | 123701 | |
報告番号 | 甲23701 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3040号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 社会医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景と研究の目的】 一酸化炭素(CO)は、mitochondria電子伝達鎖の構成分子であるcytochrome c oxidaseやNADPH oxydase、NO合成酵素と結合し活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)を産生する。 臓器移植や心臓外科手術において問題となる虚血再灌流では、主に再灌流初期のROS発生に続きapoptosis障害が引き起こされる。また心筋細胞のapoptosisは主にmitochondria経路とdeath-receptor経路によるとされている。 短時間の虚血再灌流が先行することにより組織が虚血耐性を獲得し、その後の長時間の虚血障害に対し保護的に作用することをischemic preconditioning(IPC)という。IPCの作用機序としては先行する短時間の虚血再灌流によりmitochondhaのKATP(mitoKATP)チャンネル開口や膜透過性亢進により産生される適度のROSによる生存シグナル伝達によるものとされている。上述のようにCOもROSを産生することから、COもPC効果を持っと予想され、実際低濃度のCOを前暴露することで、動物モデルで臓器移植や心臓手術後のapoptosisを抑制した臨床報告がある。また、COの心筋細胞虚血再灌流に対する細胞死保護がROSを介したものだとする報告があるが、どの生存因子が関与するか詳細は不明である。そこで、本研究の目的は再灌流障害に注目し、ラット心筋由来のHgc2細胞を用いてCOのPC効果とその作用機序を明らかにすることにある。 【材料と方法】 虚血再灌流、CO暴露 虚血にするため、N2ガスを吹き込んだHanks'balanced salt solution(HBSS)にH9c2細胞の培養液を置換し、低酸素インキュベータ内に10分おいた。再灌流とするため上清を培養液に戻し空気に暴露した。CO暴露群は、虚血前に1%COを吹き込んだ培養液で細胞を10分間処理し、虚血再灌流のみの群は培養液を入れ替えるのみとした。なお、虚血再灌流によるキナーゼ活性化を顕著にするため、実験の1時間前から全工程において血清を除去した(図1)。 1細胞死の評価 細胞蛍光染色法によりヘキストとpropidium iodide(PI)を用い蛍光顕微鏡にて観察した。 Western blot 細胞回収後、プロテアーゼ・ボスファターゼ阻害剤入りのバッファー下で超音波破壊した。細胞質分画は、同バッファー下でホモジナイザーにて破壊後、100,000g・1時間遠心し上清を用いた。タンパク定量はCoomassie法を用い、その後共にSDSポリアクリルアミドゲルにて電気泳動した。またバンドの濃度はイメージ分析機(Densitogragh,Atto)を用い定量した。 ROS定量 CO暴露前に1時間Dihydroethidium(DHE)を細胞にローディングした。CO暴露はphenol-red抜きの培養液で行い、DHEがO2により酸化されることで生じるethidium(Eth)の蛍光をプレートリーダ(GENions,Tecan,Manmedorf)を用いて定量した。 【結果】 (1)虚血再灌流で起こるapoptosisはco前暴露により抑制される ヘキストとPIの二重染色により細胞死を評価したところ、再灌流6時間でapoptosis初期、12時間でapoptosis後期の形態が観測された。この再灌流6時間によるapoptosisはCO前暴露によって抑制された(図2A,B)。また、apoptosisの実行分子の代表的プロテアーゼであるCaspase-3が再灌流によって活性化することをWestemblotによって確認されたが、この活性化もCOにより抑制された(図2C)。 (2)再灌流時にCO前暴露によりAkt・p38MAP kinaseの活性化が強する リン酸化抗体を用いたWestem blotにてAktとMAP kianse family(ERK、JNKおよびp38MAP kinase)の活性化を解析した。Aktは再灌流30分後から緩やかに活性化され、CO前暴露がそれを増強した。p38MAP kinaseはCO前暴露により活性化したが、その他のMAP kinaseはCOの影響を受けなかった(図3)。 (3)COはAktを介してapoptosisを抑制する, CO前処置によって活性化されるAktとp38 MAP kinaseの関係について検討した。Akt阻害剤であるAPI-2はCOによるp38MAP kinaseの活性化を抑制したが、p38MAP kinase阻害剤であるSB203580はAktの活性化を抑制しなかった(図4A)。またAPI-2はCO前暴露によるapoptosis抑制効果を完全に阻害した(図4B)が、SB203580は影響を与えなかった(図4C)。これらの結果より、1)COの再灌流によるapoptosis抑制効果はAktの活性化が必須であること、2)p38 MAP kinaseはAktによって活性化されるが、apoptosis抑制効果には関与していないことが分かった。 (4)COはAkt活性化を介して再灌流におけるmitochondria経由のapoptosisを阻害する。 