学位論文要旨



No 123707
著者(漢字) 川上,綾子
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,アヤコ
標題(和) アレルギー疾患治療の奏功機序に関する基礎的検討
標題(洋)
報告番号 123707
報告番号 甲23707
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3064号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 石川(山脇,)昌
 東京大学 講師 森屋,恭爾
 東京大学 講師 高見,澤勝
内容要旨 要旨を表示する

[本研究の背景および目的]

アレルギー疾患の罹患率は昨今急激に増加傾向にあって、社会的な問題となっており、その病態解明と新しい治療戦略の開発が要請されている。

アレルギー反応の発症メカニズムのうち、Coombs & Gellにより提唱されたI型反応は、抗原特異的IgEが介在するアレルギー疾患においての主要メカニズムと考えられている。抗原が肥満細胞や好塩基球の細胞表面のIgEを架橋刺激し、活性化された細胞から各種炎症性メディエーターおよびサイトカインが産生・放出され、全身・局所症状を引き起こす。この抗原曝露直後の即時相反応だけでなく、その数時間後には遅発相と呼ばれる症状再燃がみられる。遅発相には、各種炎症細胞の関与があり、またステロイド反応性を有していることから、慢性アレルギー疾患病態モデルと見なされている。

この遅発相において、好塩基球の炎症局所への集積が肺・皮膚・鼻などで報告されてきている。好塩基球の集積のメカニズムは未だ充分には解明されていないが、好塩基球の遊走と局所に到達した好塩基球の生存延長メカニズムの両方が、集積に関与しているものと推測されている。

好塩基球は末梢血中白血球の1%未満と少数だが、細胞表面にFcεRIを発現し、顆粒内にヒスタミンなどのケミカルメディエーターを有している。FcεRIを介した抗原刺激により活性化されると、顆粒内のメディエーターを放出してアレルギー反応を惹起する。好塩基球は成熟細胞として流血中に存在し、接着分子を介して血管内皮細胞に接着して細胞間隙を通り抜ける。その後に様々な細胞由来の遊走因子により組織内へ遊走し、その過程で活性化されると考えられている。好塩基球に特に強力な作用を及ぼす物質としてIL-3、IL-5、GM-CSFといった造血系サイトカインや、eotaxinなどのケモカインが知られており、アレルギー性炎症の増悪に関わっているものと考えられている。試験管内では、これらの分子が好塩基球のメディエーター遊離、生存延長、接着分子発現、遊走を制御することが報告されている。

アレルギー疾患の治療においては、抗原が判明していれば抗原回避は当然重要である。しかし、現実的には完全な除去は難しく、抗原に拘束されない薬物療法が中心となることが多い。このような薬剤のうちヒスタミン拮抗薬オロパタジンと、気管支拡張薬テオフィリンの2剤を用いて、好塩基球の活性化に対する作用を本研究の前半部分で包括的に検討した。

アレルギー疾患独特の抗原特異的治療法として減感作療法がある。我が国においての社会問題となっているスギ花粉症において、減感作によるblocking抗体誘導の証明を後半で行った。なお、多数の抗原において、減感作療法がblocking抗体を誘導することが欧米で確かめられているが、日本スギについては今までこの抗体の存在を機能的に確認した報告はない。

[方法]

健常人末梢血より様々な方法を用いて好塩基球を分離した。ヒスタミン遊離においては、好塩基球を刺激して37℃ 45分反応させ、オートアナライザーにて解析した。遊走実験においては、好塩基球をchemotaxicellの上室に添加し、37℃ 150分反応させ、下室に遊走した細胞をフローサイトメトリーで計測した。FcεRI発現量の解析においては、高純度精製好塩基球をbiotin-CRA-1で標識してフローサイトメトリーで解析した。アポトーシス解析においては、高純度精製好塩基球をannexin V/PI法とミトコンドリア膜電位を用いた解析法の2法において解析した。血清感作の方法は、健常人末梢血よりPercoll分離法にて好塩基球を分離し、IgEを除去するstrippingを行い、スギ花粉症患者血清に浮遊させ37℃ 2時間受身感作を行った。血清中のIgG精製はMAbTrap Kitを用いた。

[結果]

