学位論文要旨



No 123706
著者(漢字) 庄嶋,淳子
著者(英字)
著者(カナ) ショウジマ,ジュンコ
標題(和) 肺抗酸菌症の疾患感受性遺伝子の探索
標題(洋)
報告番号 123706
報告番号 甲23706
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3045号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

肺に病変をつくり、ヒトの健康を害する肺抗酸菌症は、結核症と非結核性抗酸菌症に大別される。我が国は現在でも世界的にみて肺結核症の中蔓延国であり、今後は高齢者結核、さらに結核に対する免疫を持たない若年層の増加や、途上国からの結核感染者流入など、感染症のグローバル化について対策が求められている。一方、非結核性抗酸菌症はその7割以上を占めるMycobacterium avium complex (MAC) 症が明らかな免疫学的異常を検出できない中高年の女性に多く、難治性であることから、結核罹患率の低下した国々で問題となっており、その病態解明と新しい治療法の開発が望まれている。

抗酸菌感染症の成立と発症には環境、菌側の要因、そして宿主側の要因が複雑に関係する。結核菌に感染した1割のみが肺結核症を発症することから、宿主側の要因が示唆されてきた。性別、人種のほか、遺伝素因として、Human leukocyte antigen (HLA) 遺伝子、Natural resistance associated macrophage protein 1 (NRAMP1) 遺伝子、ビタミンD受容体遺伝子、Mannose binding lectin遺伝子などが報告されてきた。一方、肺MAC症においては弱毒菌にも関わらず、健康な宿主に感染し発症することから、内的な素因が発症に重要と推測されてきた。この遺伝的素因についてはHLA型、NRAMP1遺伝子、cystic fibrosis transmembrane conductance regulator遺伝子などが報告されているが、ごく限られたものである。このように抗酸菌症発症には多数の遺伝子が関与し、その遺伝子型頻度は各集団の遺伝的進化の過程における抗酸菌の関わり方によっても異なると考えられる。本研究では、日本において問題となる肺MAC症の疾患感受性領域のゲノムワイドな探索と、結核高蔓延国であるベトナムのハノイ市において問題となる肺結核症の疾患感受性遺伝子の探索を行った。いずれもマイクロサテライトマーカーを用いた患者対照関連解析の手法を用いた。

肺MAC症の疾患感受性領域の探索は、国立病院機構近畿中央胸部疾患センターおよび国立病院機構の関連施設、国立病院機構東京病院、東海大学医学部と国立国際医療センターの共同研究として行われた。1997年のAmerican Thoracic Societyの診断基準に沿って診断された日本人肺MAC症患者集団300例と、性別を一致させた日本人対照集団794例を対象とした。対照集団は2パネルに分かれ、300例をプールドDNA検体とそれに続く個人解析に用い、残り494検体は個人解析に用いた。100人分のDNA検体からなるプールドDNAを患者対照3セット作成した。約100 kb間隔でゲノムワイドに設置された19,651個のマイクロサテライトマーカーについてプールドDNAのタイピングを行った結果を患者対照間で比較し、いずれかのアリルでP値が0.05未満であれば陽性マーカーとして選択した。1次から3次のスクリーニングにより74マーカーを選出した。74マーカーについて偽陽性を除去する目的でプールドDNAに供した個人DNAを用いて再度解析を行った。Bonferroniによる多重検定補正後に、患者対照者間で有意差を示したマーカーはなかったが、D13S791、D11S0536i、D6S0009i、D17S1290の4マーカーでは、3セットの比較において同じアリルで繰り返しP値が0.05未満であり、疾患との軽度の関連を示している可能性があった。このうちP値が最も小さく (A6アリルにおいてP=0.0007, OR=1.53)、HLA領域のMHC class1 chain-related A (MICA) 遺伝子のexon5に存在するD6S0009iマーカー (MICA-TMマーカー) を候補として選出した。他の3マーカーは、周囲に機能的に疾患と関連する可能性のある既知遺伝子が存在せず、さらなる解析を行わなかった。新たな494例の対照集団を用いてMICA-TMマーカーのA6アリルと疾患との弱い関連を確認した(P=0.0475, OR=1.25)。関連は原因不明のMAC症が多く見られる女性のみで比較するとさらに強まった(P=0.0007, OR=1.55)。

