学位論文要旨



No 123709
著者(漢字) 高部,智哲
著者(英字)
著者(カナ) タカベ,トモサト
標題(和) 胎生期心血管流出路形成におけるCspg2の役割
標題(洋)
報告番号 123709
報告番号 甲23709
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3047号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 代謝生理化学教授 栗原,裕基
 東京大学 分子療法教授 東條,有伸
 東京大学 検査部准教授 小柳津,直樹
 東京大学 再生基礎医科学客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 小児科学教授 五十嵐,隆
内容要旨 要旨を表示する

1.序論心血管奇形は人間の先天異常による胎生死の多くを占め、多くが心血管流出路異常に関連している。様々な実験的操作によりもたらされた脊椎動物の心臓発達異常の多くも心血管流出路異常であることが報告されている。これらの心臓発生に関連する分子機構を理解することは、先天性心疾患の発症機序を解明する糸口になりうると考えられる。本研究では、胎生期に心血管流出路形成異常をきたすモデルマウスを用いて心血管形成の機序に関する検討を行った。

哺乳類の心臓発生過程には、第一次心臓領域に加え第二次心臓形成領域、神経堤細胞などが関与していると考えられている。マウスにおいて、第一次心臓領域前駆細胞は胎齢7.5(E7.5)で馬蹄型心を形成し、E8.0には心筒を形成する。第二次心臓形成領域は主に右室原基と流出路を形成する。神経堤細胞は神経板と表皮外胚葉の境界部から発生後に遊走し、特に流出路の中隔形成に関与する。Heart defect(hdf)マウスは劣性の致死的異常を有し、ホモ接合体ではE11.5までに死亡する。hdfマウスは、トランスジェニックマウス作成中に偶然生まれたストレインで、Hoxa1プロモーター領域とLacZリポーター遺伝子を含むトランスジーンが13番染色体中のCspg2遺伝子領域に挿入されている。その結果、細胞外マトリックスタンパク質versicanをコードするCspg2遺伝子の正常な発現が障害されている。

ホモ接合体hdfマウスは心血管流出路の低形成を呈し、流出路形成の分子機構を解析するのに良いモデルであると考えた。hdfマウス胎仔の流出路に発現している遺伝子群を正常マウスのものと比較したところ、ホモ接合体hdfマウスにおいて、神経堤細胞の異常、細胞死の増加に加え第二次心臓形成領域の異常が明らかとなった。

2.材料、方法サブトラクション法にはPCR-Select(TM)cDNA Kit、PCR-Select(TM) Differential Screening Kit(Clontech)を使用した。リアルタイムPCRにはiCycler(Bio Rad)、QuantiTect SYBR Master Mix(QIAGEN)を使用した。insituハイブリダイゼーションはMoormanによるプロトコールに従い行った。アポトーシス解析にはLyso Tracker(R)Red DND-99(Invitrogen)、ApopTag(R)Peroxidase In Situ Apoptosis Detection Kit(Chemicon)を使用した。

3.結果サブトラクション法により約2000個のクローンを抽出した。さらにドットプロット、リアルタイムPCRの結果、ホモ接合体における17遺伝子の発現低下を確認した。E9.5の野生型でこれら遺伝子のホールマウントinsituハイブリダイゼーション(WISH)を行ったところ、Mdk、Cdk4、Skp2、Hspa8、Crabp1が再現性をもって特異的発現パターンを示し、ホモ接合体ではその発現が低下していた。

ホモ接合体で発現が低下していた遺伝子の中に、神経堤細胞、細胞周期調節もしくは細胞死に関連した遺伝子が含まれており、これらの解析を行った。Crabp1は神経堤細胞のマーカーとして知られるが、E8.5の野生型でその発現は後脳間充織に限局しており、ホモ接合体でも同様であった。E9.25の野生型では鰓弓へ向かう線状の発現が確認されたが、ホモ接合体では後脳間充織で神経管と表皮外胚葉の接合部に限局しており線状の発現が減弱していた。他の神経堤細胞マーカーであるErbB3、Cdh6でも同様に、野生型で確認されている線状の発現がホモ接合体で減弱していた。ホモ接合体において細胞死が増加しており、その領域は本来野生型においてCspg2が発現しておりホモ接合体でその発現が確認されない領域とほぼ合致していた。またCrabp1が発現している部位は細胞死が起こっている領域に含まれていた。