1. 好塩基球機能の解析

1-1. オロパタジンの解析

好塩基球脱顆粒および遊走能への影響は全く見られなかった。好塩基球表面FcεRI発現量へも変化を与えなかった。アポトーシスへの作用を解析したところ、オロパタジン100μM存在下において促進作用を認めた。Annexin V/PI法とミトコンドリア膜電位を用いての2法のいずれでもアポトーシス細胞の増加が確認できた。オロパタジンとIL-3の共存下では、IL-3 3 pM以下ではオロパタジンのアポトーシス誘導が認められたが、IL-3高濃度ではオロパタジンの影響はみられなかった。

1-2. テオフィリンの解析

好塩基球アポトーシスを好酸球同様に誘導した。好塩基球においては、IL-3非存在下および0.3 pM存在下の両方において、テオフィリン0.3~1 mMの濃度で有意にアポトーシス細胞の増加がみられた。

2. 減感作療法によるblocking抗体誘導

急速減感作療法の前後の血清を用いて好塩基球感作能を比較したところ、両血清とも感作能は同等であった。減感作前後の血清存在下にてスギ抗原刺激を行ったところ、減感作後の血清が存在することによりヒスタミン遊離の減弱がみられ、しかも血清濃度を濃くするにつれて抑制が強まった。減感作後血清を1%加えることにより、全5例の患者全てでヒスタミン遊離抑制が見られた。その一方で、抗原非特異的な刺激であるCRA-1抗体やCa ionophore刺激では、減感作前後の血清添加にて変化は見られなかったので、スギ抗原特異的な現象と考えられた。また、減感作療法開始後の時間経過では、1例においては時間の経過とともに徐々に抑制が強まる結果を示したが、もう1例では明らかな時間経過による変化は見られなかったので、症例によって異なる結果となった。減感作後血清を56℃ 2時間加熱処理して血清中IgEを不活化したものをヒスタミン遊離に加えてみても、遊離抑制は損なわれることはなかった。減感作後血清からIgGを精製して添加してみると、遊離抑制が認められ、blocking物質の本態はIgGであることが確認された。

[考察]

1. 好塩基球アポトーシスの解析

オロパタジン・テオフィリン両薬剤により、好塩基球のアポトーシスが誘導される結果が得られた。オロパタジンで有意差がついた濃度は100μMと内服時の血中濃度より高濃度ではあるが、既報のオロパタジン有効濃度が同程度であった。局所薬にての局所濃度においては今回好塩基球に有効であった濃度に到達し得ると考えられた。テオフィリンにおいては、好酸球のアポトーシスを誘導するとの報告が既にされていたが、今回、好塩基球でもアポトーシスを誘導した。好酸球とは違い、生存延長を来す主要サイトカインであるIL-3の存在・非存在下の両方において好塩基球のアポトーシスを誘導したことは、好塩基球と好酸球の間のアポトーシス制御機構の違いが関係しているものと推測する。

2. 減感作療法によるblocking抗体誘導

減感作療法の作用機序として、種々の報告がなされている。IgG4などの抗体産生の誘導、肥満細胞/好塩基球などのエフェクター細胞への抑制作用、アレルゲン刺激に対するT細胞応答の修飾作用などである。最近の報告では、中心的ターゲットがT細胞にあるとされているが、多量の抗原を一度に投与するにもかかわらず、投与維持期間中にアナフィラキシーの発生が殆どないことはT細胞への影響だけでは説明できない。

Blocking抗体は1935年Cookeらが提唱した概念で、その後欧米では、1968年には血清中のIgG fractionが抗原のblocking作用を発揮しているとの報告がある。しかし、我が国でよく行われているスギ花粉の減感作療法においてblocking抗体をin vitroで機能的に証明した報告はない。今回、患者5例の血清を用いて機能的にblocking抗体の存在について検討した。減感作後血清は、健常人好塩基球を受動感作し、その感作能は、減感作前と同等であった。しかし、減感作後血清存在下で、スギ抗原刺激に対するヒスタミン遊離の抑制を認めた。減感作後血清中にスギ抗原を中和する物質が存在することが示唆され、精製実験により免疫グロブリンIgGであることを確認した。Blocking抗体のin vitroにおける中和作用強度や減感作療法中の誘導の経過時間などは、個体差がかなり大きいが、blocking抗体が誘導され、低濃度スギ抗原刺激を加えたときの好塩基球脱顆粒を抑制することは、減感作療法施行中のアナフィラキシー症状の発現防止に深く関わっているものと推測する。

