学位論文要旨



No 123713
著者(漢字) 松下(武藤) ,明子
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ(ムトウ),アサコ
標題(和) ミネラルコルチコイド受容体を介する血管内皮機能調節機構の解明
標題(洋) Mineralocorticoid receptor-mediated endothelial function
報告番号 123713
報告番号 甲23713
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3052号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 准教授 上原,誉志夫
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

背景

ミネラルコルチコイドの1つであるアルドステロンは、従来、腎臓の尿細管細胞において、そのレセプターであるミネラルコルチコイド受容体(MR)を介し、水、塩分のホメオスタシスを調節するホルモンとして知られている.しかし、現在までにMRの発現は腎臓組織以外にも認められており、その働きも水分調節だけではないことがわかってきた.とくに1999年に発表されたRandomized Aldactone Evaluation Study (RALES)において、心不全に対するMR阻害の有効性が証明されて以来、アルドステロンの心血管系組織に及ぼす影響が数多く研究されるようになった.それらの研究によりMR阻害は血管内皮機能や心筋梗塞、心不全の予後を改善することが証明され、アルドステロンと心血管病態との関わりを示唆するものとなった.

アルドステロンの作用には、転写を介して作用するゲノム作用のほかに、他のステロイドホルモンでもいわれているような急性に作用する非ゲノム作用があることが報告されている.この急性作用も腎臓の細胞のほかに、心血管系細胞についても報告がある.これらの報告のなかで、MR阻害薬の感受性の有無や血管トーヌスに対する作用(血管収縮性か弛緩性か)など、報告により一致しておらず、未だ議論のある領域である.

本研究では、アルドステロンの血管に対する急性作用をより明確に結論づけるため、培養内皮細胞とラット摘出血管という、より単純化した実験系を用いて検証した.

方法

ウシ胎仔大動脈より血管内皮細胞を分離・培養し、経代数15までを細胞実験に用いた.実験前の細胞は、血清中に含まれるステロイドホルモンの影響を除くため、血清としてデキストラン・チャーコール処理血清を用いた培地で3日間以上培養した.

一酸化窒素(NO)指示薬DAF-2またはカルシウム(Ca2+)指示薬fluo4/FuraRedを内皮細胞内に導入し、共焦点顕微鏡を用いたイメージングにより、ATPによるNO産生または細胞内Ca2+濃度([Ca(2+)]i)変化をアルドステロン処置の有無で検討した.NO産生を定量的に評価するため、細胞非透過性DAF-2を用い、培養上清中のNOをマイクロプレートリーダーで評価した.内皮型NO合成酵素(eNOS)の活性化を示すリン酸化siteであるSer1179のリン酸化状態をウエスタンブロッティングで評価した.

ラット大動脈リング実験システムを作製し、8週齢Sprague-Dawley(SD)ラットより胸部大動脈を摘出し、リング標本を作製して、フェニレフリン(PE)収縮後の内皮依存性弛緩反応をアセチルコリン(ACh)添加により評価した.内皮非依存性弛緩反応は、内皮除去したリング標本に対してPE収縮後のニトロプルシドナトリウム(SNP)添加により評価した.

イメージングを除くすべての実験において、作用機序を検討するため、MR阻害薬エプレレノン、phosphatidylinositol 3-kinase(PI3K)阻害薬LY294002、eNOS阻害薬LNAMEあるいは内皮除去の効果を検討した.

結果

NOイメージングにより急性のアルドステロン前処置がATPによるNO産生を亢進する傾向がみとめられた.培養上清中のNOの定量評価により、実際に急性のアルドステロン前処置がATPによるNO産生を有意に増強することがわかった.一方でアルドステロンを20時間処置した細胞ではNOの増強はみとめられなかった.またアルドステロン単独ではNO産生に影響しなかった.

急性のアルドステロンの前処置はATPによるeNOSのSer1179のリン酸化を有意に亢進したが、20時間処置では減弱していた.