心血管流出路形成に直接関与する第二次心臓形成領域について調べたところ、E9.5のホモ接合体において、野生型と比較して第二次心臓形成領域のマーカーであるlsl1、Tbx1の発現低下を認めたが、Fgf8の発現に差は見られなかった。E8.5におけるCspg2の発現は野生型において第二次心臓形成領域と合致して臓側中胚葉と頭部間充織で認められたが、ホモ接合体では確認されなかった。

4.論考

正常なversican発現の意義について市販されているマウスversicanの抗体を試したが非特異的な反応のため解析には適さず、本研究ではversicanのタンパクレベルでの解析は行っていない。VersicanはCspg2によりコードされる細胞外マトリックスタンパク質であり、Cspg2を発現する細胞の近傍に発現していると考えられ、以下Cspg2の発現パターンがversicanの発現パターンを反映するとして論じる。PCRを用いた検討や産生されるドメインに対する抗体による解析などから、hdfマウスにおいてCspg2遺伝子のexon6-7間のイントロンとexon7-8間のイントロンの間にHoxa-1/LacZトランスジーンが挿入されゲノム遺伝子の再構築が起こっていると考えられる。またexon1-5及びexon11-15に相当する部分についてはmRNAの発現が確認されており、hdfマウスにおいて本来のversicanの一部が切断された変異型ポリペプチドが発現し何らかの作用をしている可能性は否定できない。現在までにCspg2のノックアウトマウスについての報告は見当たらず、力dfマウスの表現型がversicanの発現低下のみで説明できるのか変異型ポリペプチドが寄与しているかに関しては不明である。一方で胎生早期のピアルロン酸産生のための主要な酵素であるHas2はCspg2の発現と似通った部位に発現しており、Has2のノックアウトマウスはhdfマウスと同様の表現型を示す。Versicanはピアルロン酸と複合体を形成し機能する事が知られているので、併せて考えるとversicanの発現障害がhdfマウスの発現型に大きく関与している可能性が高いと考えた。

神経堤細胞の異常についてホモ接合体において3つの神経堤細胞マーカー遺伝子の発現低下が確認され、何らかの神経堤細胞異常の存在が推測される。Versicanは神経堤細胞の遊走経路に優位に存在することが知られているが、ホモ接合体で神経堤細胞の遊走障害が起こっているとするとversicanが神経堤細胞の遊走に必要とする報告と合致する。

細胞死の増加についてホモ接合体における細胞死領域は、本来野生型においてCspg2が発現しており、ホモ接合体でその発現が確認されない領域とほぼ一致しており、versicanが細胞を細胞死から防ぐ働きをするという報告と合致する。サブトラクションにより細胞死に関連した遺伝子が確認されたが、その発現部位は細胞死が認められる部位と一致しなかった。これら遺伝子の発現低下は細胞死以外のプロセスに関与している可能性もある。

第二次心臓形成領域の異常についてTbx1の発現量低下によって神経堤細胞の遊走障害がおこる事が報告されており、本実験の結果を一部説明できる可能性がある。Tbx1の発現低下により鰓弓の内胚葉におけるFgf8の発現が低下し、神経堤細胞の遊走障害に大きく関与していると考えられているが、本研究ではホモ接合体においてTbx1の発現が低下しているにも関わらずFgf8の発現に異常は見られなかった。ホモ接合体における神経堤細胞異常はTbx1の発現低下以外の要素、例えば頭部間充織の細胞死や正常なversicanの形成障害が関与している可能性も否定できない。E9.5の鰓弓ではTbx1とlsl1は内胚葉と中胚葉に発現しているが、Fgf8は中胚葉には発現していない。従って、力dfマウスの鰓弓における異常が主に中胚葉の異常に由来することが推測される。Tbx1の発現障害では流出路の中隔化異常をきたすが胎性致死には至らず、lsl1のノックアウトマウスはE10.5までに胎生致死に至る。表現型もlsl1のノックアウトマウスはわdfマウスの形態に類似しており、hdfマウスの心血管形成不全にはTbx1の関与する経路よりもlsl1の関与する経路の異常がより密接に関与していると考えられる。