[結語]

アレルギー疾患の治療戦略を検討するに当たり、慢性アレルギー性炎症の病態成立機序を理解することは重要である。

本研究の前半では、抗ヒスタミン薬オロパタジンとキサンチン誘導体テオフィリンの2剤が好塩基球に作用してアポトーシスを誘導することを報告した。この2薬剤が発揮する臨床効果のおそらく一部は、今回判明した好塩基球への作用が関与しているのであろうと推察された。

後半では、スギ減感作療法によりblocking抗体が誘導されることを示した。過去の欧米の報告と照らし合わせると、この物質はおそらくIgG4と考えられ、本研究でもProtein Gカラム用いることによりIgG分画にあることを確認した。

以上本研究を通じて、好塩基球という細胞を対象にしつつ、アレルギー治療に関して新たな考え方を提示することを目標に解析を進めてきた。得られた知見はアレルギー疾患に対して全く斬新な治療標的を示すものではないが、今まで我々が行ってきた治療内容に関して、その理論的根拠を補強する点で重要なものと信じている。本研究で得られた知見が、今後のアレルギー治療戦略確立において一助となれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアレルギー疾患に対して現在行われている治療内容に関して、その理論的基盤を明確にすることを目的とし、薬物の好塩基球機能に対する解析および減感作療法中の血清中に存在するblocking抗体の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.抗ヒスタミン薬オロパタジンを用いて好塩基球機能への影響を解析した結果、好塩基球脱顆粒および遊走能、好塩基球表面FcεRI発現量への変化は認めなかった。さらに、好塩基球アポトーシスへの影響を検討したところ、オロパタジン100 μM存在下にて促進作用を認めた。annexin V/PI法とミトコンドリア膜電位検出法のいずれでもアポトーシス細胞の増加を確認した。オロパタジンとIL-3の共存下では、IL-3 3 pM以下の低濃度においてオロパタジンのアポトーシス誘導が認められたが、IL-3の濃度を高めると、オロパタジンのアポトーシス誘導効果は不明瞭となった。

2.気管支拡張薬テオフィリンの好塩基球生存への影響を解析した結果、好酸球同様にアポトーシス誘導が見られた。テオフィリンで誘導される好酸球アポトーシスにおいては、生存延長を来す主要サイトカインであるIL-5の低濃度存在下にてのみ誘導されることが既に知られているが、好塩基球においては、結果が異なり、IL-3非存在下および0.3 pM存在下の両方において、テオフィリンにより有意にアポトーシス細胞の増加が見られた。好塩基球に対しアポトーシスを誘導するテオフィリンの濃度は0.3~1 mMであり、臨床的に到達可能な範囲であった。

3.減感作療法の前後の血清を用いて好塩基球感作能を比較検討した結果、両血清とも感作能は同等であり、血清中のIgEには大きな変化は生じていないと考えられた。減感作前後の血清存在下にてスギ抗原刺激を行うと、減感作後の血清存在下にてヒスタミン遊離の減弱がみられた。その一方で、スギ抗原以外の非特異的刺激であるCRA-1抗体やCa ionophore刺激では、減感作前後の血清添加にて変化は見られず、反応減弱はスギ抗原刺激に特異的な現象と考えられた。減感作導入後の血清のみが有するヒスタミン遊離抑制作用は、血清中のIgEを加熱により不活化することでは消失しなかった。さらに、血清中IgGを精製することにより、blocking物質の本態がIgGであることが確認された。

以上、本論文は薬剤が好塩基球機能に及ぼす影響の解析と減感作療法におけるblocking抗体の解析を行い、抗アレルギー作用をもつ薬剤が好塩基球アポトーシスを誘導すること、減感作療法導入後の血清、特にその成分であるIgGがスギ抗原刺激に対する好塩基球ヒスタミン遊離反応の抑制作用を示すことを明らかにした。本研究はこれまで知られていなかったオロパタジン・テオフィリンが有する好塩基球アポトーシス誘導作用を新たに見出すとともに、我が国特有のスギ花粉症患者に対する減感作療法により血清中に誘導されるblocking抗体の存在証明を行ったものである。本論文の成果は、アレルギー領域に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク