学位論文要旨



No 123710
著者(漢字) 田中,珠美
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タマミ
標題(和) 慢性腎不全モデルマウスの樹立、および尿中バイオマーカーの検討
標題(洋)
報告番号 123710
報告番号 甲23710
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3049号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 菱川,慶一
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 柴垣,有吾
 東京大学 講師 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

透析患者に心血管疾患の合併が多いことは以前から知られていたが、近年軽度から中等度の慢性腎臓病(CKD, chronic kidney disease)においても心血管障害(CVD, cardiovasucular disease)の発症やそれに関連する死亡が増加し、さらに貧血が合併することでその危険性が増加することが明らかになってきた。このようにCVD、CKD、貧血は互いに影響を及ぼしあっていることからcardiorenal anemia syndromeという概念が提唱されるようになった。

アデニン過剰投与により過剰なアデニンがキサンチン脱水素酵素(XDH, xanthine dehydroxygenase)による作用で腎毒性のある2,8-ジヒドロキシアデニン(DHA,2,8-dihydroxyadenine)に変換され、腎障害を生じることはラットですでに報告されているがマウスでの報告はない。そこで貧血、心肥大を伴う慢性腎不全モデルをアデニン過剰投与により新たにマウスを用いて作製した。

また既存のXDH阻害剤であるアロプリノールと新規開発されたY-700をそれぞれ新たに樹立したアデニン過剰投与による慢性腎不全モデルに投与し、そのXDH阻害効果について比較検討した。

さらに腎疾患の新規バイオマーカーとしての有効性、あるいは腎保護因子としての可能性を報告されてきているL型脂肪酸結合タンパク(L-FABP, Liver-type fatty acid binding protein)について、アデニン過剰投与による慢性腎不全モデルにおけるバイオマーカーとしての有効性、および腎保護効果について検討した。

[方法]

げっ歯類では一般に、L-FABP遺伝子のプロモーター領域に腎臓での発現に対するsilencing sequenceが存在するため、野生型マウスの腎臓ではL-FABPはノックアウト状態である。そこでhuman L-FABP (hL-FABP)遺伝子を導入した変異型マウスを野生型マウスとともに用いた。野生型および変異型マウスをadenine群、allopurinol群、Y-700群、control群の4群に分けた。adenine群にはアデニン混合飼料を6週間投与し、allopurinol群およびY-700群にはアデニン混合飼料に加え2週目からそれぞれアロプリノールあるいはY-700を6週目まで投与した。control群は通常飼料と水を投与した。各群とも2週間ごとに採血および採尿を行い、血清BUN、尿中NAG、アルブミン、蛋白、および血中と尿中のhL-FABPをELISA法により測定した。また6週間後にマウスを屠殺し、体重補正した心重量、HCT値、腎におけるTGF-β1、MCP-1、hL-FABPのmRNAの発現量をrealtime RT-PCR法を用いて測定するとともに、腎のPAS染色とMT染色による組織所見や、腎のα-SMA、F4/80、hL-FABP、HHEおよびhypoxyprobeを用いた免疫染色による組織所見を各群において比較した。さらにWestern Blot解析により腎のhL-FABP蛋白の発現量を測定した。

[結果]

野生型マウスのadenine群ではcontrol群と比較してBUNの増加、HCTの低下、および体重補正した心重量の増加を認めた。Adenine群の組織像はPAS染色で尿細管の不均一な拡大、間質への著明な細胞浸潤といった間質障害が主体であり、MT染色では線維化領域の増加や、α-SMA染色およびF4/80染色で傍尿細管領域における陽性領域の増加を認めた。またHHE染色やhypoxyprobeを用いた染色で陽性領域の増加も認められた。腎におけるMCP-1やTGF-β1のmRNAの発現も増加していた。

変異型マウスにおいてもadenine群とcontrol群を比較すると同様の所見であった。変異型マウスの腎でのhL-FABPのmRNAの発現レベルはadenine群とcontrol群を比較するとadenine群で増加しhL-FABPの免疫染色ではadenine群において近位尿細管でのhL-FABP陽性濃染領域が拡大しており、hL-FABP蛋白のWestern Blotによる定量結果でも、adenine群で発現が増加していた。