MICA分子はNK細胞、γδT細胞、CD8陽性T細胞上のNKG2D受容体のリガンドの一つであり、上皮細胞や単球、樹状細胞、マクロファージが様々なストレスを受けることにより発現し、免疫反応を引き起こすことが知られている。本疾患へのMICA分子の関与を検討する目的で、肺MAC症患者病変部と肺癌患者非癌部の病理組織に対し抗MICA抗体を用いて免疫染色を行った。細気管支上皮と肺胞マクロファージは両組織にて染色が認められ、肺MAC症の中心病変である肉芽腫の類上皮細胞や多核巨細胞でも染色陽性であった。次に有意アリルA6の機能的意義を調べるため、正常なヒト気管支上皮培養細胞におけるアリル特異的なmRNAレベルの発現解析を行った。A6/ nonA6ヘテロ接合型の42細胞において、MICA-TMと完全な連鎖不平衡にあるexon3のG/C SNPを含む領域のRT-PCR産物についてSSCPで一本鎖に分離し、A6とnon A6由来バンドの蛍光度比を算出した。一標本t検定において、A6由来のmRNAレベルでの発現が有意に高いことが示された。一方マーカー周囲に感受性遺伝子が存在する可能性を考え、100 kb内上下流に位置する既知候補遺伝子HLA-BとHLA-DRB1遺伝子について、患者と対照それぞれ300例の解析を行ったがBonferroni多重検定補正後も有意なアリルは無かった。MICA-A6を含めたハプロタイプは、B*5201-A6-DRB1*1502とB*4403-A6-DRB1*1302の二つに分かれることが示されたが、いずれも統計学的に有意な関連を示さなかった。HLA-B、MICA-TM、-DRB1の3遺伝子のうちMICA-A6アリルが最も強く関連していた。

抗酸菌感染症において機能するTh1系免疫に関わる遺伝子近傍に設置されたマイクロサテライトマーカーを用いて、ベトナム人肺結核症の疾患感受性遺伝子の探索を行った。喀痰の抗酸菌塗抹検査で過去1ヶ月以内の1回以上の陽性を診断基準とした。肺結核症患者集団100例と対照集団200例について関連解析を行い、IFNGR2遺伝子上流2000 bpとintron2内にある2マーカーがBonferroni多重検定補正後も対照集団に有意に多いことが示された (IFNGR2-1マーカー; 補正後P=0.0096, OR=0.47, IFNGR2-2マーカー; 補正後P=0.0216, OR=0.46)。2マーカーの有意アリル同士は連鎖不平衡状態にあった(D'=0.92, r2=0.64)。マーカーと連鎖不平衡にある疾患関連性多型を探索する目的で、HapMapプログラムの中国漢民族のデータを用いてマーカー周囲100-200 kb内の27個のタグSNPを選出し、肺結核症患者集団277例と対照集団506例について関連解析を行った。単独で有意差を示したSNPはなかった。タグSNPによるハプロタイプ関連解析でも有意差を示したハプロタイプはなかったが、二つのマイクロサテライトマーカーの有効領域において、両マーカーを含むA-325-GGCAT-252-CTハプロタイプが関連解析で疾患抵抗性を示した(P=0.0021)。本ハプロタイプはIFNGR2遺伝子とその周囲領域に存在し、疾患関連性の機能的多型を探索する目的でIFNGR2遺伝子のプロモーター領域(翻訳開始点から-990 bpまで)と全エクソン(exon1-7)についてベトナム対照集団から任意に選出した16検体を用いてSNPスクリーニングを行った。タグSNP以外に検出されたプロモーター領域の既知の3SNPについて、患者集団100検体と対照集団200検体を解析した。単独で有意差を示したSNPはなかったが、関連解析で3SNPのハプロタイプATC弱い疾患抵抗性を示した(P=0.0409)。これらのSNPはRheeらの既報における転写制御領域内にほぼ含まれ、また3つのSNPのうち最も上流のSNPは転写因子NF-κBの結合部位に存在していることがわかった。統計学的にはこれらのハプロタイプの有意差はスクリーニングに用いたマイクロサテライトマーカーを越えなかったが、機能的な変異である可能性があり、さらに今後の検討が必要と考えられた。