5.結語 hdfマウスにおいて新たに、1).頭部間充織における細胞死の増加、2).神経堤細胞異常、3),第二次心臓形成領域の異常が明らかになった。1),頭部間充織における細胞死の増加と3).第二次心臓形成領域の異常は、Cspg2の発現障害に直接起因する可能性が高いと考えられる。2).神経堤細胞異常の原因は不明だが、正常なversicanの形成障害、第二次心臓形成領域の異常、もしくは頭部間充織の細胞死が密接に関わっている可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

致死的な先天異常の多くが心血管流出路形成不全に起因することが知られている。本研究は胎生期心血管流出路形成異常をきたすんdfマウスをモデルとしてその分子機構の解明を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1).hdfマウスにおいて野生型/ヘテロ型-ホモ接合体のサブトラクション法を行い、約2000個のクローンを抽出した。さらにドットプロット、リアルタイムPCRの結果、ホモ接合体における17遺伝子の発現低下を確認した。これら遺伝子のすべてについてプローブを作成し、胎齢(E)9.5の検体でホールマウントin situハイブリダイゼーション(WISH)を行ったところ、5つの遺伝子について野生型における再現性をもった特異的な発現パターンとホモ接合体における発現低下が確認された。

2).上記5つの遺伝子に神経堤細胞のマーカー遺伝子が含まれており、神経堤細胞について解析を行った。神経堤細胞のマーカーであるCrabp1の発現はE8.5の野生型で後脳間充織に限局しており、ホモ接合体でも同様であった。E9.25-9.5の野生型では後脳間充織から鯉弓へ向かう線状の発現が確認されたが、ホモ接合体では後脳間充織に限局しており線状の発現はほとんど確認されなかった。他の神経堤細胞マーカーであるErbB3、Cdh6も同様にホモ接合体で線状の発現が低下しており、ホモ接合体において何らかの神経堤細胞の異常が生じていることが示された。

3).上記の17遺伝子には細胞周期の調節もしくは細胞死に関連した遺伝子が含まれており、細胞死について解析を行った。E8.5ではホモ接合体は野生型と著変なかったが、E9.25以降のホモ接合体では神経管を含む頭部間充織において細胞死が増加していた。わdfマウスはトランスジェニックマウス作成中に偶然生まれたストレインで、細胞外マトリックスタンパク質versicanをコードするCspg2遺伝子の正常な発現が障害されている事がわかっている。ホモ接合体における細胞死領域は、本来野生型においてCspg2が発現しておりホモ接合体でその発現が確認されない領域とほぼ合致していた。また細胞死領域はCrabp7発現領域を含んでいた。Cspg2の発現障害が細胞死の増加に関与している可能性が示された。またhdfマウスにおけるCspg2の発現障害もしくは細胞死が神経堤細胞の異常に関与している可能性が示された。

4).心血管流出路形成に関与する事が知られている第二次心臓形成領域について解析を行った。E9.5のホモ接合体においてIsl1、Tbx1の発現低下を認めたが、Tbx1を介して神経堤細胞に作用する事が知られるFg/8の発現は低下していなかった。わdfマウスのホモ接合体は、Tbx1、Fgf8のノックアウトマウスよりもIsl1のノックアウトマウスに表現型が類似していることも併せて考えると、1s'7の異常がよりhdfマウスの異常に関与している可能性があると考えられた。またE8.5におけるCspg2の発現は、野生型において第二次心臓形成領域と合致して認められ、E8.5で第二次心臓形成領域に発現している正常なCsPg2の発現がその後の心血管流出路のリモデリングにおいて重要である可能性が示された。

以上、本論文は心血管流出路形成不全を呈するhdfマウスにおいてCspg2の正常な発現が障害される事で、1).頭部間充織における細胞死の増加、2).神経堤細胞異常、3).第二次心臓形成領域の異常が引き起こされる事を明らかにした。本研究は新たな展開をみせる心血管発生に関連する分子機構の一端を解明することで、先天性心疾患の発症機序を解明する糸口となりうると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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