これら野生型および変異型マウスで認められた所見はallopurinol群およびY-700群ではadenine群よりも有意に軽減していた。

尿中のバイオマーカーを比較すると、野生型マウスにおける尿中アルブミン、蛋白、NAGはいずれの群でも上昇せず、有意差を認めなかった。しかし、変異型マウスの尿中のhL-FABPレベルはadenine群においてcontrol群よりも有意に増加した。allopurinol群およびY-700群では2週目以降尿中hL-FABPレベは徐々に低下していき、6週目ではadenine群と比較して有意に低下していた。血中のhL-FABPレベルはいずれの群においても上昇していなかった。

野生型と変異型マウスのadenine群を比較すると、変異型マウスのadenine群では野生型マウスのadenine群と比較して6週目のBUNが有意に低下していた。また変異型のadenine群の腎のMT染色、F4/80染色では、野生型よりも組織所見の悪化が抑制されていた。

Allopurinol群とY-700群を比較すると、Y-700群ではallopurinol群と比較して4週目のBUNが低下していた。また野生型マウスの腎のMT染色での線維化領域やMCP-1のmRNAの発現量、変異型マウスのhL-FABP蛋白およびmRNAの発現量もY-700群ではallopurinol群より低下していた。

[考察]

本研究では心肥大および貧血を伴う慢性腎不全モデルをアデニンの過剰投与によりマウスにおいて初めて樹立した。アデニンによる腎障害の組織所見は、間質へのマクロファージの著明な浸潤と尿細管障害、および間質の線維化であり、マクロファージ走化性因子であるMCP-1や線維芽細胞の増殖を刺激するサイトカインであるTGF-β1のmRNAの増加も認めた。

アデニン過剰投与により生じる腎毒性のあるDHAはXDH阻害により産生が抑制される。そこでXDH阻害剤であるアロプリノールとY-700という新薬をアデニン投与による慢性腎不全モデルマウスに投与したところ、腎障害のみならず、心肥大および腎性貧血も改善した。このモデルは再現性よく簡便に作製でき、今後広く応用可能であり、今後の研究において有用であると考えられる。

今回作製した慢性腎不全モデルを用いて尿中バイオマーカーの有効性を検討したところ、尿中L-FABPは尿中NAG、アルブミン、蛋白と異なり、病態および治療効果を鋭敏に反映していた。尿中L-FABPは腎障害を反映して上昇することは報告されているが、治療効果を反映して低下するという結果は今回の実験が初めての報告である。

尿中L-FABPは、既存の腎障害マーカーと異なり、アルブミン負荷によるストレスや虚血による酸化ストレスに応じて近位尿細管での発現が上昇し管腔への排泄が亢進し、尿中レベルが上昇するといわれている。本モデルではhypoxyprobeやHHE染色の結果、アデニン投与で虚血領域および酸化ストレスが増加し、XDH阻害剤投与によりこれらが減少していることが明らかになり、本モデルにおけるL-FABPの発現亢進、および排泄亢進には虚血による虚血による酸化ストレスが関与していたことが示された。

野生型と変異型マウスのadenine群を比較したところ変異型マウスでは腎障害が軽減している可能性が示された。最近の報告で腎にL-FABPが存在すると、酸化ストレスの増加に応じて、L-FABPの発現が亢進し、L-FABPが酸化ストレス物質と結合しともに尿細管腔中に排泄されることで、腎保護効果を表すことが示唆された。今回も虚血による酸化ストレスに応じて変異型マウスでL-FABPの発現が亢進し、野生型と違いが生じたものと考えられた。