[Ca(2+)]iはアルドステロンの添加時に変化はなく、またその後のATP添加による[Ca(2+)]i変化にはアルドステロン前処置の有無で、その強度、Ca(2+)上昇の継続時間ともに違いはみとめられなかった.

PE収縮ラット大動脈リング標本に対するアルドステロン添加は血管の緊張度に変化を与えなかったが、その後の内皮依存性弛緩反応を有意に増強した.また内皮除去リング標本の内皮非依存性弛緩反応は、アルドステロンの有無で変化はみとめなかった.

これらのアルドステロンによる血管弛緩性の効果は、エプレレノンまたはPI3K阻害薬の添加により阻害された.

結論

アルドステロンは慢性的には内皮機能を低下させるが、急性的には少なくともMR、PI3K阻害薬に感受性のある経路を介して、アゴニスト刺激によるNO産生を増強する.このNO産生の増強はアルドステロンによる[Ca2+]iの変化ではなく、eNOSのカルシウム感受性の亢進が関与している.この作用の生理的意義は不明であるが、局所での急性の血行動態にアルドステロンの関与が示唆される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アルドステロンが心血管系組織へ直接作用する際、遺伝子の転写を介さずにその作用を発揮する、急性作用に関しての研究である.急性のアルドステロンの血管への作用を明らかにするため、培養血管内皮細胞と摘出血管標本を用いて実験を行い、以下の結果を得ている.

1.培養ウシ大動脈内皮細胞に対するアルドステロンの短時間の処置により、内皮細胞のATP刺激による一酸化窒素(NO)の産生が亢進することを、細胞内NO産生のLive cell imagingと、培養上清中のNOの定量により示した.

2.内皮型NO合成酵素(eNOS)の活性化を示すSer1179のリン酸化が、アルドステロン前処置の培養ウシ大動脈内皮のATP刺激の際に亢進することを示した.

3.フェニレフリン収縮後ラット大動脈リング標本にアルドステロンを投与し、その後のアセチルコリンによる血管弛緩反応の測定から、アルドステロンの前処置が内皮依存性弛緩反応を亢進することを示した.

4.フェニレフリン収縮後の内皮除去ラット大動脈リング標本にアルドステロンを投与し、その後のニトロプルシドナトリウム(NOドナー)による血管弛緩反応の測定から、アルドステロンの前処置は内皮非依存性弛緩反応に影響しないことを示した.

5.1.の培養上清中NO測定と2.、3.の実験において、アルドステロン処置後のATPまたはアセチルコリン刺激によるNO産生、eNOSリン酸化または内皮依存性弛緩反応の亢進は、選択的ミネラルコルチコイドレセプター(MR)阻害薬エプレレノン、あるいはフォスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)阻害薬LY294002により阻害されることを示した.

6.1.の培養上清中NO測定と2.、3.、4.の実験において、アルドステロン単独の処置(アゴニスト刺激無し)は、それぞれNO産生、eNOSリン酸化、血管のtoneに影響を与えないことを示した.

7.1.の培養上清中NO測定、また、2.の実験において、アルドステロン20時間の処置は、急性の投与で認められるNO産生、またはeNOSリン酸化亢進は認めず、eNOSリン酸化に関してはむしろ減弱することを示した.

以上の結果より、アルドステロンは慢性的には内皮機能を低下させるが、急性的にはMR、PI3K阻害薬に感受性のある経路を介して、アゴニスト刺激によるNO産生を増強するという結論を得ている.また、このNO産生の増強はアルドステロンによる細胞内Ca2+濃度の変化ではなく、eNOSのカルシウム感受性の亢進が関与していることを明らかにした.

アルドステロンの急性作用には血管収縮性に働くという報告と血管弛緩性に働くという報告があり、この議論は未だ解決していない.本研究は培養内皮細胞とラット摘出血管を用い、アルドステロンの内皮および平滑筋に与える影響をそれぞれ詳細に検討している.従って未解決なこの領域の解明へアプローチする重要な手掛かりを示しているため、学位の授与に値すると考えられる.

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