本研究ではマイクロサテライトマーカーを用い肺抗酸菌症の疾患感受性遺伝子の探索を行った。ゲノムワイドな研究Aからは上皮やマクロファージ系細胞を介して炎症を誘導するMICA遺伝子を見出し、続く機能解析から気道上皮でのMICAの発現量の違いが気道炎症に影響し、肺MAC症の疾患感受性因子となりうつ可能性が示唆された。また候補遺伝子アプローチ的な研究BからはTh1系免疫においてマクロファージの活性化に関わるIFNGR2遺伝子のプロモーター領域の疾患抵抗性ハプロタイプを検出した。今後、MICAの気道炎症への関与やIFNGR2発現制御の機構が明らかになり、さらに新たな候補遺伝子の探索と機能解析の結果が集積されることにより、宿主の病態からみた治療への道が開かれることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は環境や菌側の因子に加え、宿主の複数の内的素因が関与し発症すると考えられている肺抗酸菌症について、肺結核症と肺非結核性抗酸菌症を代表する肺MAC症のそれぞれについて、マイクロサテライトマーカーを用いた疾患関連解析の手法で疾患感受性遺伝子の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.日本人肺MAC症患者集団について、ゲノムワイドに設置された19,651個のマイクロサテライトマーカーとプールドDNAを用いた解析が行われた。三段階スクリーニングと続く個人解析の結果、Bonferroniによる多重検定補正の有意水準を満たすマーカーは無かったが、D13S791、D11S0536i、D6S0009i、D17S1290の4マーカーにおいて、同じアリルで繰り返しP値が0.05未満を示した。このうち、P値が最も小さく(A6アリルにおいてP=0.0007, OR=1.53)、HLA領域のMICA遺伝子のエクソン5に存在するD6S0009i /MICA-TMマーカーが選出された。

2.肺MAC症患者病変部と肺癌患者非癌部の手術標本について、抗MICA抗体を用いた免疫染色を行った。両標本における細気管支上皮と肺胞マクロファージ、また肺MAC症における肉芽腫の類上皮細胞と多核巨細胞が染色陽性であり、肺組織におけるタンパクレベルでの発現分布が示された。さらに、A6アリルとnon-A6アリルのヘテロ接合型であるヒト気管支上皮細胞を用いて発現比を測定した結果、A6アリル由来のmRNAはnon-A6のmRNAに比し有意に高く発現していた(正鎖プライマー解析;P<0.0001、相補鎖プライマー解析;P=0.0075)。

3.D6S0009i/ MICA-TMマーカーと連鎖不平衡にある周囲の既知候補遺伝子HLA-Bと-DRB1遺伝子の疾患関連解析を行ったところ、多重検定補正後も有意なアリルは検出されず、MICA-TMマーカーの疾患との関連が最も強いことが示された。一方A6を含むハプロタイプはB*5201-A6-DRB1*1502とB*4403-A6-DRB1*1302に大きく分かれ、そのうち前者のハプロタイプに含まれるDRB*15は過去の関連解析で抗酸菌との関連が指摘されているアリルであった。

4.ベトナム人肺結核症患者集団について、Th1系免疫関連遺伝子群近傍に設置されたマイクロサテライトマーカーをスクリーニングした結果、多重検定補正後も有意な疾患抵抗性を示したIFNGR2遺伝子近傍の2マーカー (IFNGR2-1;補正P=0.0096, OR=0.47、IFNGR2-2;補正P=0.0216, OR=0.46)が選出された。2マーカー周囲のタグSNPについて疾患関連解析を行った結果、単独で有意差を示したSNPはなかったが、マイクロサテライトマーカーを含むA-325-GGCAT-252-CTハプロタイプの有意な疾患抵抗性が示された(P=0.0021)。本ハプロタイプはIFNGR2遺伝子に主に存在した。

5.疾患抵抗性ハプロタイプの主成分であるIFNGR2遺伝子の機能的領域(プロモーター領域と全エクソン)について、ベトナム人対照16例におけるSNPスクリーニングを行い、プロモーター領域に既知3SNPが検出された。疾患関連解析の結果、これらのSNPは単独では有意な関連を示さなかったが、ATCハプロタイプは既に検出された有意ハプロタイプ上に存在し、疾患抵抗性であることが示された(P=0.0409)。尚、ATCハプロタイプの第1番目のSNPは転写因子NF-κBの結合推定部位内に存在していることが明らかとなった。

以上、本論文は肺抗酸菌症疾患感受性遺伝子の探索を行い、肺MAC症においてはMICA遺伝子、肺結核症においてはIFNGR2遺伝子をそれぞれ新たな候補遺伝子として見出した。前者においては、疾患関連解析の結果をMICA遺伝子のmRNAレベル、タンパクレベルでのヒト肺組織における発現解析に発展させることにより、MICA遺伝子のアリル特異的な発現量の違いが気道炎症に影響して肺MAC症の疾患感受性因子となっている可能性が示された。後者では、抗酸菌が細胞内寄生するマクロファージを活性化するインターフェロンγの受容体であるIFNGR2遺伝子の発現制御に関与する可能性がある疾患抵抗性ハプロタイプを検出し、今後の発現解析が待たれる。このように個々の宿主因子を探索し、機能解析の結果を集積することで、疾患の病態からみた新たな治療法の開発への道が開けるものと期待される。本論文の結果は今後の肺抗酸菌症の病態解明にとって重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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