学位論文要旨



No 123705
著者(漢字) 大島,美穂
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,ミホ
標題(和) 全身性エリテマトーデスにおける形質細胞様樹状細胞の細胞表面マーカーの検討
標題(洋)
報告番号 123705
報告番号 甲23705
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3044号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 石川,昌
 東京大学 准教授 菊池,かな子
内容要旨 要旨を表示する

全身性エリテマトーデス (SLE) の血清ではIFNαが高値を示し、その病態形成におけるIFNαの関与が報告されている。IFNαは、ウイルス複製の抑制、major histocompatibility complex クラスI/IIの発現の増強、単球の樹状細胞への分化とそれによる自己応答性T細胞への抗原提示亢進とそのT細胞の活性化などの機能を持つ生体防御に重要なサイトカインである。近年、IFNαは主に形質細胞様樹状細胞 (interferon-producing cell = *IPC) から産生されることが明らかになった。IPCは、特異的細胞表面マーカーである抗blood dendric cell antigen (*BDCA) -2モノクローナル抗体によって認識されるヒト末梢血単核球 (PBMC) の0.1-0.5%を占めるにすぎない細胞集団であるが、ウイルス感染時にはリンパ球の100倍以上の大量のIFNαを産生する能力を持つ。現在までの報告において、IPCはSLEの末梢血では減少し、一方皮膚や腎の組織に集積しており、病変の発症に関与していると考えられている。またウイルス刺激したSLE患者のPBMCが産生するIFNαは、抗BDCA-2抗体により抑制されることが報告されている。

このたび共同研究者であるSBIバイオテック株式会社より供与された、ヒトIPCに対する新規作製抗体、5C11抗体を用いてSLE患者のPBMCの解析を行った。5C11抗体はBST2 (bone marrow stroma cell-2) を抗原として認識する。BST2はリウマチ患者関節滑膜細胞、および多発性骨髄腫細胞より分離された膜蛋白で、様々な免疫細胞にも発現し、ゴルジ装置などに存在することより物質の輸送に関与する蛋白と考えられているが詳細な機能は不明である。

5C11抗体のSLEにおける臨床的意義を検討した。SLE患者39人とコントロール14人のPBMCでの5C11+細胞の割合をフローサイトメトリーで見たところ、両群ともBDCA-2+細胞、CD3+細胞、CD19+細胞、CD14+細胞において5C11+細胞を認めた。SLEでは、BDCA-2+細胞、CD3+細胞、CD19+細胞の割合がコントロールに比し減少していたにもかかわらず、BDCA-2+細胞、CD3+細胞、CD19+細胞に占める5C11+細胞の割合は有意に増加しており (BDCA-2+細胞中の5C11+細胞の割合: SLE 21.1%, コントロール 3.6% (p < 0.0001) 、CD3+細胞中の5C11+細胞の割合 : SLE 2.7%, コントロール 0.8% (p < 0.0001)、CD19+細胞中の5C11+細胞の割合 : SLE 12.5%, コントロール 6.6% (p < 0.0001))、何らかの病的意義を持つと考えられた。CD3+細胞、CD19+細胞中の5C11+細胞の割合がSLEにおいて増加していたことから、活性化T細胞、B細胞で5C11+細胞が増加すると予測し、健常人の単離したT細胞、B細胞をmitogenであるphorbol 12-myristate 13 acetate / ionomycin (PMA/I) で刺激し、5C11+細胞の割合をみたが、T細胞、B細胞とも刺激の有無で変化がみられなかった。従ってSLEの血液中のT細胞、B細胞中において5C11+細胞が増加している要因としては、SLEのT、B細胞が健常人のT、B細胞の定常状態やmitogen刺激による活性化状態とは異なる性質を持つこと、mitogenとは異なる活性化機序(例えばSLE特有の免疫複合体やIFNαによる刺激)を持つこと、他の細胞との相互作用によりT、B細胞の性質が変化すること、B細胞に関してはSLEにおいて増加しているサブセット(メモリーB細胞等)の細胞表面上でBST2分子が増加することなど考えられた。SLEパラメーターと5C11+細胞数との相関では、ステロイド無投与群においてCD3+細胞中の5C11+細胞が多い患者ほどSLEDAIが有意に高かったことから、CD3+5C11+細胞数が疾患活動性のパラメーターとして使用できる可能性が示された。一方予想に反し、血液中のBDCA-2+細胞中の5C11+細胞の割合は疾患活動性との相関はなかった。SLEにおいてはIPCが腎や皮膚などの組織に移行しそこでIFNαを産生していると考えられているため、血液中に残っているIPCは疾患の活動性を十分には反映していないと推定される。またステロイドの有無で5C11+細胞の割合を比較したところ、BDCA-2+細胞では同等であったが、CD19+細胞ではステロイド投与群において5C11+細胞が有意に増加し、CD3+細胞でも有意差はないものの増加傾向であった。以上により、SLEにおける5C11+細胞の割合は、IPC、T細胞、B細胞において有意に増加しているものの、疾患活動性、ステロイド投与の有無により異なると考えられる。今後血液中のみならず組織中においても解明を進めること、初発SLE症例において重点的に検討することにより診断的応用が可能となるかもしれない。