再灌流時のapoptosis経路を同定するために、caspase-9(mitochondda経路)とcaspase-8(Fas-receptor経路)の活性化をWestern blotで解析したところ、caspase-8ではなくcaspase-9の活性化が見られた。また、caspase-9の上流に位置するcytochromeCの細胞質への流出も確認された(図5A,B)。Caspase-8阻害剤(Z-IETD-FMK)は再灌流によるapoptosisを減少させたが、Caspase-9阻害剤(Z-LEHD-FMK)は効果がなかった(図5C)。CO前暴露はこのcytochromeCの流出やCaspase-9活性化を阻害したが、これらの阻害効果はAPI-2によって消失した(図5A)。以上より、Hgc2細胞における再灌流時のapoptosisは、mitochondriaを介するものであり、COはAktの活性化を介してそれを抑制することが分かった。 (5)CO前暴露中にO2が発生する。 DHEを用い細胞内のO2を定量したところ、CO暴露4分でbaselineの3倍に増加した。この増加はO2のscavengerであるTironにより抑えられた(図6A)。O2の産生源を特定するために、CO暴露5分でのmitochondria呼吸鎖阻害剤AntimycinAとNADPH阻害剤apocyninの効果を調べたところ、AntimycinAのみO2産生を阻害した。 (6)COは・O2→H2O2を介してAktを活性化する CO暴露後血清除去培養液に戻すと、3時間をピークとしてbaselineの10倍近くAktが活性化された(図7A,B)。このAktを活性化するROS種を同定するためにCO暴露後のAkt活性化に対するO2(Tiron)あるいはH2O2(catalase)スカベンジャー、CuZn-SOD阻害剤(DETC)の影響を調べたところ、Alα活性化はこれらの全てで抑制された(図7C)。これらの結果より、mitochondriaで産生された02はCuZn-SODによりH2O2へ転換された後、Aktを活性化することが示唆された。 【考察】 本研究は、CO前暴露は1)虚血再灌流によるapoptosisを抑制するpreconditioning効果を有すること、2)mitochonddaからO2を産生してAktを活性化すること、3)Aktの活性化を介してmitochondria経路のapoptosisを抑制することを明らかにした。 ROSによるAkt活性化の機序として、phosphatase and tensin homologue deleted on chromosome 10(PTEN)の関与が疑われる。PTENはPI3 kinase/Aktの活性を抑制するが、ROSによる酸化によって不活性化される。IPCはROS産生を介してPTEN酸化不活性化によりAktを活性化するという報告があることから、CO前暴露も同様の機序が働いている可能性がある。 心筋細胞において、再灌流によるapoptosisはmitochondria経路とFasなどのdeath receptor経路を介することが報告されているが、本研究では前者のみが進行していた。このmitochondria経路はglycogen synthase kinase-3β(GSK3β)によるmitochondriaの膜透過性亢進がトリガーとなるという報告がある。GSK3βはAktにより不活性化されることから、Aktがmitochondria経路の抑制に重要であると思われる。また、p38 MAP kinaseは血管内皮細胞や動物モデルにおいてFas経路の抑制を介してCOの保護効果を担っているという報告があるが、本研究ではCO前暴露によりp38 MAP kinaseが活性化していたが、Fas経路が再灌流時に進行していなかったため保護効果に関与しなかったと推測される。冠動脈結紮によるラット虚血再灌流モデルにおいて、COがAktを介してeNOSを活性化し、梗塞サイズを抑制するという報告がある。このモデルではCOの血管に対する作用がその保護効果に大きく貢献していると考えられるが、本研究により心筋細胞に対してもAktがCOの保護効果に重要であることが明らかにされた。 図1実験条件 図2虚血再灌流時のapoptosis評価 A.(a)虚血10分のみ(b)再灌流6時間(c)再灌流12時間 (d)CO前暴露(再灌流6時間) B.apoptosis細胞数定量(n=4,*p<0.001vs,ischemia or COpretreatment) C.Caspase-3活性化 図3 Akt,MAP kinaseの活性化 A.Akt,MAP kinaseの活性化 B.Akt活性化定量(n=4,means±SD),*p<0.001,**p<0.05) 図4Akt・p38MAP kinaseのcross-talk,COの保護効果への影響 A.(a)p38 MAP kinase活性化に対するAPI-2の効果(b)Akt活性化に対するSB203580の効果 B.アポトーシス細胞数に対するAPI-2の効果(n=4,mean±SD,*p<0.001,ns:not significant) C.アポトーシス細胞数に対するSB203580の効果(n=4,means±SD, ns:not significant) 図5Caspase-8/9活性化,cytochromeCの流出 A.Caspase-8活性化 s-:血清除去,R:虚血再灌流,dox;doxombicin B.cytochrome Cの流出(細胞質分画),Caspase-9活性化 C.アポトーシス細胞数定量 (n=4,means±SD,*P<0.005,**p<0.001,ns:not significant) SB21:SB216763,LEHD:Z-LEHD-FMK,IETD:Z-IETD-FMK 図6CO前処置中におけるROS発生 A.COによるROS発生(n=4,mean±SD,*P<0.005) B.COによるROS発生に対するTiron(T),AntimycinA(AA),apocynin(apo)の影響(n=4,means±SD,*P<0.005) 図7COによるAkt活性化 A.COによるAkt活性化 B.Akt活性化定量(n=5,means±SD,*p<0.001) C.Akt活性化に対するTiron,catalase,DETCの影響 | |