またアデニン投与による慢性腎不全モデルマウスにおけるアロプリノールとY-700のXDH阻害効果の違いについて評価したところY-700の方が腎機能の改善が早く、改善効果もより強いという傾向が認められた。Y-700はアロプリノールよりもXDHとの結合力が強く作用時間も長いことが分かっているが、今回は飲水に混ぜて投与しているので作用時間よりも結合力による違いに合致した作用効果の違いであると考えられた。アロプリノールは腎代謝であり、腎疾患患者では投与量を注意しなくてはならないが、Y-700は肝代謝であり、腎疾患患者でも比較的使用しやすいと推測され、臨床試験での有害事象を検討した後、臨床においても広く応用されると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、慢性腎不全におけるL型脂肪酸結合タンパク(L-FABP)の尿中バイオマーカーとしての有効性および腎保護効果について検討するため、新たに慢性腎不全モデルマウスを作製して実験を行った。ヒトと異なり、野生型マウスでは腎臓の尿細管上皮細胞にL-FABPが発現していないため、野生型マウスとともにhuman L-FABP transgenic マウス(変異型マウス)を用いた。また、この慢性腎不全モデルにおける新規xanthine dehydroxygenase (XDH)阻害剤の治療効果についても検討し、下記の結果を得ている。

1.アデニンを過剰摂取すると、XDHの作用により腎毒性のある2,8ジヒドロキシアデニン(DHA)に変換され、腎障害に至ることがラットにおいて知られている。そこで野生型および変異型マウスにアデニンを過剰に投与したところ、BUNの上昇、HCTの低下、および心重量の増加を認めた。つまり、アデニン過剰投与により貧血および心肥大を合併した慢性腎不全モデルをマウスにおいて新たに樹立した。本モデルの腎組織所見は、間質へのマクロファージの浸潤と尿細管障害および線維化が主体であり、尿細管虚血による酸化ストレスが増加していることが確認された。また既存のXDH阻害剤であるアロプリノールあるいは新規XDH阻害剤のY-700の投与によりDHAの産生を阻害したところ、これらの腎機能悪化所見が抑制されることが示された。

2.アデニン過剰投与による慢性腎不全モデルにおいて既存の尿中バイオマーカーである尿蛋白、アルブミン、NAGを測定したがいずれも増加していなかった。一方、尿中L-FABPレベルをELISA法により調べると、アデニン投与に伴って上昇し、アロプリノールやY-700の投与により低下した。血中L-FABPはいずれのマウスにおいても増加していなかった。腎でのL-FABPのRNAおよびタンパクレベルでの発現をそれぞれrealtime RT-PCRおよびWestern Blotにより調べたところ、腎障害の程度に相関しており、尿中L-FABPは血中レベルに影響されず、大部分は腎由来であることが示唆された。このことから、尿中L-FABPは慢性腎不全の程度および治療効果を反映するバイオマーカーであることが示された

3.野生型マウスと比較すると、変異型マウスではアデニン投与による BUNの増加や組織所見の悪化が抑制され、腎障害が軽減していた。変異型マウスでは、野生型マウスと異なり、酸化ストレス下でL-FABPの腎での発現および尿細管腔への排泄が亢進することが知られており、L-FABPが酸化ストレス物質とともに結合して尿細管腔へと排泄されることで腎保護作用を示している可能性が示唆された。

4.アロプリノールとY-700の比較では、Y-700の方が、アデニン投与によるBUNの上昇をより早く抑制しており、さらに腎組織所見の悪化もより強く抑制していた。つまり、Y-700はアロプリノールよりもXDH阻害効果が大きいことが示された

以上、本論文では、アデニン過剰投与による慢性腎不全モデルをマウスにおいて新たに樹立し、このモデルではXDH阻害剤による治療が可能であること、尿中L-FABPが慢性腎臓病の病態ならびに治療効果を反映したバイオマーカーであること、腎に発現したL-FABPが腎保護的に作用していること、ならびにY-700はアロプリノールよりも大きなXDH阻害作用をもつことを明らかにした

本研究は、臨床において尿中L-FABPを測定することが慢性腎臓病の病態や治療効果を正確に把握する上で一助となりうること、またY-700のXDH阻害効果をアロプリノールと比較して示したことは、今後の治療において大きく貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる

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