次に5C11抗体の、SLEのPBMCにおけるIFNα産生抑制効果を検討した。TLR-7を介するインフルエンザウイルス (PR8)、TLR-9を介するヒト単純ヘルペスウイルス (HSV-1) 、CpGオリゴヌクレオチド (CpG2216) にてPBMCの刺激を行った。5C11抗体はSLEにおいてPR8、CpG刺激下のIFNαの産生を抑制したが、その抑制効果はコントロールと同等であった(IFN抑制率:PR8下SLE 16% vs コントロール 22%、CpG下 SLE 27% vs コントロール24%)。また5C11抗体は、SLEのCpG刺激下においては抗BDCA-2抗体による抑制効果 (IFN抑制率 93%) には及ばなかった。これはBDCA-2+細胞中の5C11+細胞がSLEでは21.1%であることから、IPC以外にIFNを産生する細胞の存在を念頭におく必要はあるものの、大きな矛盾はないと考えられた。さらにSLEの中でステロイド無投与群に限って見ると、PR8刺激下では5C11抗体による抑制を認めなかった。従って無治療のSLE患者では5C11-細胞が主にIFNを産生していると推定される。以上の結果からは、ウイルスや細菌の刺激下においては、血液中のIFNを産生する細胞に対する5C11抗体のIFN抑制効果はSLEに特異的とは言えず、治療応用に結びつけることは現時点では困難と考えられる。しかしSLEでは免疫複合体などの内因性のリガンドが抗原となり免疫異常を引き起こすことが知られていることから、今後内因性のリガンドを用いた実験を行い、検討する必要があると考える。またIPC以外の細胞から産生されるサイトカインや細胞の機能に5C11抗体が与える影響を検討することにより増加している5C11+細胞に対する新たな効果を見出すことができるかもしれない。

以上まとめると、SLEにおいて、5C11+細胞は血液中ではBDCA-2+IPC、CD3+T細胞、CD19+B細胞で増加しており、さらにCD3+T細胞中の5C11+細胞の割合はSLEDAIと相関していたことから、5C11+細胞は病態形成に関与していると考えられ、今後血液中、組織中でさらに詳細な検討を行うことで診断的に応用できる可能性がある。一方5C11抗体はSLEのPBMCにおいて外因性リガンド下のIFNαの産生を抑制したが、その抑制効果はSLE特異的ではなかったことから治療応用にすぐに結びつけることは困難だが、SLE特有の内因性リガンドを用いて今後同様の検討を行うことにより、応用が期待できるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトにおいてIFNαを産生する主要な細胞として知られている形質細胞様樹状細胞(IPC)に対する新規作製抗体、5C11抗体を用い、血清IFNαが上昇する代表的疾患であるSLEの末梢血単核球(PBMC)における臨床的意義を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.SLEにおける血液中BDCA-2+細胞、CD3+細胞、CD19+細胞、CD14+細胞中の5C11+細胞の割合をフローサイトメトリーにて解析した結果、これら全ての細胞に5C11+細胞は存在し、さらにBDCA-2+細胞、CD3+細胞、CD19+細胞中の5C11+細胞は健常人に比し有意に増加していた。従ってBDCA-2+IPC、CD3+T細胞、CD19+B細胞中の5C11+細胞は何らかの病的意義を持つ可能性が示された。

2.SLEにおいてCD3+細胞、CD19+細胞中の5C11+細胞の割合が増加していたことから、健常人の単離したT、B細胞をmitogenであるphorbol 12-myristate 13 acetate/ionomycinにて刺激し活性化させたが、5C11+細胞の割合に変化は認めなかった。従ってSLEの血液中でT、B細胞は、健常人T、B細胞の定常状態およびmitogen刺激による活性化状態とは異なる性質を持つと考えられた。

3.SLEパラメーターと5C11+細胞の割合との相関では、ステロイド無投与群においてCD3+細胞中の5C11+細胞の割合が多いほど疾患活動性のマーカーであるSLEDAIが高かったことから、CD3+ 5C11+細胞の割合が疾患活動性のパラメーターとして使用できる可能性が示された。一方、予想に反しBDCA-2+細胞中の5C11+細胞の割合は疾患活動性との相関を認めなかった。これはSLEにおいてはIPCが皮膚や腎の組織に移行してそこでIFNαを産生していると考えられていることから、血液に残っているIPCは疾患の活動性を十分には反映していないと推測された。

4.以上によりIPC、T細胞、B細胞における5C11+細胞の割合はSLEで増加しているが、疾患活動性やステロイド投与の有無の影響を受ける。

5.SLE全体でのPBMCにおける5C11抗体のIFNα抑制効果を検討したところ、TLR-7のリガンドであるPR8、TLR-9のリガンドであるCpG刺激下では健常人と同等のIFNα抑制効果を認めた。ただしBDCA-2+細胞中の5C11+細胞の割合がSLEでは6倍に増加していたにもかかわらず、5C11抗体によるIFNα抑制効果が健常人に比し高くはなかった。またステロイド無投与群ではPR8刺激下での5C11抗体によるIFNα抑制を認めず、未治療のSLE患者のPBMCではTLR-7を介するウイルス刺激においては5C11ー細胞が主にIFNαを産生していると考えられる。これらの結果はSLE特有の内因性リガンドではなく、外因性リガンドを用いたことが原因の一つと考えられる。

以上、本論文はSLEの血液中BDCA-2+細胞、CD3+細胞、CD19+細胞において5C11+細胞の割合が有意に増加し、無治療のSLE患者ではCD3+細胞中の5C11+細胞の割合がSLEDAIと相関していることから、5C11抗体の診断的応用としては、疾患活動性のパラメーターとして使用できる可能性が示された。また5C11抗体はSLEにおいてIFNα抑制効果を持つことから、治療的応用としては今後適切な状況設定下でSLEに対する治療法へと発展していく可能性が示唆された。従って本研究はSLEの診断および治療的応用の開発の糸口をつかむものとして寄与し、学位の授与に値するものと考えられる。

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