審査要旨 | 本研究は、心筋虚血再灌流障害に対する保護効果を持つとされる一酸化炭素(CO)の作用機序を明らかにするため、ラット心筋由来のH9c2細胞を用い、COにより誘導されるシグナルの活性化を解析や、それらのCOの保護効果に対する役割を明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.虚血再灌流で起こるapoptosisはCO前暴露により抑制される 細胞蛍光染色法により蛍光顕微鏡にて細胞死を評価したところ、再灌流6時間でapoptosis初期、12時間でapoptosis後期の形態が観測された。この再灌流6時間によるapoptosisはCO前暴露によって抑制された。また、apoptosisの実行分子の代表的プロテアーゼであるCaspase-3が再灌流によって活性化することをWestern blotによって確認されたが、この活性化もCOにより抑制された。 2.再灌流時にCO前暴露によりAkt-p38MAP kinaseの活性化が増強する リン酸化抗体を用いたWestern blotにてAktとMAP kianse famiy(ERK、JNKおよびp38 MAP kinase)の活性化を解析した。Aktは再灌流30分後から緩やかに活性化され、CO前暴露がそれを増強した。p38 MAP kinaseはCO前暴露により活性化したが、その他のMAP kinaseはCOの影響を受けなかった。 3.COはAktを介してapoptosisを抑制する CO前処置によって活性化されるAktとp38 MAP kinaseの関係について検討した。Akt阻害剤であるAPI-2はCOによるp38 MAP kinaseの活性化を抑制したが、p38 MAP kinase阻害剤であるSB203580はAktの活性化を抑制しなかった。またAPI-2はCO前暴露によるapoptosis抑制効果を完全に阻害したが、SB203580は影響を与えなかった。これらの結果より、1)COの再灌流によるapoptosis抑制効果はAktの活性化が必須であること、2)p38 MAP kinaseはAktによって活性化されるが、apoptosis抑制効果には関与していないことが分かった。 4.COはAkt活性化して再灌流におけるmitochondria経由のapoptosisを阻害する。 再灌流時のapoptosis経路を同定するために、caspase-9(mitochondria経路)とcaspase-8(Fas-receptor経路)の活性化をWiestern blotで解析したところ、caspase-8ではなくcaspase-9の活性化が見られた。また、caspase-9の上流に位置するcytochromeCの細胞質への流出も確認された。Caspase-8阻害剤(Z-IETD-FMIOは再灌流によるapoptosisを減少させたが、Caspase-9阻害剤(Z-LEHD-FMK)は効果がなかった。CO前暴露はこのcytochromeCの流出やCaspase-9活性化を阻害したが、これらの阻害効果はAPI-2によって消失した。以上より、H9c2細胞における再灌流時のapoptosisは、mitochondriaを介するものであり、COはAktの活性化を介してそれを抑制することが分かった。 5.CO前暴露中に02が発生する。 DHEを用い細胞内の02-を定量したところ、CO暴露4分でbaselineの3倍に増加した。この増加は02'のscavengerであるTironにより抑えられた。0牙の産生源を特定するために、CO暴露5分でのmitochondria呼吸鎖阻害剤AntimycinAとNADPH阻害剤apocyninの効果を調べたところ、AntimycinAのみO2産生を阻害した。 6.COは-O2→H2O2を介してAktを活性化する CO暴露後血清除去培養液に戻すと、3時間をピークとしてbaselineの10倍近くAktが活性化された。このAktを活性化するROS種を同定するためにCO暴露後のAkt活性化に対するO2(Tiron)あるいはH2O2(catalase)スカベンジャー、CuZn-SOD阻害剤(DETC)の影響を調べたところ、Akt活性化はこれらの全てで抑制された。これらの結果より、mitochondriaで産生されたO2はCuZn-SODによりH2O2へ転換された後、Aktを活性化することが示唆された。 以上、本論文はラット心筋由来細胞において、CO前暴露は、1)虚血再灌流によるapoptosisを抑制するpreconditioning効果を有すること、2)mitochondriaからO2を産生してAktを活性化すること、3)Aktの活性化を介してmitochondria経路のapoptosisを抑制することを明らかにした。本研究は心筋細胞におけるCOのprecollditioning効果に、Aktが重要であることを初めて明らかにし、COの虚血再灌流に対する保護効果の作用機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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